第126話 二人の想いは変わらない
「太郎、お久しぶりです!」
「おー、四年ぶりかぁ」
一時間程前、俺はユグドラシルの召喚術で裏の世界へと呼び出された。すると何故か、毎回フルネームで呼んでたはずのユグドラシルが、いきなり呼び捨てしてきたのでちょっと驚く。
「で、聞きたいことは大量にあるぞ。まず一つ目、なんで俺は普通に生きてるんだ?」
「うっ・・・せっかくまた会えたというのに、出だしから質問ですか」
「そりゃそうだろ。四年前のあの日、俺は神力を使い果たして死んだはずだったのに、目が覚めたらいつの間にか日本に戻ってたんだから」
そう、俺は何故か死ななかった。
グリードに全神力をぶつけた後、凄まじい光に飲み込まれて俺は意識を失った。そして目が覚めると、俺は日本で住んでいた自宅のベッドの上だった。
何よりも奇妙だったのが、家族と顔を合わせると何事も無かったかのようにおはようと言われたこと。その後学校に行ってみると、仲の良かった友達も『昨日のアニメみた?』とか『この前言ってた所行ってみよーぜ』とか、まるでこの数ヶ月間俺がずっと学校に通い続けていたかのように話し掛けてきたのだ。
「それは、このルナのおかげですよ」
「え・・・」
ユグドラシルが、後ろでモジモジしていた裏世界の女神であるルナちゃんを俺の前に立たせる。
「この子、あの戦いの最中必死に魔力を安定させ続けていたんです。だから私も貴方のサポートに専念できた。そして最後の爆発が起こった直後、世界の魔力は完全に安定しました。その瞬間に私は本体に戻って表の世界に飛び出し、貴方に世界樹の生命力を流し込んで命を繋ぎ、今度は日本に召喚したんです」
「うん・・・うん?」
「ですが、貴方が日本で生活していたことになっていた・・・というのは私にもよく分かりません。もしかするとそちらの世界にも女神がいて、何かしらしてくれたのかもしれませんね」
「そっか、ありがとな」
あまりよく分からないけど、この二人のおかげで俺はこうして生きてるらしい。でもまあ、それを四年前に言ってほしかったもんだ。四年間も様々な疑問を抱えたまま過ごすことになってしまったからな。
「それで今日、貴方をこちらに呼び寄せる準備が整ったのですが・・・太郎、貴方はどちらを選びますか?」
「・・・」
なるほどな。このまま日本に留まるか、それとも今後一生ユグドラシルで生活するか。一部の人達には本当に申し訳ないけど、答えは最初から決まっている。
「俺は、テミス達と暮したい」
「ですよね。ふふ、分かっていましたよ。これで好きな時に魔力を使って貴方に会えますね!」
「・・・どうしたお前、語尾にハートマークが付くような話し方して」
顔を赤くしながら恥ずかしそうにキャッキャしてるユグドラシルがちょっと怖い。その隣では、ルナちゃんも頬を赤く染めながら相変わらずモジモジしている・・・小動物みたいで可愛い。
「ルナだって、私と同じ気持ちだと思いますよ〜」
「えっ!?わ、私は、その・・・」
かなり久しぶりに見たルナちゃん。ユグドラシルもそうだけど、こんなに小さかったかと思ってしまう身長だ。
うーん、俺の背が高くなったからだろうけど、やっぱり女神は四年経っても全然成長しないんだな。多分ソンノさんも、見た目は全然変わってないはず。
「あの時戦っていた太郎様は、えっと、本当に格好良くて・・・」
「あ、ああ、ありがとう」
いつの間にか『サトーさん』から『太郎様』に呼び方が変化してるんだが。なんとも可愛らしいので、是非妹になってもらいたいと思ってしまった。
「さて、そろそろ貴方をアークライト達の所に転移させましょうか」
「おっ、いよいよか。ありがとなー、二人共」
「それでは────」
と、次の瞬間。突然ユグドラシルが険しい表情になり、隣にいたルナちゃんも何かを感じ取ったかのように俺を見てきた。
「どうした?」
「・・・表の世界に馬鹿が現れたようです。まずいですね、急がなければ手遅れになりますよ」
「な、何かあったのか?」
「ええ、ササッと説明しますね────」
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四年前から、毎年この時期になると世界中で大規模な祭りが開催されるようになったらしく、日が暮れたのに今でも外はかなり賑わっている。それも、昼間に封印を破った悪神が暴れ回った後だというのにだ。
「にしても、俺がいない間に色々あったんだなぁ・・・」
悪神討伐後、オーデムギルドで俺はみんなとついさっきまで何時間も語り合った。
アレクシスとラスティが結婚していたり、ソンノさんが新しくオーデムに建てられた魔法学園の学園長になっていたり、ハスターがトレジャーハンターになっていたり、マナが超天才少女と呼ばれていたり・・・。
「凄く、寂しかった・・・」
ここはテミス宅にある俺の部屋。
電気はつけていないが、外の明かりで照らされたテミスの横顔は四年経っても相変わらず綺麗で、久々に見たからかドキドキしてしまう。
「ご、ごめん。四年も待たせちゃって」
そして、嬉しい。こんなにも長い間、テミスはずっと俺を心配してくれていたというのだ。
俺が日本に飛ばされてから最初の一年間、彼女は外に出ることすら困難な程ショックを受けてしまっていたらしい。それだけテミスが俺のことを好きでいてくれてるってことだし、申し訳ないけどそれ以上に嬉しかった。
「ううん、謝らないで。タローにまた会えたことが嬉しくて、幸せで・・・これまでの辛さなんて、もう殆ど忘れてしまったから」
「て、テミスうぅ・・・!」
隣に座るテミスに抱きつく。一瞬ぴくりと体を震わせたテミスだったけど、恥ずかしそうに頬を赤らめながら俺に身を寄せてきた。やばい、めちゃくちゃいい香りがする。
「タロー、ちょっとだけ痛い・・・」
「久々だから我慢してほしいなー、なんて」
「も、もう。甘えん坊だな、タローは」
それから暫く互いに身を寄せ合い、想いを再確認した。やっぱり俺はテミスのことが誰よりも好きで、彼女無しでは生きていけないみたいだ。
「あの、タロー」
「ん?」
「私は、タローのことが好き」
少しだけ俺から体を離し、顔を上げたテミスは泣いていた。
「だからもう、二度と私を一人にしないで・・・」
それを聞いた瞬間、ずっと伝えようと思っていたことを俺は思い出す。四年前、戦いが終わって世界が平和になったら伝えるつもりだった、俺の想い。
「ああ、約束する。絶対に、テミスを一人にはしないって」
「タロー・・・!」
まだ涙を流してるけど、テミスは笑顔になった。これからもずっと、俺はこの笑顔を傍で見続けていたい。
だからこそ、伝えよう。
「テミス、聞いてくれ」
そう覚悟を決めたものの、心臓がうるさいくらいに暴れ出す。そりゃそうだ。もし拒否されたらショックで立ち直れなくなるレベルのことを言おうとしてるんだから。
「これからもずっと、俺は君と共に歩み続けたい。だから────」
きょとんとこちらを見つめるテミスに、俺は言った。
「俺と結婚してください!」
それから約十秒間、テミスは硬直した。そして一気に顔が赤くなり、口元を手で押さえながら目を見開く。
「け、けけっ、結婚!?」
頼む、頼む頼む頼む。
神様──この世界の神様はユグドラシルか。ユグドラシル、頼むから奇跡を起こしてくれ・・・!
「嬉しい・・・」
「えっ」
「うぅ、嬉しい。嬉しすぎて、死んでしまうかと思ったよぉ・・・!」
またもやテミスは泣き始めた。しかし、すぐに俺の手を掴んで満面の笑みを浮かべ─────
「私でよければ、末永くよろしくお願いします・・・!」
次の瞬間、俺は全力でガッツポーズした。テミスと付き合うことになった時よりも嬉しい・・・いや、生きてて一番嬉しい瞬間である。
と、あまりの嬉しさにテンションが爆発しながらも、俺はテミスの肩に手を置きキスをする。何もかもが四年ぶりで緊張するけど、テミスは全て受け入れてくれた。
「絶対幸せにするから」
「うん、幸せにして」
「それと、ごめん。ちょっとキスだけじゃ終われないかも」
「う、うん、いいよ。タローになら、何をされても・・・」
さすがに空気を読んでくれたソンノさんやマナ達は、今頃オーデムギルドで騒いでいるはず。なので、今回は周りを気にすることなく行為を行えるわけで────
「好きだよ、テミス」
「私も、タローのことが大好き」
この日のことは一生忘れないだろう。月明かりに照らされた部屋の中で、俺とテミスは結ばれた。