第124話 絶望決戦
「僕、実は複数のスキルを持ってるんです。その中の一つに〝瞬間再生〟というのがありましてね。大量の魔力を消費して、どんな傷でも一瞬で再生させることが出来る、神に相応しい力・・・」
ハーゲンティの外法と、同じ力。もしかすると、私達が外法と呼んでいた力こそがスキルなのかもしれない。
空を見上げながらそう言ったアバドンは、膨大な魔力を放出しながらニタリと笑う。
「絶望、していますか?」
「してないわよ・・・!」
ベルゼブブの腕が震えている。顔を見れば、魔王である彼女がアバドンに対して怯えていることは明らかだ。しかし、それでも強気な態度を崩さずに、ベルゼブブはアバドンを睨む。
「相手の魔力使用を制限しなきゃ勝てないくせに、何が神よ!貴方程度、タローなら簡単に倒してしまうでしょうね!」
「へえ、そうなんですか。でもそのタローさんはこの場に・・・いや、この世界に居ない人ですよね?貴女の方こそ、その人に頼らなければ僕に勝てないんですか?ははっ、腕が震えていますよ臆病な魔王さん」
「くっ・・・!」
「あの人が居れば勝てたのに・・・そう勘違いしている自称強者を叩き潰した時の、恐怖に歪んだ美しい表情!あぁ、見たい。今すぐ見たい!僕にもっと絶望した表情を見せてくれ!」
「っ、伏せなさい!」
力強くベルゼブブに押され、私は転倒してしまった。そして顔を上げれば────
「げほっ・・・」
何本もの鎖が、ベルゼブブの体を貫いていた。様々な方向から放たれたのであろうその鎖は、魔力を纏えないベルゼブブを容赦なく貫き、それを伝って大量の血が地面に流れ落ちる。
「べ、ベルゼブブ!!」
立ち上がり、ベルゼブブに駆け寄る。
「待っていろ、すぐに鎖を・・・!」
「・・・逃げなさい」
弱々しい声が耳に届く。
「もう、どうしようもないわ。ディーネや、ソンノ・ベルフェリオ達は、まだ死んでない・・・彼女達を連れて、今すぐここから逃げるのよ」
「そ、そんな、ベルゼブブは」
「魔力が使えないから、傷を癒すことも出来ない。それがどういうことか、分かるわよね・・・?」
「勝手に諦めるな!私達はまだ負けてない!」
「貴女が死んだら、タローが悲しむでしょう・・・?」
全ての鎖を切断し、ベルゼブブを横たわらせる。顔が真っ青になっている・・・血を、流しすぎたんだ。
「そんなの!ベルゼブブが死んでもタローは悲しむに決まってるじゃないか!彼だけじゃない、私やディーネ達もだ!」
「ふ、ふふ。そうだと、嬉しいけどね・・・」
「ベルゼブブ・・・!」
目を閉じ、何も話さなくなってしまったベルゼブブ。しかし、まだ彼女は息をしている。すぐに回復させなければならない、その為には─────
「貴様ッ・・・!!」
「いいですね、激しい怒りを感じます。その怒り諸共、貴女を徹底的に絶望へと叩き落としてやりたい・・・!」
「天穿ち地を裂く魔討の剣よ。主たるテミス・シルヴァの声を聞き、今こそ来たれ───《宝剣グランドクロス》!!!」
全魔力を解き放ち、師匠から託された宝剣を召喚した。その力はアバドンのスキルを凌駕し、私は魔力支配から解放される。
「何っ!?僕のスキルが────」
「覚悟しろ、悪神アバドン!!」
跳躍し、全力で宝剣を振り下ろす。放った斬撃は咄嗟にアバドンが展開した防御壁を切り裂き、彼の肩から血が噴き出した。
「何故、君は絶望しないんだ・・・!?」
「タローが守ったこの世界を、今度は私が守るんだッ!!」
着地した瞬間に宝剣を振り上げ、衝撃波でアバドンを吹き飛ばす。さらに私も跳び、アバドンを地面目掛けて叩き落とした。それだけでは終わらず、急降下して宝剣をアバドンに突き刺し、一気に魔力を解き放つ。
「ぐあああああッ!?」
「これで・・・!」
アバドンを蹴り上げ、
「終わりだッ!!」
「馬鹿な!?人間程度に、この僕が負け──────」
そして、私は同時に二つの斬撃を空に放った。それは空中で交差し、逃げ場を失ったアバドンに衝突して大爆発する。
「─────なーんて、言うと思いました?」
「ッ!?」
確実に仕留めた、そう思った次の瞬間。
「ははっ!その表情、最高に興奮しますねぇ!!」
「ぐあっ!?」
何をされたのか、凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、私はその場に崩れ落ちた。纏っていた魔力が散り、宝剣が消える。
震える体を動かして顔を上げれば、スキルで傷が塞がったのであろう無傷のアバドンが私を見下ろしていた。
「な、なんで・・・今、お前は爆発に巻き込まれて・・・!」
「そうですね、確かに巻き込まれました。ですけど貴女、空中に蹴り飛ばしたのが本物か・・・きちんと確認しましたか?」
「まさか、魔力で分身を・・・」
「アッハッハッハッハッ!!」
頭を踏まれ、顎を強く打つ。グランドクロスの反動で全身が痛む今、それによって受けたダメージは凄まじかった。
「先程の宝剣召喚、貴女はこうなることを警戒して最後まで行わなかったんですよね?しかし、友を傷付けられて頭に血が上り、遂に自ら全ての魔力を失ってしまった。そして今から、貴女は抵抗すら出来ずに死に絶えるんですよ」
その通りだった。宝剣を召喚すれば、その後私は暫くまともに動けなくなってしまう。だからこそ、他に動ける仲間がいないこの状況で、私は宝剣召喚を避けていたんだ。
それなのに、最後の最後で間違ってしまった。諦めずに刀で戦えば、もしかすると隙をついて勝てたかもしれない。
それなのに、私は・・・。
「素晴らしい絶望だ・・・あぁ、たまらない」
「負ける・・・私達が・・・?」
どんな時でも、最後まで諦めなければ奇跡は起きた。それは何故か?簡単だ、タローが居たから─────
『いやぁ、腹減ったんだけどお金持ってなくて。一度森に戻ってキノコでも探そうかなと』
─────あれ、おかしいな。
『テミスの前でかっこつけようと思って』
どうして今、昔のことが・・・。
『昨日はどうもありがとう。それはお礼、あとこれからもよろしくってことで』
どうして・・・。
『うーん、半泣きテミスも可愛かったぞ』
それどころじゃないのに・・・。
『俺はテミスのこと心配してるだけだ!』
それどころじゃ、ないのに・・・。
『俺の大切な人から笑顔を奪うな!!』
『そっか。俺も優勝できた時に伝えたいことがある』
『俺だってテミスのことが好きだ。さっき言ったろ、一緒に居るだけで幸せだって。優しくて料理上手で、意外と天然だったり苦手なものが多かったりするけど、俺はそんなテミスが世界で一番好きなんだ』
『それじゃあ、またな・・・!』
どうして──────
「うっ、あぁ、タローぉ・・・」
嫌だ・・・まだ、死にたくない。
「美しい泣き顔ですね。実に僕好みだ」
「会いたい、よ・・・もう一度だけ、タローに・・・!」
震える手を動かし、落ちている刀を掴む。
「死んで、たまるか・・・!」
そして刀を振ったが、見えない力と衝突して呆気なく刀身が砕け散った。
「う、ぁ・・・」
「会えませんよ、もう二度と。貴女という存在は、今から僕が消してしまいますからね」
一気に力が抜ける。頭が、体が、私自身が認めてしまった。もうどうしようもない、奇跡は起きない、これで終わりなのだと。
「そこそこ楽しめましたよ。ですが、もう終わらせましょう」
「タロー・・・」
「それでは、さようなら」
ああ、私は死ぬのか。
誰も守れなかった。結局、私じゃ無理だったんだ。タローが命を懸けて守ったこの世界を、私は・・・。
「ごめん、なさい・・・」
謝っても、もう遅い。膨張していくアバドンの魔力を感じながら、私は何もかもを諦めて目を閉じる。
しかし、どれだけ待っても死は訪れない。不思議に思って目を開けると、私の前にはいつの間にか黒髪の男性が立っていた。
何故かアバドンは、その男性を睨みながら少し離れた場所に座り込んでいる。男性がアバドンに何かしたのだろうか・・・
「・・・え」
心臓が跳ねる。彼の後ろ姿には見覚えがあった。それだけじゃない、どこか温かくて懐かしい魔力や雰囲気も・・・。
「───お前か、悪神アバドンってのは」
その声にも聞き覚えがある。
「ここってオーデムだよな?くそっ、戻ってきたらマナを抱っこしてからテミスとイチャイチャする予定だったのに・・・このヤロー、よくも邪魔してくれたなぁ」
名前を呼ばれた。これは夢か、気持ちが溢れ過ぎて見ている幻覚か、それとも────
「タ、ロー・・・?」
声を絞り出してその名を口にすると、彼はあの時と変わらない笑みを浮かべながら振り向いた。
「ごめんな、四年も待たせて」
「っ・・・」
「ただいま、テミス」
あぁ、これが夢じゃないのなら、本当に・・・。
「おかえりなさい、タロー・・・!」