第121話 彼のいない日常
「───────」
目が覚める。それと同時に飛び起きて周囲を見渡してみたけど、やはり今日も彼は帰ってきていなかった。
「・・・嘘つき」
ベッドから降り、リビングに向かう。すると、既にリビングでは獣人の少女が机の上に料理を並べ始めていた。美味しそうな匂いが漂ってくる。もしかすると、私よりも料理を作るのが上手になっているかもしれない。
「あ、テミスお姉ちゃんおはよー!」
「おはようマナ。今日の朝食担当は私だった気がするけど・・・」
「あれ、そうだったの?ごめんなさい、作っちゃった」
「いや、全然いいよ。マナが作る料理は美味しいからな」
「えぇー、そんなことないよぉ」
狼の獣人であるマナが、ニコニコしながら席についた。私も顔を洗ってから彼女の反対側に座り、早速朝食に手をつける。
「ん、やっぱり美味しいな」
「頑張って練習したからねー」
それから二人で最近のことについて話しながら朝食を食べ終え、着替えてから玄関に向かう。そんな私に、マナは少し寂しそうな表情を浮べながら声をかけてきた。
「テミスお姉ちゃん、今年は行くの?」
「・・・うん、そのつもりだ」
そして、私は玄関の扉を開けた。
「っ!?」
「きゃっ!び、びっくりした・・・」
目の前に立っていた少女を見て肩が跳ねた。向こうも同じく驚いたようで、扉を開けた私を見てびっくりしている。
「も、もう、急に開けないでよ」
「いや、まさか玄関前に立っているとは・・・」
水色の髪を二つ結びにした、出会った頃よりも多少背が高くなった少女、魔王のベルゼブブだ。
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最終決戦から、今日で四年が経った。あれから、毎年この日になると世界各地で大規模な祭りが行われ、私が住むオーデムも今日は様々な屋台が道に並び、まだ朝だというのに沢山の人で賑わっている。
「貴女、やっと一人で外に出られるようになったのね。こう見えても私、結構心配していたのよ?」
「ごめん、ありがとう・・・」
私達が王都に転移させられてから数十分後、ぶつかり合ったグリードの魔力とタローの神力は同時に消滅。それから浮遊大陸も上空から消え、何日間も彼の捜索を行ったが・・・見つけることも魔力を感じることも出来なかった。
本当にショックだった。最初の一年間は家から出れず、家に来てくれたみんなと会話することも困難で、迷惑ばかりかけてしまって申し訳ないと反省している。
「髪の毛はボサボサで目の下にはクマができていて、私達の声が聞こえていない感じだったもの」
「それは、だって・・・」
「辛いのは分かるわ、私も辛いから。でもね、タローは〝すぐ戻る〟って言っていたじゃない。妻は夫の帰りを信じて待つものよ?」
「・・・うん、そうだな」
こうしてベルゼブブには何度励まされただろうか。でも、信じて朝を迎えても、彼はいつものようにおはようとは言ってくれない。それはやはり辛いことだから、今では私は朝起きるのが嫌いになってしまった。
「やっほー、おはようお二人さん。王都から遊びにきたよー」
「久しぶりだな」
「ラスティ、アレクシス・・・久しぶり」
ベルゼブブと話しながらオーデムを歩いていると、前からラスティとアレクシスが歩いてきた。四年前とは違ってラスティは髪を結んでおらず、まだ朝だというのに大量の食べ物を抱えている。
「相変わらずラブラブねぇ、貴方達」
「い、いや、そんなことは・・・」
「あっはっは、何照れてんのさ!」
去年、この二人は結婚した。その事をタローが知ったら、彼はどんな反応を見せてくれるのだろうか。とても驚いているタローを想像してしまい、思わず笑ってしまう。
「あれ、マナちんは?」
「勉強してから来ると言っていたから、また後で合流するつもりだ」
「偉いなぁマナちん。将来は先生になりたいって言ってたもんねぇ」
魔法を勉強する為の『魔法学園』と呼ばれる場所が、この前オーデムに建てられた。そこの学園長は誰もが知っているあの人で、マナはそこで生徒に魔法を教える先生になるのが夢らしい。
「そういえばアレクシスギルド長。オーデムギルド長が、最近あまり良い仕事が回ってこないと文句を言っていたぞ」
「むぅ、未だにギルド長と呼ばれるのは違和感があるんだが。まあ、もう一度依頼を整理しておくよ」
そしてアレクシスは、ソンノさんと交代して王都ギルドのマスターになった。何度も俺よりも貴女の方が相応しいと抗議していたけど、アレクシスギルド長は結構評判が良い。
「あっ、やっと見つけた!」
そんなアレクシス達と談笑していると、屋根の上から少女が飛び降りてきた。その少女は私の前に降り立つと、満面の笑みを浮べながら敬礼をする。
「お久しぶりであります!」
「ど、どうして敬礼を?」
「え?なんとなく」
四年前とあまり変わらない容姿のディーネだ。変わったところといえば、服装が着物になったところぐらいだろう。東方大陸と呼ばれる場所の伝統の服装、彼女はそれが気に入ったらしい。
「ディーネ、ヴェント達は?」
「お留守番だよ。去年の私、魔界盗賊団とかいうよく分かんない人達の集まりを壊滅させに行ってたから、こっちに来れなかったでしょ?それでさっき、なんか西の方で魔王の座を狙うおバカさんが暴れ始めたみたいでね。今回はフレイ君達に対応を任せて私が来たの」
「あら、それは申し訳ないわね」
そう言うとベルゼブブは、ラスティが持っていたフランクフルトをぱくりと食べた。勝手に、だが。
今ではベルゼブブもみんなとすっかり仲良くなり、暇な時はしょっちゅう魔界から遊びに来る。彼女がここまで変われた理由は、やはりタローが居たからだろう。
「ははは、みんな集まってんなー」
「ハスターさん」
「久しぶりだなー、テミスちゃん」
今度はハスターさんがやって来た。王国で一番賑わっているのは王都な筈なのに、どうして皆オーデムに来るんだろうか。なんだか不思議な感じがして、少しだけ嬉しくなる。
「ネビアさんは一緒じゃないんですか?」
「昨日酒を飲みすぎてダウンしちまっててな。酔いが覚めたら来るつもりだとさ」
ハスターさんは、あれからネビアさんと一緒に世界各地を旅して回っている。この人達が新たに発見した遺跡などはかなり多く、最近はトレジャーハンターとして有名になり始めているハスターさん。本人はそう呼ばれるのは大歓迎だという。
「あとはソンノさんとマナだけですね」
「もう来てるんだが」
「きゃあっ!?」
突然後ろから肩を叩かれ、思わず悲鳴を上げてしまう。振り返れば、眠そうに目を擦っているソンノさんが立っていた。この人も、四年前と全然見た目が変わっていない。
「おい、私は幽霊じゃないぞ」
「あらあら、低身長馬鹿神ソンノ・ベルフェリオじゃないの。眠そうだけど、もしかして夜遊びでもしていたのかしら?」
「ん?誰かと思えば貧乳魔王じゃないか。ふーむ、サプリメントでも飲んでみたらどうだ?」
「な、なんですってぇ!?ちゃんと毎日飲んでるわよ!」
(((飲んでるんだ・・・)))
なんだか今、皆が同じことを思ったように感じた。それにしても、この二人は相変わらず会う度に喧嘩を始めるな。いや、仲が良いから喧嘩をしているのかな。
「もー、また喧嘩してるし。駄目だよ、ソンノさんもベルゼブブさんも仲良くしなきゃ」
「お、天才少女じゃないか。驚いたぞ、この前雷魔法を新たに数十個も生み出したと聞いた時は」
「たまたまですよー」
そして、マナも合流した。言い忘れていたが、マナは物凄く頭がいい。まだ魔法学園初等部にすら入学していないのに高等部以上の学力、運動能力を誇り、将来を期待されている天才だ。
四年前はただタローに甘えていただけの可愛い娘だったが、まさかここまで凄い少女だとは思わなかった。
タローが居なくなったあの日から、この子は『ご主人様が帰ってきたらびっくりさせたい』と言って努力していた。本当に強い子だと思う。私よりも、ずっと。
「結局、なんだかんだでいつものメンバーが集まったな」
「お祭りの本番は夜なんだけどねぇ。あはは、何して時間潰そっか」
「とりあえずオーデムを歩いて回るか?」
それから皆で話をしたり屋台に寄ったりしていると、あっという間に正午に。そして、その時を待っていたかのように、突然空は赤黒い雲に覆われた。




