第119話 それじゃあ、またな
「さ、佐藤太郎、それは・・・」
解き放った力を纏う俺を見て、ユグドラシルが震えながら声を出す。彼女に絶対使うなと言われていた、俺の中にある最後の力。それがどういうものなのかを一番理解しているのは、元々の持ち主であるユグドラシルだろう。
「はは、テミスと同じ銀色の魔力だ・・・って、そういや魔力じゃなかったか。まあ、なんかお揃いっぽくていい感じだな!」
「ど、どうして!」
さっき俺がしたように、ユグドラシルが俺の肩を掴んでくる。
「それがどんな力なのかは、一度説明しましたよね!?」
「ああ、聞いた」
「だったら何故使ったのですか!?」
「使わなかったら、間違いなく全員死んでた。何もせずに死ぬより、俺は最後まで戦うことを選んだんだ」
「それでも、その力を使えば貴方は・・・!」
はいチョップ。額を押さえながら震えるユグドラシルは、もしかしたら後悔してるのかもしれない。万が一を想定してこの力を授けてくれたんだろうけど、それを使うことになるとは思ってなかったんだろう。
「朝起きて、学校に行って、友達と遊んで家に帰り、寛いでからまた眠る。そんな平凡な毎日だったよ、日本での生活は。平和な環境で過ごし続けてた結果、誰かを守って命を失った人の話を聞いて、自分だったら絶対命を捨てたりなんてできないだろうな、馬鹿だなって・・・そう思ってた」
ユグドラシルの頭を撫でる。それが理由でかは分からないけど、ユグドラシルの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「でも、今は違う。大切な人達に出会えた。自分の命を捨ててでも守りたいって思える、そんな人達に。だから俺は後悔なんかしてないし、この力を授けてくれたユグドラシルに感謝してる。本当に、ありがとな」
・・・さて、自分の魔法を消し飛ばされたグリードは、いつの間にか地面に降り立っていた。この距離じゃ表情は見えないけど、ベルゼブブがよく使う憤怒の魔力をものすごく感じる。うん、怒ってますね。
『貴様・・・今、何をしたというのだ?』
「あとで説明してやるから、ちょっとだけ待っててくれ。お前と戦う前に、みんなと話がしたいからさ!」
傲慢な魔神は、意外と俺のお願いを素直に聞いてくれた。相変わらず凄まじい魔力を纏ったままだけど、どうやら手を出したりはしてこなさそうだ。
「た、タロー、どうしたの?なんだかとてつもなく強大な力を纏っているのは分かるのだけど、魔力とは異なるような・・・」
そう言って、困ったような笑みを浮かべるベルゼブブ。ずっと力を貸してくれ続けた、可愛らしい魔王の少女。
「ベルゼブブ・・・人と魔族が手を取り合える世界って、絶対毎日が楽しいよな」
「え?ええ、そうね」
「・・・君なら、そんな世界に絶対できるからさ。ここに居る皆と協力しながら、頑張ってほしいんだ」
「そ、それは頑張るけど・・・勿論、タローも一緒にそんな世界を目指すのよ?」
「はは、そうだな」
そう答えると、ベルゼブブは嬉しそうに微笑んだ。よし、次は────
「あ、あの魔法を消滅させたのは、タローさん・・・なの?」
「まあ、そうだな」
ディーネは、グリードの魔法を消し飛ばす程の力を纏った俺を、尊敬の眼差しで見つめてくる。そういえば、さっきから普通に嫉妬の魔力を纏ってたな、この子。どうやら力をコントロールできるようになったみたいで一安心だ。
「ディーネも、ベルゼブブと一緒に頑張ってな」
「う、うん」
「ベルゼブブが暴走しそうになったりしたら、親友のディーネが止めてやってくれ」
「ぼ、暴走なんかしないわよ?」
「あはは、うん・・・」
なんとなく、ディーネは察してくれたのかもしれない。まだ何か言いたそうだったけど、頭を撫でてやると俯いてしまった。
「んで、ヴェントとテラと・・・フレイだったか。せっかく魔王軍が揃ったんだから、みんなで仲良くな」
「そんなこと、君に言われなくても・・・」
「仲良くはするつもりだけど・・・」
「お前、何かあったのか?その力を纏ってから、少々様子がおかしいようだが・・・」
「何でもないさ。ま、ベルゼブブ達を支えてやってくれよ」
俺が解放したこの力がどういったものなのか・・・それを言うべきか言わないべきか悩んでいると、誰かが肩を叩いてきた。振り返れば、申し訳なさそうな表情のハスターと目が合う。
「お前さんが何を考えてるかは大体分かるけどよ、なんつーか・・・悪いな」
「テミスに手ー出したら許さんからな。あと、成長したマナにも手は出すなよ、まじで」
「へっ、その点は安心しろよ。今の俺には旅の仲間ができたからな」
ハスターの隣に、かなりの美人さんが立つ。なんか見たことあるような、無いような。まあ神罰の使徒であることは間違いない。
「君は、本当にそれでいいの?」
そう聞かれたので、当然と頷く。すると、二人はじゃあ止めないと言って俺から離れた。なんというか、大人だな。
「おいタロー、何をするつもりなんだ?」
「も、もしかして、1人で戦うつもりじゃないよね・・・?」
今度はアレクシスとラスティが声をかけてきた。思い返せば長い付き合いだからか、俺が何をしようとしているのかが大体分かってるみたいだ。
「まー、なんというか。俺から見て、二人は結構・・・いや、超お似合いだと思うんだよ。だから、いつまでも仲良くお幸せになー、なんて」
「タローくん・・・」
「やれやれ、お前というやつは。その力があればグリードに勝てる、その自信があるんだな?」
「おう、絶対な」
「・・・そっか。なら、あたし達は親友の君を信じるよ」
親友だなんて、照れるじゃないか。まあ、信じてくれてる仲間達がいるんだ。全力で頑張らなきゃな、俺。
「ぁ・・・」
気合いを入れていると、顔を真っ青にしているテミスと目が合った。彼女も分かっているんだろう。俺が一人で戦おうとしていること、そして、この力を使えば俺がどうなるのかを。
「なんで、そんな・・・タローが」
震える手を伸ばし、俺の手を掴んでくる。
「大丈夫だって!さくっとグリードの野郎をぶっ飛ばして、すぐテミスの所に行くから。そしたらまた買い物に行ったりギルドに行ったりしよう。あと俺腹ペコだからさ、早くテミスの手料理が食べたいんだ。はは、楽しみだなー!」
「そ、そうだよ・・・タローと行きたい場所ややりたいことは、まだまだあるんだ。だから、一緒に帰ろう・・・?」
「そのためには、まずグリードを倒さないと。でもな、これから始まる最後の戦いには、君達は巻き込めない」
「な、なんでっ・・・!」
動転しているテミスを抱き寄せる。こうすると普段ならすぐに落ち着いてくれるんだけど、今日のテミスはその状態から逃れようともがき、俺と目が合った瞬間に涙を流し始めた。
「ごめんな、ちょっとだけ待っててほしい」
「嫌だ!私も戦う・・・!」
ここまでテミスが必死になるということは、やはりこの後どうなるのかが分かっているからだろう。俺もできることならテミスと離れたくはない・・・でも、そうしなきゃならない。
「ご主人さま、どこかいっちゃうの?」
そんな時、隣から声が聞こえたので顔を向けると、不安そうな表情のマナが俺を見つめていた。その表情を見た瞬間に胸が苦しくなり、なんと言えばいいのか分からなくなる。
「ま、マナ・・・」
「やだよ・・・マナ、もっとご主人さまといっしょにいたい」
ああもう、我慢の限界だ。涙が溢れそうになったので、テミスとマナを同時に抱き寄せて堪える。これ以上二人を不安にさせちゃ駄目だから────
「すぐ戻るよ。また、三人で寝ような!」
呆然と俺を見ていたソンノさん目掛けて二人を押す。
「ソンノさん、あとはよろしく頼みます」
「お、お前・・・そんなの、私だって」
「みんな、今までありがとうな。生きてて良かった、こっちの世界に呼ばれて良かった!最高に楽しかったぜ!」
「い、嫌だッ!!」
それでもテミスがこっちに来ようとしたので、魔力を放って不可視の壁を作る。この力を解放している今、俺は魔法だって使用可能だ。
「嫌だ嫌だ!お願いだから、私を一人にしないで・・・!」
「大丈夫。俺はずっと、君のそばにいるさ」
「タローぉ・・・!」
勿論あの魔法も使える。空間に干渉し、別の場所に一瞬で移動できる、何度もお世話になった転移魔法を。
「それじゃあ、またな・・・!」
最後に泣き顔は見たくなかったな。もう二度とテミスの笑顔が見れないのはちょっと・・・いや、めちゃくちゃ辛いけれども。
俺は転移魔法を発動し、目の前にいるテミスや駆け寄ってこようとしていた仲間達全員を転移させた。
「────もう、何も言いません」
静かになった戦場で、女神の声が耳に届く。
「最後まで、貴方と共に戦います。必ず、この世界を救いましょう。私の英雄、佐藤太郎」
「おう、任せとけ!」
今度こそ、あの男を倒してみせる。覚悟を決め、俺は解き放った力全てを纏って地を蹴った。




