第116話 超決戦
「長かった、本当に長かったぞ。二千年前にも出逢えなかった、真の強者との対峙・・・余は、この瞬間の為に生まれたのだ」
立ち上がり、グリードは膨大な魔力を身に纏う。戦場に駆けつけた最強の敵を前に、彼は手加減という行為を捨てたのである。
「そうですね、本当に長かった。貴方を完全に消し去る為に、私は二千年以上も英雄を探し続けたのですから」
空間が歪み、女神ユグドラシルが姿を現す。神々しい光を纏う彼女を見て、グリードは口角を吊り上げた。
「感謝するぞ、ユグドラシルよ。貴様のおかげで余の心は満たされる。お礼にまず貴様から消してやろうか?」
「ふふ、寝言は寝て言ってくださいね。今の私は実体を持たない魔力だけの存在、貴方程度では触れることすらできませんよ。まあ、私の魔力を持つ佐藤太郎だけはタッチ可能ですけど。揉ん・・・触ってみます?」
「触らん。ユグドラシル、皆の回復を頼む」
「本当は加勢したいのですが、これだけ魔力が乱れている状況では少々厳しいですね。ここは貴方に任せます、佐藤太郎」
光が放たれ、傷ついたアークライト達の体を包み込む。やがて彼女達の傷は瞬く間に癒え、それを確認した太郎はグリードに対抗する為魔力を纏った。
「よう、グリード。お前は存在する価値の無いクソ野郎だけど、お前のおかげで俺はテミス達と出逢えた。それだけはちょっとだけ感謝してるぞ」
「そして、貴様はこの地で一生を終える」
「だけど、皆をあれだけ痛めつけたお前は絶対に許さない。覚悟しろよグリード、お前に明日は無いからよ」
ダン、と地面を踏んだグリードの眼前には太郎が立つ。魔力と魔力がぶつかり合い、大気は震え、地が割れる。
次の瞬間、太郎の拳がグリードの顔面を歪め、完全に油断していたグリードは向こうに見える巨大な岩山にめり込んだ。
「ごあっ・・・!?」
「卑怯とか言うなよ?大切な人達を散々傷付けたお前相手に、俺は正々堂々勝負だ・・・なんて言わないぞ」
「はは、ははははははっ!そうだ、それでいい。初めてだ、ここまで心が震えるのは!」
岩山が吹き飛び、翼を広げたグリードは心底嬉しそうに笑う。戦いが始まるまで残り僅か、太郎は振り返ってテミス達に笑いかけた。
「無事・・・とは言えない状況だったけど、また会えて嬉しいよ。チャチャッとあいつをぶっ飛ばすから、ちょっとだけ待っててくれ」
「た、タロー、私達も戦う!」
「駄目だテミス。あいつは強い、いくら俺がユグドラシルの魔力を持っていたとしても、勝てる確率は低いと思う。そんな戦いに、君達を巻き込めない」
「っ、でも・・・!」
それはつまり、自分達では足でまといだということ。それが分かってテミスは悔しげに俯いたが、すぐに顔を上げて太郎に拳を突き出す。
「・・・またオーデムでいつものように、マナも入れて三人で寝よう?」
「ああ」
「また買い物に行って、ご飯を食べて、ギルドに行って・・・またタローと、そんな日々を過したいから・・・」
「ああ!」
「だから、絶対に勝って!」
テミスに対して太郎も笑顔で拳を突き出す。その直後、暴風が戦場を駆け抜けた。
「余を楽しませろ、サトータロォッ!!」
「タロー、奴の大罪魔力には気を付けろ!こいつ相手に魔法は一切通用しないと思った方がいい!」
「大丈夫です、俺は魔法なんて使えませんからね!」
アークライト───ソンノの忠告を背に受け、凄まじい速度で飛行を始めたグリード目掛けて太郎は地を蹴る。
次の瞬間、互いの拳が互いの顔面にめり込んだ。
「ぐっ・・・!」
「ぬあ・・・!」
同時に吹っ飛び、テミス達も吹き飛ばされかける程の爆風が吹き荒れる。しかしその直後には、既に太郎とグリード別次元の殴り合いを開始していた。
「ただの人間も、女神の魔力を持つとここまで能力が上昇するか!」
「そいつはどうも!」
「ごッ!?」
本気のボディブローでグリードの体が浮く。それを逃さず太郎はグリードの尻尾を掴み、全力で地面に叩き付けた。衝撃で巨大なクレーターが出来上がり、その中心でグリードは血を吐く。
「くっ、ははは!」
「っ!?」
顔面が地面にめり込んだ状態で、グリードは口から勢いよく火を吐いてロケットのように上体を起こし、後頭部を太郎の顔面にぶつけて弾き飛ばす。さらにすぐさま振り返り、極太の光線のようなブレスを吐き出した。
咄嗟に腕を交差し魔力を纏った太郎だったが、ソンノ戦では見せなかったグリードの攻撃は、そんな彼の防御を突き破る。
「あっちぃ・・・!」
「かああッ!!」
空中で体勢を崩した太郎目掛けてグリードは再度ブレスを放ち、巻き起こった爆発の中に魔力を纏って飛び込む。そして、炎に飲まれているであろう太郎を仕留める為に蹴りを繰り出したが、結果は空振り。
「ふん、どこを見てやがる!」
「うがっ・・・!?」
逆に背後から蹴られ、グリードは煙の中から飛び出した。
「ははは・・・はははははははははッ!!」
尻尾を地面に叩き付けて勢いを殺し、着地と同時に駆け出すグリード。そして再び殴り合いを始めた二人だったが、今度は太郎が殴られて宙を舞う。
さらにグリードはそんな太郎の足を掴み、何度も地面にぶつけながら振り回して遥か遠くに投げ飛ばした。まるで弾丸のように吹っ飛ぶ太郎は、やがて巨大な山にぶつかって崩れた岩の下敷きになる。
「死ねええッ!!」
そこに放たれた、先程よりも膨大な魔力が込められたブレス。それは山に衝突した瞬間に爆発し、太郎ごとその山を消し飛ばした───そうグリードは思ったが。
「だあああッ!!」
魔力を解き放ち、ブレスを真上に弾き飛ばす太郎。山は無くなったが、そんなことは気にせず太郎は駆け出し、投げられた時を上回る速度でグリードに接近した。
「ぬう、頑丈な男だ・・・!」
「お前のせいで、ディーネは生死の境をさ迷った!」
グリードの顔面を歪めたのは、強烈な蹴り。
「お前が馬鹿みたいな連中を集めたせいで、ベルゼブブは父親と戦うことになった!」
「ぐがっ・・・!」
「お前がくだらんことをしようとするから、平和に暮らしてた皆が戦いに巻き込まれた!」
膝蹴りが鳩尾にめり込み、グリードは血を吐き出す。
「お前が生きてるから、ソンノさんは涙を流したァ!!」
「ぐっ、ふふふ、だったらなんだ!」
「さっさと消えろ、クズ野郎!!」
拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が地表を削ぐ。その直後、軽く跳んだグリードは太郎の首を両足で締め、空中で身を回してそのまま地面に叩き付けた。
「余が創る新世界に弱者は不要だ・・・!」
「新世界?お前、何が目的だ」
「選ばれし強者だけが生きることを許された、強者だけの世界。それこそが余の求める新世界であり、アークライトのような雑魚は余の世界に来る価値など無い」
「そんなのをつくる為に、お前はこんな事をしてるのか」
「一番の目的は、余の力を超える者と極限の魔闘を繰り広げること。そしてお前を殺した後、余は地上を焼き払う。それで生き残っていた者を集め、さらにその中から真の強者を選び抜く。その先に待つのが、弱者不要の新世界なのだ」
それを聞き、太郎はやれやれと苦笑した。そして自分を押さえ込むグリードを蹴り上げ、魔力を纏って起き上がる。
「お前が分かりやすいラスボスで助かるよ。難しい話を長々とされたらどうしようかと思った」
「余は一つだけ心配だ。最大の強者であるお前が死んだ時、余の心を満たしてくれる存在は現れるのか・・・と」
「安心しろ、先にお前があの世に行くさ」
「ククッ、それはどうかな?」
グリードの体からこれまでとは違う異質な魔力を感じ、太郎は本能的に構えた。とても不思議で不気味な、合計七つの魔力をグリードは身に纏ったのだ。
「まさか、それが・・・!」
「そろそろ準備運動は終わりにしよう。光栄に思え、余の大罪魔力を同時に全て味わうことになるのは、お前が初めてだ」
「へへ、こっちは最悪な気分だけどな・・・!」
今までは、ただ普通の魔力を纏っていただけ。ここから太郎の相手をするのは、かつて世界を蹂躙した史上最悪の大罪魔王グリードである。