第115話 決戦
「待ちなさい、佐藤太郎」
「うおわっ!ゆ、ユグドラシルか。急に出てくるなよ、びっくりしたじゃないか」
みんなと合流する為走っていた俺の前に、突然ユグドラシルが姿を現す。そして驚いて変な声を出してしまった俺を見ながら、ユグドラシルはヘラヘラと笑った。
「ふ、ふふっ、うおわっ!ですって・・・」
「ぐっ、何も言うな。それで、何か他に伝えることがあって俺の前に出てきたんじゃないのか?」
「ええ、そうです。先程からずっとグリードの魔力を探っていたのですが、ようやく彼を発見することに成功しましたよ」
「まじか!」
さっきからどれだけ走っても誰とも遭遇しない。というか、今俺は正しい方向に走ってるのかも分からない。
しかしユグドラシルは、俺の中にある魔力を使って相手の位置を探り、その場所に転移することが可能である。グリードの居場所が分かったってことは、もう俺は走り回らなくてもいいってことだ。
「先に言っておきますけど、今貴方の仲間達は非常にピンチです。それはもう、今すぐにでも転移しなければ全滅してしまう程度に」
「どういう事だ?もう皆グリードと接触してるのか?」
「そのようですね。先程アークライトの魔力を感じましたが、恐らく何らかの魔法を使ったが破られてしまったのでしょう。彼女の魔力はもう尽きる寸前なので」
「だ、だったら早く転移させてくれ!」
「もう一つ先に言っておきましょう」
突然真剣な表情になるユグドラシル。普段はヘラヘラしてる奴にこんな顔で見つめられると、こちらは何も言えなくなってしまう。
「大事な仲間達の、この世界に住む全人類の未来を守れるのは貴方だけです。貴方が負けるということは、つまりこの世界から人という種族が消えるということ。それは貴方も分かっているとは思いますが、怖くはないのですか?」
「そりゃ怖いさ。でも、俺がやらなきゃ誰がやるんだって話だろ?」
「グリードは強い、貴方と互角かそれ以上の力を持っている。それでも貴方は最凶最悪の存在に挑むと言うのですね?」
「当たり前だ。毎日のんびり平和な国で暮らしてた俺だけど、今は大切な人の為にこの命を懸けて戦いたいって思ってる。だから、死ぬ気で世界を救わせてもらうぜ」
と、そこまで言ってから俺はしまったと若干後悔する。ユグドラシルのことだ、『何かっこつけてるんですか、ぷぷー(笑)』とか延々と言われるに違いない・・・そう思いながらユグドラシルを見ると、
「ふふ、そんなかっこいいことを言われたら、いくら女神とはいえドキドキしてしまうじゃないですか」
「え?」
「何千年も探し続けてようやく出逢えた。アークライトや貴方の仲間達と同じで、貴方は私にとっても運命の人なのですから」
おいおいちょっと待て、急に何を言い出してんだこいつは。しかもいつもと違って恋する乙女みたいな表情になってるし────
「ぷっ、あはははは!何照れてるんですか!ちょっとからかってみただけですよー!」
「ですよねー!実はそうだろうなって思ってたんですよ畜生この野郎!!」
「まあ、貴方が運命の人であるというのは嘘ではないですけど」
次の瞬間、ユグドラシルが俺の頬付近に顔を近づけてきた。そしてその直後、何やら柔らかいものが頬に当たる。
驚いて離れると、いたずらっぽい笑みを浮かべているユグドラシルと目が合った。
「どうです?」
「っ〜〜〜!も、もう分かったから早く転移させてくれ!」
「ええ、分かりました。それでは貴方を最終決戦の地に転移させます。必ず、世界を救ってくださいね・・・?」
「おうよ!」
今から最後の戦いに臨むってのに、ああもう恥ずかしい。そう思ってると、俺の体は光に包まれ始めた。
いよいよ決戦の時だ。グッと拳を握りしめ、景色が切り替わり、俺の前に広がっていた光景は─────
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「やれやれ、これでは準備運動にすらならんではないか」
「ぐっ、うぅ・・・!」
ボロボロになったアークライトの頭をグリグリと踏みつけながら、グリードは心底つまらなさそうにそう言った。
そんな彼の周囲には、アークライトと同じく戦闘不能に陥ったテミスやベルゼブブ達が倒れている。僅か数分間の出来事であったが、微塵も本気を出していないグリード相手にこの世界トップクラスの実力者達は敗れたのだ。
「まあいい、そろそろ一人ずつ殺していくとしよう。此処にサトータローが来た時が楽しみだ。まずは・・・ククッ、奴が最も大切にしている女から始めようか」
そう言ってグリードはテミスに目を向ける。自分がターゲットにされたことに気付いたテミスは震える手で剣を握るが、グリードはその手を力強く踏み付けた。
「うあっ・・・!?」
「いや、それではつまらんな。やっぱりお前は最後に殺そう。お前を死なない程度に痛めつけ、お前の仲間達を皆殺しにして、そしてサトータローが此処に来た時に殺す」
手首からミシミシと音が鳴るが、グリードは踏む力を緩めない。そんな彼にベルゼブブが倒れたまま魔法を放とうとしたものの、その前に一瞬で眼前に移動してきたグリードに顎を蹴られて宙を舞う。
「お前から殺そうか、魔王の娘よ」
空中でグリードはベルゼブブの服を掴み、勢いよく地面に叩き付けた。大罪魔力を二つも纏っているというのに彼女の骨は呆気なく砕け、血を吐くベルゼブブの前髪を掴んでグリードは自分と目が合う高さまで持ち上げる。
「気分はどうだ?お前はこれまで強者として生きてきたのだろう。だが、余からすればお前は砂利と同じ程度の存在。よく覚えてから死ぬがいい、これが真の強者というものだ」
「や、やめろッ!!」
立ち上がったディーネがグリードの顔面に蹴りを放つ。しかし、それはグリードの周囲に展開された障壁に阻まれ、親友を始末する寸前の敵に届かない。
「ほう、立ち上がるか」
「それ以上ベルちゃんに何かしたら、貴方を殺す・・・!」
「いいだろう、殺してみるがいい」
グリードがベルゼブブの首を掴んだのを見て、ディーネは再び駆け出す。その直後、放り投げられたベルゼブブとぶつかりディーネは転倒した。
「まあ、その前にお前達が死ぬがな」
「っ─────」
顔を上げればグリードは魔法を放つ寸前であり、動けないベルゼブブを放置できないディーネは、彼女を庇うようにボロボロの体に覆いかぶさる。そしてグリードは容赦なく魔法を放ったかに思えたが、それよりも早くにテミスが彼の腕を召喚した宝剣で弾いた。
「お前のような悪党に、負けてたまるものかッ!!」
「面白い・・・!」
誰もが驚く程の速度でテミスは何度も宝剣を振るうが、それは全て指先だけで防がれる。
「幻襲銀閃!!」
怯まずテミスは再度グリードに迫り、分身を生み出して三方向から斬り掛かる。しかし、鞭のように振られた尻尾で全員が弾き飛ばされ、さらにグリードは本体のテミスに接近し、ただのデコピン一発で彼女を数十m吹っ飛ばす。
「はははっ、戻れ!」
「うっ!?」
そんなテミスを魔力で捕え、自分の目の前まで引き戻すグリード。それを利用してテミスは全力で宝剣を振り下ろしたが、宝剣が直撃したグリードの頭には傷一つ付かない。
「っ、うぁ・・・」
「暫く大人しくしていろ。仲間達が挽肉と化すのを眺めながらな」
次元の違いを思い知らされ震えるテミスの肩に手を置き、グリードは彼女の魔力を奪い取った。力が抜けてテミスは膝をつき、彼女の隣をグリードは何も言わずに通り過ぎる。
「待て、グリード!」
その瞬間、少女の声が響き渡った。
「何勝手に勝った気になってるんだお前。まだ私との勝負は終わってないだろうが・・・!」
「・・・哀れだぞ、アークライト。これ以上お前に何が出来ると言うのだ?」
「お前を殺す!!」
凄まじい魔力がアークライトの身から溢れ出し、グリードは興味深そうに目を細める。
「お前がテミスやベルゼブブ達と殺り合っている間、私はこれを使う為に必要な魔力を溜めていた。思い知るがいい、グリード。これがお前を葬る最後の空間魔法、私の切り札だ!」
「ほう・・・!」
直後、何かが起こった。だが、どこを見ても変化は無い。確かに何かが起こった筈だというのに。
「────貴様、これ以上余をガッカリさせるなよ。さっきから一体何がしたいんだ?」
「くくっ、何度も言ってるだろ?」
そして、信じられないような事がグリードの身に起こる。これまでどれだけ攻撃を受けても傷一つ付かなったグリードの肩が裂け、大量の血が噴水のように吹き出したのだ。
「っ・・・?」
「お前を殺す、確実にこの世から消し去る。二千年前のように封印という手段は選ばない。今度こそ、お前は終わりだ・・・!」
「今のは、空間干渉か?おかしい、先程のように空間を切断するのだと思ったのだが、何故相殺できていない」
グリードはアークライトの魔法を相殺する為空間に干渉しようとした。しかし、何故かグリードは空間に干渉できていなかった。
不思議そうに自分の手を見つめるグリードだったが、そこでようやくアークライトが何をしたのかを理解する。
「まさか、周囲の空間を支配しているのか?」
「ご名答。まあ、周囲の空間だけではなく、この浮遊大陸全土の空間を支配した・・・それが正しい回答だがな」
そう言ってアークライトはニヤリと笑う。
「【支配空間】、それが私の切り札である最後の空間干渉魔法だ。私が支配するこの空間の中では、私以外の誰もが空間に干渉することは不可能。そして────」
「それがどうした。お前が空間干渉をする前に、普通の魔法で殺せばいい」
アークライトが何かを言う前に、グリードは彼女目掛けて魔法を放った────かに思えたが。
「・・・魔法が、使えん」
「人の話は最後まで聞け、クソ魔神。この空間内では、私以外全員魔法を使用することはできないんだよ!」
空間が揺さぶられ、発生した衝撃波を浴びてグリードは吹っ飛ぶ。さらに彼が向かう先の空間をアークライトは切断し、それに巻き込まれたグリードの体は音を立てて裂けた。
「ゴフッ・・・!」
「理解したか!もうこの周辺の空間にお前は干渉することは出来ず、魔法を使うこともアトランディアを動かすことも不可能・・・ここでは私が唯一神なんだよッ!!」
岩壁に激突し、倒れ込むグリード。そんな彼の前に転移し、アークライトは勝利を確信したように笑みを浮かべる。
「はぁ、はぁっ・・・!」
しかし彼女は異様に疲弊していた。乱れる呼吸をなんとか整えようとしているが、膝がガクガク震えている。汗も大量に流しており、少し体を押せば倒れてしまいそうだ。
「・・・ククッ、呼吸が乱れているなぁ。余を追い詰めているのはお前だというのに、魔力の減りが異常ではないか」
「はぁ・・・くっ、まだ生きてるのか」
「これだけ広範囲の空間に干渉しているのだからなぁ。アークライトよ、早めに余を始末するべきではないのか?」
「ああ、そうだな」
魔法陣が展開される。アークライトの前方、丁度浮遊大陸の半分となる範囲全てがぼんやりと輝き、空間が歪み始め────
「望み通り、この世から跡形もなく消し去ってやるよ!広範囲空間圧縮陣ッ!!!」
凄まじい光が世界を照らし、アークライトが立つ場所より向こう側は全て完全に消滅した。風が吹き、アークライトの頬を撫でる。足元を見れば、どこかの街の幻想的な輝きが彼女の目に映る。
「は、はは、やっと終わった・・・」
残った魔力で転移魔法を使い、仲間達がいる場所に移動する。そしてその場に座り込んだアークライトに、テミス達は笑顔で駆け寄った。
「ソンノさん、良かった・・・!」
「やれやれ、これで一件落着ね」
テミスやベルゼブブ達の嬉しそうな顔を見つめ、アークライトもようやく頬を緩める。もう魔力は残っていない。浮遊大陸周辺への干渉も解除され、土地の半分を失った浮遊大陸は遥か上空で静かに停止していた。
「ああっ!」
そんな時、ディーネが大きな声を出し、全員が一斉に彼女を見る。
「どうしたの?」
「た、タローさん、無事なのかなぁ・・・」
「「「「あっ」」」」
アークライトの魔法に巻き込まれた可能性、大。その事に気付いたアークライトはどうしようと慌て始めたが、一番取り乱しそうなテミスが今回は一番落ち着いていた。
「大丈夫です、きっと無事ですよ」
「で、でも・・・」
「彼は絶対生きています。今は信じて待ちましょう、もう戦うべき敵はいないんですから─────」
直後、テミスの顔が一瞬で青ざめた。ピクリとも動かなくなり、何事かと思ったアークライトは彼女の視線を追って振り返る。
「────その表情が見たかった」
次の瞬間、アークライトの体から血が噴き出した。そして驚く上陸メンバー達が見たのは、いるはずのない存在の笑み。
「な、なんで・・・」
血を吐きながら、アークライトは震える声を出す。
「なんで、生きてるんだ・・・!」
「余は魔神、魔を司る神である。貴様らが何人束になったところで、余の足元にも及ばんわ」
大罪魔王、グリード。絶望を身に纏った最凶最悪の存在が、再び彼女達の前に姿を現したのだ。
「余はお前達相手に〝ただの魔力〟しか使っていなかった。さらに、浮遊大陸の移動にその魔力の大半を使っていた。つまり、アークライトがアトランディア全土に干渉するまで、余は10分の1程度しか力を使っていない」
じわりと、絶望が溢れ出す。
「アークライトは大陸干渉に大半の魔力を消費した。余はそんな状態のアークライトに【怠惰】の魔力を使い、以前のように動きを極端に鈍らせた。勝負に夢中だったアークライトは全く気が付いていなかったようだがな」
空が黒く染まる。
「そして余は、【色欲】の魔力で生み出した分身を使ってアークライトの相手をした。アークライトはその分身相手に空間干渉魔法を連発し、さらに魔力を失った」
大陸が震える。
「しかし、アークライトが最後に使った空間干渉魔法は余の想像を上回る範囲を圧縮し、消し去った。思わぬ形でそれに余も巻き込まれてしまったので、余は仕方なく【傲慢】の魔力を身に纏った・・・」
「ま、待て!大罪魔力の全てを知っているわけじゃないが、空間に干渉できないお前が何故私の空間圧縮陣から抜け出せたんだ!?」
絶望は、ニヤリと笑う。
「我が【傲慢】はあらゆるものを凌駕する。我は神、この世の頂点に君臨する魔神なり。女神以外は空間に干渉できない?それがどうした、余はいかなるルールにも縛られない!」
「お、お前、まさか、私の支配空間をその魔力で無効化し、消滅する寸前に同じ空間圧縮陣を展開して、そ、相殺したのか・・・?」
「貴様は先程自らを唯一神と言ったな。ククッ、それは違う。この世界でも別空間に存在する世界でも、真の神はこのグリードだけだ」
アークライトの中で、何もかもが音を立てて砕け散った。女神の魔力全てを使い切った今、最早勝ち目など存在しない。
「さあ、終わりにしようか。サトータローも先程の魔法に巻き込まれたかもしれん。もう用はないな、そこの銀髪女諸共全員仲良く死ぬがいい」
「・・・みんな、ごめん。私の、せいだ」
凄まじい魔力がグリードの手元に集まっていく最中、テミスに支えられているアークライトはぽつりと呟いた。
「私が、二千年前にあいつを殺していれば・・・私が、もっと冷静に戦っていれば・・・」
「そ、ソンノさん・・・」
「全部、私のせいだ・・・もう、どうしようもない・・・」
「ふははははっ!そうだ、貴様らは余に負けたのだ!もう助けてくれる者など誰もいない、これで余がこの世界の支配者となる!」
「まだ、終わってない」
誰もが絶望し、そして死を受け入れる中、テミスだけはまだ諦めていなかった。彼女はグリードを睨むと、それが当たり前の事かのように語り出す。
「タローは、必ず来る」
「いや、来ない。仮に来たとしても、その時にはもう誰一人として生きてはいないがな」
「私は、タローを信じている。強くて、優しくて、そして私達を心から愛してくれている彼を、信じている。消えるのはお前だ、グリード。世界最強の英雄に、お前は負けるんだ・・・!」
「ふん、そうか。それは良い夢であるな」
グリードの目に映るテミスは震えていた。目には涙も滲んでいる。それでも最凶の魔神相手に最後まで諦めずに叫んだ彼女に、グリードは手のひらを向けた。
「絶望を胸に抱いたまま、余の前から消えよ」
「タローっ・・・!」
光が戦場を照らした、その直後。
「愛してるぜ、テミス。君の言う通り、俺がこいつを叩き潰す」
グリードが魔法を放つ寸前に、凄まじい速度で何かがグリードを吹っ飛ばした。そして魔神と入れ替わるように姿を現した黒髪の青年を見て、この場にいる誰もが目を輝かせる。
「────来たか、サトータロー」
「これが正真正銘最後の戦いだ、グリード」
最終決戦が、今まさに始まろうとしていた。