第114話 女神対魔神
浮遊大陸アトランディアに存在する、恐ろしく豪華で立派な巨城。その中にある謁見の間で、二人は向き合っていた。
「久しいな、女神アークライト」
「グリード・・・」
一人は玉座に腰掛ける竜人の男。そしてもう一人は、凄まじい魔力を身に纏った小さな女神。かつてこの地で激闘を繰り広げた二人だったが、二千年の時を経て再び対峙する。
「ふぅむ、あの時とは少し姿が変化しているようだな」
「当たり前だろうが」
「本当ならもうすっかり大人の姿になっているはずだが・・・余の【怠惰】はそれ程までにお前の力を封じたか」
「ああ、そうだな。おかげで毎日朝から夜まで眠くて、挙句の果てには怠惰の魔導王なんて二つ名で呼ばれる様になった」
「はははっ、良かったではないか」
余裕を崩さないグリードに対し、アークライトは彼を睨んだままきつく拳を握り締めた。
「迷惑なんだよ、お前・・・」
「何がだ?」
「世の中は平和になって、あんなにいい奴らとそれなりに楽しく過ごしてたんだ。なのに、今更また出てきやがって・・・」
「くくっ、それは悪いことをした。だが、良いではないか。すぐに楽しみも苦しみも無い、無の世界へと行けるのだから」
次の瞬間、四方八方から様々な魔法がグリードに襲い掛かる。しかし彼はその場から動かず、不敵な笑みを浮かべながら全ての魔法を消し飛ばした。
「まあ待て、もう少し話をしようじゃないか」
「死ぬのはお前だけなんだよグリード・・・!」
「心配するな。別に時間を稼いだりしている訳ではないのだから。それで、あの孤高の女神アークライトにも、ようやく仲間というものが出来たのだな。ここはおめでとう、とでも言っておくべきか。しかし・・・」
すっと目を細め、それでも笑みは絶やさぬままグリードは言う。
「余を葬る為だけに、別の世界に住む何の関係もないただの一般人を召喚するとは・・・お前達も面白い事をするものだ」
「っ・・・」
「サトータロー、余を楽しませてくれるのは奴だけだ。感謝するぞ、アークライト。奴を巻き込んでくれたことを・・・な」
「だ、黙れ!残念だが、お前はここで私が殺す!」
「くっくっ、どうした?余は知っているぞ、奴がお前にとって特別で大切な存在であると」
ほんの少しだけ魔力を指先に集め、ハートの形に。女性が見れば喜びそうなそれを、グリードは指で弾いて消し飛ばしてみせた。
「残念だが、お前の想いなど届かない。女神と人は、そもそも交わるべき存在ではないのだからな」
「うるさい、あいつには可愛い彼女がいるんだよ。私はそれを見守っているだけで満足なんだ」
「あまり無理はするなよ。大罪魔力を持つ余には嫌でも分かるのだ。【嫉妬】【色欲】【強欲】・・・お前の中に渦巻く様々な欲望が」
本気でグリードを睨み付けるアークライトの顔は赤い。震える拳を更に強く握りながら、彼女は遂に空間干渉魔法を展開した。
「ふははははっ!何を恥ずかしがっている。まさか、本気で人間程度の下級種族に惚れ込んでいたのか?」
「空間振動波ッ!!」
空間が揺れ、床を砕きながら衝撃波がグリードに迫る。それでも玉座に腰掛けたまま動こうとはせず、人差し指から魔力を放った。
直後、アークライトの空間振動波とグリードの魔力が衝突し、そして消滅する。
「なっ・・・!?」
「二千年間も異空間に閉じ込められていたからな。暇潰しに、お前が使っていた空間干渉魔法を覚えてやった」
「ば、馬鹿な!あの空間の中では身動きはとれないはずだ!」
「くくっ・・・この程度の魔法、覚えるのにわざわざ動く必要などないわ」
まるで埃を払うかのように、グリードが軽く手を動かす。次の瞬間、何かに殴られたかのような衝撃がアークライトを襲い、それに対応できなかった彼女は吹っ飛んで壁に衝突した。
「がはっ・・・!?」
「案外便利なものだな、空間干渉という魔法は」
崩れた壁と共に倒れ込むアークライト。そんな彼女の姿を眺めながら、グリードはつまらなさそうに息を吐く。
「どうした、眠くなったのか?」
「このォ・・・!」
立ち上がり、再びアークライトは空間干渉を行う。彼女が使ったのは、あらゆるものを空間ごと切断する〝空間断裂〟という魔法だったが、それすらもグリードは全く同じ魔法で相殺した。
「無駄だ。お前が使う空間干渉魔法は全て使用可能・・・賢いお前なら、それがどういう意味か分かるな?」
「さあな。天才にも、分からない事なんてのはいくらでもあるもんでね・・・」
大きな音が鳴り響き、同時にアークライトの身体は宙に浮き、そのまま天井に叩き付けられた。骨が軋む感覚を味わいながら、アークライトは口から血を吐き出す。
「ぐっ、うぅ・・・!」
「お前が何度空間に干渉しても、余はその全てを相殺できる。パワーもまるで違い、魔力量も今では桁が違う。アークライトよ、お前には勝ち目など存在しないのだ」
「勝ち目が無いなんて、勝手に決めるなッ!!」
空間を繋げ、様々な場所からの攻撃を可能とする干渉魔法、歪空間。それを使ってアークライトはグリードの背後から魔力の弾丸を放つ。しかしグリードは同じく歪空間を発動し、迫る弾丸をアークライトの目の前から飛び出させる。
恐ろしいことに、自身の魔力を上乗せして威力を遥かに上昇させていた。
「砕け散れ、アークライト」
城の壁が吹き飛び、爆風で外に投げ出されたアークライトだったが、体から血が流れ出すのを気にすることなく膨大な魔力を解き放つ。
「消えろグリード!」
「っ、これは─────」
城全体を対象に、巨大な魔法陣が展開される。
「広範囲空間圧縮陣ッ!!!」
次の瞬間、城は激しい閃光と共に跡形もなく消滅した。残ったのは、クレーターのように抉れた地面の中心に立つグリードと、彼を悔しげに睨みながら宙に浮くアークライトだけである。
「く、くそっ!なんで生きてるんだ!」
「何度も言わせるな、アークライト。余はお前の空間干渉魔法全てを相殺できるのだ」
「ふざけるな!私の空間干渉が、そう簡単に真似されてたまるか!」
「もう既にされているではないか。お前もかなり傲慢な女神のようだな。くくっ、その方が余の好みではあるぞ」
グリードの姿が消える。その直後、凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、何が起こったのか理解する前にアークライトは地面に激突した。
「ぐあっ・・・!?」
「お前は魔法に頼りすぎているが故に、こうして自身を上回る速度で接近されると、何の対応も出来ずに呆気なく破壊される」
女神であるアークライトですら目で追えない速度で、グリードは彼女を背後から軽く殴ったのだ。震える体を無理矢理動かして立ち上がろうとする彼女だったが、骨が折れているのか呻きながらその場に転がる。
「どうだ、余が与えてやった絶望の味は」
「く、くそォッ!!」
立ち上がれないアークライトの前に降り立ち、腕を組みながらグリードは魔力を纏う。
「だが、まだまだ足りないだろう?」
「殺す・・・殺してやる・・・!」
「余はお前の魔法に干渉し、お前の仲間を様々な場所に転移させた。お前は適当に遠い場所に転移させたが、ここに辿り着くまでにどれだけ時間がかかったと思う?」
さらに魔力は上昇していく。
「クククッ、もう既に決着がつき始めている頃だろう。さて、女神アークライトよ。お前は大事な仲間達を余から守ることができるかな?」
そして、グリードは魔力を解き放った。最初は攻撃されたのかと思い、咄嗟に魔力を纏ったアークライトだったが、突如周囲に姿を現した者達を見てグリードが何をしたのかを理解する。
「なっ・・・!?」
「うわっ、なに!?」
ボロボロのラスティを背負ったアレクシス。
「おっと、何事だ?」
「むがっ!?」
「どうしたテラ───いだだだっ!!」
「これは・・・まさか転移魔法!?」
気絶したネビアをお姫様抱っこしているハスター。そして彼の背中にぶつかってバランスを崩したテラと、そんなテラの背中にぶつかって悶絶するヴェント、さらにフレイを背負いながら驚いているディーネまで。
「っ、何・・・!?」
「わあ、びっくりしたぁ・・・」
そして翼を広げて飛行中だったのか、突然目の前に出現した地面に驚きながら着地したベルゼブブに、仲間達を見て安心した表情を浮かべるマナ。
「え、なっ、ソンノさん・・・!?」
そう言って剣を抜いたテミス。しかし、アークライトが最も姿を見たいと思っていた青年はいなかった。
「な、何をした、グリード!」
「会いたかったであろう仲間達を呼んでやったのだ。くくっ、感謝するがいい」
「タローはどこだ!」
「奴は転移させていない。余が楽しむ為には奴の力を全て引き出さなければならないのでな。お前達全員の亡骸を見れば、奴も怒りのあまり破壊の化身となるだろう」
「ぐっ、全員今すぐこの場から離脱しろ!」
ベルゼブブだけが、アークライトの声を聞いて動いた。誰よりも早くグリードの姿を捉え、同時に憤怒と暴食の魔力を解放。そして猛スピードでグリードに接近し、顔面に蹴りを放つ。
「ほう、お前が現代の大罪魔力の使い手か」
「なっ・・・!?」
渾身の蹴りは、指一本で受け止められていた。驚くベルゼブブだったが、足を掴まれそうになったので即座にグリードから離れた───はずだったのだが。
「何処へ行くのだ?」
「くっ!?速い・・・!」
グリードは一瞬でベルゼブブの背後へ。これから放たれる一撃を回避することは不可能、それが分かりながらもベルゼブブは無理矢理体を動かす。
「天地魔壊の大海竜大口ッ!!」
その直後、凄まじい勢いで渦巻く水が、ベルゼブブに魔法を放とうとしていたグリードを巻き込んで天へと昇る。遅れて動いたディーネが、フレイをヴェント達に任せてグリードに魔法を放ったのだ。
「ベルちゃん、大丈夫!?」
「え、ええ、ありが────」
「生きていたか、嫉妬の魔王よ」
ディーネが放った魔法を消し飛ばし、グリードは二人に急接近した。そしてそれぞれの頭を掴み、腕を交差して互いの顔面を衝突させる。
「うあっ!?」
「ぐっ・・・!」
「少しは余を楽しませてくれるんだろうな、小娘共!!」
「このォっ!スカーレットノヴァッ!!」
脳が揺れて一瞬意識が飛びかけるが、そんな状況でもベルゼブブは魔力を空に集中させ、深紅の魔導弾を凄まじい速度でグリード目掛けて放つ。
斜めからグリードに襲い掛かった魔法はそのまま地面にぶつかり、グリードごと大爆発した。
「ふむ、悪くない魔法だ。しかし足りない、この程度では余を殺すことなど不可能であるぞ」
「くっ、化け物め・・・!」
それでも、煙の中から姿を見せたグリードは無傷。ベルゼブブとディーネは、この男を完全に消し去る為に全力で魔法を放ったというのにだ。
「さ、下がってろ!お前達が敵う相手じゃない!」
「うるさいわねポンコツ女神!貴女もボロボロなんだから、今ここに居る全員が協力しなきゃ勝てないわよ!」
ベルゼブブが翼を広げ、猛スピードでグリードに接近する。そして至近距離で魔法を放ったが、グリードはそれを人差し指だけで弾き返した。
信じられない行為を見て硬直してしまったベルゼブブに跳ね返された魔法が直撃する寸前、それは間に割り込んだテミスが真っ二つに斬り裂く。そしてそのまま臆することなく彼女はグリードに斬りかかった。
「っ・・・!」
「遅い、弱い、脆い・・・くくっ、世界最弱の種族はお前達人間なのだぞ小娘」
一秒間に何十回も放たれる斬撃を、全て指一本で受け止めるグリード。そんな彼の背後からアレクシスとラスティが同時に武器を振り下ろしたが、それが当たる直前にグリードの姿が消える。
「逃がすかよ!」
グリードの動きを読んでいたハスターが、恐らく転移魔法を使って移動したのであろうグリードを鋼糸で縛り上げる。そこにヴェントとテラが魔法を撃ち込んだが、ニヤリと笑ったグリードが放つ魔力に糸も魔法も消し飛ばされ、発生した爆風が周囲にあるもの全てを吹き飛ばした。
「はははっ、雑魚共が!」
さらに、飛び上がったグリードは手のひらを空に向け、膨大な魔力を上空に集中させて巨大な魔法陣を展開。
「あ、あれは私の・・・!?」
「スカーレットノヴァ!!」
そして放たれたのは、ベルゼブブの最大魔法。深紅の絶望が大地を砕き、集結した世界最強の戦士達を破壊する。
「────これで終わりだ、グリード」
そんな状況だというのに、アークライトだけは不敵な笑みを浮かべていた。




