第111話 魔族の王、その名はベルゼブブ
魔王とは、魔の頂点に君臨する者である。
保有魔力量は全魔族の魔力を合わせても届かない程とまで言われており、彼らが放つ魔法はあらゆるものを破壊する。
そんな魔王が四人も集まり、一人の少女に対して一斉に魔法を放った。しかし少女はつまらなさそうに、その全てを人差し指だけで弾き返していく。
「はぁ、もう飽きたのだけれど」
「ば、馬鹿な、有り得ない!君の相手をしているのはかつての魔王四人なんだぞ!?」
ネクロは焦る。魔力の大半を消費して呼び出した屍人魔王は、あのサタンに匹敵する程の強さを誇っている。だというのに、魔法は全て当たらず飽きたとまで言われる始末。
既に父を遥かに超えた魔力を纏う、紅魔王ベルゼブブ。彼女の相手をするには、過去の魔王程度では役不足であった。
「まず貴方、怠惰の魔王さん?相手の動きを遅くしたりするのが得意みたいね。でも、残念────」
怠惰の魔力を持つ魔王の一人が、一瞬で背後に移動したベルゼブブに頭を掴まれる。そして、一気に魔力を流し込まれて頭部が破裂した。
「私を遅くしても、結局貴方の方が遅いじゃないの」
「ヴアアアアアアッ!!」
「貴女は色欲の魔王ね。人を惑わせ堕落されるのが得意・・・ふふ、だから何?」
続いて襲いかかってきた色欲の魔王の顔面に蹴りを放ち、血を撒き散らしながらよろけたところを魔法で吹き飛ばす。
「で、強欲の魔王か。相手の力を奪い取る魔法の使い手らしいじゃない。じゃあ、特別にこれをあげるわ」
そんなベルゼブブから魔力を奪おうとしている強欲の魔王。しかし彼女は表情一つ変えることなく魔王に目を向け、そして膨大な魔力を解き放つ。
次の瞬間、強欲の魔王の腕が爆散した。憤怒の魔力を一気に吸収してしまったことで、自身の許容魔力量を上回って肉体が耐えられなくなったのだ。
「そして、最後に傲慢の魔王。悪いけど、多分私の方が傲慢だと思うわよ?だって貴方、道端に落ちている石ころ程度にしか見えないもの」
三人が退けられ、傲慢の魔王が叫びながらベルゼブブを襲う。そんな魔王の首を簡単にへし折り、髪を掴んでネクロに向けてベルゼブブは放り投げた。
「べ、ベルゼブブウゥ・・・ッ!」
「大罪魔力持ちを相手にすれば、グリード戦へのいい経験になると思ったのだけれど・・・期待はずれね。もういいわ、まとめて消えるがいい」
怒りに震えるネクロを冷たい瞳で見つめ、ベルゼブブは空高く飛び上がる。そして手のひらを上に向け、膨大な魔力を集めて巨大な魔法陣を空中に展開した。
それを見て、ネクロは彼女が何をするつもりなのかを理解し、急いで魔王四人の怪我を回復させて自身の周囲に集める。かつて魔界を支配していた魔王達を盾にして、圧倒的な破壊力を誇る魔法から身を守るつもりなのだろう。
「スカーレットノヴァ」
放たれた紅い弾丸が大地を破壊した。全力で撃ったわけではないが、それでも王都を一撃で壊滅させることが可能な威力。爆風が吹き荒れる中、ベルゼブブは翼を広げて静かに着地する。
「が、かか・・・!」
「ふーん、まさか生きているなんて。盾にした魔王四人はグチャグチャだけどね」
煙が晴れるとよく見える。全身から大量の血を垂れ流すネクロが、ガクガク震えながらベルゼブブを睨んでいた。周囲には魔王達だったものが散乱しており、もうネクロを守ってくれる者は誰もいない。
「さて、どうしようか。貴方には魔都で散々酷い目に遭わされたものねぇ・・・」
「私を殺すつもりか・・・?は、ははっ、それは無理だ」
「どうして?」
「これで、勝ったと思うなよ・・・!私はまだ、とっておきを残しているんだ・・・っ!」
ネクロが魔法陣を展開した。何をするつもりかとベルゼブブが彼に聞くよりも早く、黒い光がネクロを包み込み、そして爆発する。自爆したのかと思ったベルゼブブだったが、その直後に突然首を掴まれ、そのまま地面に叩き付けられた。
「ッ・・・!」
『ふはははははっ!素晴らしい!力が、溢れる・・・!』
彼女の上にのしかかっていたのは、異形の存在だった。全身真っ黒で、かなり筋肉質で巨大な肉体。ベルゼブブの3・4倍は大きいその化物は、顔と思われる部位に唯一付いている紅い目でベルゼブブの瞳を覗き込む。
『綺麗な瞳だ・・・あぁ、くり抜きたいッ!!』
「気持ち悪いわね!」
そんな化物と化したネクロを蹴り上げ、ベルゼブブは一旦距離をとった。
「貴方、魔王四人を取り込んだの?」
『そうだよ、今私の中には大罪魔力が四つもある!それだけじゃなく、私が使役できる残り全ての屍人も取り込んだ!賢い君なら分かるはずだ、今の私は君よりも強いと!』
「頭が悪いからよく分からないわ。誰が誰より強いって?」
『私が君より強いんだッ!!』
地を蹴りベルゼブブに接近するネクロ。ベルゼブブは彼が来るのを予測していたので高く跳んだが、それを狙っていたネクロはベルゼブブ目掛けて魔法を放った。
巨大な闇属性の球体が猛スピードでベルゼブブに迫り、そして爆ぜる。煙の中で血が舞ったのを見て、ネクロは高らかに笑った。
『はははっ、魔王ベルゼブブッ!!君に惚れたよ、全てが欲しい!』
「っ────」
落下するベルゼブブの足を掴み、振り回して地面に叩き付ける。さらに自身も急降下し、起き上がろうとしていた彼女の背中を踏みつけた。
バキバキと鳴った音は、地面が砕けた音だけではないだろう。弱者を痛めつける快感を思い知ったネクロは、そのまま何度も大きな足裏でベルゼブブを踏む。
『でもその傲慢な性格は必要ないなぁ!犬だ!魔王でも悪魔でも女でもなく、君はただの忠実な犬でいいッ!!』
何度も何度も踏んで踏んで踏みまくる。
『君の主は究極の融合体だ!邪蛇王も剣帝も魔神も、英雄王も銀の戦乙女も怠惰の魔導王も!私の領域には未来永劫届かないッ!!』
「────傲慢ね」
さらに踏んで踏んで踏んで踏んで───踏んでいた存在は唐突に目の前から消えた。
振り向けば、腕を組んで馬鹿にしたような笑みを浮かべるベルゼブブと目が合う。驚くべきことに、あれだけ踏みつけられたというのに彼女の傷は全て完全に塞がっていた。
「残念だけど、貴方の領域に踏み込める人なんていくらでもいるわよ?まずタロー、貴方なんて十秒あれば片付けられるわ。次にグリードとディーネ、多分テミスも。あと、ソンノ・ベルフェリオもね」
『な、なにィ・・・?』
「そして私。残念だけど貴方、体が耐えられない程の魔力を一気に吸収したことで、暴走寸前よ?」
そう言われ、ネクロは体の異変に気が付く。膨れ上がった肉体がさらに膨張し、所々変形し始めていたのだ。
『だったら、なんだ・・・?』
「ただ闇雲に暴れ回るだけの残念な怪物になったとしても、私には勝てないってこと」
瞬間、ネクロは一瞬でベルゼブブとの距離を詰め、巨大な拳を振り下ろした。しかしそれはベルゼブブに当たらず、逆に顔面を蹴られて派手に吹っ飛ぶ。
『ぐっ、かかっ・・・!?』
「屍人との融合、それも数に限り無し。確かに恐ろしい力を手にすることができる最低な外法だけれど、使い手が雑魚じゃあそんな結果になるのは当然よね」
『だ、黙れぇ!!』
暴走は既に始まっていた。徐々に理性を失い始め、狂ったようにベルゼブブ目掛けて様々な一撃を放ちまくる。だが、その全てをベルゼブブは笑みを浮かべたまま避け続け、隙を突いてネクロの顎に手を当て魔法を放った。
「弱ぁーい」
『きっさまああああッ!!』
腕を振り下ろすも、ベルゼブブは一瞬で背後に。
「そろそろお父様の分の〝怒り〟もぶつけてあげようか」
『ベルゼブブウウ!今ならァ、服を脱いで土下座して千回謝れば許してやるぞオオオオッ!!』
「魔力、解放」
凄まじい魔力がネクロの魔力を呑み込む。自身の中に眠る〝二つの魔力〟を同時に解放したベルゼブブは、迫り来るネクロの巨腕を指一本で受け止めた。
『なっ・・・!?』
「今なら、土下座して頭を地面に擦り付けながら一億回死ねば、その分楽に殺してあげるわよ」
全てを凌駕したはずのネクロの身体が、震えた。目の前で不敵に笑う少女に、心底恐怖したのだ。
『うっ、うわああああああ!!!』
魔法を放つが、ベルゼブブは遥か上空に。顔を上げれば、空一面に展開された恐ろしい数の魔法陣が目に飛び込んでくる。
「スカーレットノヴァ」
急いで逃げ出そうとするが、もう遅い。そもそも、逃げ場などどこにも存在しない。放たれた数百発の極大魔法は、国一つが無くなる程の範囲を粉々に吹き飛ばした。
『き、い、あぅ・・・』
それでもネクロは生きていた。最早生物と呼べるかどうかも怪しい程肉体は崩壊しているが、ドロドロした巨大な黒いスライムのような見た目になり、前方に降り立ったベルゼブブに震えながら手を伸ばす。
『た、ふけで、くれ・・・ゆるひで、くだひゃ・・・』
「我が《怒り》は全てを破壊し、我が《暴食》は全てを喰らう。これで終わりよ、クズ野郎・・・!」
『や、やだ、やだやだやだああっ!しにた、ぐなひぃ、だれかたすけでえええええッ!!』
「魔王の晩餐ッ!!」
暴食の魔力がベルゼブブの手元に集まり、小さな黒い球体となって放たれる。それは徐々に巨大化し、最終的には先程のネクロの数倍程膨れ上がってネクロを呑み込んだ。
彼女が使う『ブラックアウト』という魔法は、今のテミス達でも簡単に破ることが可能だろう。しかしこれは、タローをも喰らう大魔法。
数秒後にはネクロという存在は跡形もなくこの世から消え去り、魔力は全てベルゼブブに吸収された。