第110話 疾風の暗殺者
「おいおいおーい。おっさん、まいっちまったなぁ・・・」
「うふふ、まだまだこれからでしょう?」
全身から血を流すハスターの視線の先では、楽しげに微笑み宙に浮かぶネビアが、魔力を次々と魔法に変換している最中だった。
「私に得意属性とかは無いけど、大体の魔法ならこうして自由に使えるのよねぇ」
「いやー、冗談キツイぜネビアちゃん」
「もっともっと、私を楽しませて?」
放たれた数十発の魔法が全てハスターに直撃する。その直後に突然体が動かなくなり、ネビアは目を見開いた。
「これは・・・」
「必殺〝影縫い〟ってやつさ」
ネビアの影にはナイフが突き刺さっていた。そこにハスターは吹っ飛びながらも魔力を送り込み、彼女の動きを封じたのだ。
「さて、今度はこっちの番だぜ」
着地と同時に地を蹴り、ハスターはネビアに接近した。そして、取り出した数本の鋼糸を自在に操りネビアの体に巻き付け、肉が切れない程度に締め上げる。
そして魔力をダガーに纏わせネビアの背後に回り込み────
「ほんと、甘い人ね」
空から放たれた雷がハスターに直撃、その隙に糸とナイフを切断して距離をとったネビアは、よろめくハスター目掛けて再び数十発の魔法を連射した。
「空に魔法陣を展開しておけば、時間差で魔法を放つことなんて簡単なのよ?」
「ぐっ、はは。そいつぁ是非ともベルゼブブちゃんとディーネちゃんに教えてやりたいぜ」
「それは無理ね。貴方はここで、死・ぬ・か・ら」
スピードを活かした暗殺技が、ハスターが世界樹の六芒星と呼ばれる最大の特徴なのだが、基本的に彼はターゲットに気付かれる前にその命を刈り取る。
故にこうして向かい合って戦闘を行うのは苦手であり、さらに相手が長距離戦を得意とする魔導士だった場合、ハスターの暗殺技はほぼ全て封じられると言っていいだろう。
「幻術が全く効かない貴方は一番厄介かと思ってたけど、案外そうでもなかったのね〜、ある意味助かったわ」
「畜生、わりと自分の強さには自信があったんだが・・・こりゃ無理っぽいな!」
「そう、無理なのよ。だからもう諦めて、大人しく死んでちょうだい」
「はっはっ、それの方が無理だぜ!」
ハスターは笑ってみせるが、もうフラフラだ。それに気付いたネビアは魔法に使用する魔力の量を減らし、ハスター目掛けて放つ予定の魔法量を増加させた。
「幻影魔女としては、やっぱり幻術系魔法で勝ちたかったんだけれど、残念ね」
「俺も、可愛い女の子が相手の時は、極力優しくエスコートしてやりたかったんだが・・・」
「あら、どういうことかしら。もしかして、今までは本気を出してなかったとでも言いたいの?」
「いやいや、出してたけどな。ま、この際仕方ないかー・・・」
ハスターが全ての魔力を体内に戻す。何かをするつもりかと警戒するネビアだったが、ただ笑みを浮かべるだけのハスターを見て警戒を解き、容赦無く展開していた全魔法を一斉に放った。
「終わりよ、夜殺の影・・・!」
「ははっ、そうだな─────」
が、魔法が当たる直前に、ハスターはネビアの前から姿を消した。驚いたネビアはどこに行ったのかと首を振ろうとしたが、それよりも速く、ハスターは彼女の首に手刀を叩き込む。
「本気の本気、出してみるか」
「がっ・・・!?」
意識が吹っ飛ぶが、事前に展開していた雷魔法を自分目掛けて放ち、強制的に目を覚ます。そんな彼女だったが、先程と同じで再び身動きがとれなくなった。
「また影縫い・・・無駄よ!」
「そうかい?」
魔法でナイフを破壊しようとするネビアは、自分の影にびっしりと突き刺さる数十本のナイフを見て戦慄した。膨大な量の魔力が流し込まれていることにより、動けないどころか魔法すら発動することができない。
「馬鹿な・・・!強いのは知っていたけど、六芒星の中じゃ下のレベルな筈よ!なのに、ここまでの実力者だったというの!?」
「最近テミスちゃん達もどんどん強くなってるし、タローとかいうバケモンまで加わって、確かに俺は最下位くらいの弱さだったぜ?でもな、俺は元々暗殺者。魔法やパワーでは負けてても、〝殺しの技〟に関しちゃ俺以上の奴はいないのさ」
「くっ、この!!」
魔力の大半を消費し、ネビアは影縫いから抜け出す。しかし、その直後にハスターが勢いよく腕を交差させ、様々な場所に打ち込まれていたナイフが抜けて高速でネビアに接近。それを回避することには成功するが、鋼糸がネビアの体に巻き付いた。
「こんなもの、魔力があれば!」
「君は魔法の扱いが上手いが、個々の威力が弱すぎる。例えばさっきの雷魔法、あれをマナちゃんが使えば俺は塵になると思うぜ?そして、君は拘束を解くのに何度も魔力を消費し過ぎてる」
「それがなんだと言うの!?貴方だって、魔法を浴び過ぎて限界が近いはずよ!」
ハスターが纏う魔力、雰囲気がこれまでとはガラリと変わり、ネビアは気付かぬうちに焦り始めていた。そんな状態で彼女は何十発もの魔法を再び乱射したが、その全てをハスターはダガーで弾き飛ばす。
「なっ・・・!?」
「おっさん、戦闘中に殆ど魔力使ってなかったの、知ってた?」
おぞましい魔力をハスターは放ち、目にも留まらぬ速さでネビアの目の前まで移動する。その速度はライトニング兄弟級で、同様したネビアはハスターを吹き飛ばすために膨大な魔力をその身から解き放った。
「そして、君はベルゼブブちゃん並に魔力を持ってるけど、彼女みたいに魔力の調整が上手くない。だから一発の魔法、魔力の放出で消費する量が多い。それが招いたのが、この現象だ」
魔力はハスターの身を裂いたが、同時にネビアの魔力が底を尽きる。これまで幻術を使い、簡単に敵を始末してきた幻影魔女。しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。
「わ、私の、魔力切れを狙っていたというの・・・!?」
「女の子に暴力を振るうのは好きじゃないんでね」
「くっ、まさか私が負けるなんて・・・」
倒れ込むネビアを支え、ハスターは笑う。そして彼はネビアの目を真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「君はどうして神罰の使徒に所属してるんだい?」
「え・・・」
「辛い過去があったっぽいからな。よければおっさんに教えてくれないか?」
そう言われ、ネビアはくすりと笑った。
「私はね、幼い頃両親に捨てられたのよ」
「・・・」
「どこの国にあったスラム街かは忘れたけど、そこで私は一人で暮らしていた。当然生きるためには様々なことをしなきゃいけなくて、私は幻術を覚えて他の人達を騙し続けて成長したの」
ハスターは何も言わず、ネビアの話を聞く。
「それで大人になって、ある程度のお金を手に入れて、苦しい生活からは抜け出せた。でもね、今も苦しんでる人達は大勢いる。そんな人達を助けたいとは思わないけど、ふと思う時があるわ。もしも苦しむ人達なんて一人もいなくて、皆平等に暮らせる世界だったら、私は・・・その人達はどうなっていたのだろうって」
「・・・」
「神罰の使徒の最終目標は人類の駆逐。知らなかったでしょう?それでグリードを復活させて、新たな世界を創ろうって集まりだったのよ。でも、結局グリードは暴力で全てを支配するつもりで、ハーゲンティ達はそれでいいのかもしれないけど、私はちょっと嫌だった。それで、もし神罰の使徒から抜けようとすれば、確実に殺されちゃうしね」
「要するに、ネビアちゃんは平和な世界にしたかったってことか?」
「私はそんな善人じゃない。人がいるから人は苦しむ。だから支配するとかじゃなく、人類そのものを全て消しちゃえばいい・・・そう思ってただけ。別に大したことはない、ただ何となくそう思い、何となく神罰の使徒と行動を共にしていただけよ」
ネビアはそう言うと、ハスターが手に持つダガーに触れた。
「殺して。何となく分かっちゃったわ。神罰の使徒は、グリードは。絶対貴方達には勝てないって」
「ふむ・・・」
「目的も生きる意味も無くなったんだから、私は存在する必要が無い。だから、殺して」
「嫌だけど」
「え・・・」
ハスターはネビアをお姫様抱っこし、ニカッと笑った。もう既に魔力は体内に戻しており、武器もどこかにしまっている。もう彼は、ネビアと戦うつもりなど微塵もなかった。
「駄目だ駄目だ、生きてくれ。俺は君に死んでほしくなんかないからな」
「でも、もう疲れたもの」
「俺と一緒に世界を見て回れば、これの為に生きたい!って思えるものに出会えるかもしれないぜ?」
「旅をするの?それもしんどいけれど・・・」
「だったら、俺の為に生きてくれ」
その瞬間、生まれて初めてネビアの心臓は跳ねた。自分を抱えているハスターが妙に格好良く見える。
「それは、告白なのかしら?」
「そいつはネビアちゃんが判断してくれ。ま、相手はこんなおっさんだけどな」
「ふふ、恋に年齢なんて関係ないんじゃない?」
「おっ、もしかして?」
「返事はまた後で。その前に、貴方達はグリードとの決戦に挑まなきゃならない。全てが終わったら、私も生きる目的についてじっくり考えてみるとするわ・・・」
意識を失うように、目を閉じ眠り始めたネビア。そんな彼女を見てハスターはやれやれと苦笑し、格好つけて激痛を誤魔化しながらお姫様抱っこしたことを後悔しながら仲間達と合流する為歩き出した。