第109話 紅蓮の魔狼
「がっはっはっ!勘違いしているようだから言っておくが、そこの娘をボコボコにしたのはワシじゃないぞ。ワシはただ、ラリアットしてから頭を踏んだだけじゃ」
「・・・一発でもこいつに何かしたら、それだけでお前は俺の敵なんだよ糞ジジイ」
「口の悪い小僧じゃのぉ。ほれ、お前とも遊んでやるからかかってこい」
長身で筋肉質な老人が、腕を組みながらアレクシスにそう言う。直後、老人は殺気を感じて咄嗟に魔力を纏った。
「っ・・・!?」
「おいおい、どうかしたのか?俺はまだ何もしていないが、まさか俺を恐れているんじゃないだろうな」
「くっ、くっくっくっ、がーーはっはっはっはっ!面白い、気に入ったぞ小僧!是非とも名を聞いておきたいところだ!」
「アレクシス・ハーネット。今からお前を始末する者だ、覚えておくといい」
「ワシはガチム、神罰の使徒に所属しているただの老人じゃ」
名前のとおりガチムチじゃん───そう思い、かなりの重症だというのにラスティは吹き出しかけたが、二人が睨み合ったまま動かなくなり場が静まり返っているので、頑張って彼女は耐えた。
「なるほど、紅蓮の魔狼とはお前のことだな。パワーだけなら世界樹の六芒星最強格だと聞いておるが、ワシのパワーとどっちが上か・・・試させてもらうぞ!」
一方、笑われているとは知らないガチムは、全力で地を蹴りアレクシスに接近した。迎え撃つ為大剣を構えるアレクシスだったが、それを見てニヤリと笑ったガチムは地面を思いっきり踏んで破壊する。
砂が舞い上がり、アレクシスの視界が遮られた。その隙にアレクシスの背後へと回り込み、ガチムは本気で彼の首目掛けて拳を突き出した、が。
「遅い」
「ぬうっ!?」
振り向きざまに大剣を振るい、アレクシスがガチムの腕を裂く。それでも飛び散った血を見てガチムは笑い、再度アレクシスに接近する。
「男と男の真っ向勝負じゃあ!!」
「いいだろう・・・山断ッ!!」
アレクシスの方も駆け出し、迫るガチム目掛けて剣を振り下ろした。そこへ突き出された拳が衝突し、発生した衝撃波を浴びて二人は同時に吹っ飛ばされる。
「互角か・・・!」
「ぬわはははは!」
踵で勢いを殺し、再び駆け出すアレクシス。対してガチムは高く跳び、拳に魔力を纏わせてアレクシスに腕を振り下ろす。
再び互いの一撃がぶつかり合い、吹っ飛ぶ。そこでアレクシスは違和感を感じた。一撃目よりも威力が上昇しているように感じたからだ。
「っ・・・?」
「気付いたか!魔力を纏うことで、ワシは体を鉄よりも硬くすることができるんじゃ!」
「だったらなんだ、轟破断!!」
アレクシスの大剣がガチムの頭に直撃した。しかし、ガチムの頭には傷一つ付かず、大剣を掴んでニヤリと笑う。
「ぬるいわ!!」
鉄を上回る硬度となった拳で殴られ、アレクシスは派手に吹っ飛んだ。そのまま彼はラスティの目の前に落下し、口から血を流しながらも立ち上がる。
「あ、アレくん、だめだよ!」
「何がだ?」
「口から血が出てるじゃん!」
「ちょっと口の中が切れただけだ」
「でも、アレくんの攻撃が効かないんでしょ!?あたしが時間を稼ぐから、その隙に逃げて・・・!」
鎌を片手に立ち上がり、ガチムを睨むラスティ。しかしすぐにバランスを崩し、倒れそうになったところをアレクシスに支えられる。
「うっ、くぅ・・・!」
「骨が折れてる。安静にしていろ」
「あ、あたしだけじっとなんかしてらんないよ!あたしだって、世界樹の六芒星なんだから・・・!」
「うるさい!!」
怒鳴られ、ラスティは体をビクリと震わせる。
「俺は今、本気で怒っているんだ。それが何故だか分かるか?」
「わ、分かりません・・・」
「それでいい。お前はいつも通り馬鹿だ」
「何が!?」
「ほら、黙って見ていろ。俺もお前と同じで一応世界樹の六芒星と呼ばれている者だ。あんな雑魚、すぐに片付ける」
ラスティを座らせ、アレクシスは大剣を持ってガチムの前に立つ。そんな彼の表情を見て、ガチムは楽しげに笑った。
「なんだ、小僧の女だったか」
「・・・あいつは馬鹿でうるさくて迷惑ばかりかけてくるが、それでも隣にいるのが当たり前のような存在だ」
「ほうほう、それで?」
「そんなあいつを、お前は殺そうとしたな。俺にとって何よりも大切な存在を、殺そうとしたんだ」
「つまり、何が言いたいんじゃ?」
ラスティからは見えない、アレクシスの表情。いつも冷静に物事を考えている彼は、ガチムから見れば怒り狂う鬼にしか見えなかった。
「お前を破壊する」
「はっはァ!やれるものなら────」
何かが頬を掠め、ガチムは笑みを消した。頬に手を当てれば、ドロドロした自分の血が指に付着する。
「・・・なんじゃ?」
「〝ただ魔力を大剣に纏わせるだけ〟・・・そんな攻撃は終わりだ。お前だけは確実に潰す、破壊してやる」
「熱い・・・まさか、小僧」
アレクシスの周囲を炎が渦巻く。彼の体から溢れ出した魔力が炎となり、周囲の温度を一気に上昇させているのだ。
「はははっ、神罰の使徒にもフレイという炎使いがおるぞ!」
「俺がなんと呼ばれているか、知っているか?」
「知っておる、〝紅蓮の魔狼〟じゃろ────あ?」
ガチムは首を傾げた。鉄よりも遥かに硬いはずの自身の腕が、いつの間にか地面に落ちていたからだ。
「なああああああああッ!!?」
「ただ肉体を硬くするだけで、俺に勝てると思うな・・・!」
蹴りが太股にぶち当たる。炎を纏うアレクシスの一撃は重く熱く、ガチムの太股は一瞬で焼け焦げた。
「ぐああああ!?ま、まさか、魔力が暴走しておるのか!?」
「お前だけは許さんぞッ!!」
いつも隣を歩いていたラスティには分かる。アレクシスの魔力は暴走などしていないと。だが、彼の怒りは凄まじかった。普段の姿からは想像がつかない程爆発的に魔力を放ち、本気で相手を〝殺そう〟としているのが嫌でも分かるのだ。
「ま、待ってくれ!ワシは悪くない、悪いのは世界樹の六芒星殲滅を命令したハーゲンティの奴で─────」
「言っただろう?あいつに何かしたら、その時点で誰だろうと俺の敵なんだってなァ!!」
振り下ろされた大剣が大地を砕き、炎がガチムを包み込む。全身からは血が飛び散り、宙を舞う彼の姿を見れば、最早戦闘を続行することは不可能であることなど、誰が見ても分かることだった。
「どうした、まだ終わってないぞ!!」
「もうやめて!」
それでもガチムに攻撃を加えようとしたアレクシスだったが、後ろからラスティに抱き寄せられ、動きを止める。振り向けば、涙を流すラスティと目が合い、さらに彼女が自身の魔力で身を焦がしていることが分かったので、アレクシスはすぐに魔力を体内に戻した。
「どうして止めた」
「だって、怖かった・・・。このままじゃ、アレくんがあたしの知ってるアレくんじゃなくなっちゃう気がしたから・・・」
「こいつはお前を殺そうとしたんだぞ!」
「もういいよ!アレくんが来てくれただけで、あたしは充分救われたもん!」
「ラスティ・・・」
その場に座り込み、号泣するラスティ。先程までの自分は、ラスティを怖がらせてしまっていたのか。そう思い、アレクシスは大剣を降ろした。
「・・・すまん。お前が傷ついているのを見て、頭に血が上ってしまったんだ」
「ぐすっ、うん・・・」
「いつもはキツく当たってしまっているが、お前は大切な幼なじみだからな」
そう言われ、ラスティは顔を上げた。戦闘中にゴムが切れたのか、いつもと違って髪が下ろされている状態の彼女と目が合い、不覚にもドキリとしたアレクシスは目を逸らす。
「アレくんは、優しいね」
「別に、そんな事はないさ。ほら、行こう。向こうに川が見えるから、そこで血を洗い流すといい」
「あたしの裸、見るつもり?」
「意味の分からんことを言うな!」
などと言いながらも、アレクシスはラスティをおんぶした。そして歩き出した彼の背中に額をくっつけながら、ラスティは太郎と会話している時のテミスを思い浮かべる。
「テミっちゃんも、こんな気持ちだったのかな・・・」
「どうした?」
「んーん、なんでも」
今まで、ただ一緒に居ることが当たり前としか思っていなかった存在。しかし、今は少し違う。
その後、胸の中に渦巻く不思議な気持ちが何なのかに気付いた時、ラスティはアレクシスの背に身を寄せたまま、なんとも可愛らしい悲鳴を上げるのだった。