第108話 ダンスマカブル
「情けねーなぁラスティ・アグノス。あんな糞ガキ相手に何やってんだよ」
「おっ、こうして姿を見せるのは久しぶりだねぇアダマス」
徐々に光が失われつつある自身の精神世界で、ラスティは一人の男性に向かって笑顔で手を振った。それを見た男性は鬱陶しそうな表情を浮かべ、相変わらず馬鹿だなと呟く。
彼は魔鎌アダマスに取り憑いている闇の精霊、アダマス。鎌の所持者であるラスティと契約しており、鎌が召喚されている間はこうして彼女の精神世界に入り込むことも可能なのである。
「このままじゃお前、間違いなく死ぬぜ?」
「うんうん、ちょっと勝てそうにないや。だからアダマスの魔力を限界まで借りようと思って」
「はあー?」
「相手が一人だけならまだなんとかなるんだけどさ、息ぴったりの双子だもん。しかも超速いし。あれはあたしじゃ無理っすよー」
力貸してーと、死にそうな状態だというのにヘラヘラしながら手を差し出すラスティ。実は彼女、暴走状態に陥らないよう自身の魔力の大半を使い、鎌の召喚時はアダマスの魔力を一定の量まで抑え込んでいる。
それをやめ、アダマスの魔力を全て引き出してしまえば────その先を想像し、アダマスはニヤリと笑った。
「くくっ、どうなっても知らねーぞ?最悪の場合、お前の精神は俺の魔力に飲まれて消滅しちまう可能性だってあるからな」
「大丈夫だよ、余裕余裕!」
「あの男・・・なんだっけ。アレクシス、だったか?そうなったらあいつが悲しむんじゃねーのか?幼馴染が、ある日突然魔鎌に
精神を乗っ取られるんだからよ」
「だから大丈夫だって・・・多分」
アレクシスの名を出され、ラスティの頬が僅かだが赤く染まる。それを見て、アダマスはやれやれと溜息を吐いた。
「俺はお前と契約してる。だからこうしてお前の精神世界にお邪魔させてもらってる今、お前が何を思ってるかは大体分かる」
「うっ・・・」
「ま、これからもお互い仲良くしてたいってんなら、俺の魔力を全部使うのはオススメしない。さあ、どうする?」
ずっとただの幼馴染としか思っていなかった彼。しかし、最近唐突に目を見て会話したり触れ合ったりするのが猛烈に恥ずかしくなってきたのは、何が理由か。
「・・・やる!」
「それでこそ俺の主だぜ」
その答えを知る為にも、まずはこの戦いに勝利しなければならない。ラスティはアダマスの手を握り、彼の魔力を一気に自分の体内に流し込んだ。
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「さあ、そろそろおしまいにしようか!」
「死ね、狂響魔人!」
ライトニング兄弟の一撃が迫る中、ラスティは目を開け魔力を解き放つ。それを感じ取ったライトニング兄弟は身の危険を感じ、咄嗟に後方へと跳ぶ。
「なんだ・・・?」
「魔力の質が変わりやがった」
「────くっくっくっ、こりゃあいい。お互いの魔力が混ざり合えば、精神も同じように混ざり合うってことか」
鎌からアダマスの魔力が溢れ出し、それを握りしめたラスティはニヤリと笑みを浮かべた。何が起こっているのか分からない兄弟は思わず後ずさり、ラスティがどう動くかを観察する。
「あれだけあたしをボコボコにしてたくせに、どうした?もしかしてビビってんのか?」
「あいつ、何者だ・・・?」
「明らかにさっきまでのお姉さんとは違う。気を付けて、ヒカリ。何をしてくるのか、僕にも想像がつかな────」
「こういうことをするんだよ」
鎌がヒカルの頬を掠める。今の一撃を避けたヒカリのスピードはやはりとんでもないが、ただの一振りを掠めさせることができる程に、ラスティのスピードも上昇していた。
「っ、やってくれるね・・・!」
「悪いが手加減抜きでやらせてもらおうか。ヒカル、本気でやろう」
「ああ、もう許さないよ」
ライトニング兄弟がさらに魔力を纏い、恐るべき速度での攻撃を開始する。しかし、ラスティは微塵も慌ててなどいない。
「はッ!!」
全力で鎌を振るい、彼らの首を狙う。だが、それはあっさりと避けられてしまい、チャンスとみたライトニング兄弟は息の合った動きで逆にラスティを蹴り飛ばした。
「なんだその動きは!」
「何がしたいのかは知らないが、所詮お前はその程度だ!」
その後も、ラスティの振るう鎌をまるで遊んでいるかのように避け続け、隙があれば攻撃を加える。そんな時間が長時間続き、さすがのライトニング兄弟も疲労が溜まり始めた。
「チッ、しぶといやつだ」
「お姉さん、もう降参しなよ」
「え、もしかして疲れてんの?おいおいおーい、しんどいから降参してくださいってか?あっはっは、だっせー!」
「・・・ヒカル、殺そう」
「・・・そうだね」
キレた二人がとどめを刺す為動き出す。その瞬間、兄──ヒカルは見た。罠にかかった獲物を見ているかのような、寒気がする程恐ろしいラスティの笑みを。
「くっ、何を────」
直後、ヒカルの肩から血が噴き出した。そして激痛に顔を歪めるのと同時に、今度は背中がザックリと切れる。
「ぎゃああっ!?」
「ヒカル!?お前、何をしやがった!」
「さあ?あたしはこの場から一歩も動いてないけど、何をしたと思う?」
「舐めやがって!!」
地を蹴りヒカリはラスティの背後に回り込む、が。今度はそのヒカリの太股を何かが貫通し、そのまま体勢を崩したヒカリはその場で派手に転倒した。
「ぐう・・・!」
「くくっ、まあ分からないだろうなぁ。仕方ない、答え合わせの時間だ」
痛みに苦しむヒカリの服をラスティは掴み、ヒカルの横に放り投げる。
「まず、今のあたしの中には二つの魂が入ってると思ってくれればいい。ラスティ・アグノスの魂と、闇の精霊アダマスの魂だ。で、その二つの魂と魔力が混ざり合って生まれたのが、今お前らの前に立ってるあたしってわけ」
「そ、そんな事はどうでもいい!僕が知りたいのは、この見えない攻撃の正体だ!」
「うるせーなぁ、教えてやるから黙って聞いてろ。というかお前ら、あたしが何も考えずにただ鎌を振ってただけと思ってんのか?」
ラスティが持つ魔鎌アダマスがぼんやりと輝く。それを軽く振るい、ラスティはニヤリと笑った。
「お前らの攻撃を受けながら、あたしは鎌を振るのと同時に魔力を放っていた。その魔力は今も空気中に漂い、あたしの意思で自在に操ることが可能だ」
「っ、まさか・・・」
「そう。あちこちに漂う魔力を不可視の刃へと変え、馬鹿みたいに動き回るお前らの肉を裂いた。残念だが、もうどこへ行ってもそこはあたしの攻撃範囲だぜ?」
「騙されるなヒカリ!魔力を変形させる前に遠くへ移動すればいいだけだ!」
「馬鹿だねぇ・・・」
ヒカリを引っ張り、ヒカルはラスティから距離をとる為後方に跳んだ。しかし次の瞬間、二人の全身は見えない刃によって切り刻まれる。
「常に魔力を刃にしとけば、そうやって逃げようとしても勝手に当たって怪我するだろバーカ」
「ぐっ、あぁ・・・!?」
「さぁて、あたしと踊ろうか?言っておくけど、隙を見て逃げようなんて考えても無駄だからな」
ライトニング兄弟の移動速度は凄まじいが、そもそも体が動かなければ意味が無い。血を流しすぎてふらつくヒカルを蹴り上げ、ラスティは不可視の刃に衝突させる。
「た、助け────」
この後、戦場は狂った舞踏会場と化し、大量の血が舞う中ラスティの笑い声と双子の悲鳴だけが響き渡っていた。
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「はぁ、はぁ、もう駄目だぁ・・・」
『情ねえなぁ。ちょっと俺の魔力を使っただけだろーが』
頭の中でアダマスの声が響く。魔力をほぼ使い切り、さらに全身にかなりのダメージを負っているラスティは、その声を聞いて痛そうに頭を押さえた。
「ぐっ、ちくしょ・・・ころして、やる」
『で、まだ生きてんのかこいつらは』
「この状態で、もしも立ち上がってきたとしたら、確実にあたしの方が殺されちゃう・・・」
『だったらさっさと殺しとけよ。このままじゃ、大好きなアレクシス君に会えなくなるかもしれないぜ?』
「この子達はまだ子供だし、殺すのは駄目だよ・・・って、今アレくんは関係ないでしょ!」
大きな声を出してから、ラスティは膝に手を置いた。呼吸するのも辛い程体力、魔力を消耗している彼女。しかし、ライトニング兄弟はもう動けないので、ゆっくり休む時間はありそうだ。
『・・・おい、やばいぞ』
そう思った直後、脳内でアダマスが言った。ラスティも感じ取る。背後から何かが接近していることを。
「っ──────」
振り向いた瞬間、首に凄まじい衝撃が走って彼女は吹っ飛んだ。かろうじて目で捉え分かったのは、恐ろしく太い腕でラリアットされたということだ。
「がはっ、ゲホッ・・・!!」
地面に衝突し、そのままラスティは立ち上がれなくなる。そんな彼女の前に、新たな敵が姿を現した。
「お前かァ、ライトニング兄弟を潰したのは!」
『おい!なんとか立ち上がって今すぐ逃げろ!』
アダマスはそう言うが、もう既にラスティは立ち上がることすら困難な程弱っている。そんな彼女を見下ろしながら、現れた老人は首をゴキゴキ鳴らして魔力を全身に纏わせた。
「あは、ははは、冗談キツイよ────」
蹴りが脇腹にめり込み、肋骨が砕け散る。堪らずラスティは悲鳴を上げたが、それでも老人は宙に浮いたラスティの髪を掴み、腹を殴った。
「うっ・・・!?」
「あの速度で動く二人をあれ程までに痛めつけるとは、かなりの実力者と見た!だが、もう限界のようじゃな・・・非常に残念!」
そのままラスティを放り投げ、地面に落下した彼女の頭を踏みつけた。そして徐々に力を増していき、嫌な音がラスティの頭から鳴り始める。
「い、痛い・・・っ!!」
「がっはっはっはっ!是非とも全力のお前と戦ってみたかったもんだが、ハーゲンティから世界樹の六芒星は一人残らず殺せと言われてるもんでな!ワシを恨まないでくれよ!」
「ああああああッ!!」
あと数秒あれば頭が破裂してしまう。それが分かったラスティは必死に抵抗したが、老人はピクリとも動かない。遂に意識まで薄れ始め、ラスティは本気で死を覚悟した。
その直後であった。どこか懐かしい魔力を感じたのと同時に、鈍い音と共に老人が吹っ飛んだのは。
「────お前か、ラスティをここまで痛めつけたのは」
顔を上げると、赤髪の青年が大剣を手に持ち老人を睨みつけているのが目に映る。
「あ、アレくん・・・」
その声を聞いて青年───アレクシスは振り返らなかったが、彼の背中からは確かな怒りを感じた。




