第107話 悲しみの炎と静かなる嫉妬
「炎翼の螺旋風ッ!!」
渾身の魔法を、暴れ狂う魔力を制御しながらフレイは放つ。
「───凍れ」
しかしそれは、軽く手を振って少しの魔力を前方に集中させたディーネに届かず、信じられないことに炎は凍りついた。
「ま、魔力が暴走していないのか!?」
その氷が粉々に砕け散り、気が付けばディーネは目の前に。咄嗟に魔法を放とうとフレイは手を前に突き出すが、瞬きをした一瞬で肘から先は消滅する。
「ぐっ!?」
「すぐに再生するでしょう?」
「何がベルゼブブの支えになるだ!ここまでした俺が、もう一度魔王軍に戻るとでも思っているのか!」
蹴りでディーネを吹っ飛ばし、その隙に腕を再生させる。しかし、直後に向こうにいるはずのディーネが肘でフレイの首を打ち据えた。
「ッ・・・!」
意識が飛びかける程の衝撃が脳を揺らし、ガクガクと震える膝が折れてフレイはその場に崩れ落ちた。それでもすぐに彼は目を開け、地面に爆炎を放った反動で空高く飛び上がる。
「お前には分からないだろうなぁ!堕落し切った魔王軍に失望した俺の気持ちはッ!!」
「堕落?ううん、違うよ。タローさんに出逢えて私達は変わったの。ただ奪うだけじゃ駄目だって、ベルちゃんは気付けたんだよ」
「魔族とは奪って生きる種族だ!人間程度に何もかもを奪われたままで、俺は終われるかァ!!」
炎の翼を広げて急降下、そのままディーネ目掛けて何度も火球を放ちながら、猛スピードでフレイは拳を握りしめた。
「憎しみに囚われたままじゃ、本当に大切なものには気付けない」
「がっ・・・!?」
舞い上がった土煙の中に突っ込んだが、殴るつもりが逆に顔面を殴られフレイは宙を舞う。
「嫉妬なんて馬鹿なことをしちゃった私だけど、そのおかげで気付けたよ。私が好きなのは、テミスさんが大好きで彼女の為なら何だってできる、そんな優しいタローさんなんだって」
「し、るかそんな事はァ!!」
「フレイ君の大切なものは?確かに、君の過去を考えたら人を恨むのは分かる。でもね、本当に大切なものの為に戦おうって、そう思わない?」
距離を取り、炎を放つ───直前にディーネの魔法を受けて吹っ飛ぶ。さらに目の前まで移動してきた彼女と空中で魔法を撃ち合ったが、一瞬で押し負けてフレイは地面に叩きつけられる。
「ふ、ははは、無駄なんだよ!この不死鳥の魔力がある限り、俺は不死身だ!」
「・・・そう、ある限りはね」
爆炎が周囲を吹き飛ばす。ゆっくりと立ち上がったフレイは、少し離れた場所に着地したディーネを見て笑い、手のひらを上に向けた。
「っ、あれはさっきの」
「まともに食らったらやばい!ディーネ、避けろ!」
ヴェントとテラはディーネの身を案じて避難を勧めたが、ディーネはその場から動かない。先程四天王二人を戦闘不能にしたこの魔法だが、さらに火力を増加させていることに気が付いていないのかとフレイは思う。
「馬鹿め、受け止めるつもりか」
「その程度の魔法で、君は本当に私を倒せると思ってるの?」
「これはかなりの魔力を込めた俺の大魔法だ!確かに嫉妬の魔力を持つお前はベルゼブブに匹敵する程の強さを誇るが、無傷でやり過ごせると思うなよ!」
空に再び小さな太陽が出現し、周囲の温度が一気に上昇する。そして、フレイは勢いよく腕を振り下ろした。
「全員仲良く塵になれッ!!」
同時に擬似太陽もかなりの速度で地上に迫る。そこでディーネはようやく魔力を纏い、その魔法を睨みつけた。
「はあああッ!!」
放たれた水魔法が渦を巻きながら擬似太陽に迫り、衝突した。その直後に擬似太陽の熱が水魔法を蒸発させ、じわじわとディーネに迫っていく。
「ははははっ、どうだ!俺の火力がお前を上回ったぞ!」
「───ふふ、甘いね」
このままではディーネが押し負ける・・・この場にいる誰もがそう思ったことだろう。しかしディーネはくすりと笑い、溢れんばかりの膨大な魔力をさらに解き放つ。より深く、使用を控えていた部分まで、嫉妬の魔力を呼び覚ます。
そして、水も擬似太陽も、全てが一瞬で凍り付いた。何が起こったのかと目を見開くフレイだったが、地上に立つ吹雪を纏ったディーネを見て悔しげに表情を歪める。
魔力が暴走したあの時と同じで髪の色や服装などが変化しており、桁違いな魔力が大地を震わせていた。
「本気を、出していなかったのか・・・!?」
「ここまで魔力を解放すると、暴走する危険性があるから。でも、今の私ならコントロールできるみたい」
凍った魔法が粉々に砕け散る。
「お、俺の炎は、全てを焼き尽くす煉獄の炎のはずだ!」
「簡単なことだよ。魔法を形成している君の魔力を凍らせればいい」
「簡単なことだと?た、他者の魔力を凍らせるなど、誰ができると言うんだ!」
「私はできる」
荒れ狂う吹雪が、一歩ずつフレイに向かって迫って来る。嫌でも体は震え、死の気配がフレイの周囲に纏わり付く。
「ふざけるな・・・」
それでも彼は魔力を炎へと変えた。
「俺が負けるなど、そんな事は有り得んのだ!!」
「決着をつけようか、フレイ君」
「これが、残りの魔力全てを使った最大の魔法だ!完全にこの世から消えて無くなるがいい!!」
炎の化身と化したフレイが、数百m圏内を一瞬で消し飛ばせるだけの破壊力を誇る魔法をディーネ目掛けて放つ。
「穿つ煉獄の六柱ッ!!!」
「凍てつけ────」
街一つ分のサイズを誇る炎の柱が六個、ディーネ達の周囲の地面から飛び出す───その寸前。
「絶対零度の大海竜咆哮!!!」
「なあっ!!?」
この場に満ちたフレイの魔力が全て凍りつき、魔法の発動がキャンセルされる。そして、凄まじい破壊力の魔法が前方にあるもの全てを凍らせるよりも速く、ディーネはフレイ目掛けて地を蹴った。
「フレイ君が不死身なのは、不死鳥の魔力を取り込んだからなんだよね?だったら、それを体外に出してしまえばいいんだ!!」
「や、やめ────」
手のひらを胸元に押し当て、魔力をフレイの体内に放つ。そしてそれは的確に不死鳥の魔力に直撃し、体の外に弾き出した。
「がっ、あ・・・!?」
凍ったもの全てが砕け散り、フレイはその場に崩れ落ちた。そんな彼を見てディーネは魔力を体内に戻し、ふうっと息を吐いてからフレイの体を抱き起こす。
「フレイ君、大丈夫?」
「ぐっ、大丈夫に見えるか・・・?」
「あはは、全然見えない」
まだまだ余裕そうなディーネの笑顔を見て、フレイは諦めたような笑みを浮かべる。
「何をしてる、早く殺せ」
「え、嫌だけど」
「は・・・?」
「だから、嫌だって。さっきも言ったけど、私達は四人揃って魔王軍四天王なんだから・・・って、なんか自分のこと四天王とか言うの、ちょっと恥ずかしいかも」
「お前は馬鹿か!?俺は絶対の忠誠を誓った魔王を裏切り、グリード復活を企んでいた連中に手を貸し、仲間二人を死ぬ直前まで痛ぶったんだぞ!」
「いやぁ、今回はグーパンチ一発で許しといてやるよ」
そう叫ぶフレイに、なんとか立ち上がったテラがそう言った。同じくディーネ達のもとに歩いてきたヴェントも、百年間トイレ掃除の罰だとフレイに伝える。
「お前達、本当に魔族か・・・?」
「一人のカッコイイ男の人にいろいろ変えられちゃったからね。フレイ君も、一度あの人と話をするべきだよ」
「人間は、あいつらは本当に敵じゃないと、そう言いきれるのか・・・?」
「うん、勿論」
「・・・はは、もし本当にそうなんだとしたら、世界樹の六芒星の連中も、同じく馬鹿の集まりだ」
そう言うフレイを見つめながら、ディーネは以前聞いた彼の過去についての話を思い出していた。
まだフレイが幼かった頃、ベルゼブブの父であるサタンが勇者の手で討ち取られた。そしてその勇者一行は、魔界から人間界に帰還する際に小さな魔族の村に立ち寄り、そこで体を休めることにした。
勿論魔族は邪魔なので皆殺しにしたのだが、当時その村に住んでいたフレイは母に逃がされて生き残り、怒りと憎しみを胸に宿して後に新魔王ベルゼブブ率いる新生魔王軍に加入する。
同じく親を殺され人類の駆逐を目標とするベルゼブブに惹かれ、彼女の力になろうと考えたらしい。しかし、ある日ベルゼブブは一人の人間と出会い、変わってしまった。復讐に燃える魔王はもうおらず、失望したフレイは魔王軍を裏切り新たに神罰の使徒へと加入したのだ。
「・・・普通に考えたら、あのベルゼブブが人間に好意的になる程素晴らしい連中でもあるのか」
「そうだよ。今のベルちゃんの目標は、タローさんと一緒に人と魔族が手を取り合える世界にすることだから」
「は、はは、それは無理があるだろ。でも、お前達なら可能かもしれないな・・・」
フレイが目を閉じる。何かあったのかと焦るディーネだったが、どうやら気絶しただけのようだ。
「だめだ、僕も限界だ・・・」
「俺も、死にそうだぜ・・・」
「もー、だらしないなぁ。ちょっと休憩したら、皆と合流する為にここから移動するからね。私はフレイ君をおんぶするから、しんどいと思うけど自分で歩いて」
「「お前は鬼か!!」」
その後、魔王軍四天王は主であるベルゼブブを探し、移動を開始するのだった。