第103話 決戦の地へ
「さて、全員揃ったな」
ギルドの前で、装備を整えて集合した面々を見てから、ソンノさんは人差し指の先を王都上空に浮かぶアトランディアに向ける。
「あれは、通常の魔法では干渉できない結界に覆われている。だが、女神の魔力ならば干渉することは可能だ。まず、私の空間干渉で結界の一部に穴を開け、再び穴が閉じる前に歪空間でアトランディアに上陸する。転移魔法を使いたいが、グリードはそれを警戒して、大陸内での転移魔法使用を同じ空間干渉で封じているらしい」
「転移後は極力固まって行動するようにお願いしますね。何が起こるか、私にも予想がつきませんので」
「それじゃあアトランディア上陸作戦を開始する。空間崩壊陣展開────」
次の瞬間、ソンノさんの体から膨大な魔力が放出された。それはソンノさんの指先に集中し、そして結界目掛けて弾丸の如く放たれる。
ガラスが砕け散るような音が鳴り響く。それを聞き、ソンノさんは歪空間を発動した。
「よぉーし、あたしが一番乗りだぁ!」
「あっ、おい待て!あんの馬鹿は、どれだけ危険な場所に行こうとしているのか分かっているのか・・・!」
まず最初に穴に飛び込んだのはラスティで、楽しげに消えた彼女を追い、アレクシスも急いで穴に駆け込む。
「私達も行こっか、ベルちゃん」
「ええ。魔王軍四天王一同、私に続きなさい」
そして、ベルゼブブとディーネ、テラにヴェントも穴の奥へと消えていく。
「腹減ったぜ畜生。さっさと終わらせて、もっかい美味い飯が食いたいもんだ」
欠伸をしながら、ハスターがのんびりと穴に入る。
「うおーっ、マナもいくぞー!」
「あ、こら!タロー、先に行くぞ!ええと、すぐに来て・・・!」
穴に飛び込んだマナを追いかけ、テミスもアトランディアに向かって駆け出す。これで残ったのは、俺とソンノさんだけだ。
「そんじゃ、俺も行きますね」
「私もすぐに行くがな。ああ、そうだ。ちょっとこっち向いてくれ」
「ん?────んんっ!?」
どうしたのかと思ったら、急にソンノさんの顔が目の前に。軽くジャンプした彼女の柔らかい唇が俺のものと接触し、何事かと焦る俺を置いて着地したソンノさんは穴に近寄り、振り向く。
「ま、まあ、私なりのお礼だ。私は女神だけど、その、これからも仲良くしてくれ」
「ちょっ・・・!」
「女神からすれば、キスなんか挨拶と同じようなものなんだからな!か、勘違いするなよ!」
そして、ソンノさんは穴の向こうに走っていった。黒い穴の先の風景は見えないけど、皆アトランディアに上陸できただろうか。
「いやー、モテモテですね」
「・・・居たのかよ」
「何ですかその目は。最初から居たじゃないですか。ふふふ、一応最後まで残っていて正解でしたね。アークライトの珍しい姿が何度も見れて、私は非常に満足です」
「この悪趣味女神め」
今のはばっちり見られていたというわけだ。まあ、恥ずかしがっても時間は戻ってないので、俺もアトランディアに向かう事にした。でも、その前に一つ。
「なあ、ユグドラシル」
「なんでしょう」
「ありがとな。俺に色んなものをくれて」
「同時に貴方から様々なものを奪った私にお礼を言うなんて、やっぱり貴方は変な人ですね。でも、私はそんな貴方のこと、嫌いじゃないですよ」
「そっちこそ結構変な女の子じゃないか。ま、俺もユグドラシルのこと、嫌いじゃないけど」
「ふふ・・・」
さて、そろそろ俺も行こう───と思って穴を見たら、どんどん小さくなってて消えそうだったので、俺は慌てて穴に飛び込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「─────ッ!?」
ぐらりと体が傾き、目を開けたテミスは咄嗟に踏ん張る。そして周囲を見渡せば、何故かいつもと変わらない───賑わうオーデムに自分が立っているのだと分かった。
「な、どういうことだ!?浮遊大陸に移動したはずなのに、タロー達は!?」
「テミス、どうかしたのか?」
「えっ、あ、タロー・・・」
振り向けば、買い物袋を手にぶら下げた太郎と、彼に抱きつくマナが立っていた。それを見て彼女は余計に混乱する。空に浮遊大陸は浮かんでおらず、いつも通りの日常が目の前に。
「なんで、買い物を?」
「んん?今日は鍋するって言ってたじゃないか」
「だ、だって、浮遊大陸は・・・」
「どーした?」
じっと見つめられ、テミスは俯く。これまでのこと全てが夢だったとでもいうのだろうか。しかしそれなら、昨日の夜に寸前まで迫ったあの出来事も、自分の妄想だったのか。
「いや、そんな筈ない」
浮遊大陸は、グリードは確かに存在する。それはつまり、おかしいのは今目の前に広がるこの光景の方だということだ。
「テミス、何かあったのか?」
「ああ、いろいろあり過ぎてなんと言ったらいいのやら」
「え────」
全力で振るわれた剣から、銀色の魔力が広範囲に放たれた。それは刃となって太郎やマナ、家などを一気に斬り裂く。
「酷いなぁ、テミスぅ。俺はこーーんなにテミスのことがぁ好きなのにさあぁ」
「いたいよぉテミスおねーちゃあん。マナぁなんにもわるいことぉしてないのにい」
「・・・また幻術か」
太郎やマナ、住民達がドロりと溶ける。そしてオーデムの街並みは一瞬で消え、古びた遺跡が姿を現す。どうやらテミスは古代の町に立っていたらしい。
「ふーん、少しは成長したみたいね。良かったわ。そうじゃないと、殺しがいがないもの」
「ッ─────」
次の瞬間、突然凄まじい殺気を感じ取り、テミスは後方に跳んだ。直後、寸前まで立っていた場所が粉々に砕け散る。
「・・・ノワール!!」
「久しぶりね、テミス・シルヴァ」
代わりに入れ替わるように現れたのは、漆黒の双剣を持った黒髪の少女。以前自分を半殺しにした、自分そのものと言ってもおかしくはない存在───テミス・ノワールであった。
「あら、私が此処に居るのが不思議みたいね」
「当たり前だ。まさか、浮遊大陸には神罰の使徒が来ているのか?」
「それこそ当たり前じゃない。グリードの魔法で女神アークライトの魔法に干渉し、それぞれを別々の場所に強制転移させた。ふふ、私のところに飛ばされてきたのが貴女でよかったわ」
「くっ、それぞれ大陸各地に散らされたのか。上陸早々に合流が困難になってしまったということか・・・」
あまりにも広大な浮遊大陸アトランディア。それが世界樹に到達するまでの時間はあと僅かだというのに、このままでは二度と合流出来ないまま世界が滅びるかもしれない。
「貴女がエリスに勝ったと聞いた時は驚いたわ。でも、良かったじゃない。今ここで貴女は死に、エリスに会えるから」
「それは、私との決闘を望むということか?」
「そうよ。ずっと貴女の存在が気に食わなかった。マスターは私を道具としか思っていないのに、貴女はサトータローに心から愛されているんだもの」
「だったら何故ハーゲンティに従う。まさかとは思うが、私に嫉妬でもしているのか?」
「当たり前じゃないッ!!」
魔力が解き放たれる。猛烈な風が吹き荒れるが、テミスは表情一つ変えることなくノワールに向き合う。
「マスター───いいえ、ハーゲンティに苦しめられた頃の記憶や、サトータローと過ごした僅かな期間の記憶全てを私は取り戻した。逆に洗脳魔法、植え付けられた強制服従の魔法全てを私は身体から取り除いた。意味が分かる?貴女がまだ自分の感情をあまりよく理解できていなかった頃の記憶が、感情が、私の中には存在しているのよ」
漆黒の双剣に、禍々しい魔力が集中する。
「私は貴女、貴女は私。なのに、どうして貴女は私よりも恵まれているの?そう、この気持ちはサトータローに対する恋心。なのに、同じテミスである私は選ばれず、貴女だけが幸せな思いをしているなんて・・・許せない」
殺意が全て、銀の戦乙女に向けられる。
「なるほど、結局はお前も被害者だというわけだな。それでも私は、お前に対して遠慮はできない」
「・・・は?」
「私と同じでタローに好意を寄せているというのは分かったが、想いの強さで私に勝てると思うなッ・・・!!」
対して、テミスも膨大な魔力を解き放った。先程抜き放った剣を構え、銀色の魔力を集中させる。
「ここで決着をつけよう、ノワール」
「そうね、グチャグチャの肉塊に変えてあげるわよ・・・!」
直後、銀と黒の閃光がぶつかり合った。




