第102話 愛し愛され
「全員集まったな。突然で悪いんだが、明日になったら私は浮遊大陸の結界を破り、乗り込もうと思っている」
ギルドに戻った数分後、ソンノさんが俺達に向かってそう言った。女神の魔力を解放した彼女なら、より上位の空間干渉魔法で浮遊大陸を覆う結界に穴を開けることが可能になる。
そして、もう少しで世界樹に到達する浮遊大陸を停止させるため、ソンノさんはグリードとの最終決戦に明日臨むとのことだ。
「それで、その。本当に申し訳ないとは思うんだが、私一人じゃグリードには勝てない。だから、お前達の力を貸して欲しいんだ」
ソンノさんはそう言った。それを聞いて、真っ先に口を開いたのはベルゼブブである。
「馬鹿ね。グリードとは直接話しがしたいから、言われなくても浮遊大陸には乗り込むつもりだったわよ。仕方ないから弱虫女神に私の力を貸してあげるわ」
「誰が弱虫女神だ、この貧乳魔王が!」
「な、何ですってぇ!?」
「まあまあ、落ち着きなよ。ソンノさん、私も協力します。グリード復活は殆ど私が原因だから、決着をつけないと」
いつも通り喧嘩を始めた二人を止めながら、ディーネがそう言う。それに続き、ヴェントとテラも協力することを宣言した。
「初代魔王の強さは計り知れないが、僕達も全力でサポートする」
「ここにフレイが居てたら完璧なのになぁ。はは、とりあえずグリードの野郎をぶっ飛ばしに行くか!」
「当然おっさんも協力するぜ、ソンノ嬢。んで、戻ってきたら一回デートしよう!」
ハスターもやる気満々みたいだ。しかし残念ながら、下心丸出しでソンノさんの肩に手を置いた瞬間、ハスターは壁を突き破って外に吹っ飛んでいった。
「あたしもやるよー!このまま青空が見れないままなんて嫌だもんね。全部終わったら日光浴しよーっと」
「お前の頭の中はお花畑か。これは全世界を巻き込むレベルの事態だ。日光浴などしている時間など無くなるぞ」
「むぅっ、アレくんはすぐそう言う。だからモテないの!タローくんを見習いなよねー」
「やかましい」
そんなラスティとアレクシスのやり取りを見て、ソンノさんが笑う。確かにアレクシスが言うとおり、グリードを倒した後はかなり忙しくなるだろう。でもまあ平和になった世界でなら、休憩しながら日光浴をする時間なんていくらでもあるはずだ。
「勿論私達もグリード討伐に協力します。ここに居る全員で挑めば、必ず勝利を掴むことができるはずです」
「んー?よくわかんないけどマナもいく!」
そして、テミスとマナがそう言ったのを聞いてから、ソンノさんは俺を見た。微笑む彼女の瞳から感じたのは、このメンバーならどんな相手にも勝てるという自信だ。
「タロー。別世界に住んでいたお前まで巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。けど、お前の力無しではグリードには勝てない。だから、最後まで力を貸してくれるか・・・?」
「はっはー、当たり前じゃないですか。寧ろ巻き込まれてよかったと思ってますよ。そのおかげで皆に出会えたんだから」
「・・・感謝する。私の方こそ、お前に出会えてよかった」
「あれあれぇ?アークライトったら、顔が赤いですよ〜?」
「う、うるさい!今日は解散だ!明日に備えてゆっくり休め、以上!」
ニヤニヤしているユグドラシルの背中を叩き、若干頬が赤くなってるソンノさんがギルド長室から出ていく。それに続き、他のメンバーも退室していき、残ったのは俺とテミス、マナだけとなった。
「じゃ、俺達も部屋に戻るか」
「あ、あの、その前にお風呂に入ってきてもいいだろうか」
「あれ、さっき入ってなかった?」
「そうだけど・・・一応」
「全然いいけどな。部屋で待っとくよ」
何故かモジモジしていたテミスも部屋から出ていく。マナはかなり眠そうなので、もう寝かせてやるつもりだ。でも、テミスは怖がりだから、彼女が戻ってくるまで俺は起きてた方が良さそうだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あっ、ご、ごめん。起こしてしまったか・・・?」
「え、いや。元々起きてたよ」
テミスが部屋に入ってきた音を聞き、俺は体を起こした。数秒後、部屋全体にとてもいい香りが広がる。普段から素晴らしい香りがするテミスだけど、やはり風呂上がりが一番心安らぐ香りがする───などと本人に言ったら変態扱いされそうだ。
「なら、少しだけ話しがしたいんだが・・・」
「全然いいけど。こっち座りなよ」
ベッドは二つあるので、マナが寝ていない方のベッドに移動する。そして俺の隣に座り、自分の髪を指でクリクリ弄りながら、照れくさそうにテミスは言った。
「タローと出会って随分経ったけど、未だにこうして隣に座っただけで緊張してしまうな」
「はは、それは俺もさ」
「・・・夢みたいだ。こんなに心の底から好きになれる人に出会えて、一緒に暮らすことになって・・・両想いになれるなんて」
テミスの手が、俺の手の上に置かれる。手を繋ぐだけで顔が真っ赤になる照れ屋な彼女にしては、結構珍しい行為だ。
「タローが別の世界に住んでいたと聞いてから、ずっと不安に思ってしまう。この戦いが終わったら、タローはその世界に帰ってしまうかもしれないって・・・」
「テミス・・・」
「でも、私にタローを引き止める権利はない。笑顔で別れることはできないかもしれないけど、もしそうなったなら私は・・・」
元の世界、地球───日本。思えばこれまで、テミス達とお別れするなんてことは考えたりしなかった。それは、俺にとってそれだけテミス達が大切な存在であり、ずっと一緒に居たいと無意識に思い続けてるということか。
「・・・そうだなぁ。もしかしたら、全部終わった後でユグドラシルから、〝お前の役目は終わったから元の世界に帰ってください〟って言われるかもしれない」
「っ・・・」
「でも、やっぱり俺は、ずっと皆と・・・テミスと一緒に暮らしていたい。だから、約束するよ。元の世界に戻ることになったとしても、必ず俺はもう一度この世界に来るって」
「ほ、本当か!?」
それを聞き、テミスの顔が一気に明るくなる。こんなに嬉しそうに見つめられると、やっぱり帰りたくなんてならないよなぁ。
「はあぁ、よかった。タローが居ない生活なんて、最近全く考えていなかったから」
「それは俺もだ。だってまだキスしかしてないしー」
「えっ、あはは、そうだな・・・」
俺の言葉に反応したのか、テミスが俺の手をさっきよりも強く握ってきた。半年以上一緒に暮らしてて、俺はよくここまで耐えたと思う。まるで宝石のように綺麗で汚れを知らない彼女に手を出してはいけない、手を出してはいけないと自分に言い聞かせて欲求を死ぬ気で抑え込んできたのだ。
恥ずかしがり屋なテミスにキス以上のことを求めるのは、彼氏になれた俺でもかなり厳しいことで、この先子供が欲しいってなった時に俺達はどうするんだろうと一人で考えたこともあったけど、マナが居るからいいやってなったっけ。
「わ、私は、ええと・・・」
かつて無いほど顔が赤いテミスが、俺を手を握って俯いたまま、何やらごにょごにょ言い始める。
「タローになら、何をされても、怒ったりはしないし・・・一度ソンノさんに、何もされないというのは女として意識されていないんじゃないのかと言われて悩んだこともあったから、寧ろその、だから・・・」
「て、テミス、嫌なら無理しなくていいから。俺の方は、あんなことやこんなことをしたいと思ってはいるけどさ・・・」
「っ〜〜〜〜〜!」
そして、突然肩を掴まれてベッドに押し倒された。さらにそのままのしかかってきたテミスにキスされ、衝撃で一緒頭の中が真っ白になる。
「わ、私がしたいからするんだっ!」
「いっ!?」
「それに、さっきディーネとキスしてただろう?」
「なあっ!?」
「ディーネだから許すけど、いつまでもディーネのことばかり考えないで・・・タローの彼女は、私なんだから」
二度目のキスは、手を繋ぐだけで恥ずかしいがるテミスからは想像できないレベルの、さっきのディーネよりも激しく深いキスだった。どうすればいいのか分からずに混乱し、されるがままの状態で身動きがとれない。
「ちょ、待ってくれテミス!ほんとにいいのか!?俺もう我慢の限界だぞ!?いろいろ遠慮しないぞ!?」
「う、うん、いいよ」
無意識に体が動き、そのままテミスの肩を掴んで逆に押し倒す。顔が赤いテミスと至近距離で見つめ合う形になり、もう心臓がバクバクだ。
「・・・ディーネのことは、ごめん。でも、俺が本気で愛してるたった一人の女性はテミスだから」
「分かってる。だから、これから先もずっと、一緒に居よう?」
「ああ、ずっとな」
風呂に入り直したのは、このためだったのだろうか。それをわざわざ聞くつもりはないけど、キス以上のことを求めてもいいというのなら、最近また大きくなった気がすると恥ずかしそうに言っていたその胸から──────
「あれぇ。ご主人さまとテミスおねーちゃん、なにしてるのー?」
「「ッ!!?」」
咄嗟に飛び退き、同時にテミスも起き上がって座る。振り向けば、眠そうに目を擦りながら、真後ろでマナが不思議そうに俺達を見ていた。
「起こしちゃったか・・・?」
「だいじなお話してたの?マナ、ご主人さまがいなくなっちゃったかとおもって・・・ごめんなさい」
「マナちゃんッ!!」
申し訳なさそうに謝ってきたマナを抱き寄せ、頭を撫でる。そんな俺を見て、テミスが笑った。
「ふふっ、今日はもう寝ようか」
「ははは、そうだなぁ。さっきの続きは、戦いが終わってからじっくりと」
「うん、そうしよう」
少しだけ残念だけど、仕方ない。というか、マナが寝てる部屋でとんでもないことをしようとしていた俺達が悪い。
なので、続きはまた今度。俺はマナを抱いたままテミスも抱き寄せ、そのままベッドに倒れ込む。
「また、こうして三人で寝ような」
「うん・・・」
マナは既に寝ており、テミスも数分後には寝息を立て始めた。やっぱりユグドラシルには感謝しないとな。こんな幸せな生活を、俺にプレゼントしてくれたんだから。
「だからこそ、絶対に勝ってみせる」
それが、ユグドラシルへのお礼になるはずだ。そう思いながら天井を見つめてたら俺も段々眠くなってきたので、さっきのことが忘れられずにドキドキしたままだけど電気を消し、俺は目を閉じた。