第99話 馬鹿じゃないですか
「て、テミス、ほんとに大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫だ。まだ完全に痛みが引いたわけではないけど、動く分には問題ないと思う」
世界樹防衛戦の最中に突然王都ギルドに転移させられた六芒星のメンバーと魔王軍。その中で最も重症だったのがテミスで、回復魔法である程度傷が癒えた彼女に、太郎は先程からずっと声をかけ続けている。
「アレくん、痛くない・・・?」
「平気だ。お前の方こそ、怪我はしてないのか?」
「あたしは、アレくんが守ってくれたから・・・」
ラスティは、自分を庇って負傷したアレクシスを心配そうに支えている。そんな彼女を見て、ハスターは太郎にこっそりと話しかけた。
「なぁ、タロー君よぉ」
「ん?なんだよ」
「なんかさぁ、あの二人さぁ。いつもと様子が違うくないか?特にラスティちゃんの方がさ」
「そうか?んー、言われてみれば確かに・・・」
よく見れば、ラスティの頬は少し赤い。さらに、アレクシスと目が合う度にさらに赤くなるのだ。
「・・・おお、まさか」
「戦場でいろいろあったみたいですなぁ」
「え、何かあったのか?」
ニヤニヤしている太郎達を見て、テミスも話に混ざりたがる。そんなタイミングで、女神ユグドラシルは欠伸をしながら向こうの部屋から出てきた。
「あら、戻ってきてたんですね」
「なんか急に転移させられてさ、世界樹はどうなったんだ?」
「大丈夫です。とーっても強いお方が、たった一人で古代魔獣を全滅させましたから」
「へ?」
「それより、全員ボロボロじゃないですか。世界樹を守ってくれたお礼に、特別大サービスで皆さんを回復させてあげます」
もう回復してもらったんだがと誰かが言う前に、ユグドラシルは王都ギルド全体に回復魔法陣を展開した。直後、王都でもかなりの実力を持つ者達の回復魔法でも癒しきれなかった全員の傷が、瞬く間に消えていく。
「すげ・・・!」
「オマケで体力の方も回復させましたよ。あ、それと古傷や傷跡も」
それを聞き、太郎は真っ先にテミスを見た。
「どうした?」
「テミス、服を脱いでくれ」
「は!?な、何を・・・!」
「もしかしたら、傷跡が消えてるかもしれない」
「え、あ・・・」
ノワールに負わされた、肩から腰にかけての深い切り傷。それが跡となって残っていたのだが、もしユグドラシルの言うことが本当なのだとしたら。
「っ、消えてる・・・!」
ボロボロの服を脱いだテミスは、自分の身体を見て目を輝かせた。そして目の前で喜んでいる太郎を見て、ようやく気付く。
ここには太郎だけではなく、他の人達も居るということに。当然下着姿をハスター達にばっちり見られたわけで、あまりの恥ずかしさにテミスは顔を真っ赤にしながらギルドの奥へと駆けていった。
「・・・タロー、今のは完全にセクハラ発言よ」
「え、あ、いやぁ」
太郎はハスターやヴェントが鼻血を垂れ流しているので殴ってやろうと思ったのだが、間近でテミスの胸を見てしまったので一度その場に座り込んで精神を落ち着かせる。
何故かベルゼブブは少し頬を赤く染めて『落ち着かないのなら、私が何とかしてあげようか?』などと言っていたが、そんな事をされたら余計に落ち着かないので太郎は遠慮しますと返事した。
「それより、女神ユグドラシル。ソンノ・ベルフェリオはまだ戻ってきていないの?」
「もう少しで戻ってくると思いますけど」
「とっくに戻ってる」
「きゃっ!?ちょっと、急に現れないでよ!」
可愛らしい声を出したベルゼブブの後ろに、ソンノによく似た外見の少女が姿を現す。あのギルドマスターと違う点は、背がベルゼブブ並に高くなっていることと、壁に等しかった胸がそれなりに大きくなっていることだ。それ以外の、雰囲気や魔力などは皆がよく知るソンノのものとほぼ同じである。
「あれ、ソンノさんですか?」
「そんなの、見れば分かるだろう」
「いやだって、胸とか大きくなってますし・・・」
「私が女神になったのは10歳の時だからな。女神もゆっくりではあるが成長するんだが、私の場合は眠っていた期間が長いから発育が止まってたんだ。それが、魔力解放を行ったことで急激に肉体が成長したらしい」
「何が何だか・・・って、女神?」
目の前でキョトンとしている太郎を見て少女はため息を吐き、そして言った。
「ソンノ・アークライト、それが私の本当の名だ。まあ、あれだ。二千年前にグリードを封印した女神アークライトは、この私ってことだ」
それを聞き、全員が声を揃えて驚いたことは、最早言うまでもないだろう。
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「二千年前、グリードと長い戦いを繰り広げていた私は、ある日自分の限界を悟った。何度も傷を負わせたが、それでもグリードの強さは桁違い。次第に追い詰められ、最終的に私は自らの命を犠牲にして奴を封印する魔法を使うことにしたんだ」
「それこそ禁忌の大魔法。数千年分の魔力を解き放ち、無に有を創り出す空間の創世。それをアークライトは発動し、浮遊大陸アトランディアごとグリードを別空間に封印したんです」
「しかし、私は死ななかった。自らが創り出した空間を、二千年間意識の無い状態で漂い続け、百年程前にこの国へと放り出された。嬉しかったよ、平和になった世界をこの目で見れたのは。なのに、グリードは封印を破って再び姿を現したんだ」
それは途方もない話だった。聞き終えた全員は、いつものソンノからは考えられないほど重い過去を彼女が抱えていたことに心底驚き、絶句した。
「だから、私は奴を封印───いや、今度こそ殺さなきゃならない。まだ半分程度しか女神としての魔力は回復していないが、お前達を巻き込みたくはないんだ。今回の件は私とユグドラシルに任せて、お前達は待機していてくれ」
「は?何言ってるんですか。今更戦いから逃げ出すなんて、絶対嫌ですけど」
誰も巻き込みたくない。そんなソンノらしくない言葉を聞き、太郎は呆れながら待機を拒否する。
「お前、話を聞いていなかったのか?グリードは強い、女神である私の力が全く通じなかったんだ。お前もダメージを与えられたんだろう?」
「そんな相手に、ソンノさんは一人で戦うつもりなんですか?」
「ああ、そうだ」
「馬鹿じゃないですか」
それを聞き、ソンノは太郎の胸ぐらを掴む。彼女の表情は、これまで見たことが無い程怒りに染まっていた。
「馬鹿だと?私はお前達を心配して身を引けと言ってるんだ!」
「仲間をたった一人で戦わせる奴なんて、ここには誰もいませんよ。それはソンノさんが一番よく分かってるはずですけど」
「黙れ!全員死ぬことになるぞ、お前は大切な女が残酷に殺されるのをその目で見たいのか!」
「そんな結末を迎えないために、俺はこの力をユグドラシルから授かってこの世界に来たんでしょうが!!」
ソンノの腕を振り払い、太郎は彼女の肩を掴む。
「テミスだけじゃない!ソンノさんが死ぬ瞬間なんて、俺は見たくないんだ・・・!」
「黙れって・・・言ってるだろう!」
「女神だか何だか知りませんけどね、そんな我儘を聞いてやれる程俺達は甘くないッ!!」
「っ〜〜〜〜〜!!」
今度はソンノが太郎の腕を振り払い、
「勝手にしろ!!」
彼に背を向けてギルドの外へと走っていった。そんな彼女を見て誰もが言葉を失う中、太郎だけが迷わず彼女のあとを追って外へと飛び出す。
「くっ、転移魔法で・・・!」
しかし、ソンノの姿は既に無く。それでも太郎は彼女の魔力を探り、王都中を駆け回ったのだった。




