第98話 女神アークライト
「チッ、数が多すぎる・・・!」
「駄目だー、さすがに疲れちゃった」
どれだけ倒そうが、無限とも思える数の古代魔獣達はノンストップで殺到する。世界樹の六芒星と呼ばれるアレクシスとラスティだが、限界はもうすぐそこまで迫っていた。
「ラスティ、お前は一度退け」
「な、何言ってんの!アレくん弱いんだから、あたしが居なきゃ死んじゃうでしょ!?」
「冗談を言っているわけじゃないッ!!」
頭を叩かれたり怒られたりすることは多いが、本気で怒鳴られることは滅多に無いため、ラスティはビクリと体を震わせる。目を見れば、アレクシスが真剣に自分を逃がそうとしていることは嫌でも分かった。
「で、でも・・・」
「っ、避けろラスティ!」
「きゃっ!」
そんな彼に押され、ラスティは尻餅をつく。そして顔を上げれば、腕を古代魔獣に噛まれているアレクシスの姿が目に飛び込んできた。
「あ、アレくん・・・!」
「くそっ、たれがあッ!!」
それでもアレクシスは怯まず、古代魔獣を蹴り上げる。さらに高く跳躍し、真上から胴体に剣を叩きつけて切断した。しかし、そこで遂に限界が訪れる。
「いいから、逃げろ!」
「無理だよそんなの!」
「くっ、ここまでか・・・!」
膝をついた瞬間に包囲された。死を覚悟し、アレクシスはラスティを地面に押し倒し、震える体に覆い被さる。どれだけ攻撃されようと、このまま彼女だけは守りきってみせようという、最後の抵抗。
「よく頑張ったな、お前達」
「え────」
その直後、あの人の声は聞こえた。同時に溢れかえっていた古代魔獣達が空高く吹っ飛び、遥か上空で弾け飛ぶ。
「な、なんだ・・・!?」
「今のって、ソンノさんの声・・・?」
何が起こったというのか───それは分からないが、凄まじい魔力の持ち主が戦場に現れたということだけは、限界に達していた二人にも分かった。
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「懐かしいな、この感覚」
上空から地上を見下ろしながら、ソンノは溢れ出す魔力を体内に戻す。今の魔力解放で、確実にグリードは自分が再び現れたことに気付いただろう。
「何をしてるのよ、ソンノ・ベルフェリオ。今の魔力、まさか貴女が・・・?」
そんなソンノの元に、ベルゼブブが飛んできた。あれだけの数を相手にしていたというのに、紅魔王は汗一つかいていない。
「ソンノ・ベルフェリオ、か。この状態の私は、その名を使うべきなのかどうか・・・」
「は、はあ?というか貴女、なんだか大きくなってない?私より背は低いけど」
「魔力解放の影響で、止まっていた肉体の成長が急激に進んだらしい。それに、奴の魔力も消し飛ばせたようだ」
ベルゼブブは、信じられないものを見るような視線をベルゼブブに向ける。あれだけ小さかったのに、今のソンノの身長はベルゼブブよりもほんの少しだけ低い程度だ。それに加え、胸の大きさは普通にベルゼブブを抜いていた。
「ち、ちゃんと説明しなさいよ!」
「また後でな。悪いが、今は邪魔だ。全員先に王都に戻ってろ」
「なっ────」
ソンノが少しだけ魔力を放出した瞬間、戦場で戦っていた味方全員の姿が消えた。当然ベルゼブブもソンノの前から消え、今がチャンスとばかりに古代魔獣達は世界樹目掛けて進軍を開始する。
「・・・力の使い方を忘れてしまったな。さて、世界樹を巻き込まなければいいが」
そんな古代魔獣達だったが、ソンノが軽く腕を振った瞬間、数千もの古代魔獣が地面ごと消し飛ぶ。
「消えろ───広範囲空間圧縮陣、展開」
さらにソンノは魔法を発動する。半径数kmに及ぶ範囲に巨大な魔法陣を展開し、その上を通過した全ての生命体を敵と認識。最後に両手を合わせ、魔法陣上の空間を圧縮。古代魔獣達は一匹残らず空間ごと消滅した。
「さて、あれがグリードの開けた穴か」
しかし、再び古代魔獣達は姿を現す。それは、グリードが空間魔法で空間に大穴を開け、そこから浮遊大陸に生息する古代魔獣達を送り込んできているからである。
だからこそ、誰かがその穴を消す必要があった。ソンノは魔法を放って出てきた古代魔獣達を殲滅、そのまま膨大な魔力を前方に放出し、大穴を消し飛ばす。
そう、彼女が本気を出していれば、この戦いはすぐに終わっていたのだ。それでも使えなかった。
何故なら、たったこれだけの力ではグリードに勝てないから。まだまだ魔力を回復させる必要があった。しかし、後悔しても、もう遅い。
「どうやって説明したらいいものか・・・」
とりあえず彼女は転移魔法を発動し、一度王都へ帰還することにした。こうして、世界樹防衛戦はたった一人の存在によって、あっさりと幕を閉じたのだった。
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「クククク、ハハハハハハッ!!」
凄まじい魔力が浮遊大陸を震わせる。大罪魔王グリードは、心の底から歓喜していた。先程感じた魔力は、かつて自身を封印した───あの憎き女神の魔力だったのだから。
「く、ふふふふふ。生きておったか、あの小娘。なるほど、ずっと魔力が完全に回復するのを待っておったというわけだ」
「先程の魔力、サトータローとはまた違う魔力のようでしたが。まさか、グリード様が以前話していた・・・」
「ああ、そうだ。二千年前、余に最後まで抵抗した愚かな女。余の〝怠惰〟を与えてやった、あの女神・・・」
グリードは笑う。これでもう一つ、佐藤太郎と殺し合う以外に目的が増えた。
「女神アークライトが、再び姿を現したというわけだ・・・!」