#27 悪夢の果てに
ビルの階段部分を影にして息を潜めながら突如現れた黄色い鬼達から隠れ、意識を失っている鬼二人を抱えている望とのぞみは黄鬼達への対抗策を考えていた。
「参ったな……。二人を抱えている限り、彼等をまいて逃げ切るのは難しいよな……」
「でも、でも折角二人揃って生き残れたのですから二人を助けたいのです!」
肩を並べて話し合う二人の意見は自分達の生還を第一とする望と、全員で生還出来る道を模索するのぞみの意見で別れており。
御互いに判断が決まらず、ビルの内部に息を潜めているまま時間だけが刻々と過ぎていた。
「どおぉぉぉこにいったぁぁ?!! ワシらを怒らせる時間が長ければ長くなる程おぉにぃ!!! お前達の処刑方法が苛烈を極める事を知らないとは言わせんどぉ!!!」
ビルの外では相変わらず黄色い巨人ならぬ巨鬼が三体町の中を徘徊しており。
彼等の能力が未知数である事もあり、望達は行き詰まっていた。
「こんなときにきつ姉ならどうするかな……」
「堂々と前に出て、名乗りをあげてからボコボコにしてしまうかも知れませんね」
「ははは。確かに」
《それはどういう意味なのかしら……二人共?》
そんな噂を聴いてか、突然望とのぞみの脳内にイヤホンで音を流されている様な感覚で顔は笑っているが、怒っていそうなきつ姉の声が響いて来たため二人は驚いて思わず声をあげそうになり、御互いに手で御互いの口を押さえると言う変なコンビネーションをみせる。
「きっ、きつ姉……? 本当にきつ姉なのか?」
《コーン……そ、その声にこの反応……。どうして望と彼女が分裂を起こしているの……?》
「理由は僕達にも解らないんだけど、この世界に来たときにはこうなっていたんだ」
《解ったわ……一先ず、あなた達が無事で本当に良かった。今二人がいる空間を特定しているから少しまーー》
「だあぁぁれぇぇだあぁぁぁ?!! オデ達に隠れてゴキゲンな妖力を出しているのわぁ?!!」
きつ姉からの通信に気を取られていた望達は、突然の黄鬼の怒声と共に襲ってきた猛烈な浮遊感に対処する事が出来ず、階段から転げ落ちてしまう。
その原因はと言うと、黄鬼が何と9階建てのビルを一階から大根を引き抜くが如く持ち上げてしまった為であり。望がのぞみの体を覆うように抱き締めて階段から転げ落ちたお陰でのぞみには怪我は無かったものの。
望は体のあちこちを強打してしまい、重症は負うことは無かったが暫し痛みに悶える事となる。
「ぐぅ……油断していたな……」
「お父さん、大丈夫なのですか?! 怪我は」
「大丈夫。少し足を擦りむいて打撲を受けただけさ。それよりも不味いことになったな」
望は転げ落ち、叩きつけられた半透明のガラスの窓越しに外の状況を確認する。
(完全にビルが宙に浮いている……。いや、奴に持ち上げられているとするならば……不味いーー)
望は、短期で衝動的な行動を繰り返している黄鬼達の坑道の先を読み、急いで望の指示を待っているのぞみに声をかけながら自らの服の両側の袖を破いて2本のハチマキとする。
「のぞみ!! これを腰からまいて、体ごと手すりの棒にくくりつけるんだ!! 強度は妖力で強化しているからなんとかなる筈だから!!」
「でも、赤鬼さん達はーー」
「今は奴等の目を欺くことが最優先なんだ。堪えてくれのぞみ……!」
そう言って、コアラの様に二人が手すりに体を固定した所で望が想像していた悪夢が始まる。
「出てこねぇってことわぁ……ワシ等を舐めとるって訳だよなぁ!! 覚悟ぉせぇいよぉ、コワッパめぇぇぇ!!!」
突然強烈な速度でビルが上下に振られ始め、あちこちで何かが割れたり倒れる音が望達の耳に入る中、そんな事を気にしていられる程の余裕は上下に猛烈な勢いで振り回されると言う、フリーフォールも真っ青な最悪のアトラクションに入れられた望達の中にある筈が無く。
今はただひたすらに二人は歯を食い縛り、手すりにしがみつきながら耐える他無かった。
(まるで、最後に缶の底に残ったおしるこの小豆やコーンになった最悪の気分だ……!!! 早く、早く諦めてくれ……)
その望の願いが通じたのか突然宙に浮かべられたビルは制止し、その場には何とか耐えきった望とのぞみの荒い息使いが響いていた。
「はあはあ……終わったのか……? 大丈夫かい、のぞみ……?」
「はい……なのです……。お父さんのお陰で何とか無事に済んだみたい……」
「そうか……よし、辺りの状況は……」
周辺を見渡し、安全を確認しようとした望は窓の外を見た所で一時停止をした様に動きを止める。
「お父さん? 何を見ているのーーひっ!」
望の不可解な行動に戸惑いを感じたのぞみもつられて後方にある半透明の窓に視線を向けると、そこには大きな二つの血走った目玉が此方を捉えており。
のぞみも蛇に睨まれた蛙の様に身動きが取れなくなってしまう。
「何なんだぁお前達はぁ? 何で死んで色を失っちまっている筈の人間が、色を持ってソコにいるんだよぉぉぉ!!!! おかしいだろうがぁぁぁ!!!!」
興奮の余り、再びビルを上下に揺らそうと黄鬼が窓ガラスがヒビ割れる程の咆哮をあげたところで彼の両目に振動で割れた数枚のガラス片が望達のいるより高い階層のビル側から飛んできたため、そのまま鬼の目に見事にに突き刺さり。
鬼は余りの痛みの為に咆哮と同じ程の大絶叫をあげながらビルを手離してしまい。
「おい、まさか?!!」
「お父さん!!」
支え会う望達を入れたまま、ビルが地上に叩きつけられそうになるのだがーー。
突如、ビルの落下地点の地面が巨大な円形になって輝きだし、その光の円が大きく拡大していく中で中心に立つ白く美しい毛並みと三本の尻尾を持った狐が立っていた。
その白い狐は落ちてくるビルを一睨みしていた次の瞬間ビルと黄鬼は二人が蒼い炎に包まれた為、黄色い鬼は悲鳴をあげながら炎を消すためか海に飛び込んでいき。
炎に飲まれたビルは中にいた望達二人と気絶したままの鬼を残して焼却され、落ちてきた望達をーー
「望さん!!」
「空さん!!」「お母さん!!」
後から召喚されてきた空が二人を受け止めて、同じ様に落ちてきた赤鬼達はと言うと。
「容疑者2名確保……。内一名は人間であると伝えてくれ」
《了解。本部に伝えます》
6名の黒い学ランの様な軍服にそれぞれ別の色をしたマントを背中に羽織り、腰に軍刀を着用した者達に手錠と足枷をはめられ確保された。
「空さん……。心配かけてごめん」
「無茶ばっかりしてごめんじゃすまないよ……また一人で体を張って何処かに行ってしまうんだもん……。無事で本当に良かった……ぐすっ」
望の無事を確認出来た空は、彼等が二人いる理由をまだ説明していないに関わらず、二人をもう離れたくないと言うように泣きながらも胸元に強く抱き寄せ。
その心からの抱擁を受けた望とのぞみは妖力を通して、彼女がどの様な思いをしたのかを思い知らされる。
ーーーーー◇ーーーーー
望が連れていかれる姿を見た後、空は力尽きて倒れてしまった様で。目を覚ますと、大きなテントの中に設置された多くの白いシーツが掛けられたベッドの上で目を覚ました。
《ここは……望さんは? 望さんは何処に行ったの……?》
《落ち着いてくださいねー。もう大丈夫ですからねー》
彼女が目覚めた事に気がついた看護師の女性が、彼女の容態を確認するために駆け寄り。慣れた様子で手元にあるタブレットに書かれているカルテの確認事項を見つつ、空の体調を確認するための質問を何個かした後に彼女の容態を纏めて送信する。
だが、そんな事務的な事よりも空が気になっている事は山程あった。
《私の事よりも、望さんは? 巫女服を着た可愛らしい女の子は知りませんか?! 彼は私達の身代わりになってさらわれたんです!!! ぐっ、かはっげほっ》
《落ち着いてください林原さん。望さんの事について、もう少し情報を頂いてもよろしいですか? 直ぐに問い合わせますのでーー》
その後、ここに来るまでのいきさつや、共に行動していた友人達、そして望が大量の白い手と黒いヘドロの様な影が出てきた扉の向こうへと連れていかれた状況を出来るだけ解りやすく説明し。
その報告を看護師が茶化さずに真剣に一文字一句タイピングしていき、途中で話を具体的にするために質問を交えながら完成したレポートはやがて、今回の事件を調査するために訪れていた日ノ本の特殊部隊の目に留まる事になり。
彼女の証言を後々遅れて現れたきつ姉達の証言とも合致したために、反対意見は上がったのだが今回特別に鬼達のいるモノクロの世界に日本の特殊部隊ときつ姉と共に空は先発隊として同行することとなったのである。
ーーーーー◇ーーーーー
その情報を受け取った望は改めて、空を助ける事が出来る手段を伝えてくれた真理恵に感謝し。再びこうして再開できた事と、救出するために大勢の人達が来てくれたことに安堵し。思わず空に寄り掛かりながら目をつむる。
その後方では、刀を抜き放った特殊部隊ときつ姉が黄鬼達と戦闘を開始しており。圧倒的な力があれど、知能が余りよろしくない鬼達は彼等の連携攻撃に押され気味になっていた。
「雷電隊長!! 鬼達が逃げていきます!!」
左頬に切り傷がある日焼けした肌に、鋭い眼孔を持つ貫禄がある男性隊員が隊長格らしき、頭に警察官が被る様な黒い帽子に金色に輝く菊の紋章が飾られた帽子を深く被った若い男性が吠えるように答える。
「一匹も生かして帰すな!!! 戻って大群を連れてこられても困るからな!!! 妖力ジャミングの方はどうだ友近?」
彼が声をかけた友近と言う小柄で、眼鏡をかけ、頬にそばかすがあるリスの様に可愛らしい女性は手元に持っているタブレット型端末を操作しながら答える。
「彼等が妖力を用いた通信は出来ないようになっているので、今のところは大丈夫っすよー!!」
「よし。では追撃戦に移る! 奴等の戦闘力を図る意味合いもある事も忘れるなよ!?」
「「了解!!!」」
彼等はそのままあわてふためいて逃げ惑う黄鬼達の後を追撃して行き。その場には、望達だけが残る事になった。
「良かった……空さん達が無事で、そして助けに来てくれて……」
「もう大丈夫ですからね。ちゃんと元の世界に帰ることも出来ますし、皆も無事ですから……。そして、貴方はのぞみちゃんだよね?」
「はい、お母さん……」
先程から空に抱き締められていた右側の望から、視線は左側で緊張した面持ちでいるのぞみへと視線が向けられ。空は彼女の心境を知ってか知らずか、のぞみの頭を優しく撫でながら言葉を交わす。
「望さんが少女である貴方の姿に変わってから、最初に出会ったときの望さんと見た目だけではなく性格まで変わっていて驚かされたのを昨日の事のように覚えているよ。何でこんなにも可愛らしい子が、あれだけ引っ込み思案で弱気な望さんが演じる事が出来ているのかともね……」
突然話の矛先が自分に向けられた事で望は動揺し。思わず苦笑いを浮かべる。
「そっ、それを言われると何も言い返せないけど……。きつ姉だったら解るよね?」
思わず、側で三人の様子を見守っていて、一番この話題に関して詳しいであろうきつ姉に望は苦笑いを浮かべながら話を振る。
「ええ。だって私が貴方の体の中に彼女を宿したのだからね。簡単に言うと、空さんの理想としていた明るくて素直で、尚且つ甘えん坊な少女の人格を望の中に植え付けて、二重人格の様にし。
尚且つ御互いの経験している情報や思いを共有出来るようにして、二重人格でありながら望からすれば今までと同じ様に日常生活を送れている様な感覚を得られる様にしていた訳なの……」
「つまり……今回望さんとのぞみちゃんに分裂してしまったのは望さんの内に人格が二人、‘魂’が二つあったからだと言うことですか?」
「そう言う事になるわね空さん。流石の私も、こんな事態に巻き込まれるとは考えてもみなかったし。事例も無かったのよ……」
その回答を聴けた空は暗い顔をするわけではなく、微笑みを浮かべながら。望とのぞみを同じ力で抱き寄せた為に。抱き寄せられた二人は思わず、ドキドキさせられる。
「そっ、空さん?」
「お母さん?」
「私は、こうして二人が本来有るべき姿を取り戻してくれて嬉しいですよ? だって、ちゃんと大好きな二人をこうして抱き寄せる事も出来るし。共に肩を並べて愛し合う事が出来る……。これ以上の幸せはありません……」
「お母……しゃん……うっうう……」
彼女の表情にも一切の曇りがある処か、赤ん坊を抱き抱える母親の様な慈愛に満ちたものであり。受け入れて貰えないかもしれないと言う不安が残っていたのぞみは思わず泣き出してしまい。
「空さん……ありがとう」
彼女の事を信じていた望は目に浮かんだ涙を軽く手で脱ぐって、微笑みを浮かべる。
そんな信頼確認を終えた望達の姿を、少し複雑な表情でと遠目に見詰めていたきつ姉は三人にこれからの事を伝える。
「さて。私はこのままここに残って、後から来る予定の人達と共に鬼達を懲らしめに行く予定何だけど。三人はどうする?」
「僕たちを助けてくれた上原さんの様に、正気を保っていて尚且つ助けを求めている人達がここにいると思うんだ。だから鬼達と戦うと言うよりも、救助活動を手伝いたいんだ」
「私からもお願いするのです!」
力強い二人とは違い、二人を抱き寄せている空は複雑な表情をしていた。
「望さんの誰かを救いたいと言う思いは大切だと思います。だけど、また命を脅かす状況に巻き込まれたらどうするの? 私達は少なくとも、彼等の本気を見ていないし。この世界に引き込まれた時も何も対処する事が出来無かったんだよ? それでも行くの望さん?」
その正論を聞いて、のぞみはハッとした表情になり、下を向いてしまうのだが。望は目に力を保ったまま静かに頷く。
「そう……どうしても変える気はないの望さん?」
「強い妖力を持つ僕達が力を合わせれば、人形のようになってしまった人達を助けたり。鬼達と戦う仲間の後ろを守ることは出来ると思うんだ!」
「なるほど解りました、ではーー」
今までの慈愛に満ちた柔らかな表情から一転して、真剣な表情になった空は二人から距離を後ろに下がることで開け。
腰に巻いているポシェットから数枚のお札を取り出して、トランプの手札の様にして両手に構える。
その予想外の空の行動に望は唖然とさせられる中。空は声を張り上げて宣誓する。
「ならば! 私は夫となる貴方を我が身を挺してでも止めて見せます!! その考えが、どれだけのリスクを帯びているかを知って頂く為に!!」




