#02 彼女の為に自らの命をかける理由
今回の話は失恋した望が何故狐美少女になってまで林原空に固執するのかを空のイジメを含めた暗い過去を中心にして描いているため、第一話の様に爽やかな話ではありません。
「私は可愛い子達が見たいだけで、鬱展開なんて見たかねーんだよ!!」と感じられる方は読み飛ばして頂いても、ヒロインの一人である空と言う人の生い立ちを知って頂きたい話ですので大丈夫だとは思います。
※文章の間隔を少し開けました。(6/1)
望が豆腐等の配達に出た夕方4時頃から時間は五時間程進んだ午後9:28となっていた。
「望の奴、稲荷山神社で飯食って帰るとは連絡は来たが大丈夫だろうか……。少しは元気を取り戻せていれば良いが……」
自宅の9畳間の居間でコタツに入りながら火傷しない温度のお茶を飲みながら息子望の心配をする父健一は、夕方頃初恋の人にフラレて落ち込んで帰って来た息子が心配で堪らない様子であり。
一応望からは晩御飯を長い付き合いがある稲荷山神社でご馳走になると電話で連絡があったのだが、そわそわしながら帰宅を待ちわびていた。
「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよあなた。望は強い子ですし、困っている事はちゃんと伝えてくれる素直な子ですから」
そんな健一に向き合う形でこたつに入りながら微笑んでいるのは望の母である佐々木由美子であり。旅館に用意されている様な水色をした浴衣の寝間着を着ており、髪を後ろで団子状にしてかんざしをさした髪型の化粧品のCMに出てきそうな美人であり、小柄な女性であった。
「しかしだなあ由美子。あの美人揃いの狐の娘さん達にも心が奪われなかった望が恋した初恋の相手であり、悩みに悩み抜いた上であいつは告白して振られたんだ……。俺も同じ様な片想いの末に告白をしたけど振られちまって、かなり落ち込んだもんだよ……」
「そうだったのね……。でもその経験を乗り越えてあなたは立派な父親として家族を支え続けてくださっているじゃないですか。だから、望に取ってもこの経験は私は決して無駄にはならないと思いますよ?」
「……母さんには叶わないな。ありがとう由美子」
穏やかに健一を励ましつつ、家族の柱としての立場にある健一を理解した上で支えてくれる由美子の気遣いと思いやりに。思わず後ろ髪を掻きつつ顔を赤らめてしまう健一であった。
そんな仲睦まじい二人の耳に、望が配達の為に使用し出払っていた車である86のエンジン音が家の近くで聴こえ始め。やがて家の隣に造られたガレージの中に納められた事を伝える様にエンジンが止まる音ともに、ガレージが閉められる音が響いてきた。
「おっ、やっと帰ってきたか」
「ふふふっ。それじゃあ望を出迎えに行きましょうか。私達の子ですものきっと大丈夫ですよ」
「そうだな」
穏やかな気持ちで玄関に愛する息子を様々な思いを持ちながら出迎えにいく二人であったのだが、振られて帰って来た息子の状態は二人の想像の斜めを行く物であった。何故ならばそれは、
「……えーと。ただいま帰りましたお父さん、お母さん……」
僅かに息子の面影を感じる事が出来るが、その姿は息子では無く女生徒が着るブレザーの制服を着た完全に“小学生の娘”の姿であったからだ。
「……俺としたことがこたつに入って夢でも見ちまってるなこれは」
「あらあら!仙狐ちゃんにお帰りなさい望!! 随分と可愛らしい姿になったわね!! 取り合えず抱っこして良いかしら?」
頭を抱えて現実逃避を始める父と、興奮して美少女となった息子を何故か迷わずに抱き締める母と、何処から話をすれば良いか解らず冷や汗を流す息子と言うなかなかに混沌とした光景が佐々木家の玄関で繰り広げられる。
「今晩は御無沙汰しております御父様、御母様!! 私が望くんが女性の姿になった経緯と、必要性を説明させて頂きますので申し訳無いのですが御家の中にお邪魔させては頂けないでしょうか?」
そんな収集が着かない現場に説明をするために望と共に車に乗り込み同行していた仙狐事、望の親友であり良き姉である、外出用の赤い浴衣を着こなしたきつ姉が混乱する三人の中へとフォローに入り。なんとか家の居間へと入ることを許して貰う事が出来た。
寒い秋風が吹く過酷な環境から、暖かいこたつに手洗いをしてから入った二人は思わず顔を綻ばせるが。二人の前で仏頂面で座る健一は、目の前に現れた息子を名乗る美少女を受け入れられる訳がなかった。
「息子が美少女になったんだから万々歳じゃん?」と思う方も居られると思いますが。家族側の立場で言えば、突然40代の母が20代のイケメン青年として現れて「僕が君のお母さんだよ?」と言われる程の衝撃を父健一は味会わされているのであり。
作者がそんな事態に遭遇したのならば速攻で警察に不審者として通報するか、救急車で病院に連れて行き精神科に叩き込む案件だと思います。
なので説明する側にも、聴く側にもかなり慎重に扱わなければならない話であるため。あたふたするだけで旨く説明が出来ずに望が門前払いされるであろう事を予期したきつ姉は、説明代理人として同行したのである。
「さて……これは一体どんな悪ふざけなのかな仙狐さん。私は未だに望の名を語る可愛らしい余所の娘さんを家に連れてきたとしか思えないのだが」
「御父様の言われることは最もだと思います。今回望くんが少女の姿となって帰宅すると言うこの様な事態となりましたのは、御父様達が先程まで話し合われていた“望くんが初恋の人にフラれた件”と関係しています」
その説明を聴いてそれぞれ違う驚き方をしたのは父と息子であり。直ぐ様に追及し会う事となる。
「お父さんもうその話をお母さんにしちゃったのですか!? 出来ればもうしばらくは内緒にして欲しかったのです!!」
「仕方ないだろ!! お母さんには家族間の中では嘘と隠し事はしない約束しているんだから、追及されたら話さずにはいられなかったんだ!」
「そこら辺は旨く妥協する事も出来た筈なのです!!」
話のキャッチボールが白熱し始めた二人は思わずこたつから出て立ち上がっており。掴み掛かる事が出来る程の近い距離で、会話と言うボールをぶつけ合う。
「じゃあ聞くが、望はお母さんに隠し事が出来た事があるか?」
「うっ……無いのです……でも、でもでも!! 男の秘密として隠すぐらいだったらお母さんも許してくれたかもなのです!!」
その発言を聴いた母は、嗜めつつ諭す為に口を開く。
「そうね。悪気が無くて本当に知られたくない事ならば、無理強いする資格は当たり前だけど無いわ。でもね望、その秘密を抱えて望の心がはち切れんばかりになっていたから御父さんは私に相談したんだと思うわ、望が助けを求めた時にちゃんと家族で力になれるようにね。そして、現にそうなってしまっているじゃないかしら?」
「うっ……その通りなのです……」
母は望が失恋した故に自暴自棄になって性転換してしまった等とは決して考えておらず、むしろ望が失恋した彼女の事を諦めておらず。通常とは違う形のアプローチ方法で何等かの接触を図ろうとしている事は見抜いていた。
なので今回の望の行動を家族を脅かす規模の問題だとも考え、望の若さ故の無鉄砲さを望本人が意識出来るように諭し、冷静になって欲しいと説得しているのである。
それは“本来であれば”望に取って正しい誘導指示であり、ストーカーの様な行動をエスカレートさせる望を正す物であった。
「御母様。今回望くんが私の力で少女の姿になってまで行おうとしているのはフラれた彼女に対する執着心故ではなく、“このままでは若くして命を失うであろう彼女をあらゆる手を尽くしてでも救出する為”だったのです……」
そう言って、きつ姉は浴衣の袖口から占い等で使われる水晶玉とその下に敷く紫色の小さな座蒲団をこたつのテーブルの上に一緒にして置き、両手を水晶の上に暖を取るように少し離した状態を維持する。
「彼女が乗り越えて来た試練と、これから彼女がどの様な未来を辿るのかを予想したダイジェスト映像を水晶に写しますから、御二人も御覧になって見てください。場面は彼女が中学2年生の時期から始まります」
そう言い終わるや否や水晶の中に望が恋い焦がれ続けている黒髪の美少女、林原空が広いリビングで下手をすれば高校生に見える母と楽しげにテーブルのイスに腰掛けながら、夕食を取っている穏やかな光景が写し出される。
そのほのぼのとした光景に望の両親は安堵した次の瞬間映像は変わり、今度は彼女が中学校の教室の机にいる姿が写し出され。休み時間に成った途端、様々なチャライ男子生徒達に馴れ馴れしく付きまとってくる態度にうんざりした彼女が席を立ち、女子トイレに向かうのだが。
その光景を見て嫉妬していた20人程のチャライ女の子だけでなく、見た目は清楚な女子生徒達が彼女が入った女子トイレにまで追しかけて来て。
トイレの奥に追い詰められた空はバケツで水をかけられたり、彼女の持ち物をその水で出来た水溜まりに捨てられて使い物に成らなくさせられたり。
囲まれて罵られ、殴る蹴るの暴行を受け続けた彼女は最終的に汚いトイレの床に土下座させられ。その惨めな姿を嘲笑いながら女子達は携帯で写真や動画を撮り続け、気が済んだ彼女達は次々とトイレから出ていき。
残された彼女はただ悔しさと理不尽さに嘆き悲しむ事しか許されず、ただただ涙を流しながら噛み締める様にずぶ濡れになった自分の持ち物を拾い集めていた。
「……ニュースやドラマでイジメを取り上げているのを見た事はあったが、こいつは酷いな」
「どうやら、空さんが御嬢様育ちのお金持ちと知った男達が彼女に寄ってたかっていたみたいで、その元彼女や彼等を好きだった人、果ては好奇心で参加した者もいた見たいです。このイジメはしばらく続き、やがて彼女は学校に行かなくなり自然と彼女の一番の理解者は優しい母だけだったみたいです」
映像は切り替わり、彼女が家に引きこもる様になっても優しく面倒を見続ける彼女の母と二人で勉強を続けて、何とか中学校の卒業資格を得た彼女は田舎に出来た女子高である由利原学園に入学し、穏やかな日常を取り戻しつつあった。
その映像の中には一年生ながら生徒会で張り切る彼女の姿や、同級生だけでなく先輩にも好かれ表情の変化は少ないが幸せそうな彼女の姿があった。
「よかったわね空ちゃん。とても幸せそう」
思わずホッと安堵の息を吐く母由美子であったが、その先の未来の映像を知る望ときつ姉の顔は苦悶に満ちている。
「問題はここから何です。望が彼女の為にその身すら対価にしてでも変えようとしている未来は」
喜びに道溢れていた一年目の彼女の学園生活も冬になり、落ち着いて来たところで突然の悲劇が襲う。彼女の母が運転しているセダンタイプの車に空達が寝静まっている深夜に数人の何者かが工作を働き、ある一定の力を込めてアクセルペダルを踏むとペダルが戻らなくする様に改造してしまったのだ。
「おい……まさか!?」
解りやすい悪夢の道筋を見せられて思わず声を上げる健一の予想通り、何も知らずに買い物に出掛けた空の母を乗せた車は最初は何事もなく走っていたのだが、町中にある坂道を登るためにアクセルが踏み込まれると、奥までペダルが沈み混んだままそのまま戻らなくなる。
空の母は軽くパニックに成りながらも、何とか人を避けて電信柱へと勇敢に突撃を慣行し、激しい衝撃音と共に車体は電信柱へ正面から激突する。その衝撃による車内の状況は悲惨の一言であり、思わず映像を見ていた母と望は顔をしかめる。
「……おい、激突の瞬間シートベルトが半分千切れてエアバックも出なかったぞ? これじゃあ空ちゃんのお母さんは……」
「ええ。即死になる見たいですね……」
その後の悪夢は誰にでも予想はつくと思う。
人生において彼女が一番愛し、支えてくれていた母がいなくなった彼女はまるで電源を失ってしまった様に塞ぎ混んでしまい。あれだけ明るい笑顔を見せていた学園にも出席する事も無く。
放浪者の様な酷い姿になってしまった彼女は静かに、
通過電車のアナウンスが流れる駅のホームから
線路へと身を投げ出してその生涯をーー
「映像を止めてください、きつ姉……!! ここまで見れば充分でしょ?」
既にその壮絶な彼女の最後を神社で見ていた望はきつ姉に小さな体で涙を流しながらしがみつき、もう二度とその光景を見まいと続きの上映を拒否する。
「そうね。ご両親の御二人も何故望が必死になるか理解してくださったと思います……」
「ちょっと待ってくれ仙狐さん!! こいつは占いとか未来予想とかそう言った物であって、現実に絶対起こる事では無いんだろ?」
その質問に対して、この水晶を所有するきつ姉は首を横に降る。
「いいえ。この水晶は私が、神様から直々に頂いた人々の悪い未来を良き形に変革するための神器と呼ばれる道具であり、そこから導き出される予想は私が活用してきた800年の間中、全て的中してきました」
「それじゃあ望が女の子の姿になったのはその未来を変えるためなの仙狐ちゃん?」
「そうですね。本来であれば私が解決するべき問題なのですが、いかんせん人手不足な物で……。ならば、一番彼女を救いたいと地球で一番願っている望に託したいと私は考えました。勿論、望には私達稲荷神社に属する狐達とこの地球処か宇宙を支配されている神様達が味方をしてくださりますから、彼女を襲う不幸など一つの砂粒がぶつかって来る程度の驚異ですので御安心ください!!」
そう言って、自信満々に微笑みながら言い切る仙狐様に言われれば迂闊に反論する訳にも行かず、望の両親は複雑な思いではあるが今回の話を承諾するに至る。
「全く、お前が幼い頃に仙狐さんを助けた頃から望の人生は只では終わらないとは感じてはいたが、まさか初恋の人のために御嬢ちゃんの姿になって命をかける事になるとは流石に予想外だった……」
「ふふっ。私は望の初恋をしたと聞いてから何と無くは感じてはいましたよ? あなたも私に何度振られても、諦めませんでしたし誰よりも私の事を愛してくれる人ですから」
その暴露を聴いた健一は顔を真っ赤にしてむせかえり、望ときつ姉は目を輝かせる。
「やっぱりお父さんも一途だったんですね! ずっと何と無くお母さんと付き合ったとか言ってましたけど!!」
「ええい! 俺の事は良いんだよ!! それよりもだ望、お前さんはこれから愛する人を守り、幸せにする生涯をかけた大仕事に出るんだ!! しっかりと狐仙さんや神主さんに鍛えて貰ってこい!! そして絶対に彼女さんを幸せにしてこい約束だ!!!」
「はい! 絶対にこの約束だけは果たして見せるよ!!」
そう言いながら御互いに右拳をぶつけ合う二人を目に焼き付けるように真剣な表情で見つめるきつ姉に、母である由美子は彼女に聞こえる程の静かな声で語りかける。
「あんまり気負いし過ぎちゃ駄目よ仙狐ちゃん。貴方だって、神様に遣えているとは言え一匹の狐なんだから苦しくなったら甘えに来なさいね?」
「御母様……。ふふふ、まさかこの役目を引き受けてからそんな言葉を掛けられるとは思っていなかったわ。その言葉、大切に覚えておきますね?」
「はい。何時でも私が忘れていないかチェックしに来て良いですからね?」
それぞれの見送りを受けた二人はそのまま様々な特訓を開始する為に狐乃街稲荷山神社を拠点とし、その日を境に林原空の人生を変えるための本格的な準備を開始する事になる。
第一話で日常系の萌える話を描いて起きながら、第二話で行きなり心の汚ない部分のヘドロをぶちまけてしまい、癒しを求めて廻覧してくださった方で気分を害された方はすいません。
今回話のメインとなった空が「何故男性に素っ気なく、義務的な話し方なのか」「何故感情を押し殺しているのか」等をこれから彼女と望が向き合うに当たって重要な要素であり、原動力となってきますので無理矢理に押し込む形となりました。
こう言った彼女が抱える辛いトラウマと残酷な未来に立ち向かうと言うのが、空と望がこれから関わる上で一番重要なテーマと考えていまして。皆様には彼女を苦しめている重荷が一つ一つ取り除かれて、本来の自分を取り戻す彼女の姿を作品の楽しみの一つとして見守って頂ければ嬉しく思います。
最後までお付き合いくださり、そして読んでくださりありがとうございました!!