#01 僕が狐少女になった訳
※元々はジャンルが【恋愛】でしたが、話がどう考えても何でもありになってきたため【ファアンタジー】にさせて頂きました、御了承ください。
・改めて文章と話を一話から見直しつつ、出来る限りですが文章の修正をしていきます。(1/19)
・秋葉の入学先を中学校から、高校へと変更しました。(11/13)
・私のスマホでは、空白を全角にして文章の最初の部分を区切るために空けて【確認ボタン】を押して見ると、投稿される文章に空白が反映されませんでした。なので、文章が長くなる場合は改行で対処していく事になりますので、御了承ください。(12/13)
・話全体を解りやすくするために改編しています(3/9)
・改行する箇所を増やし、読みやすくしました。(6/1)
「……ごめんなさい。私は貴方を馬鹿にしている訳ではなくて、女の子にしか恋愛感情を抱けないんです。だからこの話は御断りさせて頂きます」
「そう……だったんですね……」
夕暮れ時の人がまばらな駅のホームで、それぞれの学校の学生服を着た二人の男女の話し会いが終わりを告げようとしていた。
黒い学ランを着た152㎝程の小柄な男子と言うより、女子に近い細身な体型で黒髪ショートヘアーの苦笑いを浮かべる事しか出来ないでいる少年の名は佐々木望と言い。彼の目は初恋の女性からの余りにも予想外な告白の返事を聴かされて動揺して泳いでおり。
その様子をただ無表情に見詰めているのは168㎝程の平均的な身長でありながら、モデル並みに綺麗に整った体型と、さらさらのストレートロングの黒髪に力強さを感じさせる凛とした目を持ち。
ネイビーカラーでブレザータイプの冬服に赤いネクタイと赤いチェック柄のスカートを履いた、何でもテキパキとこなせそうな美少女、林原空であり。
そんな一軒年の離れた兄弟に見える二人の間には気まずく、重い空気が漂っていた。
「ごめんなさい。林原さんの事情も知らずに突然告白してしまって……」
「いいえ。私こそ佐々木さんの思いに応えられ無くてすいません」
謝罪の気持ちを現す様に深く頭を下げて謝る空に、佐々木と呼ばれた少年も慌てて彼女と同じ様に頭を下げてフォローと詫びを入れる。
「あ、いえ! 林原さんが謝る必要は全く無いですよ!! 僕が単純に林原さんを困らせてしまっただけなので、寧ろ面識の無い僕のワガママに付き合わせてごめんなさい…… 」
御互いに謝罪を終え、思いも性格的にも正反対な二人はゆっくりと頭を上げて、再び向き合う。
「あ、あの……良かったらーー」
“せめて友達になってくれませんか”と言う望の淡い気持ちは、ホームに流れだした電車の到着を告げる音楽に妨害される。
【~♪ 一番線のホームに快速電車、美浜行きが、四両で到着致します。危険ですので黄色い線の内側で御待ちください】
「ごめんなさい。帰りの電車が着たみたいなので失礼しますね。さようなら」
緊張でガチガチになっている少年とは違い、あくまで冷静な彼女は軽快な音楽と共に駅のホームに入ってきた電車へと一度も振り返らずに颯爽と乗り込んで行ってしまい。少年はそんな彼女の後ろ姿を動き出した電車の窓越しに見送る事しか出来なかった。
「行ってしまった……ううっ」
お客を載せた電車が走り去ったホームには殆ど人が残っておらず。落胆する少年に容赦なく11月の冷たい風が吹き付けて来て、思わず防寒着が赤いマフラーと手袋だけの少年は寒さで体を震わせる。
「……やっぱり、僕なんかじゃ迷惑だったんだよね。バカだよな……僕………ううっ」
肩を落とし、とぼとぼと家路に向かう彼の後ろ姿は元々小柄な体格も合わさって更に小さく見え。時折、本人は必死に隠そうとしているがつい口から漏れてしまう小さな嗚咽と涙が秋の夕暮れへと染み込んで行く。
◇
改札口を潜り、駅前に出た少年は通学時に毎日御世話になっている自転車を駅前に停める為に利用させて貰っている、学生はタダの駐輪場に停めていた自転車に股がり、少年は三年間通いなれた帰り道を走りだしていく。
彼が暮らしている狐乃街はのどかな田舎の田園風景と山々が残る昔ながらの自然風景が維持されており。尚且つ、沢山の人々が住まう豊かな町並みや、活気がある商店街等があり。それでありながら道路は高速道路も含めてしっかりと整備されているので流通の通り道としても機能していて。
何より日本で唯一、実際に狐がいる稲荷神社、狐乃街稲荷山神社があるために。日本だけに限らず、世界中から大勢の観光客と狐好きなケモナー達の聖地として、毎年かなりの数の観光客が押し寄せる街としても世界的にも有名な街である。
そんな狐乃街の住宅街の一つに、一階が店舗として改装された三階建ての家で。家の隣にシャッターガレージ式の駐車場を備えた瓦屋根の和風の家であり、少年の実家である佐々木豆腐店がある。
夕焼けに照らされた豆腐屋の前に元気なく少年は自転車を停めて、未だ振られたショックから立ち直れずに落ち込んだまま店ののれんをくぐり、横開きのガラガラと音をたてる銀色の引き戸を開けて帰宅した。
一階は先程の説明の通り豆腐屋となっていて、のれんをくぐった入口の左側にはレジが置かれた透明の大きな商品ケースが置かれており。
ケースの中には様々な種類の豆腐だけによらず、厚揚げや、油揚げ、豆乳、おから、豆腐ドーナッツ等々が色とりどりの皿に乗せられて、紙で作られた漫画の吹き出しの様な値段表が飾られている。
「ただいま……」
「おう、お帰り望。……随分と元気がないじゃねーか、浪人でも決まったのか?」
望の帰りを迎えたのは佐々木豆腐店の主であり、白のTシャツにジーパンにエプロンと言う衛生的にはどうなんだろうと言う出で立ちである望の父、佐々木健一であった。
健一は週四日の頻度で夕方の配達に出掛ける望の為に、夕方配達する分の商品を御客さんの名前がマジックで書かれたビニール袋に入れ、専用の番重に積めている最中であり。
彼は少女体型に近い望とは違い、176㎝の無駄の無い筋肉がついたがたいの良い体と渋い顔に細目と言う見た目のダンディーなおじさんであった。
そんな父に、望は手提げ鞄を御店ののれんを潜った裏にある居間に置いて、佐々木とうふ店の名前が左胸と背中に書かれた作業着に着替えながら、落ち込んでいる理由を打ち明ける。
「実は、片思いをしていた人に振られちゃってね……。彼女は電車通学の行き帰りでしか会えない人で、僕ももう少しで高校を卒業しちゃって会えなくなるから思いきって告白してみたんだ……」
「そしたら振られたと?」
「うん……。殆ど喋った事もない赤の他人だから、当たり前だよね?」
「そりゃそうさ。ただ信頼出来るだけじゃなく御互いに条件無く愛し合い、共に人生を歩もうと努力出来る人間じゃない限り、本当の恋人になんざ馴れるわけがない。お前だって見ず知らずの人間に結婚してくださいと告げられたとしても、首は縦には振らんだろ?」
「……その通りだね父さん。でも、彼女とは少しづつ関係を深めても何か大きな壁が有ったような気がするんだ。何故か男性を根本的に信頼していないような雰囲気が彼女にはあったから」
望は駅のホームでの彼女の態度を思い出しながら自分が振られた理由を理解するために思考を回しつつ。しっかりと手を洗って商品を積める手伝いをこなし、その商品がみっちりと詰まった番重の左右外側に付いているとってに手で抱えながら、父と共に外のガレージまで運んで行く。
店の外に先に出た父は、ポケットから小型のリモコンを取り出し。ボタンを押すことによって全自動式のガレージシャッターがゆっくりと上に昇って行く。
するとガレージ内の天上につけられている蛍光灯がつき。ガレージの中に納められていた左右のドアに【佐々木とうふ店】と言う文字のステッカーが張られた白黒のツートンカラーの新しい方のトヨタのスポーツカー、86がその姿を表す。
父は手慣れた様子で車の後ろのトランクを開け、衣類タンスの引き出しの様な形状をした鉄製の番重固定具に商品を積めた六つの番重を納め、頑丈なベルトで固定していき。
ちゃんと蓋が閉まっている事を確認してからトランクを閉じて、失礼にならない程度に正装した望が黒い革製の運転席に乗り込み、手慣れた手付きでイグニションキーを回す。
すると軽快な音と共にエンジンが動き出し、ETCカードが挿入されていない事を伝えるアナウンスと電源がついたFMラジオからはDJの軽快なトークとBGMが車内に流れ始めるなか。望は父と話すため扉のドアウィンドウを開ける。
「家に帰ってきたらゆっくり話は聴くから、一先ずは事故の無いようにな望?」
「ありがとう父さん。行ってきます!」
「おう」
見送り終わった健一は静かにガレージの外に退避し、それを確認した望は搭乗車である86がマニュアル車であるため、まずクラッチを繋げる為にクラッチペダルを踏みつつシフトレバーを1速に入れてクラッチを繋ぎ、アクセルペダルが踏み込まれる事により発進許可を得た86はゆっくりとガレージから出庫していく。
やがて店の前の住宅街特有の狭い道路に出た望は、右のウィンカーを出しながら直ぐに止まれる安全な速度で街を繋ぐ大通りを目指して走って行く。その後ろ姿をたばこに火をつけてガレージに背中を持たれさせながら見送る父健一は、何処か嬉しそうでもあった。
「あの天使爛漫の望が恋とは、少しは大人に近付いたかな……」
◇
「さてと、次の配達場所はどこかな~♪」
元々父が車好きであった事もあり、その影響を受けて育った望も乗り物好きであり。18になり直ぐ様に家のバイト代で貯めた貯金で運転免許を取った程の事もあり、望は車の運転をしている内に落ち込んでいたテンションを何とか回復しようとしていた。
望はお得意様であるスーパーや、直接注文を受けている家々に一件づつ訪問して商品を届ける等の配達をそつなくこなし。
ある程度商品を捌き終えたので、望は残りの配達先を確認するため赤信号で待っている間にカーナビを操作し地図をチェックしていく。既に殆どの配達先を周ったことを示す黒いマーカーが地図上に多数点在しており。未配達先を示す赤いマーカーは【狐乃街稲荷山神社】だけであった。
「きつ姉待ちくたびれてるかな。よし、今日最後の配達に行こうか86!」
少年特有の機械との掛け合いをする望の意思に応えるように86は煩すぎない程度に力強いエンジン音を響かせて、夕方の帰宅時間で混み合う三車線の大通りを突き進んで行き、やがて望を乗せた車は20分程で目的地である狐乃街稲荷神社の麓に到着し、望は参拝者用に用意されている無料の青空駐車場に車を停める。
「ふう~到着っと。やっぱり秋の紅葉は綺麗だなぁ」
後ろのトランクから商品と保冷剤を入れた教室の机程の大きさをした最後の番重を両手で取り出しつつ、望は秋の紅葉で赤、黄色、緑と色とりどりの芸術的な色彩を放つ山の木々を見ながら望は一息つく。
神社の表参道に肌寒い夕暮れ時であるにも関わらず、いまだ多くの様々な国の観光客達が歩いており。浴衣姿のお客さん達が若い神主さんから様々な説明を聞きながら歩くツアー客や、お土産屋ではしゃぐ修学旅行生等がそれぞれ観光を楽しんでいる。
中でも人が多いのは、地域の繁栄と安全と感謝を込めて寄付により造られた、京都の伏見稲荷大社にある千本鳥居を連想させる様な、連なる用に造られ今は地面に設置されている照明によりライトアップされている色鮮やかな鳥居が登山道を彩っており、その道を抜けると可愛らしい狐達がいる広場の様な場所に辿り着く事が出来る。
ここでは、しっかりと健康診断を受けて治療を受けた人懐っこい狐達がお客さん達を迎えてくれる、観光地である狐村の様な光景が広がっており。
その狐達の世話と警備を紅白の巫女服を着た可愛らしい美少女達がしている事もあり、わざわざ身体を鍛えてまでビル15階程の高さを誇る、全4階層に分かれている狐乃山に登山アタックを試みる客が男女に関わらず訪れては、様々な想いに駆られて悶える光景があちこちで見る事も出来る。
そんな幼い頃から通いなれた登山道を望は商品が入っている番重を両手に持ち、息を乱さずに整備された石垣の階段を登っていく望の姿に旅行客の驚きが籠められた視線を集めるなか。望は途中山の湧水が飲める給水所での休憩を挟みつつ、20分程掛けて本殿のギリギリ敷地外にある宿舎で商品と自分を待っていてくれる友人達の元へと向かう。
「ふう。良い運動になった」
「あっ!! 望お兄ちゃんがやっと来たー!!」
階段を登りきり、門のように大きな鳥居と石で出来た通り道が目に写る中。聞き慣れた可愛らしい少女の声が望の耳に聴こえて来る。
声の主である少女が箒を片手に軽快な下駄の音と共に駆けて来る、その容姿は夕陽を連想させる鮮やかなやまぶき色の髪を真ん中で分けたショートヘアーで、時おり可愛いらしい八重歯が見え、笑顔が眩しく。来年の春に高校生となる紅白の巫女服が良く似合う活発な少女、山下秋葉であり。
望にとって幼い頃から深く関わりがあり、今は神社で働いている大切な妹分である。
望は両手で持っていた番重をピザの様に左手で持ち、空いた右手で秋葉を抱き止めてみせ、可愛い妹分との二日ぶりの再開に望も笑顔で応じる。
「待たせてごめんね、秋葉。今日の御勤めはもう終わったのかい?」
「うん! 今は皆、後片付けと夕御飯の支度をしているよ!! ねえねえ、望お兄ちゃんもたまには夕御飯食べていってよ!! みんな喜ぶよ?」
「ありがとう秋葉。……じゃあ御言葉に甘えちゃおうかな?」
「本当!? やったあぁ!! 今日は久しぶりに望お兄ちゃんと夕御飯だー!!」
自らが望んでいた回答を聴けて、彼女はウサギの様にぴょんぴょんと無邪気に舞いながら全身で喜びを現してくれる。
「ほっほっほっ。何やら賑やかと思えば望くんが来ておったのじゃな。何時もこんな山奥までわざわざありがとうのう」
神社の本殿の扉が開き、中から現れたのは狐乃街稲荷神社の取締役を言付かっている70代となる神主、山下藤吉郎であった。
彼の顔には嗄れながらも年期を伺わせる大木の様な力強さと威厳があり。仙人のように鼻下の白い髭が顎髭と一緒に下まで繋がった髭と、彼の権威を象徴する赤袍の上衣、紫奴の袴、そして頭に冠を着けた正装と言う姿でゆっくりと階段を降りて、望の側まで歩いて来た。
「今晩は神主さん。此方こそ今日も御勤めありがとうございます!」
「ほっほ。何、神様のお仕事させて頂ける事と誓願を捧げさせて頂けるのはワシに与えて頂いている特権であり、望くん達を支える大切な仕事じゃかろのう……。大変じゃが、これ以上遣り甲斐のある仕事は無いから全く苦には成らんのだよ。勿論、その喜びを持続させて貰う上で望くんの助けにはいつも感謝しておるよ?」
そう言ってお茶目にウインクして見せる山下だが、豆腐屋と神様に使える神主とでは違いがありすぎて望は慌てて恐縮する。
「流石にそれは恐れ多いですよ神主さん……」
「ほっほっほ。元々はこの神社が出来たのは紛れもなく佐々木家の皆さんのおかげさまじゃからのう。ワシは間違いは言っておらんよ? それに、どうやら御前さんもこれからは只の豆腐屋では居られなくなる見たいじゃし、決して過大解釈ではあるまいよ……」
「え? 神主さんそれってどういう……」
「ほっほっほっ。さて、着替えてくるとしようかのう~」
「ああっ! 神主さん!! 最後まで説明してくださいよー!!」
意味ありげな発言を残して山下は愉快そうに笑い、ゆっくりと和式の宿舎の中に入って行ってしまう。慌てて望も持ってきていた商品を入れた番重と秋葉と共に後を追いかけていく。
二人は温泉の様にのれんだけ設置された出入口から中に入ると、まず宿屋の様に靴箱が左右に設置されており、正面にはスリッパがずらりと並べられた玄関が出迎えてくれる。
二人は茶色のスリッパに履き替えて、皆が集まる食道である大広間へと歩みを進めていく。
「飛び入りになっちゃうけど大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫!! 望お兄ちゃんは私達にとって大切な家族なんだから!! 実家に帰ってきた様な感覚でいれば良いんだよー」
そんな会話をしつつ、二人は何時も神社で生活している人達が集まり会い、ご飯を食べる為だけではなく、集会を開く事でも使われる宴会場を連想させる大広間へと足を踏み入れていく。
既に大広間には一人分の料理を置くための小型の黒いテーブルに花柄が添えられた物が50人分用意されていて、その上に割烹着姿の美少女達が楽しそうに精進料理を既に運び始めており。
メニューとしては御飯、白味噌の味噌汁があり。おかずとして湯葉、麩、椎茸の炊き合わせと胡麻豆腐。紅葉麩、こんにゃく、栗、ごぼうなどの盛り合わせ。しめじと青菜のおひたしが一品としては少量で薄味だが、その分幅広いメニューが用意されている。
「わあ、どれも美味しそうだし色鮮やかだなぁ。あっいけない、いけない!! 早く届けないと!!」
その様子を眺め終えてから、望は本来の自分の仕事である配達を業を達成するために厨房へと向かう。
厨房では20人近い美少女達が一緒に料理の盛り付けをしていたり、使い終わった調理器具を洗っている。
何より、彼女達の容姿で一番目を引かれるのは彼女達の頭頂部付近から黄色い縦長の二等辺三角形の様な形をし、耳全体が正面を向いている耳が二つ生えており。お尻に小さな穴が空けられた割烹着から、しなやかで茶色で根元が白い筆の様な狐尻尾がフリフリと左右に揺れながら動いている。
衛生的には厳しいかもしれないが狐好きで、美少女好きな方ならばホットドッグ早食い選手権を水無しで挑めそうな桃源郷である。
「今晩はー! 佐々木豆腐店の望です。豆腐と厚揚げと油揚げをお持ち致しました!!」
「わあ! 望お兄ちゃんだー!!」
「今日は此処で食べていくんだよね望くん?」
「厚揚げ……じゅるり……」
既に料理の準備と運搬が終わろうとしていた所で、タダ飯を図々しく食べに来てしまったと望は少し申し訳無く感じていたが。厨房で働く齢と容姿が様々な狐少女達は大歓迎で迎え入れてくれた。
「のぞむぅぅぅ!!! 貴方が来るのを待ちわびていたわー!!」
「今晩はきつ姉! 待たしてごめん!」
そして何より彼の登場を心待ちにしていたきつ姉と呼ばれ、皆から親しまれている白い毛並みの4本の尻尾と茶色の目を持ち、最低でも500歳以上生きているとされている【仙狐】と呼ばれる彼女は、神の使いとして敬われているとは思えない程に、可愛いらしい割烹着姿の狐の美女が一目散に番重を置いた望に飛び付く形で抱き締めていた。
「外は冷えていて寒かったでしょー? 頑張りやさんな子はお姉さんが暖めてあげるからね?」
「ききき、きつ姉!! 皆が見てるなかでは流石に恥ずかしいよー!!」
「ふふふ、照れちゃってかわいいんだから。お肌もぷにぷにしてて、干したての布団のような太陽の良い匂いまでするなんてやっぱり望は犯罪的だわ……」
そう言いながら、慌てる望を抱き締めて色々と満喫するきつ姉は顔を赤らめ、目を潤ませながら少しづつ顔を近付けて行く。
「わわわっ?! きつ姉顔が近くて当たっちゃうよ!?」
「ふふふ、お姉さんの何処が当たってしまうのかな望?」
突然繰り広げられるラブシーンに、狐の少女達からの黄色い声が厨房にあがるなか。すかさず普段着である浴衣姿に着替えた神主である山下が割り込みをかける。
「そんなもの、罰が当たるに決まっていましょう……渇っ!!!」
「痛っ!!? 後もう少しなのに何をするのよ藤吉郎!?」
煩悩にまみれていた仙狐の肩を手持ちの尺で一喝し、望と穏やかに話していた時とは売ってかわって鬼の形相で顔を真っ赤にさせた山下は、直ぐ様に二人の間に入り込み仙狐に説教を開始する。
「言われ無くても解っておられますでしょう!? 仙狐様は神聖なこの地で、よりにもよって神様の使いとしておられる貴方様が色欲を爆発させて、貴方様の命の恩人でもある望くんをタブらかしおったからに決まっています!!!」
しかし山下からの痛烈な指摘を受けたきつ姉は怯む処か、割烹着の上からでも解る豊満な胸を仰け反らしながら不適な笑みを浮かべて、ちゃっかりと望の手を握って自らの体に引き寄せる。
「あら良く解っているじゃない藤吉郎!! 並ば尚更、愛に生きる私は望との大切な時間を譲るわけにはいかないわね!! 行くわよ望!!」
「わわわっ!! きつ姉何処に連れていくのさ!?」
「そんなの決まっているじゃない。貴方の想いを叶える為の作戦会議よ!!」
「こっ、こら待ちなさい二人とも! まだ話は終わっておらん!!」
きつ姉に手を引かれ、浚われる様に引っ張られていく望は。背後で響く山下の叫び声をBGMにしながら調理場から廊下へ、そして玄関を越えて外へと飛び出していき。暫く走り続けた二人は神社の敷地内にある五重の塔前の広場まで駆けこみ、息も切らす様子もなく自然と立ち止まる。
望が来る頃はまだ日が沈み始める夕暮れであったが、既に狐乃街山は日が暮れて夜の姿へと衣装変えを終えており。
照明が点灯している広場の足元には石で築かれた道と、その外れには歩くと軽快な音が出る白い砂利が敷き詰められており。澄んだ空には綺麗な満月と満点の星空が広がっていて、紅葉した木々が並ぶ幻想的な風景が二人を迎え入れてくれる。
「ふう、ごめんね望。随分と走らせてしまったけど大丈夫だったかしら?」
「大丈夫だよきつ姉、これくらい何時も鍛えているからへっちゃらさ!」
「ふふっ。流石は私が見込んだ男の子ね……」
「もーう、茶化さないでよきつ姉……。ところで、ここまで来たのは良いんだけど、さっききつ姉が言ってた作戦会議って何?」
ここまで連れて来られた理由が未だに解らない望に理由を訊ねられたきつ姉は少し寂しげな表情をしながら、望が経験した夕方の出来事を訊ねる。
「望……今日、女の子に告白をしたでしょ?」
「えええ!? 何できつ姉がその事を知っているの!? まだその話は父さんしか知らない筈なのに!!」
慌てて自分の隠しておきたい大失敗談を、親友であり大切なお姉さんと思っているきつ姉に知られている事で、望は思わず顔を真っ青にさせる。
その心情を手に取るように解るきつ姉は、大切な弟を奪われた様な寂しさも相まった嫉妬心故に望をさらに追求する。
「そんなにあの子の事が好きなの? 一年間電車で見ていただけで、会話も殆どした事がない相手だって言うのに?」
「ちょっと!? そこまで解っちゃうって、まさか僕の行動を逐一見てたって事だよね?!」
「そうよ? 私の使命は人々を豊かにし、正しく導くと言う神様から与えられた使命があるの。それはもう、望が見られたくない事以外は望の事を紙に穴が開くぐらいに眺めていたわ!!」
「胸を張って言える事なのそれって!?」
顔を赤らめ、鼻息荒く語るきつ姉は其が生きる使命と言わん盛りに豪語して見せてから、落ち着きを取り戻しつつ。望に伝えたかった本題へと入って行く。
「さて、じゃあ何故あの子、林原空が望の告白を断ったと思う?」
その質問を受けて望は彼女が言い放った衝撃発言を思い出す。
『……ごめんなさい。私は貴方を馬鹿にしている訳ではなくて、女の子にしか恋愛感情を抱けないんです。だからこの話は御断りさせて頂きます』
「……林原さんが男性ではなく、女性が好きだから?」
「そうね、それも正解の一つとしてあるわ。でも、彼女は最初から女性を異性として見るレズビアンでは無かったみたいなの……」
「えっ!? それってどういう事なのきつ姉?」
新しく提出された話に驚かされる望に、きつ姉は自らが分析した彼女の情報を開示する。
「彼女は日本を代表する優秀な発明家の一人娘さんみたいでね。幼い頃から沢山の財産目当ての年齢を問わない男達に付きまとわれていて、気を許した相手にお金をゆすられたり、性的要求をされたりしたりして。慌てた彼女が危機感を抱いて縁を切った相手が醜い逆恨みでストーカーになったりして怯える生活も経験したみたいよ……」
年下の素敵なお姉さんと言うイメージが先行していた望にとって、人の欲望の渦に巻き込まれて苦しむ彼女の体験談に思わず絶句してしまう。
「そのせいで林原さんは男性ではなくて、女性に恋愛感情を抱く様になったの?」
「そうね……。彼女の場合、学校で男性の取り巻きが追いかけて来るせいで友達が作れず、頼れるのが御両親だけだったんだけど。父親が仕事で忙しかった為に、やや幼い容姿をしている母にしか頼る事が出来なかったみたいなの」
「男性のトラウマのせいで身近にいた人のイメージが好みとして定着してしまって、あんなにも男性を避ける態度を取っていたんだね……。じゃあ男性に悩まされた後の林原さんは。此れからの林原さんは報われるのきつ姉?」
その望の問いに望の正面に立ち、向き合って話していたきつ姉は一瞬肩を震わせ、1滴の冷や汗を頬に垂らしながら視線を反らしてしまう。その解りやすい仕草を見た望は、きつ姉が嘘をつけない性格であり、真剣な思いには何時も本気で答えてくれる事を知っているので。その良からぬ仕草に自分の心臓や肺が鷲掴みにされた様な感覚に陥る。
「林原さんに……林原さんに何が起きると言うのきつ姉? お願いだから隠さずに教えて!!」
掴み掛かる勢いで心配の為に目を潤ませながら迫る望に、きつ姉は激しくなる鼓動を抑える為に呼吸を整えてから望に向き直る。
「……望。私が貴方にこの事を話せば、望の人生は彼女の為に無茶苦茶になる。だから私はこの話を出来ればしたくはなかった……」
今までの明るさと勢いが嘘のようにきつ姉からは無くなっていき、白く綺麗な四本の尻尾は地に垂れ、両耳は前に倒れて萎えている。
「でも、私がそれでも望をここに連れ出したのは、将来望がこの話の結末を知ったとき。死ぬ以上に後悔すると私が感じたからなの……。望、貴方はそんな人生を左右する話を聴くか聴かないかを判断する権利があるわ」
「きつ姉ありがとう……」
そう言って、望は全ての苦しみを背負ってくれた大切な姉を抱き締めていた。その思わぬ行動に不意を突かれて驚くきつ姉に、望は自らの思いを伝える。
「僕には話の全体は解らないけど、話を聴いても聴かなくても多分きつ姉の考えた通りになると思う……」
「……うん」
「それなら、僕は後悔をしない人生を歩みたいんだ。きつ姉、我が儘を言ってごめんね、僕にその話を聴かせて欲しい」
その答えを伝えられたきつ姉は、先程の様に驚き戸惑うのではなく。自らの命に代えたとしても最善の判断を果たそうとする愛しい弟を心から誇りに思い、彼への信頼故に少し安堵していた。
彼女は抱き付く望の頭を優しく撫で始め、驚き顔をあげた望に暖かい微笑みを向ける。
「……解ったわ望。貴方が求めている事も、その達成の為の道筋も仙狐である私の全身全霊をもって導いて見せるから安心しなさい……」
「きつ姉……えっ、ちょっと何でそんなに顔を近付け!? うんっーー」
そう言ってきつ姉は自らの決意と思いを現実とするために、目を閉じて望の唇へと優しい口付けをする。御互いに顔を真っ赤にしたまま口付けしたままの体勢で固まっていた二人ではあったが、突然二人の体が発光を始め、 最終的に二人の姿のみならず山頂全体が見えなくなる程の大発光が巻き起こり、ゆっくりと光が収まっていく。
光に包まれた前後の自然の風景は一切変わっておらず、仙狐であるきつ姉もそのままであるのだが……。
「ご馳走さま、驚かせてごめんね望? でもこれで何とか貴方の望みを叶える事が出来そうね」
「叶える事が出来るって、きつ姉どういう事なのですか? ……あれ?」
きつ姉のおへそ辺りに頭を当てる形で抱き付きながら、自らの異変に気付いた発光する前には居なかったもう一人の人物が可愛らしい目をぱちくりさせながら、戸惑っている。
「ななななな、何なのですかこの姿はぁー!!?」
絶叫する人物のお尻からは可愛らしい三本の大きな筆の様な形をした黄色く、先端の白い尻尾が生えており。それと同じ色のセミロングの髪と狐耳を頭に生やし。
林原空が着ていたと同じネイビーカラーでブレザータイプの冬服に赤いネクタイと赤がメインカラーで黄色と白が交じったチェック柄のミニスカートを履いた小学生程の身長である136㎝の“美少女狐”が立っていた。
「そうね……名付けて佐々木のぞみちゃんね☆」
「そう言う事を聴いてる訳じゃ無いのですよきつ姉!? 何で私が小学生の女の子になっちゃってるのですか!?」
その問いに答えるために、きつ姉は右手をつきだして人差し指を立てて「1」を表すハンドサインをする。
「それはねのぞみちゃん。貴方が助けたいと願っている林原空さんがさっき話し合っていたように男性に対して、強い不信感と恐怖を抱いている事が一つ! そして彼女が理想とする美少女の姿が可愛らしい小学生であることが一つ!!」
2本の指を立てて、軽快に解答していくきつ姉の言葉を聴いて猛烈な嫌な予感が望改め、のぞみを襲う。
「ま……まさか……」
「そしてこれが本題よ? のぞみちゃんには、彼女をより身近で守り支えるために彼女が通う女子高へと入学して貰います!!」
「なっ、なんだってー!!?」
のぞみの絶叫は狐乃山にこだまする。それは彼女にとって片思いの大切な空を守り支えるための長い戦いのゴングが鳴らされた瞬間でもあり。本来ならば報われない生涯を送るはずだった林原空に、一筋の光が指した瞬間でもあったのだがその事に本人が気付かされるのは、まだ先のはなしである。
第一話を読んでくださり本当にありがとうございました!
一話を投稿させて頂いてから一日程が経ち、職場の仕事帰りでへとへとになりながら、かなり問題作である今作を見てくださった皆さんの数と初めて2桁を越えるブックマークを頂いているのを見て。夜中の10時に喜びに悶えていた25才男性の礼状と申します。
作者本人が読み返して見てもかなりつたない文章でありながら、1万字に近い文章を皆さんが読んでくださった事と期待してくださった事に感謝しています。
これからも努力しつつ、独りよがりじゃなくて皆さんと共に楽しめる作品を作って行きたいと考えていますので、引き続きよろしくお願いいたします!!