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HBSS'  作者: 滝 陽水
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第三章

第三章


「この指令は一輝君とさくらちゃんに遂行してもらうわ」

真理先輩からの指名て驚く俺とさくらちゃん。戸惑っていると真理先輩は更に続ける。

「本部が増員成功を聞きつけてさ。私と翔は別件にかかってるからダメなのよ。その代わり、ぐーみんも同行してね」

なんだ、二人きりでやれっていうんじゃないんだな。ちょっと安心した。ぐーみん先輩ならなんとかしてくれそうな気がする。

「そういうことなら。ぐーみん先輩よろしくお願いします」

ぐーみん先輩は腕時計を眺めながら、

「分かったわ。ふふっ久々ね、現場に出るのも」

「普段は出ないんですか?ぐーみん先輩」

「ええ。私は分析と作戦立案が専門なの。後方支援ってとこね」

なるほど。資料を元にぐーみん先輩がバックアップをして真理先輩と翔先輩が実行するのか。確かに適役な気がする。すると真理先輩が、

「あ、ぐーみんアレ届いてたよね?二人に渡してあげて」

ぐーみん先輩は頷くと後ろにあった棚から何かを取り出して机に置いた。

「二人ともに支給品よ。大事に使ってね」

ベルト…いや腕時計か?よく見たことない形をしているが、一応時間を示しているようだ。

「なんですか?これ。腕時計?」

すると、翔先輩が腕をまくって見せた。

「これだよ。HBSS専用端末さ。部員同士の通話とかインターネットはもちろん、任務状況の確認やら報告もこれ一つでできるんだ」

そういうと翔先輩は端末に向かって、

「コネクト」

と声をかけた。すると腕時計からホログラムが出現し、パソコンの画面のようなものが現れた。

「すごい…」

俺とさくらちゃんは呆気にとられていた。この組織っていったい何なんだろう、ますます謎だ。

呆然としているところで真理先輩が、

「さ、これがさくらちゃんの。こっちが一輝君の。とりあえず初期設定はしておいた。あとは起動ワードだけ登録しておいてね」

なるほど。起動ワードを言うと端末として機能するらしい。普段は単なる腕時計のフリをしている。そして俺たちは起動ワードを設定した。すると真理先輩が

「そーいうことで。んじゃ、私たちは行くね。ぐーみん後よろしくね、ほらっ翔!行くよ!」

と、半分ウトウトしていた翔先輩を摘み上げる。翔先輩は思わず崩れそうになるが、なんとか立ち上がって、

「んぁ?ああ。行くか」

と、情けない声を出して真理先輩に続いた。なんか振り回されている感じだな、翔先輩がんばれ。

再び部室には俺とさくらちゃん、そしてぐーみん先輩が残った。そして一通り端末の使い方を教えてもらった。すごいな…これスマートフォンなんて比較にならないぞ。俺が感心していると、

「さ、とりあえず二人とも。端末の資料に目を通してください」


ターゲット : 小野 玲奈 (十四)

住所 : 市内清見台四丁目二二一一

現在の幸値 : 約八千 (年代平均一万四千)


これがミッションか。するとぐーみん先輩が、

「あら、あなたたちラッキーよ。詳細な指令はあまりないから。これなら作戦がたてやすいわ」

ぎこちない操作で端末を確認すると、


ミッション : 典型的な核家族であるが、生誕時より両親不仲であるため多方面において幸値減少のイベントが発生。他人に対して完全に心を閉ざしている状態であるので、心を開くことができる方向へ転換させるミッションを考案・実行せよ。


との、ミッションデータが表示された。

「普段はもっと少ないんですか?」

「そうね、普段はもっと少ないわ。一番少なかったのは名前と住所、幸値だけってのもあったわ。あのときはもう大変だったわ…」

「そういうときってどうするんですか?」

珍しくさくらちゃんが質問した。やっぱ好きで入ったみたいで、HBSSには積極的なんだな。

「あのときは、まずターゲットのことを詳細に調査するところから始めたわ。もうね大半の時間がその調査で終わるのよ。結局のところ、何をすればいいのかが分かれば終わったようなものなの。だから、今回はいきなりそこから始められるのでラッキーすぎるわ」

ターゲット調査ってなんか探偵みたいだな、ちょっとかっこいい。

「これ、ターゲットの写真ですか?」

「ですね。写真まであるなんて、本当にラッキーだわ」

その写真を見て俺とさくらちゃんは同時に声をあげる。

「あっ!この子…」

するとぐーみん先輩が不思議そうに、

「知ってるの?ターゲットを」

「いえ、知ってるってほどじゃないんですけど、先日の祭りで会ったんです」

そう、祭りのときに達也と共にいた少女だった。そうだ、確かに達也も玲奈って言ってた。まさかこの子がターゲットだったなんて…しかもこんな人生を歩んでいるなんて…神様もずいぶんと酷なことをするじゃないか。

俺はぐーみん先輩に達也と会ったときのことを詳細に話した。

「そういうことですか。一度でも面識があるのなら、さくらちゃんにメインで動いてもらった方がよさそうね」

「は、はい!がんばりますっ」

返事をしたさくらちゃんはもう緊張している。大丈夫か?そんな気持ちをぐーみん先輩が察して

「大丈夫よ、私と一輝くんがバックアップするから」

と、フォローすると幾分か表情も和らいだようだ。ぐーみん先輩ってよく気がきくよな。

「とりあえず今日はこの資料を整理しておきましょう。あとコンタクトとりやすいように、行動分析を本部に依頼しておきます。数日で届くでしょうから、本格的にはその後ですね」

数日で行動を分析できるなんて、やっぱりこの組織って国家レベルなんだろうか…と、考えているとぐーみん先輩が更に続ける。

「一輝くんはターゲットと間接的につながりがあるようですので、できる範囲で構いませんので情報を集めてくれると助かるわ」

「分かりました。何とかやってみます」



その後、三人で資料を整理してこの日の活動を終えた。そして、いつも通りさくらちゃんと下校する。

「あんなかわいそうな身の上だったなんて…玲奈ちゃん」

と、さくらちゃんが俯いた。さくらちゃんが悲しそうな顔をすると、こっちまで悲しくなってしまう。

「ひとそれぞれ、とは言うけれどちょっと酷いよね」

というのも、玲奈ちゃんはもともと両親の若気の至りから出来た子らしい。そのためかケンカが絶えず、お互いがお互いの悪口陰口を玲奈ちゃんに押し付けていながら、家外では仲睦まじい家族を演じなければならないという大きな矛盾を幼心に抱えているという。また、幼稚園から現在に至るまでイジメのターゲットにされることも多く、友人もなかなか出来ない状況だという。玲奈ちゃん本人も人間不信に近いものになりつつあり、予断を許さないのだそうだ。そのため、俺たちのところに指令がきたらしい。

「でもさ、私達になんとかできるのかな?人の心を開く方法なんて…しかも私なんかがメインでって。私なんかには無理だよ…」

さくらちゃんやる前から考え過ぎだ。真面目で責任感強いんだな。

「さくらちゃん、とりあえず初陣だからさ。今回はぐーみん先輩の指示通りでいいんじゃないかな。できるか出来ないかはやってみないと分からないよ」

俺は珍しく真面目に語った。さくらちゃんはジッとこちらを見ている。

「でも、一番やっちゃいけないのは、やる前からできないって決め付けることだと思うよ」

「…そうだね。ごめん、何かすごく不安になっちゃって。ありがとう」

「いや。もし俺がメインでって言われてたら同じようなことを考えてたと思うよ」

実際、俺は自分に言い聞かせるつもりで語ったんだ。俺はサポートらしいけど、それでも高校受験より緊張してる。

「ううん。それでも言ってくれてありがとう。私がんばるね」

「そうだね。俺たちの初陣を絶対に成功させよう」



その翌日、俺は昼休みに達也と弁当を囲んでいた。他愛もない会話のあと、俺は玲奈ちゃんの件を切り出した。

「そういえば達也、この前祭りで一緒にいた女の子。よく来るのか?」

「ああ、玲奈ね。よく来るよ、家もそこまで離れてないから」

うん。確かに住所は近かったな。自転車の行動範囲だった気がする…とまでは言えないけど。

「玲奈がどうかしたの?あ!まさか一輝…」

達也の表情がこわばっていく。こいつ何か勘違いしてやがるな。

「それはない。俺にはさくらちゃんがいるからな」

「なーんだ。てっきり浮気かと思っちゃったよ」

達也はそう言ってケラケラと笑った。

「いあ、その玲奈ちゃんの表情や態度がちょっと心配でな。ちょっと人見知りも過ぎるんじゃないかなと思ってね」

「あーそれね。家庭の事情ってやつ?いろいろ上手く行ってないらしいんだ。しかも、玲奈は板挟みらしくて、よく俺のところに来ては愚痴をこぼして行くんだよ」

達也は少し悲しそうな表情語った。この辺は資料にあった通りだな。

「しかもさ、最近離婚の話も出ているとか。玲奈がどっちについて行くかを決めろみたいに言われてまだ返事をしてないらしい」

そうなのか…しかし大人ってのはなんでこうも自分勝手なんだろう。その悪影響を背負うのは子供なのに。

「でも、離婚するくらいなら結婚しなきゃよかったのにな」

「本当だよね。僕の家は普通でよかったよ…」

けっこう仲いいみたいだな。そっか、達也も玲奈ちゃんも一人っ子みたいだから、兄妹みたいな感覚なのかな?

「でもさ。最近玲奈、ますます元気がないんだよ。元々元気な子じゃないんだけど、いつも何か考え込んでるみたいでさ。僕もちょっと心配なんだよね」

「ほぅ。それは心配だな、思い詰めてなければいいけどな」

「うん。だから僕もちょくちょくメールして様子みてるんだ」

なるほど。なかなかマメなやつだな。いまのとこは達也のお蔭で平静を保ってるってところか。確かに資料にあった通り、予断を許さぬ状況なのかもしれないな。


放課後、俺は早速ぐーみん先輩に報告した。

「…らしいです。特に最近元気がないっていうのが気になりますよね」

「そうね。直接表情を見ていないから即断はできないけど、非常に気になるわね」

そう言ってぐーみん先輩は何事か考え込んでいる。ここでさくらちゃんがいてもたってもいられないのか、

「あの。私、玲奈ちゃんの様子を直接見て来てもいいですか?直に見ることで何か分かるかもしれないし」

「構わないけど、どこにいるか分かるの?」

「自宅の住所があるから、その近辺に行ってみれば分かると思います」

さくらちゃん、随分と積極的だな。じっとしていられないんだろうな。

「この住所の場所なら俺も分かりますし、一度くらい近所を下見しておいても損はないかと思いますよ」

と、俺が続けた。するとぐーみん先輩は、

「分かりました。じゃ、ターゲット周囲の地理調査も兼ねていってらっしゃい。あ、でもいまからだと時間かかるから、そのまま帰宅して構わないわよ」

そう聞くと、さくらちゃんの顏がパッと明るくなり、

「ありがとうございます!」

と、頭を下げた。うれしさが滲み出ているさくらちゃんを見ていると俺もなんかいいことをした気になってしまう。

「じゃ、早速いってきますね」

俺はさくらちゃんと部室を出ようとしたら、ちょうど真理先輩と翔先輩が来たところだった。俺が事情を説明すると、

「おーやる気が出てきたね。感心感心!」

と、快く送り出してくれた。



そして玲奈ちゃんの自宅近辺に到着。俺たちは周囲の状況を見て回った。俺は何度かとおりかかることはあったが、あまり詳しく見たことはなかったのでちょっと新鮮だ。一通り見て回ったので玲奈ちゃんの自宅が見えるところにあった公園のベンチで休憩することに。

「そういえばさくらちゃん、前にHBSSに助けてもらったって言ってたよね。何を助けてもらったの?」

「あ、うん。中学のとき、いじめられて不登校になった時期があったの。それまでも親の離婚とかあってけっこう荒んでたんだ。でも、そんなとき手を差し伸べてくれたのがHBSSの人たちだったの。自殺寸前だった私の話を聞いてくれて、私のしたいこと、すべきことの道を示してくれた。だから今度は私が同じような思いを抱いてる人たちに恩返しをしたいの」

そんなことがあったのか。ん?でもその状況って…

「今回の玲奈ちゃん、その時の私にすごく似てて…だから今日もじっとしていられなかったの。付き合わせたみたいでごめんね」

「そうだったのか。気にすんな、一人より二人っていうだろ?」

そしてさくらちゃんは俺に顔を近づけて、

「ありがとう。でも、この話はヒミツだからね。誰にも言っちゃダメだよ?」

…さくらちゃんの顏が目の前十センチのところに。さすがに目を背けてしまう。

「分かったよ。誰にも言わない」

さくらちゃんは納得したように、うんうんと頷いた。なんか二人だけの秘密って、また一歩前進かな。いつもはさくらちゃんが真っ赤になるのを楽しんでいたところがあったのだが、迂闊にも俺が真っ赤になってしまった。

そんなことをしていると玲奈ちゃんに動きがあった。自宅のドアが開き、玲奈ちゃんが出てきた。

「さくらちゃん!あれ!」

「あ、やっぱりあの子だね」

俺たちは咄嗟に近くの茂みに隠れる。不可抗力だが、さくらちゃんと完全密着する形になる。でも、さくらちゃんはターゲットに夢中でそんなこと全く気にしていないようだ。

そしてもう一度ターゲット、玲奈ちゃんに目を向けるとバックを自転車のカゴに入れ、こっちに走ってきた。俺たちは息を潜めながらその様子を伺うと、玲奈ちゃんが通過する際、その頬を一滴の涙が伝っていた。

「…いっちゃったね。玲奈ちゃん泣いてたけど、大丈夫かな?一輝くん…?」

ここで初めて密着していることに気が付くさくらちゃん。

「あ、ごごごごごごめん!」

真っ赤になって飛びのいたさくらちゃん、今にも沸騰しそうだ。

「いや、俺こそごめん。バレるわけにはいかなかったから仕方ないよ」

「でも、玲奈ちゃん、泣いてたよね…何かあったのかな」

「うーん。何かあったんだろうね。でもこの時間から外出…、バック持ってたし…塾かな?」

時間は夕方五時を回っており、もう周囲は薄暗くなってきていた。

「そろそろ帰ろうか。今日は直で帰れってことだったし」

「うん。そうだね。玲奈ちゃん気になるけど」

それから、さくらちゃんの家に着くまで玲奈ちゃんの涙の訳を考えていた。家から出てきたから家族問題か…確かにいろいろ問題ありとのことだったが、まだ悪化しているのかな…?

「玲奈ちゃん…大丈夫だよね?」

このさくらちゃんの問いに、明確な答えはできなかった。面識と言ってもちょっと会っただけで、資料を読んだだけな俺には涙の訳など分かるわけもなく、

「…大丈夫だよ、きっと」

と、答えるのが精いっぱいだった。重苦しい空気のままさくらちゃんの家に到着した。

「今日のことは明日ぐーみん先輩に言ってみよう。早めに対処してくれるかもしれないし」

「うん。そうだね。ありがとう、なんか気を使わせちゃって」

「気にするな。じゃ、また明日」

「うん。一輝君おやすみ」

さくらちゃんが家に入るのを確認して、俺は自宅へと足を向けた。



翌日、昼休みに達也と弁当を囲んでいると、腕に着けた時計型端末が振動した。一瞬ビクッとしてしまったが、達也にはばれていないようだ。俺はトイレに行くふりをして教室を後にし、端末を確認した。

『放課後部室へ直行せよ 真理』

真理先輩からのメールのようだ。直行か、何かあったのかな?ま、放課後ってことだから、今はゆっくりしよう。

「一輝、大丈夫?」

達也が心配そうにしている。俺が突然トイレに飛び出したもんだから、体を壊したとでも思ったのだろう。

「大丈夫だ。昨日食った賞味期限切れのドーナツがまずかったかな?」

「ドーナツはまずいよ。ドーナツは。僕なんてドーナツのカビだけ取って食べたら見事にお腹壊したよ」

「そりゃなるだろう。俺のはカビまで生えてなかったぞ」

こいつ、なんてものを食ってるんだ。そんなの壊して当然だろ。

「ところで一輝、昨日玲奈のこと言ってたじゃん?」

「うん、それがどうした?」

「いやね、昨日夜に玲奈がうちに来てさ、帰らないから困っちゃって。とりあえず昨日は泊めたけど」

なるほど、あの後玲奈ちゃんは達也の家に転がり込んだのか。ちょっと安心。

「それで?今朝は帰ったのか?」

「いや、とりあえず学校へは行ったみたい。うちに帰ってくるか、自宅に帰るかは分からないけど」

うーん。玲奈ちゃんはますます自宅に帰りたくなくなってるみたいだな。



そして放課後。俺はメールのとおり、部室へ直行した。すると、既に全員そろっていた。遅れて椅子に座ると真理先輩は全員を一瞥し口を開いた。

「よし、揃ったわね。えっと、ぐーみん側のターゲット小野玲奈と私側のターゲット矢場将司をコンタクトさせるわ。うまくいけば一気にどっちもミッション完了よ!」

…え?コンタクトだって?どういうことだ?ぐーみん先輩を見ると、ふむふむと頷いている。

「とりあえずみんな、お互いのターゲットのデータを参照できるようにしておいたから、確認してみて」

端末を開いてみると新たなミッションデータが追加されていた。


ターゲット : 矢場 将司 (十七)

住所 : 市内中原台二丁目二一三三

幸値 : 約一万(年代平均一万七千)


なるほど。…ん?写真データもあるな。と、写真を表示したら…こいつは!不良君Aじゃないか。さくらちゃんも驚いている。まさかこいつがターゲットだったなんて。すると真理先輩が

「一輝君もさくらちゃんも気が付いたようね。あのとき私とぐーみんが撃退した不良君たちの一人なのよ。私も驚いたわー彼がこんな人生を歩んでいるなんてね」

その言葉に、データの先を読んでみると、不良君Aこと矢場くんは幼少期に事故で父親を亡くしていて母に育てられている。家族に対しては優しく、朝から新聞配達のバイトで家計を助けているらしい。その反動か、学校では反抗的な態度が目立ち、問題児扱いされている。っと。なるほどな、若くして苦学生というやつなのか。

「なかなか立派なヤツだったんですね。ちょっと驚きました」

俺が素直な感想を言うと、真理先輩は

「でしょ。人は見かけによらないって正にこのことよね。でもその先よ、ちょっとひどくない?」

なになに…。最近、ケンカに負けたことを理由にそれまでの級友から仲間外れにされてしまう。イジメに近いような仕打ちを受けているが、家族には転んだ等の報告で済ませている。俺は真理先輩に、

「このケンカって…まさか…」

と、聞くと、

「は、ははは。あー。ねっ!」

と、ぐーみん先輩に振った。逃げたな、真理先輩。

「ふぅ。そういうことですか。これは少々責任を感じますね」

と、ぐーみん先輩がため息交じりに答えた。

「しかし、あれだけでイジメに近い仕打ちって、小さい男たちですね」

ぐーみん先輩、キツイ。そして真理先輩が追い打ちを。

「でしょ!ま、ミッションだけど、なんかかわいそうでさ。で、そっちのターゲットを見たら、とりあえずのとこ良き理解者が必要でしょ?この矢場くん、かなり優しいから二人の出会いを作ってあげれば、二人同時にミッション完了になんないかなーって」

ぐーみん先輩は納得したように頷きながら、

「でもどうやって?そうそう演出できるもんじゃないわよ。ちゃんと作戦あるんでしょうね?」

「もちろん!でもタイミングが…私の予想だと明日早朝かな」



真理先輩のプランとは、玲奈ちゃんは今晩も家には帰らないだろうとのこと。しかし達也宅も帰るように促すため、近所をブラブラすることになる。このとき、俺たちでうまく矢場君朝の配達ルートに入らせて出会わせる。ということらしい。どこまで知ってるんだろう、真理先輩。しかし…そんなにうまく事が運ぶのかな。

この後各自自宅で仮眠をとって、早朝三時に近くの公園に集合。真理先輩は矢場君を補足するので、他の四人でルート上に誘導をするようにとのこと。連絡は逐一端末で行うらしい。

「でも、いま玲奈ちゃんどこにいるのか分かるんですか?」

と、俺が聞くと翔先輩が端末を開く。すると、地図上に赤い光点が光っていた。い、いつの間に…すると翔先輩は

「あー本部にお願いして、トレースしてもらってるんだ。なんかGPS使ってどうのこうのって話」

相変わらずこの組織ってなんでもありだな。逆に怖い。

「でも、どうやって誘導するんですか?」

するとぐーみん先輩から指示が、

「まず、端末の地図上の青いルートが目標のルートです。そして赤い点が玲奈ちゃんの位置ね。玲奈ちゃんのいまの心情を考えると知らない人を避けると思いますので、このルートから逸れそうになったら、私や翔が出てルートに戻させます。さくらちゃんや一輝君は万が一の時にいつでも飛び出せるようにしておいてください」

「万が一ってどういうときですか?」

俺が思わず質問すると、

「…彼女は思い詰めている節があります。万が一、自殺などされては何にもなりません」

そういうことか。確かに昨日も涙を流していたもんな。

「それでは行きましょう」

ぐーみん先輩の声で全員赤い点付近へ移動する。すると、…すごい、確かに玲奈ちゃんがいる。いまのところ、青いルート上にいるので翔先輩と俺、さくらちゃんとぐーみん先輩に分かれて玲奈ちゃんを挟むようにして待機。すると、青い点が発生し近づいている。そして真理先輩から連絡が、

『ターゲット行動開始。こっから外さないようにね』

おお、青い点が矢場君か。ちょっとずつこっちに向けて動いている。玲奈ちゃんは…あれ?いない。慌てて周囲を探すと、近所の川のほうへ歩いている。って、翔先輩はちゃんと続いているよ、一言くれればいいのに。いまのとこルートは外れてないな、青い点も順調に近づいているみたいだ。と、橋の真ん中で止まって川を眺めているぞ。俺はちょっと緊張して見守る。早まるなよ…という思いが届いたのか、すぐに玲奈ちゃんは歩き出した。

しばらく順調に歩いていたのだが、徐々にルートから外れ始めた。どうするんだ?すると、ぐーみん先輩が玲奈ちゃんの先に出て歩き始めた。それに気が付いた玲奈ちゃんは、俯きながら元の道に戻って行った。なるほど、ちゃんと計算して待機しているのか。さすがぐーみん先輩。

すると今度は折り返して歩き出した。このままだと出会わないな、どうしようか…と思っていると、翔先輩から突っつかれた。

(お前がジョギングのフリして同じ方向へ行け)

了解とアクションすると、俺は玲奈ちゃんの後ろから同じ方向へ走って行った。ちょっと目立つように。すると、玲奈ちゃんはまたも居心地が悪そうに元の方向へと戻っていった。それを確認してから俺は翔先輩の元へ戻った。

間もなく踏切に差し掛かるが、青い点ももう近くまで来ているな。あと少しだ、と思っていると踏切が鳴り響いた。始発か?もうそんな時間なんだ、と考えていると、玲奈ちゃんが踏切の遮断機に手をかけた。玲奈ちゃんは虚ろな瞳で踏切内へ入ろうとしている。俺は慌てて飛び出しかけて、翔先輩に制止される。ぐっ…すごい力だ。玲奈ちゃんは?踏切内に入り、電車が来る直線…後ろの道から誰かが踏切内に飛び込んだ。直後、電車が轟音と共に走り去る。

踏切が鳴りやみ静寂が訪れる。すると向こう側には倒れこんだ玲奈ちゃんと矢場君がいた。ふぅ。どうやら間に合ったみたいだ。すると二人のやり取りが聞こえてきた。

「…なにすんのよ。邪魔しないで!」

「バカ野郎!何があったか知らねーけど、死ぬこたねーだろ!」

「うるさい!あんたに何が分かんのよ!もう私なんていらないの!離して!!」

暴れる玲奈ちゃんを矢場君が平手で叩いた。さすがに玲奈ちゃんもびっくりしたようだ。

「とりあえず冷静になれ。死ぬ前に話くらい聞かせてくれてもいいだろ?」

「ヒック…ヒック…うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

矢場の腕の中で泣きじゃくる玲奈ちゃん。矢場は優しく支えている。

どのくらいの時間がたっただろうか、ひとしきり泣いた玲奈ちゃんを支えて二人は公園へと移動した。



最初に集合した公園。周囲はもう明るくなりつつあった。俺たちは茂みに隠れ、ベンチには玲奈ちゃんが座っている。そこへ矢場君が缶ココアを持って戻ってきた。

「ほれ。これでも飲みな」

「…ありがと」

玲奈ちゃんはココアを一口飲むと、僅かに笑顔になった。

「何で自殺なんてしようと思ったんだ?」

「…私、いらない子なんだ。親は私ができたから仕方なく結婚したの。だから、普段家の中では会話もしないクセに、家の外では仲いいフリしててさ。私もそうしないと怒るの。しかも最近離婚の話が出ててさ。どっちが引き取るかでもめててさ、お父さんもお母さんも押し付けあってたから、一昨日、聞いてみたの。私はいらない子なの?って」

矢場君は押し黙って聞いていた。しかし、HBSSの情報通りだな。この組織には隠し事はできそうにない。そして、長い沈黙の後矢場君が口を開いた。

「なんて言われたんだ?」

「どっちもなにも答えてくれなかった。ははっ、私っていらない子だったんだ。生まれてこなければよかったんだよ。だったらさ、こっちから願い下げ。身を引いてやろうと思ったの」

すると、矢場君は突然立ち上がりって玲奈ちゃんの手を取った。そこにちょうど朝日が差してくる。なんか映画のワンシーンみたいだな。

「死ぬ前にちょっと付き合ってくれるか?」

「話聞いてもらっちゃったからね、どこでも付き合うよ」

そして、矢場君は玲奈ちゃんと手を引いて歩き出す。数分歩いたところで矢場君は立ち止った。俺たちは近くの電柱に身を隠す。

「ここ?」

「おう。俺の家だ。ただいま!かあちゃんーちょっと!」

すると奥から矢場のお母さんが顔を出す。そして矢場君はなにやら耳打ちをしてから玲奈に向かって、

「俺は新聞配達の続き終わらせてくるから、朝飯でも食って中で待ってな」

そして矢場君はダッシュで去って行った。その場に残された玲奈ちゃんが所在無げに俯いていると矢場母が肩を抱き寄せて、

「さ、口に合うかどうか分からないけど、朝ご飯食べようね」

と、優しく微笑んだ。その矢場母の優しい微笑みを見た途端、玲奈ちゃんは声を上げて泣き出した。しばらく玲奈ちゃんをハグしてから矢場母と玲奈ちゃんは家の中へ入って行った。

ここで、真理先輩から端末に通信が。

『最初の公園に集合!』

全員集合したちょうどそのとき、俺とさくらちゃんとぐーみん先輩の端末からメロディが鳴り『ミッションコンプリート』というコールが聞こえた。すると真理先輩が、

「あちゃー。こっちはまだか。別の要因だったのかー」

「ん?どういうことですか?」

と、俺が聞くと今度は翔先輩が答えた。

「さっきミッションコンプリートって聞こえたじゃん。あれが聞こえたら任務完了なんだけど、こっち、つまり矢場君のミッションは聞こえてないから、まだ継続中。つまりまだ別の要因があるってこと」

なるほどね。そういうことか。でも、別の要因って…と考えていると、真理先輩が、

「さ、とりあえず学校学校!続きは放課後だよ!あ、一輝君とさくらちゃん。居眠りすんなよ!それでは解散!」

時計を見ると…おおぅ、もう七時じゃないか。俺は家に入る時の言い訳を考えながら走っていた。


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