第二章
第二章
俺は夢を見ていた。幼い頃…まだ物心つくかつかないかの俺は近所の女の子と遊んでいる。女の子は長い髪をなびかせているが、白いモヤがかかっており顔はよく見えない。そして手を繋いで近所の丘に登り眼下の風景を見下ろしながら女の子は楽しそうに笑う。
「ずーっと一緒にいようね。かずちゃん。約束だよ?」
指切りをしようとしたその時。視界が真っ白にぼやけていった。そして…
『ドスン!』
俺はベッドから落ちて目が覚めた。最悪の目覚め方だなぁ、もちょっと優しくだな…しかしさっきの夢…どこか懐かしさがあるが、あの年じゃ覚えてなくても無理はないよな。ま、夢だ夢!さっさと学校にいくか…と時計を見ると時間過ぎてるじゃん!ヤバイ、遅刻だ!俺は起きあがると素早く着替えて猛ダッシュ。さすがに達也はもう行ってるようだ、というより高校生俺くらいしかいない。さくらちゃん救出時のダッシュにも引けを取らない素晴らしいダッシュで、俺は校門を抜け教室に突っ込んだ。
「やあ、一輝おはよう。間に合わないかと思ったよ」
「はぁはぁ、さすがに焦ったよ。もう今日の体力使い果たした」
と、なんとか間に合った…ところで始業を告げる鐘が鳴り響いた。もうこのとき、先程まで見ていた夢のことなど忘れてしまっていた。
そして放課後、地研部室のドアを叩く。中から恵先輩改めぐーみん先輩が「どうぞ」と声をかけてくれた。既にさくらちゃんは到着しており、お互いに小さく手を上げて挨拶をする。この見知った感がいいよね、と一人で幸せ感に浸る。
「それじゃ、HBSSについて説明を始めるわね。そのうち真理もくるでしょう」
ぐーみん先輩はそう言うとホワイトボードを中央に持ってきた。いろいろと資料が貼ってあるみたいだ。
「えーっと。まずこの組織ですが、実は日本全国に支部があります。さくらちゃんは知ってるわね」
そうなのか。さくらちゃんはうんうんと頷いている。
「主に幸値の少ない人に対して、幸せを運んで行こうという活動をしています」
ほぅほぅ。ん?幸値ってなんだ?しかも幸せを運ぶって。
「あの、幸値って?」
「えっとですね。人が生きて行く上で様々なイベントが発生しています。それらをその人にとってプラスかマイナスかを具体的に数値化したものが幸値です。ちなみに基準値は年齢に千掛けたものとされています。つまり一輝くんなら十六歳なので一万六千が標準値となります」
「そんなもの、誰がどうやって算出してるんですか?」
「本部です。具体的な数値内容はトップシークレットなので、私達にも知らされてません。ターゲットの略歴などと現在の幸値が知らされるので、それに基づいて活動しています」
なんかすごく大きな組織みたいだな。そんなの部活でやっていいのかね?
さくらちゃんは…一生懸命メモをとっている。授業の延長みたいだな。
「でも、幸せを運ぶって何をするんですか?」
俺は素直に疑問をぶつけてみた。
「ターゲットに対して何をするかはその時によって違います。また、最初から指令内容にある程度明記されているケースもありますが、自分たちでゼロから探さなければならないケースもあります」
「つまりケースバイケースってことですね」
「その通りです。更に具体的な内容については、実践でお教えしますのでその都度ということで」
と、ぐーみん先輩がここまで話し終えると真理先輩が部室に飛び込んできた。
「ごめん!遅くなった!」
「真理遅かったわね。概略は説明して置いたわよ」
「ホント?ありがとね!コホン。じゃ説明を代わるわ…で、どっから?」
ぐーみん先輩はやれやれという感じで肩を竦めてここまでの説明をし、真理先輩と交代した。
「おっけ!で、いまHBSSとしてはそこまで忙しくないの。だから、とりあえず二人には地研としての活動をしてほしいのよ」
地研として…か。でも地研って何をするんだ?
「あの、地研ってどういう活動をするんですか?」
俺はダイレクトに聞いて見た。分からんものをぼかしても仕方ないからな。
「えっとね。地域の歴史やイベントを取材や調査して、九月の文化祭で発表するのよ。カモフラージュとはいえ、ちゃんと活動してないと認めてもらえないからね」
真理先輩は頬をぷぅと膨らませながら吐き捨てた。カモフラージュって、そこまで言わなくても。
「そんでさ、来週のゴールデンウィークの初めに大通りで祭りがあるんだけど、早速二人で取材に行ってきて欲しいのよ」
なに?俺とさくらちゃんの二人で祭りに行って来いだと?…仕方ないな部長の命令なら聞かないわけにもいかん。ゴールデンウィークの初め…そういや毎年なんとかカーニバルって大通りを歩行者天国にしてイベントやってたな。俺は内心を隠し、定型の返事をしてみる。
「分かりました。それを取材して資料をまとめればいいんですね?」
「そういうこと!ここに先月までの資料があるから、こんな感じでお願いね。ま、二人で楽しんできなさいな!」
そう言って真理先輩はニヤニヤしながらさくらちゃんを見ている。そして、おもむろにさくらちゃんに何か耳打ちすると、さくらちゃんは耳の先まで真っ赤になって、
「かかかかからかわないでくださいよっ」
すごく分かりやすく動揺してるな。何を言ったんだ?
「ふっふ~ん。さくらちゃんって分かりやすくってかわいい!」
と、言いながら真理先輩はさくらちゃんに頬ずりしている。なんと羨ましい。ここでぐーみん先輩が、
「ちょっと真理、からかうのはいいけどあなた例の件は進んでるんでしょうね?」
「あ、そうだった!そろそろ行かなきゃ!じゃ、二人ともよろしくね!」
そして真理先輩は風のように去って行った。まったく、嵐のような人だな。しかし、いつものことと言わんばかりにぐーみん先輩が続ける。
「それでは今日は資料に目を通して、二人で構想を練っておいてください。あ、あと最終的にはパネル展示の形をとりますので、写真撮影もお願いしますね」
「写真ですか。デジカメとかあるんですか?」
「ええ。ここに何種類かありますので、好きなのを持って行ってください。あ、ちゃんと返してくださいね」
すげ…これ最新型じゃないか。なんでこんなものがあるんだろう、うーんますます謎だ、この部。
「それでは私も多少用事がありますのでこれで失礼します。あとは適当にしまってください」
と、ぐーみん先輩が立ち上がった。
「あ、鍵はどうすればいいんですか?」
「鍵はここに二本ありますので、お二人とも持っておいてください。無くしたら自費ですよ?」
はは。無くさないようにキーホルダーでも買うかな。
「それでは、また明日」
「おつかれさまです」
偶然にもさくらちゃんとハモってしまった。ちょっと心地いいな。
「さて、とりあえず資料に目を通してしまおうか、さくらちゃん」
「うん。そうだね。でも責任重大だね。ちゃんとできるかな…」
「やるしかないさ。当たって砕けろだよ」
そして一通り資料を読み終わる頃には、日が落ちかけていた。
「そろそろ帰ろうか、さくらちゃん」
「うん。疲れちゃったね」
うーん…と両手で伸びをしてさくらちゃんは立ち上がった。そして俺たちは昨日同様に帰路に着いた。二日連続で女の子…しかもさくらちゃんと帰れるなんて…こういう部活もいいもんだ。そういえばさくらちゃんの家ってアパートだったな。
「さくらちゃんのアパートってワンルームだよね。一人暮らし?」
ダメ元で聞いてみた。すると意外にも
「うん。週末だけお母さんが来てくれるんだけどね」
「そっか。じゃ夕飯とか自分で作るの?」
「うん。毎日大変で…お母さんの苦労が身に染みているとこなの」
自分ひとりで家事もやって、部活もやってって。かなり大変だろ、俺には無理だな。
「大変なんだね。何かあったらいつでも言ってね」
「うん!ありがと!」
と、ちょうどさくらちゃんのアパートに到着。あーもっとゆっくり歩けばよかったかな。
「じゃ。また明日ね。さくらちゃんおやすみ」
「うん。また明日」
そして、俺は柄にもなくスキップしながら家路を急いだ。
そして、祭り前日。俺は昼休みに達也と弁当を囲んでいた。
「…と、いうわけで。明日はその祭りに行くんだ」
「へーいいな。理由はどうあれ、女の子とデートなんて」
「まぁ、部活の一環だ。きちんと仕事はこなさないと。それより、達也。部活は結局どうしたんだ?」
こいつ、まだ迷ってたからな。もう届けを出してないとやばいはずだ。
「うん。一応、フットサル部に出しておいたよ。たまに遊びにいくくらいだと思うけど」
「そっか。なんだかんだ言ってサッカー好きなんじゃないか」
「まぁね。下手の横好きってことだよ」
内心複雑なんだろうな。本心はまだサッカーを捨てきれてないっぽいが、なんでフットサルなんて遠回しなんだろう。その辺が気にならないわけじゃないが、しっかりした達也のことだから大丈夫だろう。
「そうそう。一輝の好きなさくらちゃん。一人暮らしなんだってさ!」
「ああ、そうだな。ついでに俺たちの通学路付近のアパートだな」
「!?一輝知ってたの?」
「知ってるも何も、最近いつも部活後に送って行ってるが?」
「なんだよーもう付き合ってるのか。手が早いな」
「いや、まだだよ。いやなに、女の子が夜道の一人歩きってのは危険じゃん?それだけだよ」
ふーん?と、明らかに疑われているな。そんな昨日の今日で簡単に手を出すほど軽薄じゃないぞ。
「まぁ、そういうことにしておこう」
達也はそういうと、含みをもたせた笑みを浮かべた。
放課後、部室に入ると既にさくらちゃんは資料に見入っている。俺を見つけてぐーみん先輩は、
「明日はお祭り当日です。どれかデジカメを持って行ってくださいね。写真データはここのパソコンで処理選定しても構いませんし、自宅のパソコンで選定したものを持ってきても結構です」
「分かりました。…ではこれでお願いします」
俺は一番薄くて軽いものを選んだ。できるだけ簡単に操作できるものの方が瞬間を狙いやすいしな。
「デジカメはお貸ししている間は自由に使って構いませんが、返却時にはデータをすべて消去しておいてくださいね」
「はい、分かりました」
俺はデジカメを受け取り、この日は資料を研究して終了。なかなか難しそうだが、やりがいはありそうだ。そしてこの日もさくらちゃんと肩を並べて帰宅中。
「さくらちゃんってコンタクトレンズ持ってる?」
「うん、もってるよ。あんまり使わないけど」
「明日さ、コンタクトで行かない?あと髪も上げてさ」
「いいけど、なんで??」
「明日、写真も撮影して発表時にパネル展示するみたいなんだけど、さくらちゃんもフレームに入れたいんだよ」
「えぇ!!本当に??恥ずかしいよ!」
すごく困惑した様子でどうしようか思案している。
「うん。だからちょっとイメージチェンジしたら、一見では分からないし恥ずかしくないでしょ?」
と、俺が提案すると、
「そっか。分かった一輝くんがそういうなら。ちょうど今日からお母さん来てるからやってもらうね」
「うん、お願い。あと、明日は校門に九時でいい?」
「うん!分かった。」
楽しそうな笑顔が最高。俺も明日は心から楽しもう…もう部活はついでだな。という気になってしまう。せっかくのチャンスだからな、単なる部活ってだけじゃもったいない。たまには頑張ってみるか!
そして、祭り当日。久々に爽快な目覚めを味わい、改めて気合いを入れる。さぁ準備するか…と時計をみた俺は…やば!九時って言っておいて、もう八時五十分じゃないか!俺は必要なものをリュックに投げ込み、ダッシュで家を後に学校へとダッシュした。
すでにさくらちゃんは来ていた、当然だが。俺は猛ダッシュで到着し、肩で息をしながら、
「ごめん!ちょっと寝坊しちゃった」
と、手を合わせると、
「ううん、今着たとこだから、大丈夫だよ。とりあえず落ちついて」
はぁはぁ。ようやく息が落ち着いてきたので、ゆっくりさくらちゃんを見る。約束どおりコンタクトで髪はお団子にしてくれている。さくら色のパーカーに白っぽいフレアミニ…かわいすぎる。
「…さくらちゃん。いい!かわいい!」
「え、あ、ありがとう。ちょっと迷ったけど、思い切って髪もアップにしてみたの。ちょっとスースーして落ち着かないけど」
そっか。いつもロングだから、うなじガードされてるもんな。うーん、こんなかわいい子とお祭りにいけるなんて。真理先輩ありがとう!
「じゃいこうか」
「うん、でも一輝くん大丈夫?これ飲む?」
と、ミネラルウォーターを差し出してくれた。
「ありがと、ちょうど喉カラカラだったんだ」
それを飲みながら歩き出す。さすがさくらちゃん、気が利くなぁ。そして真理先輩やぐーみん先輩の噂話に花が咲いてきたところで、会場に到着した。
祭り会場は大通りを通行止めにして様々な出店が立ち並び、中央付近には大きなステージが設営されている。普段は閑散としたこの一角がすでに熱気を帯びており、初日の昼間にしては結構な賑わいを見せていた。
「わーいろんなお店があるねー。あ、金魚すくい!金魚かわいいなー。あ!りんごあめ!」
「さくらちゃん!あんまり慌ててると転ぶよー」
さくらちゃんはテンション最高潮みたいでそこらじゅうを飛び回っている。こんなにアクティブにも動けるんだな…と感心しながら、俺は密かにシャッターを押していた。自然な笑顔のほうがかわいいからな。
そして一通り見て回ると、中央ステージへ行ってみた。
ちょうど、ご当地アイドルのステージをやっていた。同い年くらいの女の子たちが歌って踊ってる。こんなのテレビの中だけかと思っていたら、こんなに近くにいたんだな。途中でもらったプログラム表を見てみると…五組も出るのか。こりゃしばらくはこのままだな。
「さくらちゃん、ちょっとあっちで休もうか」
俺たちは川沿いのベンチに腰かけた。ふと時計をみると、もう午後一時を回っていた。お腹も減ってきたな。
「さくらちゃん、お腹空かない?お昼にしようか」
「うん!そうだね。どれ食べる?」
いつの間にかたくさんの焼きそばとかチャーハンとか持ってる。いつの間に…あ、でも飲み物ないな。
「じゃ、焼きそばがいいかな。あと飲み物買ってくるね」
「あ、いいよ。私買ってくる。コーラでいい?」
「なんか悪いね。ありがとう、コーラお願い」
「うん!」
短く答えると、さくらちゃんは出店へと駆けて行った。なんかこういうのほのぼのしていいな。そして、さくらちゃんはカップを二つ持って戻ってきた。
「さ!食べよ!」
俺たちが並んで焼きそばを食べていると通りの反対側から、祭りに似つかわしくないオーラを纏った人が歩いてきた。
「…!」
さくらちゃんが突然俺の腕をきつく掴んだ。…震えている。
そう、反対側から歩いてきたのはかつてぐーみん先輩に撃退された不良君Aだった。しかし、なんだか様子が違う。B君やC君はおらずA君一人で、しかもなにか俯いて覇気が全く感じられない。周囲の祭りの喧騒どころか俺たちのことなど目にも入らないのか、不良君Aはそのまま通り過ぎていった。あまりの変わりように、逆に気になってしまう。
「…いっちゃったね。なんか様子が変だったけど、大丈夫かな?」
こんな相手でも心配しちゃうさくらちゃん。お人好しだな。
「大丈夫だろ?確かにちょっと変な感じだったけど」
ここで、さくらちゃんが俺の腕を掴んでいることに気付く。
「あっ、ご、ごめん!」
耳まで真っ赤になって、今にも発火しそう。この子赤面症じゃないだろうな、ちょっと心配。
「いいよ。俺のなんかでよかったら、いつまででもOKだよ」
この変な空気を払拭したくて、精一杯おどけて見せる。さくらちゃんも笑ってくれたから、もう大丈夫だな。と、笑い合っていると背後から聞きなれた声が。
「おー?一輝。いいなーかわいい女の子と一緒でー」
この声は…
「達也か。お前も来てたのか」
俺は振り向きながら答えた。すると達也と達也の後ろにもう一人、見知らぬ少女が立っていた。
「いいのかなー。さくらちゃんに言っちゃうぞー?」
そうか、達也は学校でのさくらちゃんのイメージしかないのか。俺はやれやれと言ったアクションを取ると、
「いいぞ。いま目の前にいるから、存分に言ってやってくれ」
すると、達也は驚いたように目を丸くした。
「え?もしかして…花里さんなの?」
「は、はい。花里さくらですが…」
あ、まだ紹介してなかったな。
「ごめん、さくらちゃん、こいつは俺の悪友の小野達也。で、こっちはさくらちゃんだ。達也は知ってるよな」
「えぇぇ!学校とは別人じゃん!」
「え?あ、ご、ごめんなさい」
なんかさくらちゃんが謝ってる。と、慌てて達也が
「いや、あまりにかわいいから見間違えたんだ。ごめん!そっか。一輝の気持ちもわかるな…」
「え?」
こいつ勝手に何を言い出すかわからんな。危ないからちょっと口をはさむ。
「コラ達也!そっちの御嬢さんは誰だ?」
「あ、ごめん。今日たまたまうちに来てた親戚の子なんだ。うちにいてもヒマだから連れてきた」
「なるほどな。じゃ、お前も女の子と一緒なんじゃないか」
「お守みたいなもんだけどね」
と、達也は苦笑いしている。確かにその子は達也と俺たちを見比べては達也の陰に引っ込んでいる。小学六年生ってとこか。
「ちょっと人見知り気味なんだ。じゃ、僕たちは行くよ。邪魔しちゃ悪いからね」
と、達也がいたずらっぽく笑い、俺に耳打ちしてきた。
「しっかりやれよ?」
余計なお世話だ。さくらちゃんは達也の親戚の子にバイバイと手を振っている。そして達也たちはさっさと人混みに消えて行った。
「かわいい子だったね。最後ちょっとだけ手を挙げてくれたからきっと仲良くしたいんだろうなー」
と、さくらちゃん。俺にはそんな風には見えなかったが…
「手を挙げてたんだ。全く気が付かなかった」
さくらちゃん子供好きなんだろうな、すごく優しい目をしてる。
「じゃ、さくらちゃん。そろそろ行こうか」
「うん。あと見てないのってどこだっけ?」
そして、午後も出店を見て回ったり展示物を見学したり。していたのだが…俺にはずっと気になっていることがあった。うん確かあのベンチを過ぎたあたりからだ。
「さくらちゃん。ずっと気になってるんだけどさ、あの人。明らかに俺たちをつけてるんだ」
「えぇ?ほんと?」
慌てて振り向きそうになるさくらちゃんを慌てて制止する。
「ちょっとそこの角を曲がったとこで、捕まえよう」
「う、うん」
さくらちゃんは明らかに緊張した面持ちになり、俺の腕をギュッっと掴んだ。そして俺たちはサッと近くの角に入り、そのまま相手を待った。すると慌てた様子で後を追ってきた人影があったが、一人だとばかり思っていたら二人入ってきた。そして俺たちと対面する格好に。そして俺は、
「すみませんが、俺たちに何か用ですか?」
と、言ってから気が付いた。この人…
「あはは…ばれちゃったか。いいカンしてるね!」
真理先輩だ…でっかいサングラスがなんとも不釣り合い。これでバレないと思っているのだろうか。
「でもさくらちゃん!見違えたねーかっわいいー!」
そう言って、真理先輩はさくらちゃんに頬ずりしている。
「あ、ありがとうございます」
さくらちゃんも嬉しいやら戸惑うやら、複雑な表情をしている。しかし気になるのはもう一人の方で真理先輩と親しそうにしている。見かけは長身で細見…もしかして。
「あの。もしかして渡良瀬先輩ですか?」
その男も真理先輩、ついでにさくらちゃんも驚いた様子で俺を見た。違ったかな?するとその男は
「お。なかなかいいカンしてるね。そのとおり、HBSS最後の一人。渡良瀬翔だ。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
と、頭を下げると慌ててさくらちゃんが続く。そして俺は、
「でも、何で俺たちをつけてたんですか?」
と聞くと真理先輩が答えた。
「いや、本当はただ祭りに来ただけなの。でも途中で一輝君とさくらちゃんを見つけたもんだから、しっかり仕事してるかなーって思って」
そう言ってケラケラと笑った。それに翔先輩が付け足す。
「それに俺を紹介して欲しかったんだよね。でもいい雰囲気だから邪魔するなって真理がうるさくってさ」
なるほど、気を使っていたってことか。
「そうですか。ありがとうございます。また変な奴がついてきたのかと思いましたよ」
「うんうん!いい心構えだね。しっかりさくらちゃんを守ってあげなよ!」
翔先輩だけよく分からない顏をして、俺を含め三人はアハハと笑い合っていた。そして真理先輩は、
「じゃ、私たちは行くね!また休み明けに部室でね!」
と、別れを告げたので俺とさくらちゃんはほぼ同時に言った。
「はい。お疲れ様です」
こうして祭りデート…じゃなかった、取材は無事終了。さくらちゃんを家まで送って家路につく。さて、今日のうちに撮った写真とボイスデータを整理しておこう。
休み明けの月曜日。朝登校しているといつもの気配が。俺は寸前まで粘った後、スッと体を動かす。すると…きたきた。「わわわ」と達也が慌てた様子で駆け抜けた。
「ふっ…今日は俺の勝ちだな。達也よ」
「やられたー今日は完敗だー」
いつもの朝の光景だ。ま、この調子で明日は連勝を決めてやる。
「で?さくらちゃんとはあの後どうだったのさ、一輝?」
「どうってなんだよ。普通に取材して帰ったが?」
「えーどっからどう見ても付き合ってるようにしか見えなかったのに」
「まだそこまで行ってないよ。そんなに簡単に手を出すほど軽薄な人間じゃない」
「ふーん?ま、いっけどね」
なにか不満そうな達也。俺だって付き合いたいが、物には順序というものがあってだな…って俺のことよりも。
「そんなこと言ってはいるが、おまえこそあの親戚の子。可愛いかったじゃないか」
「あー玲奈か。まーかわいい方だけど、昔から知ってるからなんとも思わないよ」
「まー小学生じゃな。仕方ないか」
「ん?玲奈は中学だよ。中学三年」
知ってビックリ。中学生だったのか。
「え。てっきり小学生かと思ってた。背も低いし、隠れてたし」
「まぁ、本人もかなり気にしているみたい。容姿が幼くて周囲が子ども扱いしかしてくれないって」
「だろうな…ま、まあいいんじゃないか?歳とっても若く見られるってのは」
かなり苦しいフォローだが、達也は何か納得したように
「そうだね。今度会ったらそう言っておくよ」
まったく。人は見かけによらないってのはこのことだな。今後気をつけよう。
そして、放課後にはいつもの行動パターンとなりつつある部活へ。俺は先日のデータをフラッシュメモリーに入れて来ておいたので、今日は部室でさくらちゃんと記事をまとめる予定だ。部室につくと中にはぐーみん先輩が来ていた。さくらちゃんはまだ来ていなかったので、先に作業を始めておくことに。
「ぐーみん先輩、パソコンお借りしますね」
「どうぞ、先日の祭りの資料?」
「はい。とりあえず自分なりに選別して候補を持ってきたので転送しておきます」
するとぐーみん先輩も興味深げにモニターを覗き込む。一つずつ説明しながら画像を表示しているとぐーみん先輩から、
「この写真に入っているかわいらしい子は誰?一輝君の彼女?」
と、悪戯っぽく質問された。答えようとしたとき、さくらちゃんが部室に到着した。
「あ、さくらちゃんちょうどよかった。いま祭りの写真を転送してたとこだよ」
「えー。見せて!」
そしてしばらく見ているとぐーみん先輩が、
「もしかして、この写真の子はさくらちゃん?」
「さすが先輩。そのとおりです」
俺は我がことのようにどや顏で答えた。さくらちゃんは真っ赤でモジモジしている。
「すごくかわいいわ。変わるもんね…」
すごく感心している。なんかちょっと勝った気分。
そして俺たちは数枚の写真を選び、さくらちゃんが説明文を加えることで祭りレポートを纏めた。ぐーみん先輩に確認してもらうと、
「うん。いい出来ね。初めてにしてはなかなかよ、任せてよかったわ」
そこまで言われると、ちょっと照れてしまう。こっちもかなり楽しくいい思い出ができたし、一石二鳥とはこのことかもな。
さて、一仕事終わった終わったとくつろいでいると、真理先輩が翔先輩を伴ってご登場だ。
「やぁ!お疲れ!」
すると、翔先輩がさくらちゃんを見て、ほぅほぅと何か納得しているようだ。あの後、何を吹き込まれたんだろう。さくらちゃんは訳が分からないといった様子で首を傾げている。
そして真理先輩が話を始める。
「で。新たな指令が届いたの」
するとぐーみん先輩が、
「じゃ、初陣ってことでいいのね?」
「そうみたい。まー元よりそのつもりだけどね」
何のことやら?と確認しようとすると先に真理先輩からこう告げられた。
「このミッションは一輝君とさくらちゃんに遂行してもらうわ」