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HBSS'  作者: 滝 陽水
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第一章

第一章


暖かい陽気に包まれた朝。暖かいと起きやすくていいのだが、つい先日の入学式までは震えるような寒さにこの身を刺されていたはず。ほんの一週間でここまで暖かくなるのかと自然の力に感心してしまう。ほどよい陽気に歩きながらうたた寝しそうになっていると ドン! と後ろから背中に衝撃が。思わず倒れそうになるのをギリギリで堪える。こんなことするのはヤツしかいない。

「おはよう一輝!今日はいい陽気だねーー」

聞きなれた少し高めの声が響く。

「達也か。おはよう、っていきなりタックルはそろそろやめてくれ」

俺は少し不機嫌な声で答えた。

こいつは小野達也。小学校からの腐れ縁というやつで、この春から同じ高校の同じクラスになってしまった。…まぁ、地域的に近い公立に来ただけなのだが。見た目も悪くないしいいヤツなんだけど、ちょっとやりすぎるのがマイナスかな。しかも、毎朝俺の背中にタックルしてくる。何度かかわしてやったが、そのときの焦り方は最高だったな。

「なにいってんだ。これがないと一日が始まんないだろ!挨拶みたいなもんだよ!」

達也は全く悪びれた様子もなく、上機嫌に言い放った。

まぁ、確かにそのとおりなのだが。なんか一方的にやられるのは生に合わん。

「明日こそはかわしてやる…そのときは逆に後ろから突き飛ばしてやるぜ」

確固たる闘志を燃やして、リベンジを誓っておく。

と、これが毎朝おなじみの光景。まさか高校まで続くとは思っていなかったが、来てしまったものは仕方ない。付き合ってやるかとか言いながら、すでに慣れつつある通学路を歩いていく。

「しかし、急に暖かくなったよな。ついこの間まで寒さに震えてたのにな」

「そうだねー。でも寒いより全然いいじゃん。ま、授業が眠くて天国のようになるのは困るけど」

「本当に寝るよな。先生の声が呪文だよな」

「だよねー」

と、達也は同意しつつ笑いながら小石を蹴った。そうしているうちに同級生たちと合流し、学校の門をくぐった。



午前の授業を終え、お昼休みに弁当を囲んでいると達也が、

「そういえば、部活決めた?今月中に決めないといけないんでしょ?」

そうだった。なんでも部活動必須らしく、どこかに所属しないといけないらしい。中学生じゃあるまいし。

「いや、まだ。達也は?またサッカーやるのか?」

こう見えてこいつは中学時代サッカー部に入っていた。補欠だが。

「うーん。正直これ以上はやっても仕方ないかなと思ってるんだよ。何か他に面白そうなのないかな?」

と、言うので入学式の時にもらったリストを取り出して、机に広げてみる。

「特に面白そうなのもないんだよな。なんというか、無難なとこばかりでさ」

というと達也は、

「だよね。僕は中学で体使ったから、今度は頭使おうかと思ってるんだー」

「意外だな、体動かすのが好きなのかと思ってたが。文化系に入るのか?」

残りの弁当をかきこみながら聞いてみると、

「特にこだわりはないんだよね。でも、今しかできないことがやってみたいよね。一輝は?またテニス?」

「ないない。前も幽霊部員だったし。ま、でもどうせ入らないといけないのなら、俺も面白そうなとこがいいな」

もう体を動かすのは正直しんどいので、文化系でのんびりやっていきたいってのが本音だ。面白いに越したことはないが、どれもこれも普通の匂いしかしないしな。

「でもさ、これ見る限り、いたって普通のしかないよね」

「そうなんだよな。文化系っていっても、吹奏楽やら文芸やらどこにでもありそうなのしかないよな」

面白そうなのってなんなのか。聞かれると回答に困る。

「でもせっかくだから面白いのを選びたいってのは自然なことだよな?」

「同感だね。どうせなら可愛い子でもいたら、言うことなしだね!」

珍しく達也が元気に同意した。こいつこんなキャラだっけ?彼女でもほしいのかな?

そして次の授業がどうとか話してる内にタイムアップを知らせる予鈴が鳴り響いた。



その日の放課後、達也は用事があるとかで終わると同時に帰ってしまった。俺は特に何もなかったので、ブラブラと校内を散歩してから帰ることにした。ついでに部活動の様子もみてみたいしな。あちらこちらで吹奏楽の音やら、運動部の掛け声なんかが聞こえてきてけっこう騒がしいもんだなーと呑気なことを考えながらブラブラしていると、全く見慣れない場所に出てしまった。どうやら一番奥の棟に来てしまったようだ。まだ慣れてない上に、普段来ない場所だし、道理で分からない訳だ。そして部室の並んでいる廊下を通りかかった時のことだった。

俺の目の前に天使が舞い降りた…気がした。

腰まで伸びた長い黒髪…どことなく憂いを含んだ目。背は小さめで羽根が生えてたら簡単に飛んでしまいそうな華奢な雰囲気が感じられ、一言で言うなら正に天使だった。

引っ込み思案なのか、その子は某部室の前でしばらく手を出しては引っ込めたりを何度か繰り返したあと、意を決したように顔を上げた後、扉を開けて入って行った。

俺はその様子を瞬きもできずに見守っていた。いや、正確には動けなかった。これが一目惚れというものなのだろうか?そして扉が閉まる『バタン』という音で我に返った。

「い、今のは…」

俺は後を追うように扉を開けた。すると『ドン!』と何かにぶつかると同時に、

「痛っ…」

と、心地いい声が聞こえた。…って、ぶつけてしまったらしい。事態を悟った俺は、

「ご、ごめん!」

と、扉を放してバックしかけると、中から今度は落ち着いた声で、

「もういいわよ。どうぞ」

と、声が聞こえたので、俺はゆっくり扉を開けて中の様子を伺いながら部屋に入った。

中にはいると数台の机と、数脚の椅子や本棚があり、その中に上級生らしき女性が座っていた。髪はセミロングで美人って感じかな。スッっと通った鼻筋とシルバーで細めの眼鏡が印象的だ。ふと左に意識を向けるとさっきの天使が…何か驚いたふうに目を大きく開いてこっちを見ている。ああ、驚いた表情もかわいいな…。どのくらいたっただろう。実際は数秒だろうけど、長い時間見つめ合っていたような気がした。

「…えっと。キミたち。そろそろいいかしら?」

眼鏡の女性が痺れを切らしたかのように割って入る。その言葉で天使ちゃんと俺はハッと我に返る。

「あ、す、すいません!」

ほぼ同時に謝罪した。眼鏡の女性はふぅと溜息をつくと、

「それで、あなたたちは入部希望?それとも冷やかし?」

その問いに天使ちゃんが即答する。

「わ、私は入部希望ですっ!」

眼鏡の女性は少し驚いたように答えた。

「そう。じゃ、この用紙に必要事項を記入して。そっちのキミは?」

その時俺は、天使ちゃんと一緒にいれるならと、

「俺も入部希望です」

と答えてしまった。こんな可愛い子と同じ部活動なんて入学早々ラッキーだぜ!と思いながら用紙に記入しつつ、横目で天使ちゃんの用紙を確認した。天使ちゃんの用紙にはこう書いてあった。

  1―C 花里さくら

さくらちゃんかー。名前まで可愛いな。天は二物を与えずって言うけど、あれは嘘だな。

「記入できたら私にください。花里さんに安藤くんね。私は深町 恵と申します。地研の副部長ってとこかしら。よろしくね」

恵さんはそう言うと深々と頭を下げた。俺とさくらちゃんは慌てて立ち上がり、同じく頭を下げる。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

すると恵さんは残念そうに、

「あと二人いるんだけど、所用で数日間出てこれないの。その間に私が入部試験するから」

ほぅほぅ…ん?入部試験?俺は思わず、

「あれ?まだ入部完了じゃないんですか?」

と、聞いてみた。すると恵さんは、

「いまのは仮入部。いくつかのテストをパスできれば、入部が許可されます。まず今日は適性検査ね」

って、いきなりかい。ま、どうせヒマだからいいけど。俺はチラッと横を見た。さくらちゃんは恵さんに真剣な眼差しを向けていた。真剣な顔も…。


ほどなくして、いくつか適性検査なんてものをさせられた。設問式もあれば、数字ばかりの足し算するのとか。これで何が分かるんだろうか。さくらちゃんは…なにやらものすごく目を用紙にくっつけてる。重度の近眼なのか?

「はい。おつかれさまでした。本日はこれで終わりです。明日は動きやすい服装…できれば体操着できてください」

そう言うと恵さんは用紙を回収し封筒にしまいながら時計に目をやった。もう五時を回っていた。

「ではおつかれさまでした」

と、いうと俺は部屋を後にした。こうして、部活動初日を終えた俺は、一つの疑問が浮かんだ。ここは何部だ?札を確認すると、

『地域研究部』

地域…研究部。って、何だろう。そもそもさくらちゃんは何でここに入ったんだろう。ま、これから長いんだ。また明日聞いてみよう。とりあえず今日は久々に疲れた!さっさと帰って寝よう。俺は急ぎ足で帰路についた。



翌朝。いつもどおり登校しつつ、昨日のことを達也と話していた。

「昨日、部活動に仮入部しちゃったぞ」

「え?もう?僕がいないうちに決めちゃったなんてひどいぞ!で、どこに入ったの?」

いや。お前は俺の彼女か?気持ち悪いぞ。

「いや、なんというか、まだ仮入部だそうだ。いくつか試験やってから正式に入部らしい」

「へーなんか面倒くさいね。どこもそうなのかな?…って、だからなんていうとこ?」

達也が痺れを切らしたように詰め寄る。

「えっと、確か[地域研究部]って書いていたと思う」

「思うって、入りに行ったんじゃないの?」

「いや、そうなんだけど、実はさ…」

俺は昨日の出来事を話した。達也はとても興味深そうに聞いていた。

「つまり、一輝はそのさくらって子に一目惚れして、一緒にいたくてついつい…ってことだね!」

「バカ!声がでかいよ!自分でもバカだとは思ってるけど、どうせ入りたいとこもないけど入らないといけないじゃん?だったらちょっとでも何か楽しみが欲しいだろ?」

「確かにそうだね。C組だったよね、うちの中学から誰かいってたかなー後でみてこよう」

「勝手に見てこい。そして惚れるなよ?」

「その時はごめんね?とだけ言っておくよ。でもさ、地域研究部ってなにやるのさ?」

「さぁ?地域研究して、文化祭なんか発表でもするんじゃないのか?」

実のとこ、全く確認せずに入ってしまったので何をする部活なのか全く謎である。まぁ、楽そうではあるが。

「さすが一輝らしいや。行き当たりばったりで。どうせなら僕も入ろうかなー」

「昨日は適性検査とやらで、夕方まで頭痛くなるようなテストばっかで、今日は運動させられるみたいだが?」

「ははっ、そんなのはパスだね。ま、がんばりなよ」

ま、俺はできることをするまで。だが応援には感謝しておこう。



そして昼休み。例によって達也が弁当を持ってきた。

「一輝、見てきたよ。さくらちゃんだっけ?ああいう大人しめの子がタイプが好きだったんだね」

「おう。悪いか?惚れてないだろうな?」

「それは大丈夫。僕はもうちょっと知的な方がいいかな。こう、陽だまりで読書とかが似合いそうで銀縁メガネとかかけてる子がいい」

こいつ、口元がにやけてる。何を想像しているのやら。

「ヨダレ拭け。まぁ、好みがダブらなくて安心したよ。競争相手は少ない方がいい」

「ふーん?でも彼女、このあたりの人じゃないみたいだね」

…なに?転校生だってのか?そういや、まだほとんど話もしてなかったな。

「そうなのか?」

「うん。C組に中学の池田がいたから聞いて見たら、自己紹介の時も知らない学校名…ナントカ女子中学とか言ってたらしいよ」

達也は箸をルビのように振りながら聞いてきた情報を教えてくれた。

「そうなのか。東京のほうかな?」

「どうだろうね。ま、焦らず聞き出せば?同じ部活ならいくらでも時間はあるでしょ」

そっか。さくらちゃんはこの辺の人じゃないのか。親の都合ってやつなのかな?

「で?今日は一輝は放課後部活いくんだよね?」

「ああ、そのつもりだ。お前も覗きにくるか?」

すると達也は少し俯いて、

「いや、ちょっと寄りたいところあるから。」

「そうか。分かった」

達也、もうサッカーやる気はないとか言ってたけど、本当のとこどうなんだろう。そんなに簡単に諦めるようには思えないが…。そんなことを考えながら午後の授業の準備に取り掛かった。



そして放課後。教室で体操着に着替えてから昨日の部室に向かった。到着すると、茶色い縁の眼鏡をかけた女の子が体操着で佇んでいた。…あれ?さくらちゃんか?

「花里さん??」

「え?あ、はい。えっと安藤くん…だよね?」

「覚えてくれたんだ。って、昨日は眼鏡かけてたっけ?」

「あ、昨日はたまたま壊れてて、今日は予備持ってきたの」

「それで昨日はあんなに目をくっつけてたのか」

アハハと一頻り笑うと、ふと疑問が。…よく用紙の俺の名前読めたな。それについて聞こうかとしてるところで恵先輩が登場した。

「あなたたち早いわね。感心感心」

そう言いながら手早く鍵を開け、俺たちを招き入れた。

三人揃って部室にはいると、地図のコピーが三枚置いてあった。

「今日はこのルートを走ってもらいます。ミニマラソンみたいなものね。五十分以内に校門まで帰ってきてください」

「深町先輩も走るんですか?」

と、聞くと恵先輩は苦笑いしながら

「私は書類整理があるので、ここに残ります。心配しなくてもゴールする頃には校門にいますよ。さ、行きましょうか」

校門に向かう途中、ふとさくらちゃんを見るとかなり不安そうな顔をしていた。少し見ていると俺の視線に気がついたのか、

「私、運動がちょっと苦手で…でも、がんばらなきゃね」

精一杯の笑顔を作ってはいるが内心不安みたいだ。うーん健気でかわいいな。この子はどうしたらかわいくなくなるんだ。想像力には自信があるんだが、とても想像できん。と、妄想しているうちに校門に到着した。

「それではいまからスタートします。通りの車などには十分注意してくださいね。では行ってらっしゃい」

と、恵先輩の合図で俺とさくらちゃんは走り出した。地図だと五キロほどだから五十分もあれば問題ないと思うけど、問題はさくらちゃんがどの程度苦手なのかだな。もちろん、置いていく気などない。さくらちゃん目当てで入ってしまったのに、さくらちゃんが入部できなきゃ俺もいる価値ないからな。横目でさくらちゃんを見ると、まだまだ余裕がありそうだ。

そして、校門を南に向けて出発して商店街を抜けている時、なにやら大泣きしているガキに遭遇した。年のころは5歳くらいだろうか、穴の開いた買い物袋を持って大泣きしている。俺は無視しようとしたのだが…

「ボク、どうしたの?」

放っておけないらしい。さくらちゃんが話しかけてしまった。やむを得ず俺も止まったが、ガキは泣き止む気配すらない。

「ボク、泣いてちゃわかんないよ。どうしたの?」

途方に暮れるさくらちゃん。うーん困った顔もかわいい…じゃなくて。仕方ない、俺が行くか。俺はガキの前に立って両肩を掴むと同時に、

「黙れ!」

と言うと、ガキは一瞬ビクッと体を震わせ、びっくりした様子で俺を見た。

「泣いてちゃわからんだろ。何があったんだ?言ってみろ」

「おつかいに…来たんだけど…牛乳…破れちゃったの」

ガキは弱々しく言った。どうやら、おつかいを頼まれて牛乳を買ってきたはいいが、引きずってしまい、破れて中身が流れてしまったというとこか。周囲を確認すると、確かに牛乳の道ができている。ああもったいない。そして、再び泣きそうな顔をする。

「帰って素直に謝りな。無くなってしまったものは仕方ないだろ」

「でも、牛乳ないと帰れない…ウ・ウ・ウワーン!!」

すると、成り行きを見守っていたさくらちゃんが、

「ねぇ、安藤くん。私、牛乳買ってくるよ」

ん?でもそうなると、その間このガキの面倒見ることに…それは勘弁してもらいたい。

「いや、俺がひとっ走り買ってくるよ。体力もまだまだ大丈夫だし。その間そのガキを頼むよ」

「あ、うん。わかった。安藤くんがそう言うなら任せるね」

このあたりで牛乳…よく分からんが、そこのデパートならあるだろ。ちょっと距離あるが、ダッシュすれば五分くらいで行って来れるはず。半泣きのガキとさくらちゃんを尻目に俺は猛ダッシュでデパートへ向かった。

体操着で汗だくてレジに並ぶのはかなり勇気が要った。でもそんなことを言ってる場合じゃないので、さっさと清算してさくらちゃんのところへ再び猛ダッシュ。

到着すると、なんかガキとさくらちゃんは打ち解けていた。にこやかに笑い合っている。なんかむかつくな。

「ほれ、買ってきたぞ。今度はこれを胸に抱えて落とさないように帰んな」

「うん!お兄ちゃんお姉ちゃんありがと!」

ガキは牛乳を受け取ると、満面の笑みで駆け出した。

「さ。俺たちもいこうか。あまり時間を取られるとヤバイ」

「そうだね。がんばろっ」

そして俺たちは再びマラソンへと戻った。その際、何気なくガキの行った方向を見ると、ママらしき人と合流したのだろうか、ガキが誰かと話しているのが見えた。



マラソンは商店街から北上し、高校の裏通りに出た。このまま真っ直ぐ行って駅から南下するみたいだ。なんかオリエンテーリングっぽくもあるな。裏通りを半分くらい走ったところで、前にお婆ちゃんらしき人が大荷物を持って歩いていた。なんかやっと歩いている…といったところか。危なっかしいなぁと思っていると…案の定、転んだみたいだ。

「大丈夫ですか?」

俺とさくらちゃんがほぼ同時に声をかけた。お婆さんは荷物に潰されそうになっているので、荷物を道端に避けてお婆さんを抱き起した。

「ああ、ありがとうございます。年を取ると足が弱くなって困るねぇ」

自分のことなのに、お婆さんはケラケラと笑っている。さくらちゃんはこちらに意味深な視線を送っている。…分かったよ。

「婆さん、どこまでいくんだ?駅か?」

「そうそう、駅のとこでタクシーに乗って親戚の家までいくとこなんじゃ。駅くらいまでならいけるじゃろと思ったんじゃが…このザマじゃ、面目ない」

見たとこ、足を多少痛めてしまっている。仕方ないな。

「さくらちゃん、荷物お願いできる?」

「うん…なんとかやってみる」

「婆さん。おぶっていくから、乗んな」

と、背中を差し出してさくらちゃんを見る。なんとか持ててるな。よしよし。

「おお、ありがとうよありがとうよ。お言葉に甘えさせてもらうかの」

俺の背中にピョンと飛び乗ってきやがった。これだから、年寄りは無駄に元気なんだよな。…ってか、なんか妙に温かいな。うちの婆ちゃんはもっと冷たいけど、人によるのかな?ま、そんなこと考えてるうちに駅に到着。

「お若いの。ありがとうね。そっちの彼女さんもありがとうね」

「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ」

と、一応常套句を並べて置いた。さくらちゃんは、なぜか真っ赤になってる。かわいいな、おい。

「じゃ、婆ちゃん、体大事にね」

「お若いの、ありがとうね。またね」

そしてお婆さんと別れると、俺たちは再び学校へと向かって走り出した。ふとさくらちゃんを見ると、随分つらそうな表情をしている。運動は苦手って言ってたっけな。さっきの荷物もかなり重そうだったから、多少休んだほうがいいのかもしれない。しかし、もうすでに四十分は過ぎているはずだから、時間的にほとんど猶予がないんだよね。

でもさくらちゃんは明らかにやばそう。

「花里さん、大丈夫?顔色悪いよ」

「うん、だ、大丈夫…」

と、返答して、こっちを見ようとしたとき、さくらちゃんは躓いて足がもつれてしまった。俺は咄嗟に腕を出し、その体を支えようとして同じく躓いて転んでしまった。

「痛てて…花里さん大丈夫?」

「うん、なんとか。ごめんね」

そう言うさくらちゃんはかなりつらそうだ。やはりかなり無理してるんだな。そこまでして地研に入りたいのかな。

「少し休憩したほうがいいみたいだね」

そう提案したが、さくらちゃんはすぐ立とうとしたが崩れ落ちてしまう。

「だめだって、体がガタガタじゃないか。少しくらいなら、先輩もわかってくれるよ」

そして、さくらちゃんは観念したように

「少しだけ、少しだけ休憩するね…」

と、木陰に身を委ねた。俺がその傍で見守ってると、

「安藤くん、だめ。私のことはいいから、行って。私のせいで安藤くんを落としたくない」

「でも、花里さんを置いて行けないよ」

「いいから、行って。私もすぐ追いかけるから」

しばらく考えたが、確かにどちらか一人でも先に行って事情を説明したほうがいいかもしれない。

「わかった。すぐ戻ってくるからね」

そういってその場を離れて数歩走ったとき、背後から聞きなれない声が聞こえてきた。

「キミこんなとこで何やってんの~?かっわいいね~俺たちと遊ばない?」

ハッとなって振り返ると、さくらちゃんが数人の不良くんたちに囲まれていた。助けないと…でも残念ながら俺はケンカなどしたことない。しかもこのマラソン中なので、体力など残っていない。

「あ…いえ…」

さくらちゃんもかなり怯えている。それを見てさらに不良くんたちは盛り上がっている。

「いいじゃん。ちょっとだけ付き合ってよ!」

不良くんAの手がさくらちゃんに伸びる。俺は無策ながら、夢中で走り出していた。後ろから不良くんAにタックルしてやった。

「ぐぇぁ!」

妙なうめき声と共に、不良君たちはまとめて倒れてくれた。

今しかない!俺はさくらちゃんを抱え上げる。校門まで残り五百メートルくらいだったか、俺はそのまま猛ダッシュ。無我夢中、火事場のクソ力とはこのこと、よくこんな力が残っていたもんだ。さくらちゃんはその間、俺にしがみついていた。そんな感触を感じる余裕なぞ全くなく、校門に到着して恵先輩を確認した。

「はい。おつかれさまでした。とりあえず部室に戻りましょうか」

と、恵先輩が意味深な笑みを向けてきて、初めて俺の腕の中で真っ赤になっているさくらちゃんを確認した。俺は慌ててさくらちゃんを下した。と、急にめまいが襲ってきてその場に座り込んでしまった。

「安藤君大丈夫?顔色悪いよ。先輩ちょっと休んでからでいいですか?」

「仕方ないわね。じゃ、私は…」

恵先輩がそう言いかけたとき、不良君たちが追いかけてきたみたいでうるさい声が聞こえてきた。やばい、俺もう体力ないぞ。

「はぁはぁ。やっとみつけた。ようよくも邪魔してくれたなあ。覚悟できてんだろうな!」

不良君Aはいまにも俺に掴み掛らんと凄んできた。なんか不良君たち増えてる。四人になってるぞ。そこに、恵先輩が冷静に割り込んできた。

「何ですか?あなたたちは。校内に学校関係者以外は立ち入り禁止ですよ」

「うるせぇんだよ!そこのヤロウに突き飛ばされてケガしたんだよ!お返ししなきゃな!」

と、喚きながらキズ一つない腕を見せている。…ケガしてねーじゃん。さくらちゃんは怯えて震えている。そっと俺の陰に隠しておこう。

「その程度でケガですか。情けない方ですね。本当にケガしたのなら、まずお医者にでも行かれてはいかがですか?」

恵先輩、冷静なのか挑発してるのか分からないぞ。って、大丈夫か?恵先輩、お世辞にも強そうには見えないし、四人相手だぞ?

「うるさい!とにかくそこをどけ!俺はそのヤロウに用があるんだよ!」

恵先輩は一切怯むことなく毅然としている。うーん凛々しくてかっこよくはあるのだが…

「この子たちは私の大切な後輩です。危害が加えられる恐れがあるのに黙って行かせるわけにはいきません」

「なら、力ずくでどかしてやるよ!」

不良君Aが恵先輩に掴み掛ろうとしたとき、後ろから誰かが叫んだ。

「ぐーみん!!!」

その声に合わせて恵先輩は一歩後方に飛びのき、後ろ斜め上に手を伸ばした。そして、その手に吸い寄せられるように棒のようなものが飛んできた。

バキバキ!ドガッ!

恵先輩はその棒を掴むと一瞬で不良君Aを倒し、その棒を顔面に突き付けていた。どうやら、一瞬で脛や腹に打撃を加えて、足をすくって倒してしまったみたいだ。棒術かな?すごい…この人何者だ?

「…まだやりますか?」

恵先輩のメガネがキラリと光った。さすがに不良君Aは言葉を失って唖然としていた。

「このやろう!調子に乗るんじゃねぇ!」

今度は不良君Bが突っ込んできた。恵先輩、危うし!!と思った瞬間、俺の顔のすぐ横を風が通り過ぎた。

「やああああぁぁぁぁぁ!!!」

激しい気合いと共に、不良君Bが吹き飛んだ。そして不良君Bがいたところにはポニーテールで爛々と輝く大きな瞳が印象的で元気を絵に描いたような少女が立っていた。…竹刀を構えて。

「いってぇぇぇぇ!!」

不良君Bは頭を押さえて悶えている。俺とさくらちゃんはその光景を呆気にとられながら見守っていた。

「真理、やりすぎよ。手加減しないと、頭が破裂するわよ?」

恵先輩が冷静に声をかける。頭が破裂…竹刀ってそんなに破壊力あったっけ?

そして真理と呼ばれたその少女は竹刀を肩に担ぎながら笑った。

「ははっ一応手加減しているよぅ。素人相手に全開なんてしないよ!」

「ならいいけど。で?あなたはどうするの?」

さすがに分が悪いと悟ったのか、不良君Cはチッと舌打ちをして他の不良君たちを見回している。

「覚えてやがれよ!」

お決まりの捨て台詞を残して、不良君たちは去って行った。

その光景を見守っていた恵先輩は、

「とりあえず、部室に行きましょう。安藤君は歩ける?」

「はい。もう大丈夫です」

「では行きましょう。あ、真理ありがと」

そういって、恵先輩は棒を真理さんに投げ返した。

「気にスンナ!じゃ、私は急ぐからまた明日ね!」

真理さんはそう言うと、また風のように去って行った。

部室に向かうときさくらちゃんは下を俯いたまま、やっと聞こえるような小さな声で、

「ありがとう。一輝くん」

と、囁いた。なぜか俺は咄嗟に聞こえないフリをして恵先輩に続いて部室に入った。そして気になっていたことを聞いてみた。

「深町先輩、いまのはご友人ですか?」

「ええ、まぁそのうちあなたたちにも紹介するわ。今日は忙しそうだし」

「あと、武術をされてるんですね。びっくりしました」

「大したものじゃないわ、ほんの趣味ですよ。で、合否ですが、明日ここでお知らせしますね。それでは花里さんが着替えないといけないから、安藤君はそのまま帰ってくれる?」

「分かりました。ではお先に失礼します」

こうして、俺は帰路についた。

今日はいろいろあったな。さくらちゃんのピンチを救った…ことになるのかな?ありがとうって言ってくれたし。しかし、恵先輩もあのポニーテールの子もすごかったな。趣味って言ってたが、とてもそんなレベルじゃないだろ、あれは有段者の動きとみた。しかし、俺も強くならないとな。空手でも習うか?と、本気で考えてしまう出来事だった。



そして翌日の昼休み。毎度同じく達也と弁当を囲む。

「へぇー大変だったんだね、一輝。しっかし、もうちょっと体力つけておきなよ」

達也は面白げにゲラゲラ笑っている。こっちは笑いごとじゃないっての。

「まぁ、何事もなくてよかったよ。しかし、竹刀持ったポニテの女の子か。剣道部かな?ここ、剣道部強いらしいし」

「そうなのか?知らなかった。確かに武道場は立派だとは思ってたが」

「うん。剣道部とフェンシング部は全国区らしいよ」

「すごいな。全然知らなかったが…そういえば表に垂れ幕もあったか」

「一輝、全然見てないんだな」

達也は呆れ顔でまた笑った。なんかむかつくから、今度はちゃんと見ておこう。

「あ、それでさ。その地研の深町って先輩だけど」

「うん?どうかしたのか?」

「いあ、お嬢様らしいね。家は東京の方のお金持ちらしいよ」

「へーそうなのか。って何で知ってるんだよ」

「ふっふっふ。この僕の情報網をなめてもらっては困るよ?」

全く持って謎だ。達也の情報網はすでにこの学校中に張り巡らされているらしい。怖い怖い。



その日の放課後、昨日と同じく部室に向かう。

ドアをノックすると、「どうぞ」と恵先輩の声がした。入室するとすでにさくらちゃんも来ていた。お互いに軽く手を挙げて挨拶する。この慣れた感がいいよね、距離も確実に縮まってるって感じがする。うん。

「合否ですが、もう少ししたら部長が見えますので、部長から直接お話ししますね」

もう少しで部長さんが来るらしい。どんな人なんだろう…やっぱ堅そうな人なのかな。地域研究部だもんな、恵先輩以上に堅物が来たらどうしようか。と、いらぬ思案を巡らせていると、何の予告もなしにドアが『バン!』と勢いよく開いた。

「おまたせ!いやー翔がうるさくって、引き離すのに苦労したよ!」

そこには昨日のポニーテールの少女が立っていた。…ぇ?じゃ部長って…

「やぁ!新人君たち!私が部長の土師です!土師真理。よろしくね!」

見るものすべてを陽気にさせそうな極上の笑顔で自己紹介した部長。ハジマリって、なかなか個性的な名前だ。

「あ、はじめまして。安藤一輝と申します。よろしくお願いします」

「私は花里さくらです。よろしくお願いします」

揃って立ち上がり、頭を下げる。

「よろしくね!もーそんな堅苦しいのはいいから!ほら、頭あげて!座って!」

お言葉に甘えて二人で着席する。気楽な感じで安心した。何かと楽しそうな部長さんだ。

「それより、聞いてよぐーみん!翔ったら、うるさいのよ!何様だと思ってるのかしらね」

と、俺たちそっちのけで恵先輩と無駄話を初めてしまった。ぐーみんって、恵先輩のニックネームらしい。だがさすがに恵先輩は

「ちょっと真理。とりあえずそこの二人に話があるんじゃなくて?」

と、冷静に突っ込む。

「ん?ぐーみんまだ言ってなかったの?」

「ちゃんと部長さまから言ってあげなさい」

「はーい。分かったよぅ。二人とも合格だよ!今日からよろしくね!」

軽っ!でも合格らしい。さくらちゃんと見合って喜んだ。さくらちゃん、本当に嬉しそうだ。なんか俺まで幸せになっていくから不思議だ。

と、そこで不意に真理部長が真剣な顔になる。

「ってかさ、分かってきてるんだよね?」

ん?分かってきてる…ってなんだ?と、さくらちゃんが

「もちろんです。HBSSのことは分かっています」

と、答えた。HBSS…?なんだろう…でも知らないと言えるような状態じゃなかったので、

「もちろんです」

と、答えておいた。別に非合法組織じゃあるまいし、単なる部活なのだから問題ないだろう。

「そっか。ならいいんだけど。あとねーもう一人メンバーいるんだけど、ちょい忙しくて来週まで来れないんだ。また来たら紹介するね!」

部長の顏に笑みが戻った。本当に屈託のない笑みで、その気がなくてもつられて笑ってしまう。さくらちゃんも楽しそうだ。あ、そういえば。

「そういえば部長、昨日の竹刀。剣道されているんですか?」

気になっていたことを訪ねてみた。

「いやー趣味だよ趣味!棒っきれでぶっ叩くの、気持ちいいじゃん!」

そういう問題か?でもこの人が言うと、なんかそれでもいいかと思えてしまうから不思議だ。

「でも深町先輩も土師先輩もすごく強くて驚きました」

「きゃん!土師先輩…って、いい響き!でもちょっと堅苦しいよ。私は真理先輩でいいよ!恵はぐーみん先輩!」

「ちょ、真理!勝手に何言ってるの!」

お、恵先輩、真っ赤になってる。調子に乗って呼んでみよう。

「分かりました。真理先輩、ぐーみん先輩。よろしくお願いします」

「そうそう!分かってるじゃん。よろしくね!」

恵先輩はもう観念したように、

「もう、なんでもいいわよ。好きに呼んで」

と、真理先輩のパワーに降伏したようだ。すると真理先輩が

「そうそう、でもぐーみんは怒らせると怖いよ~。昨日のみたでしょ?ぐーみんね、こう見えても薙刀の段位持ってるんだよ」

やっぱりか。動きが綺麗で無駄がなかったもんな。恵先輩改め、ぐーみん先輩はここぞとばかりに反撃を開始した。

「そんなこと言ってるけど、真理は真理で剣道の段位持ってなかったっけ?」

お、やっぱりか。動きの素早さもパワーも相当だったもんな。

「いやいや。私のは趣味だって!ぐーみんは本格的に有名な先生に教わったんでしょ!」

いやいや、まだまだ言い争いは続いてるが二人がそれぞれ剣と薙刀の達人であることはよく分かった。

「はは。なるほどです。今度護身術でも教えて頂けますか?」

というと、二人して顔を見合わせる。そして、真理先輩が

「それなら、私たちより翔に教わるといいわ。私たちのは所詮趣味みたいなものだけど、翔は空手の達人だから」

「その翔さんが残る一人のメンバーなんですね?」

するとぐーみん先輩が答えた。

「そうです。ついでに真理の彼氏…ね」

すると、真理先輩の顏が見る見る真っ赤になり、

「ちょっちょっちょっ!なんでそうなるのよ!彼氏じゃないわよ!」

明らかに動揺してるよ真理先輩。ぐーみん先輩がさらに続ける。

「同じことじゃないの。今更隠してもみんな公認の中じゃないの」

いたずらっぽく微笑んでるぐーみん先輩もかわいいな。真理先輩は動揺しまくってるところを見ると図星か。なるほどね。

「じゃ、俺は翔先輩から習うとしますね」

と、真理先輩に助け舟を出してみる。

「そうそう!そうするといいわ!私からも言っておくよ。喜ぶぞーあいつ!」

なんだかんだ言って翔先輩のことにはすごく嬉しそうに反応するな、分かりやすいわ。こうして一通り騒ぐと真理先輩が、

「コホン。じゃ改めて。ハッピーバランスサポーターズへようこそ!」

…なるほど。それでHBSSか。でも何するところなんだろう。また後でさくらちゃんにでも聞いてみよう、知っているみたいだし。そしてぐーみん先輩が続ける。

「でも、当面は地研として活動してね。HBSSの活動も手伝ってもらうけど、地研の文化祭発表も大事な責務ですからね」

ふむふむ。つまり表向きは地研で、真の姿はHBSSと。すごいな。本当に高校の部活か?と思ってしまう。さくらちゃんを見るとすごく嬉しそうに目をキラキラ輝かせている。すると真理先輩から釘を刺される。

「一応だけど、HBSSの活動は他言無用よ。あくまで地研だからね。安藤君いい?小野君にも言っちゃだめだからね」

「よく知ってますね。俺の親友のこと」

「ふっふっふ。HBSSにはあらゆる情報が集まってくるのよ」

真理先輩が得意げに語る。謎だ…この人たち。まさか、俺のマル秘情報まで掴んではいないだろうな…。と、ここで真理先輩が持っていたバックから、お菓子やらジュースやら取り出した。よくこんなに入ったな、というくらいの量。

「さ!難しいことは明日に置いておいて。今日はとりあえず歓迎パーティーだ!」

という真理先輩の宣言を受けて、ぐーみん先輩も机を片付けてコップを並べた。

「じゃ、一輝くんとさくらちゃんの入部を祝して。乾杯!!」

真理先輩の号令で一斉に乾杯。さくらちゃんが

「ありがとうございます、ありがとうございます」

と、涙ぐんで何度も頭を下げている。なんかこっちまで泣けてくるぜ。



そして、散々に飲んで食ってしたので、気が付いたら夕方六時を回っていた。

「そろそろ帰ろっか。じゃ今日は閉会!明日からよろしくね!」

真理先輩の号令で帰路につくのだが、外に出てみるとけっこう暗くなっていた。

「じゃ、一輝くん。しっかりさくらちゃんを家まで送っていけよ!」

突飛な真理先輩の提案。さくらちゃんを送って行けと?確かに夜道は危険だ。うん。さくらちゃんを見ると…ははっまた真っ赤になってる。

「分かりました。お任せください!」

「うん。しっかりね!じゃ、私たちはこっちだから。またねー」

と、真理先輩とぐーみん先輩は逆方向に去って行った。残された俺とさくらちゃん。

「じゃ、花里さん、行こっか。」

「うん、あ、それとさ、さくらでいいよ」

思わぬ提案だった。俺は思わず心の中でガッツポーズ。

「そう?じゃ俺も一輝でいいよ、さくらちゃん」

「うん分かった、か、一輝、くん」

よし、名前で呼べるとは、一歩前進だな。あ、そうそうHBSSについても聞いておかないとな。さくらちゃんの家に向かいながら俺は話を切り出した。

「それでさ、一つ教えてほしいことがあるんだ」

「うん。なに?」

「HBSSって何するとこ?」

「…え?一輝くん知らずに入ったの?」

「うん。てっきり地研だとばっかり思ってた、さくらちゃん知ってそうだから」

「あっははは!おっかしい!」

さくらちゃん、腹を抱えて笑ってる。ちょっと笑いすぎだが、俺もつられて笑顔になる。

「ちょっと笑いすぎだろ~」

「ごめんね。えっと、HBSSハッピーバランスサポーターズって言って、詳しくは明日説明してくれると思うけど、要は幸薄い人に幸せを届けようっていう活動してるの」

「なるほど。面白そうだね。でもなんでさくらちゃんは入ろうと思ったの?」

するとさくらちゃんは少し俯きつつ遠くを見る目で、

「私、前にHBSSの人たちに助けてもらったことがあるの。その時HBSSの存在を知って、分けてもらった幸せを私も誰かに分けてあげたいなって」

詳細を聞く…雰囲気じゃないな。何か深い事情がありそうだ。

「なるほどね。でも、せっかく一緒に入ったんだから、楽しい部活にしような」

そういうと、パッと明るい表情になり、

「うん!!」

と。いままでで一番の笑顔をくれた。まぶしいぜ…

「で、さくらちゃんの家ってどの辺?」

「えっと、もうすぐ。けっこう近いよ」

と、言ってる間に着いたらしい。

「ここなの。送ってくれてありがとう」

アパートなのか。あ、転校生って達也が言ってたな。

「近いね。うちはこの先まだ倍はあるな」

「大変だね、気を付けて帰ってね。じゃおやすみ」

「ありがとう。おやすみ」

そして俺は家路を急いだ。HBSSか。つまらないと思っていた学校が意外と面白くなりそうだな。少し頑張ってみるかな。


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