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花舞う星の雪遊び  作者: 羽黒楓


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おまけ

 この屋敷、庭も含めれば東京ドームほどの広さがあるという。


 その広さに感謝することがあろうとは。


 なにしろ、隠れるところが多いのだ。


 だだっ広い日本庭園の中、一人の男子高校生が松の木や植え込みに身を潜めつつ、静かに移動していた。


 見つかるわけにはいかない。


 少年は自分の心の弱さを知っている。


 もし奴らに見つかって捕まったりしたら、そしてその誘惑をモロに受けてしまったら、自分があっさり陥落してしまうだろうことがわかっていた。


 だから、見つかるわけにはいかない。


 もしも、奴らに捕まってしまったら……少年はきっと、貞操を失う。


 それと同時に、彼が大切に思っている人たちのそれをも奪ってしまうだろう。


 今は安全圏に無事到達できることを祈るだけだ。


 安全圏、それはこの屋敷の一角にある、少年自身の部屋。


 自室にたどりついて、カギをかけてしまえば、ひとまずは安心できる。


 少年はゆっくりと音を立てぬように、広大な屋敷の庭を抜けようとして――。


 そして、もちろん見つかってしまうのだった。



「いたーー! 星多、そこにいたー!」



 遠くで、聞き慣れた少女の叫び声が聞こえた。


 少年――星多がそちらに目をやると、松の木の上に、白鳥がいた。


 ……ほんとにアホだな、あいつ。


 白鳥というか、白鳥の湖に出てくるバレリーナ、あの格好をしている少女が、松の木に登ってこちらを見ていたのだ。


 あの馬鹿、あぶねえことするなあ。


 あと、白鳥と松は似合わなすぎる。


 もっと言うと、バレリーナのくせにスニーカーを履いてるのは死ぬほど似合わない。


 バレエ少女が松の枝から飛び降りるのを確認し、星多は反対方向へと駆け始めた。


 庭園をぐるりとまわって、縁側の廊下から家の中に入ればいい。


 そこからなら自室も近い。


 白鳥が、長くてふわふわの髪の毛とチュチュスカートをばっさばっさと翼のように羽ばたかせてダッシュしてくる。


 バレリーナはチビだからそんなに足も早くないし、まだ慌てる状況とは思えなかった。


 捕まらないように、星多は縁側へと向かう。


 と。


 縁側の前の庭をホウキで掃いている少女とでくわした。


 薄桃色の生地に紅い蝶が舞う小紋の着物、そこにフリフリフリルがついた白いエプロンをひっかけた、大正浪漫な女給さん。


 和服なのに隠し切れないほどのでかい胸が特徴的だ。


 学校の人気を二分するほどの美少女で、校内二大美人の一角である。


 嘘みたいに均整のとれた目鼻立ちはあまりに完璧すぎて、逆に見るものの心を不安にさせるほどだった。


 そんな彼女と一瞬目が合う。



「えーと、あの……」



 後ろからはバレリーナが猛スピードで走ってきて、叫んだ。



「そいつ、捕まえて!」



 ピンと背筋を伸ばしたきれいな姿勢で、女給さんは目を細めて星多を見る。



「あの……見逃しては、くれませんか……?」



 星多の問いに、



「お嬢様がわたくしに捕まえろと命じておられます。もちろん、その通りにするのがわたくしの仕事です」



 女給さんもホウキを放り投げ、星多に飛びかかってきた。


 それをすんでのところでかわし、



「まじかよ! いや予想はついてたけど!」



 靴のまま廊下にあがり、そのまま自室へと逃げようとする。


 平屋建てのこの家は、庭も広いが家自体もクソ広い。


 だから、走る、走る。


 後ろを振り向くとバレリーナと女給さんが、ウサイン・ボルトのような迫力あるフォームで追ってきていた。


 怖っ! 主に和服でその走りができる女給が怖い!


 裾がはだけまくりなんですけどっ。


 全速力で廊下の角を曲がる。


 次の瞬間、星多は足元に何かがあるのに気づく。


 反射的にそれを飛び越えたが、その拍子にすっころんでしまった。



「いってえ!」



 廊下の床に顔を打ち付ける。


 痛む頬をさすりながら見ると、廊下にあったのは、いや、いたのは、人だった。


 それはメイド。


 メイド喫茶にいるような似非メイドじゃない。


 ヴィクトリアン風のガチなメイド服に身を包んだクラシカルメイドが、四つん這いになって床の雑巾掛けをしていたのだ。


 そのメイドは星多の履いている靴を見て、



「……土足? せっかく、掃除したんだけどなあ」


「あ、い、いや、すみません! で、でも、あいつらが追っかけてきていて……!」



 ジトっと星多をみるメイド。


 白い肌に薄桃色の唇、美しい弧を描くすっきりとした眉。



「困ったことするなあ」



 と言いつつも、くすりと笑うその表情は、どこまでも柔らかくて暖かい。


 その笑顔は見るものの心を安心させてくれて、まさに太陽の女神のようだった。


 その存在そのものが芳しく麗しい。


 学校の人気を二分する校内二大美人のもう一角こそ、彼女なのだ。


 子どもを優しく叱るような目でメイドに睨まれて、星多の心はざわめいてしまう。


 すぐそばまで走って来ているバレリーナと女給さんを背に、クラシカルメイドが立ち上がる。


 長くて艶のある彼女の黒髪が風に吹かれてさらさらと舞った。



「あの、先輩は見逃してくれますよね?」



 そう懇願する星多にクラシカルメイドは答える。



「うーん、あのね、私もね、ピアノのこともあるしね。そういうんじゃないんだけど、でも、」


「ま、まさか?」


「私も、参加するね」


「ぐわああ!」



 星多はなんとか立ち上がり、もうほとんど涙目で再び走りだした。


 そのあとを、バレリーナと女給さんとメイドさんが追いかけてくる。



「ほら、逃がしちゃうよ! もっと早く走らなきゃ!」


「そうはいってもお嬢様、わたくしは和服なんです、これが限界です」


「んー。じゃ、私が行くよ」



 追跡者三人の中で、一番足が早いのはクラシカルメイドのようだった。


 まあ、バレー部のレギュラーだし当然かもしれない。


 星多は書道部一筋なのだ、女子とはいえ体育会系の足にはかなわない。


 やばいやばい、捕まる!


 メイドの伸ばした手が、星多の背中にかする。


 まずいまずい!


 逃げろ逃げろ!


 あと少し、あと少しで俺の部屋だ!


 ドタドタと廊下を土足のまま走る。


 一つだけ、星多にラッキーが訪れていた。


 星多は土足のスニーカーで走っているのだけれど、メイドの方はというと、滑りやすいニーハイソックスだったのだ。



「あっ」



 黒髪をなびかせ走るクラシカルメイド、でも彼女は自分が磨いた床で足をつるりと滑らせ、一瞬体勢を崩す。


 メイドは転びこそしなかったが、大幅に減速、タイムロス。


 そのおかげで、星多はなんとかメイドとの距離を開けることに成功した。


 そしてついに、やっとのことで、星多は自分の部屋にたどりついたのだった。


 カギを差し込み、素早くドアを開け、するりとすべりこむように中に入ってすぐに内側からカギをかける。



「はああああああああああ~~~~~~~~~~」



 深く息を吐き、星多はどすんとその場に尻をついた。



「こんなの、まさか毎日だってんじゃないだろうな……」


「ん~? なにがあ?」



 誰も居ないはずの部屋の中から少女の声が聞こえてきて、星多の身体はビックウウン! と飛び跳ねた。


 そっと顔をあげると、そこにいたのは、この家のマスターキーをチャラチャラと手の中でもてあそんでいる、男装の少女だった。


 真っ黒な執事用の燕尾服。


 切れ味するどい美貌の彼女は、にやりと下品に笑って、



「逃げ場なんて、なかったんだよねえ」



 と勝ち誇って言った。


 執事少女が中からカギを開け、どやどやと少女たちが星多の部屋へと入ってくる。



「星多、そんなわけで、あんたのほっぺたにチューしたら一日一回かぎり三百円やる、ってばあちゃんが言ってた」



 バレエ少女の言葉通り、それがそもそもの発端だった。


 くっそ、あのばばあ、いつもいつもほんとくだらねえことを言いやがる。


 そのおかげで星多は余計な苦労をしなければいけなくなったのだ。


 ちなみに唇にチューだと五百円、それ以上の行為についてもそれぞれ値段がついていたりする。


 女の子たちは彼女たちなりに計算を働かせ、ほっぺにチューの三百円がもっともコストパフォーマンスに優れている、という結論を出したようだった。


 ほんと、なにこれ。


 この家の奴ら全員、真性のアホだ。


 っていうかあのばばあ、絶対にこの状況をただ楽しんでいるだけに違いない。



「あのね、三百円って月のお小遣い三千円のあたしには大きいのよ。あんた、あたしのお義兄ちゃんでしょ、義妹に毎日お小遣いあげなきゃ」



 とバレリーナが言い、



「わたくしもスマホを買ったせいで毎月の支払いが苦しいのです。一日三百円なら一ヶ月九千円、わたくしのように素晴らしく有能な使用人にそのくらいはよろしいでしょう?」



 と大正浪漫カフェ風女給さんが言ったあと、



「あのね、星多くん、ごめん、そういうんじゃないんだけど、ほら、ピアノを買い戻すにはね、三百円といっても、塵もつもればだから」



 クラシカルメイドはそう言った。


 さらに執事少女が歌うような調子で、



「へっへー、十一万八千八百え~ん」



 うきうきとそう言った。



「ちょっと待ってあんた、なんであんただけそれ狙いなのよ。ていうか、その、最後まで行き着いたときでも十万円じゃなかった?」



 バレリーナが抗議するけど、執事少女は上機嫌に、



「へっへっへー、奥様に安すぎだから価格あげるべきって団体交渉を申し入れた末に、紆余曲折あったけど交渉妥結したのさ~。消費税込み」


「いやいやいや、団体交渉ってお前一人だろうが!」



 星多の突っ込みには誰も頓着しない。


 というか、もはやこの場で星多の意志など、誰一人として尊重してくれる者がいなかった。


 なんなのいったい。



「あのね、その、私まだよくわかんないんだけど、その、最後までっていうのは、やっぱりまだ私達には早いと思うんだけど」



 おずおずと言うクラシカルメイド。



「わたくしといたしましても、そっちはお嬢様に残しておいてほしいと思うのです。お嬢様の前に毒味ということで、別にわたくしでもかまいませんが」



 女給さんはしれっとそう言う。



「いやいや、あんたたちさ、ほっぺにチューの三百円とか、女として志が低くないかなあ?」



 呆れたように執事少女が言い、その言葉にバレリーナがすかさず反論する。



「どっちかというと金のために純潔散らす方がよっぽど志が低いと思うんだけど」


「五十歩百歩じゃん、本質変わんないでしょ。好きでもない男にほっぺにチューして三百円もらうとか」



 その言葉にバレリーナは顔を真っ赤にし、



「す、好きでもない、ってこともないかも、しれない……。え、ツナと先輩はどうなの、好きじゃなくてもほっぺにチューするの?」


「好きでもない男にわたくしはしませんよ? ですからこの小僧にはできます」



 冷静な顔で断言する女給さんに、



「え、そりゃ私も好きじゃない人にチューは……しない、かなあ」



 と心持ち頬を染め、ちらりと星多に視線を送って言うクラシカルメイド。


 あーもう!


 星多は身悶えしてしまう。


 そんなこと言われたらさー、こっちとしてもさー、男なんだし、イロイロ困るんですよ皆さん。


 あのね、恋愛のゴタゴタとかあるとみんなで楽しくのんびり過ごせる日常壊れちゃうかもしれないじゃん?


 だから血の涙を流す思いで毎日毎日暴れだそうとする青春の情動をおさえてるっていうのに、あなた達からほっぺにチューとかされちゃったら、俺、どうなっちゃうかわかんないよ?


 こっちだって健康な高校二年生なんだし、欲望の抑えがきかなくなってなにやらかすか、ほんっっとにわからないよ?


 ですから、頼むから、こういうの、やめましょうよ皆さん。


 まあどうせ言っても誰も耳を傾けてくれないのは明らかなので言わないけれども。


 男装執事少女が、他の三人に訊く。



「なんだ、あんたたち、どっちが手段でどっちが目的なの? お金がもらえないとしても、実はOKだったり?」



 その言葉にバレリーナと女給とメイドは一瞬口をつぐんだ。


 三人顔を見合わせ、



「いやほら、それがないと、さ。ねえ?」


「いい口実にはなってますよね、三百円。まさか奥様がそんな好条件まで提示してくださるとは」


「あーうん、そうだね……女の子って、なにか言い訳ないと、自分からはなかなか動けないしね」



 そんな三人とは違って、男装の少女はいっそ清々しくこう言った。



「ふーん。ま、私は純粋にお金だけど。じゃ、遠慮なく!」



 そして子鹿を仕留めようとする猛獣のように、執事少女が星多に跳びかかる。



「ばっか、あんたやめなさい、怒るわよ!」


「お嬢様ならともかく、わたくし以外がそうするのはシャクです」


「だめぇ! なんか、こう、いろいろだめぇ! 女として、人間として、お金のために最後までって、それはだめえ!」



 少女四人、くんずほぐれつでバトルし始めた。


 星多は知っている。


 このパターン、そのうちプロレスごっこになって、ほっぺにチューなら三百円とか、一発十万円、じゃない、十一万八千八百円とか、そんなことはどうでもよくなるのだ。


 ほうっと安堵のため息をつき、星多はそっと部屋を抜けだした。



「誰にも手を出さないなんて、誓うんじゃなかったかもなあ……。これ、生殺しだ……」



 でも、星多さえ自制心をしっかりもっていれば、この楽しい生活もずっと


続く、はずなのだ。



「今日は天気もいいし、どっか外で勉強でもするかあ」



 星多はポケットから単語カードを取り出し、少女達の喧騒を背にして庭へと歩いていく。



 空を見上げる。



 太陽はまぶしかった。



 それを見て星多は思った。



 美少女は、太陽でも、氷でもない。


 


 俺自身が太陽になって女の子たちを照らしてあげれば、彼女たちはいつだって生き生きとし始めるのだ。



 俺こそが、彼女たちをあたたかく守れる存在でいたい、と。




                               〈了〉





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