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10. たまたま手に入った金と地位と権力で得る女体は気持ちいい

 いや、爆弾では表現が生ぬるい。

 ヌクリアボムだ。

 それは、まさにプルトウニウム型の核爆弾だった。


「若い男はあれだろ、くだらねえ本能に振り回されて勉学おろそかにして人生駄目にするやつ、何人も見てきたわ。愛想美でも、ほれ、そこに並んでる誰でも、別に襲っていいぞ。好きなようにヤりまくって発散して、とにかく医学部入れや。この家の中だったら何があっても揉み消せるすけ。とにかく勉強の為だったら何やってもええ」


 なんだこの家、なんだこのばあちゃん?

 本気で言ってんのか? 冗談だろ、冗談に決まってる。

 っていうか、俺の成績で医学部って。愛想美よかましだけど、厳しいんじゃないか?

 いやそれよりもだ、なにしてもいい? 発散? 家の中なら揉み消せる?

 ありえないだろ。ここじゃなくて、東京で母さんと暮らしたほうがいいんじゃないか?

 星多はあまりのことに言葉もなく、この場にいる人間の顔を見回す。


「わっはっは。星多さん、バツイチの私だけど、よかったらイロイロ教えますよ」


 大黒がバチン、と胸を叩く。その拍子に、ブチッという音とともにブラウスのボタンがはじけ飛ぶ音が聞こえた。幸い、エプロンドレスで隠れて中身は見えなかったけど。

 やせてた頃の大黒さんならむしろ大歓迎だけど、今はもう、圧死する自分の姿しか思い浮かばない。

 今度は大黒の隣に座る大正カフェ女給、ツナの顔を見る。

 目が合った。

 西洋人形のような整った顔。

 無表情なわりには、強い意志を感じさせる、かすかに瑠璃色の瞳。

 ツナは、ほんのわずかに首を傾げ、そして、女給姿の胸元に手をあてた。

 和装なのでぱっと見はわからないが、よく見るとツナの女給服の胸元も凄いことになっていた。

 和服っていうのは、そんなに胸を強調しないようにできている。なのに、大正カフェ衣装の真っ白なエプロンの形を歪めるほどバストが盛り上がっているのだ。

 ……すっげー、でっけー、こんな大きいなんて、中身どうなってんだ……。

 星多が高校生男子としてあまりに当然な感想を抱くと、ツナはそれを見抜いたのか、


「星多さん」

「は、はい?」

「できれば、事前に連絡してくだされば準備しておきます」

「準備ってなに!?」

「いろいろ。女の心と身体にはいろいろあるのです。実力によらずたまたま手に入った金と地位と権力で得る女体はさぞかし気持ちいいでしょうね」

「なにその言い方! それに女体って! ……俺そんなことしませんからね」

「恥ずかしいのですね、では秘密の合図を作りましょう。私が今日のように髪をまとめていたらYES、月代を剃ってちょんまげにしていたらNOの日です」

「むしろNOの日を見たいよ!」

「それ以外ならちょっとYESです」

「ちょっとってどこまでなの!?」

「それはご想像にお任せします。もちろん、いずれにせよ心は差し上げません」

「その軽蔑しきった目で俺を見るのは頼むからやめてください……ほんとに俺がなんかするとでも思ってんですか……?」


 ツナの冷たい視線を避けるように愛想美を見る。

 親友にして、今は義妹なのだ、きっと星多のことを信じてくれるに違いない……。

 と、思ったのに。


「ひっ!」


 自分の身体をかばうようにして身をすくめる愛想美。

 一歩二歩、あとずさると、星多に背を向けてしゃがみこむ。

 ふわふわな髪の毛の中にすっぽりと小さな身体が隠れる。

 まるで髪のお化けだな、これ一発芸になるぞ。

 星多が感心していると、愛想美はその姿勢のまま震える声で言う。


「あ、あのね、星多、あのね、これ、冗談だからね、あのね、や、やめてよね、け、結婚とかも嘘だから、ばあちゃんの冗談だから」

「おら冗談言ってねえぞ」

「ばあちゃんは黙ってて! いやだから、もっと、こう、順番? そう、順番があるから、いきなり発散とかどうのってやめてよねっ!」


 ばあちゃんがため息をついて、


「その順番ってのが勉学の邪魔だって言ってるんだすけの」と言う。

「今日から義妹いもうとなんだからっ! 義妹になんか、その、変な、そう、悪いことするとか、ほんと、やめてよね……」


 こいつ、俺のことそんなに信用してなかったのか。なんか、傷つく。

 俺ってそこまで欲望の赴くままに行動しそうに見えてるのか? 

 いや、そうじゃない。そうじゃないことくらい、凛々花先輩ならきっとわかってくれる。

 そう思って、正座したまま固まっている凛々花に視線を向けると、


「ふひぇ!?」


 この一年間、一度も聞いたことのないような妙な声を出して凛々花がビックーン! と身体をこわばらせる。

 そのまま、星多の視線から逃れるようにうつむいた。

 凛々花の顔は汗でびっしょりになっている。それがぽたぽたと畳に落ち、しみをつくる。

 カタカタと震えるたびに、凛々花のヘッドドレスのレースが揺れる。

 その震える少女に、ばあちゃんが声をかける。


「葉山、今日きたばっかで申し訳ねの。もしそういうことなったらその分給金はずむからの。お前の妹も頭いいそうでねか。大学までやりてろ?」

「は……は、……は、はひ……はひ?」

「ま、お前だったら、一発十万やるわ。相手してやってくれの」

「あ、相手って……ひぇ……」


 純潔の危機に恐怖する凛々花の表情を見て、星多は本気で泣きそうな気分になった。

 凛々花も星多のことをそんなに信用してなかったということがひとつ。

 そして、もうひとつは、どう考えてもこの場で最も弱い存在である凛々花に対して、なんの心遣いもしないばかりか、脅迫とも思える言い回しでとんでもないことを強要させようという、ばあちゃんの言葉に対してだ。

 ――俺の大好きな凛々花先輩に、なんてこといってんだよ!?

 急に目の辺りが熱くなって視界がぼやけた。

 人間、怒りの頂点を超えると涙が出てくることを星多は初めて知った。


「星多、お前、なにしてもいいからの。なに、金で解決するわ、その葉山とかいう新人も、好きなようにしてええぞ」


 凛々花はかわいそうなほど身体を縮こませて、ブルブルと身震いしている。

 顔を伏せているので表情はわからないが、畳に落ち続けている滴は汗か、涙か。

 ぼやけていた星多の視界が、今度は真っ赤に染まった。

 脳内にアドレナリンが充満する。

 思わず立ちあがり、ばあちゃんを睨みつける。

 ばあちゃんはなんとも思ってない顔で星多を見返す。

 金に物言わせて、人を人とも思わないその言い方。

 クソが。世の中、こんなクソで汚いことが許されるのか?

 星多の怒りに気づいているのかいないのか、ばあちゃんは事も無げに言う。


「あーでも子供できるとめんどくせ、そこはきちんと……」


 最後まで聞かないうちに、普段温厚な星多の心は、その臨界点をあっという間に越えた。

 かっとなって、大声を出す。


「ばばあ! てめえも女のくせにくっだらねえことをっ!」


 ぶん殴ってやる、そう思って一歩前に出る。


「おうそうだ、おらも女だ。おらでよければ相手してやってもええぞ。入れ歯外せば塩梅ええかもしれんな」


 一瞬、言われた意味を理解できずに飛びかかろうとした身体が硬直した。

 少しして、ようやくなんとなくだけどばあちゃんが言わんとしてることがわかり、


「なっ……かっ……クソババア……」


 もうそれだけ言うのがやっとになった。


「ほっほっほ、まあそういうわけだの。葉山、じゃあ明日から星多の家庭教師頼むの。そしたらおらはこれから顧問税理士の先生と会わねばならねすけ。あの先生、一度くると夜中までいるからのお……」


 颯爽と和室を後にする老婆の背中を、星多は睨みつけることしかできなかった。


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