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恋しあかばな  作者: 小糸
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孤独な花

 


 これ以上 よわいから 強くなるのは いやです



 夜の庭に花が咲き乱れている。

 この花々もあと数日で摘まれ散る。

 母の葬式を終えて帰り着いた家の玄関前で、しばし鍵を取り出すことも面倒くさく、そうしてぼうっと花を見ていた。ムクゲに朝顔。ハイビスカス。ローズマリー、薔薇。水仙。ウェディングブーケ。

 は、ウェディング、か。

 今夜は世界で最も卑屈なわたしは自嘲した。

 これでわたしの結婚式に出られる親族は消え去ってしまった。


 本名を伊礼丹、というわたしは、この千葉ではなく、南に生まれた。沖縄の離島だ。

 わたしを生んだとき、母は大変な難産で、その後遺症を引きずって体がどんどん弱くなった。

 それを案じた父とひとりの兄とともに、ここ本州へ越してきたのが十三の夏。

 海の見える町で生まれ、そだってきたわたしは、海がない暮らしがどんなものか全くわからず、不安でゆううつで致し方なかったが、それでも自分と同じ塩味の血をもつ家族がいるからけろりと明るく生きてこれた。 

 転校のショックも、じいちゃんばあちゃんと離れた寂しさも、あの日差しと海に散る赤い花の色合いも、ぜんぶ飲み込むことができたのは、大好きなひとたちがいつも家にいたからだった。

 育まれるのが当たり前、で、自分で自分を育てる必要すらなかったその時代。

 後に涙するほどせつなくまぶしく思い出すようになるなどと、全く想像できなかった。


 ……いや、嘘だ。実を言うと何度かそういった暗黒の想像にふけったことがある。

 要するに物語の主人公のように、両親を事故でいっぺんになくし、天涯孤独になって、その後かなしみに暮れながらも強くたくましく生きていく……という思春期の娘らしい成長願望だ。

 あー、それ、恰好いい、で、美人に育っちゃったらさらに完璧だわ、ひゃっほう!

 などと、ファンタジー好きだった私が不謹慎に考えたことは数かぞえきれない。


 だからほんとに一人になったんだ、大馬鹿者。


 寺好きだった父と兄がふたりで高野山に行って来る、と言い、乗り込んだ夜行バスが高速にて玉突き事故に遭ったのは5年ほど前のことだ。乗客の半数が亡くなり、父と兄もその中に名を連ねた。

 このニュースは当然平和に暮らしていたわたしと母に肉体的にも精神的にも大打撃を与え、わたしたちは一時期ことばすら上手く紡げなくなった。夜中に飛び起きて泣きじゃくったり、昼間いきなり立って眠ったり、三日食わずに四日目の朝ラーメン三人分をたいらげたこともあり、心と頭と心臓と手足と口が全部バラバラに機能してしまい、あまつさえそれが当たり前になりはじめた頃、今度は母が倒れた。いや、今度こそ、と言うべきだった。元々からだの弱かった彼女は本州に越しただけで体力がガタ落ちしてぜいぜいしていたのだ。こんな悲しい事件に耐えられるわけがなかった。

 わたしは必死で看病したし、死なないでと泣き喚いてもみたし、置いてくのかよと切れてもみたが、どれも既に出向してしまった船に叫ぶ愛だった。どれほど私が希っても、母はすでに死に始めていた。

 そして三日前、ついに死んだ。


 わたしだけが残った。


 落ち込むよりかなしむより先にやらなければいけないことは死にたくなるほどたくさんあった。引越し、役所での各種手続き、弁護士との連絡、学校をどうするか。

 その全てをもはや自分でする以外に手段はないということが、皮肉なことに、からっぽの心を抱えて途方に暮れるわたしをいま支える唯一の事実だった。

 何も考えられないし考えたくない。自分とむきあいたくない。風呂も眠りも願い下げだ。

 すこし油断すればあふれだしそうになる感情の奔流を鉄の意志で封じ込めて、わたしはただ庭の花を見た。

 ハイビスカス。

 わたし、の、名前の由来。

 ああだめだ。どこもかしこも想い出でいっぱいだ。わたしは家族の愛で出来ているから。


 世界なんて壊れてしまえばいい。



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