5月
「そう言えば、聞いてなかったけど、後輩ちゃんは進路どうするの?」
「何故教えなければならないんですか」
「僕ら3年生じゃんか。もうそろ進路決めなくちゃならないから、参考までにと」
「進路決定は2年生末で行われた筈なんですけど、先輩、大丈夫ですか?」
「え、そうなの?」
「大丈夫じゃないですね。……参考になるかも分かりませんが、私は医療大学に進学したいと思ってます」
「まあ、僕の進路はなんとかなる。でも、その後輩ちゃんの進路は自身で決めたの?」
「変に鋭いですね。コレ、は私の希望で……実は親は海外の高校へ行けと言われてます」
「やっぱり、だと思った」
「勘ですか?」
「いや、盗聴のお陰。勿論後輩ちゃんと両親の会話はばっちり録音させていただいてます」
「最低ですね。開きかけた心の扉が今の瞬間で強固に閉じられましたよ。最早どんな鍵でも開けれませんよ」
「上の口は嘘つきだなー。もうっ、下の口に聞いちゃうぞ」
「エロ親父ですか、死んでください。今のは本気で鳥肌立ちましたよ」
「卑猥な言葉とか女性器とか使わずに遠回しに言ってるのに、エロ親父発言だと分かる後輩ちゃんも後輩ちゃんだと思うけど」
「実に残念なことに汚染されてきている、ということですね」
「あれ?汚染?どういうこと?」
「どうもこうもないです。大体、盗聴して私の家庭環境も知った上で何故志望校を聞いてきたんですか。嫌味ですか」
「違うよ。後輩ちゃんの彼岸花の様にたおやかな口唇から、どの様な後輩ちゃんの意思が漏れ出すのか盗聴したかっただけだよ」
「人を彼岸花に例えるとはどういう感性ですか。褒めてるのか貶してるのか、理解出来ないです」
「褒めてまーす」
「はい。盗聴機を出してください。そして、自らの手で壊しなさい。でないと殴りますよ」
「はい、盗聴は嘘です。してません。ですが、殴ってください」
「忘れてました。暴力は先輩への飴ですものね」
「あ、因みに鞭も飴だよ」
「先輩には飴と鞭というものは通用しないということが分かりましたよ」
「うぇーい。かはっ!!!!!??」
「そんな先輩の志望校は何処ですか?」
「え?後輩ちゃん今、僕のこと全力で殴ったよね!?なのに平然と会話を続けようとしている!!?」
「何処ですか?」
「え……あ。後輩ちゃんと、同じだよ。医療大学に進学しようと思ってる」
「……………………」
「何その新生物を見るかのような驚きかつ、憐れみの混ざった目は。僕に何を伝えたいのさ」
「先輩はワカシじゃないんですよ。先輩はメダカです」
「ん?ん??どういうこと?」
「知りませんか?出世魚のブリのことを」
「ああ、知ってるよ。確か、成長してくにつれて名前が変わっていく魚でしょ?ハマチ、もそうだっけ?」
「地方によって名前は変わりますがハマチと呼ぶ所もありますね。あくまで一例ですが、ワカシとして生まれた子がイナダ、ワラサ、ブリと成長していくのです。分かりますか?」
「うん、分かるよ。でも、メダカは?」
「先輩はメダカです。ワラサの様に成長したからといってブリになれない淡水魚なんです。だから、現実を観てください」
「ああ、なるほど」
「分かりましたか?」
「でも、僕は医療大学に行くよ。後輩ちゃんが受けるからね」
「……分かってないです。私は進学したいと思っても出来ないんです。だから、医療大学にも進学しません。先輩も私と一緒にいれるからという幼稚な理由で選ぶとしたら改めてください。私は受けません」
「いんや、受けるよ」
「分からない人ですね。どうして強情っぱりなんですか。私は先輩が嫌いで言ってるのではなくて、先輩を心配してるんです。先輩が私の為に可能な将来を潰すのはごめんです」
「それも知ってる。分かってる」
「分かった上で何故」
「後輩ちゃんの夢を僕が叶えてあげたいんだ。敷かれたルート以外も走らせたい」
「意味が分かりません」
「そしたら、きっと後輩ちゃんはもっと変わる。そう、そうだよ。僕が後輩ちゃんを後輩ちゃんとして無理矢理同好会を作ったのか理由が分かったかもしれない。この時の為に僕は、後輩ちゃんを選んだんだよ」
「余計分からないです」
「今まで僕と遊んでくれてありがとう。会話してくれてありがとう。後輩ちゃんへの今までの恩を返すよ」
「はい?どういうことですか?」
「後輩ちゃんがどうしても敷かれたルートを選びたいって言うなら、僕が敷いた所を歩いて。僕はそれを望まないけど、後輩ちゃん自身で決めて。僕は行動するから」
「どういう、ことですか?先輩、最近おかしいですよ。真面目になって熱だして、こんなこと言ったりして、行動する?どうしてですか?」
「安心して」
「分かりません、分からないです。先輩はいつも通りの阿呆でいてください。じゃないと、私の落ち着く場所がなくなっちゃうじゃないですか」
「ありがとう。後輩ちゃん」
「止めて、くださいってば、そんな温かい目で見るのも……」
「後輩ちゃんが泣きそうだから、さ。安心してって言ってるでしょ?僕は変わらないよ。ただ行動するだけで。今まで怠惰だったから、その分働かなきゃね」
「変ですってば、先輩」
「君もだよ、後輩ちゃん。もう、とっくのとうに定時過ぎてるし」
「ああ、もう……そうでした。忘れてましたね。それは守らなくてはいけないです……帰ります」
「うん、またね」
「はい、また、です」




