8月
「海の季節だからさ、海行かない?」
「行きませんし、大体何故ここにいるんですか」
「出張会話同好会。みたいな?」
「聞かれても困りますし、出張してまで活動したいと思ってませんし、私の家に来る理由にもなってません」
「ぐあー。基本的概念とか道徳とか関係ないのだ」
「堂々と言わないで下さい。残念な人ですね」
「褒めるなって」
「と、言いつつ家に入ろうとしないで下さい。海に行こうって誘ってる人間が何しているんですか。訴えますよ」
「おっとぉ?後輩ちゃん。その右手に持っているものは何かな?僕が見るからにナイフなんだけど何故それを持っているのかな?それに、何故玄関にナイフが常備されてるのかな?」
「質問が多すぎます。ただの護身用なんで心配しないで下さい」
「色々と後輩ちゃんを心配するよ!」
「黙って下さい。帰って下さい。両方出来ないのであれば死んで下さい」
「後輩ちゃんにおねだりされたら聞くしかないんだけど、流石に僕の生死に関わることは出来ない…っ。でも、後輩ちゃんの為なら死ねるから安心して」
「安心できませんし、前者を選択するという発想を持ち合わせてない先輩の脳味噌に完敗です」
「ビールは呑んじゃダメなんだよー?二十歳からだからね」
「私が言っているのは完敗。先輩が言っているのは乾杯です。同音異義語を理解して出直して下さい」
「それはまた後輩ちゃんの家に来て良いということかな?最高だね!」
「はぁ。もう、良いですよ」
「OK。らんらんるーだねー!」
「って、良いですって言ったのは部屋に入って良いってことではありませんっ…て言おうと思ったのですがもう入ってるなんてどういう神経ですか」
「ありがとー!!」
「人の家で叫ばないで下さい!」
「いやぁ。前来た時よりも長く滞在出来てる気がするよ」
「そりゃそうでしょうね。前回は三秒でしたしね」
「お、覚えててくれてるの!?…とぅんく」
「刻み込まれてますから、気持ち悪い擬音を用いらないで下さい」
「あ、そう言えばね。とぅんくで思い出したんだけど」
「私の話はそう無視ですか」
「現文の授業で擬声語or擬態語をそれぞれ4つずつ使って一万字程度の小説を書きなさいっていうのが課題で出されたんだよね」
「やけにリアルな内容ですね。それに、先輩。私も同学年ですから説明されなくても分かりますよ」
「それで、僕は『後輩ちゃんを初めて見た瞬間。僕の心はとぅんくと音をたてた』という表現をしたら、それを見た先生は何って言ったと思う?」
「ところでその小説の主人公はチャラ使用になってますが、それは先輩が書いたからですか?それとも先輩が私を用いて書いたからとかそんなのはないですよね」
「あ、勿論実体験を元に書いてるよ」
「是非ともその小説を読んでみたいです。勿論それを読んだ後は先輩を殺しますが」
「命懸けで見せなくちゃいけないの!??」
「はい、死んで下さい。あ、そうですね。…先生も『お前、死んだら?』みたいなことを仰られたのではないですか?」
「ないですよ?流石に、生徒に死ねと言う先生は色んな意味でアウトだよ。学校にいられなくなっちゃうよ?そうじゃなくてね、僕が言われたのは。『とぅんくという言葉を国語辞典、漢和辞典、英和辞典、和英辞典知りうる限りの辞典で調べたが載っていなかった』って」
「想像異常にぶっ飛んだ先生ですね。どうやって英和辞典でとぅんくと調べたのか気になります。tunkでしょうか?」
「だよね。僕も思わずその先生の前でゲラゲラ笑っちゃったもん。だけどね。そのせいかは分からないけどその小説の評価はC評定だったよ」
「そのせいですね。C評定って一番下ですから」
「C評定、僕の中では、A評定」
「どこのポジティブ川柳ですか。そんなもの詠めなんて言ってませんよ」
「才能あるって?照れるなー」
「あ、先輩。もう定時ではないですか?」
「あっれー?僕が見えてる時間はまだ正午を回ってないぞー?」
「夏休みですからね。定時も早くなるんです」
「おお。なるほど」
「と、言うことでさようなら」
「んじゃ、まったねー」
「あれ?僕は何の為に後輩ちゃんの家に行ったんだっけ?確か、僕の記憶では海に誘ったはずなんだけど、完璧忘れて帰って来ちゃったよ」
20話、お付きあい感謝。




