第四話
魔導学院へと放り込まれてただ一つ良かったと言えるのはこれだ。
肉っ気さいこー!
パージェス家は財政難。グランがいくら出世街道に乗り始めているといっても、長年積りに積もったものがたかだか数年で振り払えるはずもなく、ガッツリ肉っ気のあるものは殆ど食卓に出なかった。
飢え死にする事は無かったが、それでも居候の身としてはちょーっとばかり悪いなぁと思っていた。何の役にも立たない生産性の無いお荷物を抱える程の余裕は無いと分かっていた。
グランには何でそんな食事しか出さないのだとキレられたが俺にキレられても困るし、てめぇの家の財政状況具合把握しろと突っ込みたい。それにたらふく食える時点で恵まれているので文句の出ようはずもない。
はずもないが――やっぱり肉っていいねー!
もしゃもしゃと肉の塊を口の中で砕く。
肉の、塊を、が重要。
何? 肉の塊って何? 肉って塊なの? 塊だったの? 塊になっちゃうの?
まってまってまって、なんかうまうまな汁が口の中に広がるんですけどー!?
なんすかこれ!? なんすかこれって!!? ―――あ、うますぎて涙出てきた。
「……毎度すごい顔するんやな」
青年が疲れ切った顔でフォークを置くので、すかさず俺はリッテ――牛に似た生き物で豚の味――の香草ソテーをかっさらい、奪い返されてなるものかと口の中に入れてしまう。
「あ! 何でとるんや!」
「いーだろー ほーせいっはいあるんだし」
「良くないわ! 口に物入れてしゃべんな!」
「どこぞのおかんかおまえは」
「早っ! 呑みこむの早っ! お前の口どうなってんのや!?」
「はっはっは。地元ではまさに歩くばきゅーむ……もとい、ブラックホールと呼ばれていたのだよ」
あっぶね、ばきゅーむかーて真逆でもないけどある意味真逆だよ。やべーよ俺、脳細胞死んできたか? 通算四十四年も酷使すれば……そういや何で前世の記憶維持してんだろ? 脳細胞が赤子のものならそのなかに前世の記憶が保管されてるなんて事はないよな? 細胞分裂繰り返してる最中に電気的信号がどーたらこーたらで造り上げられたのが前世の記憶だったりしたらかなり恥ずかしいぞ俺。さんざん前の生は~とか繰り返しておいて実は思い込みでした。とか痛い子だろ。
「最終兵器なぁ……」
三回目のおかわりをしてきた俺は何やら呟いている青年を気にせず、三度目の合掌をしてうまうまな夕食たちを口の中へとせっせと運ぶ。
「お前、身体の調子はいいんか?」
「はにが?」
「だから呑みこんでからに」
「お前のタイミングが悪いんだろー」
「……っ当に早いな」
「なんだよなんだよ。何つっぷしてんだよー。髪がごはんたべちゃうぞー」
「食べるわけないやろ」
「きみきみ、人に注意しておきながら髪がごはんに、おいしそうなごはんに、すごくおいしそうなごはんに、触れてもいいと? それはマナーに反してないと? 人の道に反してないと?」
「お前の突っ込むポイントがわからへん……」
疲労困憊ここに極まれりという顔で片肘ついて食事を再開する青年。
そうそう。ご飯は頂くものだ。粗末にするものではない。
「ここ、いいかしら?」
グリーンサラダとドルト――牛肉っぽい何か――の煮込みをエピ――麦の穂の形をしたパン――を挟みつつバランスよく食べていていると声がした。
顔を挙げれば、おなじみ貴族の十三四頃の少女が居た。成長途中といった感じで凹凸に乏しかったが自己主張はかなりでっぱっているようで、視線を向けたままノーリアクションの俺を軽い苛立ちを込めた目で睨んでいる。
ここは食堂で、学生は決まった時間になると適当な席で食事をする。第七学年まである学院の総生徒数は二百弱。従って食堂もかなり広い。広いのは食堂だけではなく学院そのものだが、とにかくわざわざ相席をしなければならない程席が埋まってしまってはいない。現に彼女のご学友と思われる数少ない女子生徒たちがちらちらと近くの席からこちらを伺っており、そこには丁度一席空いている。
「あっちじゃないの?」
青年もコクコクと人形のように首を縦に振っている。
奴が何を考えているのかは知らないが、俺としてはバイキング形式を最大限に生かしてウェイターとして培った技術を活用し並べられるだけ並べて置きたい。今は四度目のおかわりに備えてラスト二皿を残し食器は重ねて片付けてしまっているので、空いているように見えるが、俺にとっては空いていない。
「いいのよ私は――」
「っていうか、何でお前も俺の前に座ってんだよ」
奴がいなければもっと料理を並べられるのに、ちょっと皿から肉をくすねるだけで許している俺はなんと心が広いことか。
「え、今更!?」
「今更もなにもあるか。お前がいるから皿がおけん」
「はあ!? こんだけ置いておいていうんか!?」
前菜から既に五パターンも存在していたため、全料理制覇するために片っ端から置いた皿の数は八枚。総数は今の所二十一。青年が居なければ一度に十二枚は置けるのでデザート取りに行く一回分ぐらいは損している。
「ちょっと……」
「全然足りん。お前の面積分取ってくると言うのなら許してやってもいいが」
「なんで俺が給仕の真似事せなあかんねん!」
「ちょっと!」
なんではないだろう。常の俺であれば既にデザートに取り掛かっていてもおかしくないというのに未だ主菜の段階というのは明らかに青年が居座っているのが原因だ。
俺はビシッとフォークを青年に向けた。
「席料だ」
「んなもんあるか!!」
「ちょっと人の話聞いてるの!?」
「俺がいつお前が座ってもいいよっつった? 何時何分何十秒?」
「毎度毎度ガキかお前は!」
「話題のすり替えか? 罪を認めようとしないとは見苦しいな」
「何の罪!? どこが罪!?」
「俺の食事を阻害する事即ち罪なり。俺を殺す気か」
「そんだけ食べててまだ言うんか!」
「人の……」
「ふっブラックホールの名は伊達ではないのだよ若者よ」
「お前も若者やろ!」
「話を聞けーーーーーー!!!!!!」
バン ガン
衝撃が俺達を突如として襲った。
一瞬静まる食堂だが、少女の一睨みでぎこちなく視線が外された。
目の前で頭を抱えて涙目になっている青年はまだいい。平な部分だった。
こっちは角だよ。いてーよ。ふつーにいてー。魔術書に続いてトレーって。今後も続くとかないよな?
俺はふぅと一つ息を吐き、紳士的な態度を心掛けて少女に向き直った。
「角はね、凶器になるんだよクロワッサン。そもそもなんでそんなに巻いちゃってんのクロワッサン。クロワッサンもびっくりな程のクロワッサンだよすごいよクロワッサン」
クロワッサンとはパンの一種で、パイ生地に似た触感でくるくると巻かれている前世で見たまんまのアレなのだが、それを再現しているがごとくのくるんくるんの天然ロールを俺は初めて見た。
「く……くろわっさん?」
俯き加減で呟いたクロワッサンの声は小さく聞き取りづらかったが、何故かザッと周り中で血の気が引く音がした。
よくわからないが、食事を中断させられている状況は嬉しくないので回れ右をしていただくために俺はさらに丁寧を心掛けて少女を諭した。
「それにねクロワッサン」
「誰がクロワッサンじゃ!!」
脳天を貫く二度目の衝撃に俺は意識を手放し――て、たまるか。
目の前にメシあるのにそれを放置するような真似はこの俺の本能が許さん。
「んっふっふっふ……」
「な、なによ……」
笑い出した俺に、クロワッサンは一瞬たじろぐような顔をしたがグッとその場に留まった。
俺は平和主義者で温厚な性格。基本的には争いごととか嫌いっていうか面倒くさいからパスする。
が、メシがかかると言うならば辞さない!
ガッ
「ぃだっ」
椅子を蹴立てて立ち上がろうとした俺は頭を捕まれ、力任せに押し戻された。
「ちょ青年? いきなりされると首がぐきってなるんですけど」
「あああああの、こんなところで良ければどうぞどうぞ」
慌ただしく立ち上がり既に空いているところをさらに整頓しようとして意味不明に食器を動かしクロワッサンに席を進める。
「おいこら青年。地味にスルーするな。謝罪を要求する。そして席を勧めるな。面積が減る」
「だああ! お前は黙っとけ!!! 取りに行くから!! 行くから黙れ!!!」
「じゃデザートね。全種類で」
「お……おう」
顔色が悪いままふらふらとデザート取りに行ってくれる青年。なんだかんだ言って根が素直ないい奴だ。
クロワッサンがさも当然の顔で座る結果に対しては減点だが。
「キルミヤ・パージェスよね?」
クロワッサンはトレーを置くと食事に手を付けようとせず手を組んでこちらを見た。
見るのは構わないんだが、お前トレー二つ持ってたのか。ご飯載せてるのと空のと。片手でごはん持って片手で殴るとか何気に力あるだろ。そして何故空のトレーを持っていた。まさか突っ込み用に常備してますとか? どんな装備品だ? あ、いやでも某RPGでトレーって装備品だっけ? でも見た目から貴族の少女がそんなものを装備するか? あーでもうちみたいな貴族もいるわけだし……
「苦労してるんだなクロワッサンも……」
「は?」
「いや、自衛手段の用意は必須だよな。誰かに守ってもらえるわけじゃなし」
「は??」
「でもな、そのトレー薄いから防御力はそんなに高くないと思うぞ」
「トレー? ぼうぎょりょく??」
「さすがに炭素繊維で編んだ防護服とかないと思うけど、こんぐらいの太さの鉄棒の方が短くても刃物を受けるには適してるから」
「何の話してんのやお前は」
「お。青年、早かったな……って少なくね?」
青年は肩を落としてトレーからデザートを載せた皿を置いた。
「お前みたいにぎょーさん持てるか」
「えーー? でもクロワッサン二つ持てるよな?」
「え? わ、わたくし??」
「さっき片手でご飯持って片手で殴ってただろ? ってことは二つは持てるって事だ」
「え、えぇまぁそうね?」
「つーか二つ持つぐらい誰だって出来るだろー?」
「持てるとしても片手で持ったまま片手で料理取って皿に乗せてトレーに置けるのはお前ぐらいだ」
「確かに片手が塞がっている状態では難しいわね」
変なところで納得して頷くクロワッサン。
「んな事ないって腕に乗せればいけるいける」
「だからそれはお前だけや」
「クロワッサンだって余裕だよな?」
「さすがにそれは……給仕の者でもそういう持ち方をしてるところは見たことはないわね」
そりゃまぁね、お貴族様の前でそういう持ち方する必要はないけど街中じゃあ普通だと思うんだよ。ウェイター一人で注文と配膳してたらそうなっちゃうんだって。俺の先輩なんか人間じゃない持ち方してたよ。
「え~~すーくーなーいーぜんぶ~」
「わかっとるわかっとる、まだ取りに行く途中や」
青年は、それからと腰を屈め耳打ちしてきた。
「目の前の方は第三皇女のベアトリス様や、アホな事ゆーてないでちゃんとし」
あそう。皇女様ですか。
俺は食べ終えた主菜の皿を片付けて、青年が持ってきてくれたデザートに手を付ける。
クレームブリュレ、サバラン、木苺のクレープ。青年が戻ってくるまでに無くなりそうだ。
……。
「………こうじょ!!?」
え、え、えええ!!!!???
何でこんなとこにいんの!!!!??? お城は!? お城の機能はどうした!!?? お姫様いこーるイン城だろ!? それともイン・ザ・城か!!? いややっぱりイン・城か! いやいや特定だとすればやっぱしイン・ザ・城か!!
「うるさいわね。黙りなさい」
「はい」
言われるがまま沈黙を守るためにデザートを味わう事に専念しよう。そうしよう。
自分でも頭の中が混沌になっている自覚がある。
「はぁ……世間知らずと聞いてたけど私の顔も知らないとはね」
「………………」
「まぁいいわ。私はベアトリス・ルイ・セントバルナ。知っての通り第三皇女です」
「………………」
「あなたの事はグランから聞いています」
「……………………」
「聞いていた通りの様子ですが、どうして手を抜いているのです?」
「………………」
「少なくとも、初級詠唱魔術は丸暗記しただけで出来るように見受けられますが」
「………………」
「聞いていますか?」
「………………」
「…………」
「………………」
「…………沈黙を解いていいですから」
「せいねーん。次はやくー」
クロワッサンは溜息をついて食事を始めた。
「クロワッサン、溜息ついてると幸せ逃げるぞ」
「私はベアトリスです。クロワッサンなどという名前ではありません」
「細かい事気にするなよ~禿るぞ~」
「は、はげ!?」
「ほらほら、今は食事の時間なんだからさ。それともアポなしで人の時間を占有するマナー知らずと言うのかな?」
「あなた………私が皇女と分かっていますか?」
うん。まーそりゃ怖いよ。
クロワッサンの目は上の人の目というのか、従わせる事が当然と信じて疑わないそれなので、それで睨まれるとチキンな俺は怖いとなるよ。なるけどね、さっきグランからとか何とか言ってたし? グランがらみとなれば色々とこちらも考える事があるというか。
まぁ八割がた現実逃避なのだが。
俺は完食して、紅茶をすすりながら青年を待つ。
「皇女だろーと何だろーと俺にとっては関係ないの。無礼だ何だと言うならお好きなよーにしてくれたらいーよ」
逃げるから。
そしてかむばーっく! せいねーん、はやくもどってきてー!! 俺の心臓持たないから!! 一人にしないで!!!!
「……………そう。では皇女として聞いても個人として聞いても質問には答えてもらえないという事かしら?」
「さあ?」
バシッ
「っぶね」
後頭部を叩かれて危うく紅茶を零しそうだった。
コトコトと残りのデザートを置いていく青年を睨めば、睨み返された。
いや、いいんです。いいのですよ。きちんと戻ってきてくれただけで殴られようが蹴られようが許容しよーじゃないか!
「申し訳ありません。こいつ田舎者で礼儀も何も無いんです」
おお。青年が標準語になってるよ。
「かまいませんわ。私はここに在籍する間は皇女という身分で扱われる事の無いようにしております」
ほー。その割にはプッシュしてたような気もするんだけど。
「それで、その……こいつが何か?」
不安そうな顔で青年がクロワッサンの顔色を伺う。
クロワッサンは小さな口で意外とパクパク食事をしている。機嫌はいいのか悪いのか。先ほどまでの会話でいけば悪いだろうが、表情だけ見ればそうでもないように見える。
「レライ・ハンドニクス。あなたにも尋ねようと思っていました」
「お、わ、私ですか?」
「ええ。一昨日の昼過ぎ、どこに居ましたか?」
青年は俺を見てきた。
分かりやすい反応をしてくれる青年だ。あんまり駆け引きとか折衝とかやったことがないのだろう。青年の年でうまかったら、それはそれで怖いけど。
お好きなようにと肩を竦めて俺は新たなるデザートに取り掛かる。
「結界場です。一年は初めての実技でしたから」
「その後は?」
「ちょっとありまして寄宿舎に戻って、次の授業で一棟に戻りました」
青年はあの侵入者の一件は言わない事にしたらしい。
「寄宿舎に戻ったのはあなた達二人だけ?」
「はい」
「その時、誰かに会わなかった?」
「誰か……とは?」
「誰でもいいわ。教師でも生徒でも、それ以外でも」
「いえ、特には……」
「では戻るときに火柱を見なかったかしら?」
「いえ……何も」
「そうですか」
クロワッサンは一つ頷いた。
「ところで王家に受け継がれる『試金石』という能力を知っていますか?」
青年は首を傾げ、申し訳なさそうに謝罪したが、クロワッサンは気にした風もなく話を続けた。
「試金石というのは金の純度を調べる時に用いられます。採掘した金の価値を測る手法としては容易で危険もありません」
はぁと相槌をうつ青年。
「王家の試金石とはそれに似たものです。
我が国は周辺国に比べて国土は大きいとは言えません。肥沃というわけでもなく、基盤は鉱山資源に頼るところがあります。それ故に資源を守るため少ない人力で軍備をまかなう必要がありました。
屈強な戦士はもちろんですが、それよりも一人で何百という兵力となる魔導師が必然的に求められ、それを見出せる者に権力が集中し現在の王家へと至りました」
御国のプチ歴史講座に、青年は盛大に戸惑っていた。
何が言いたいのか分からないといった様子で、それでも一生懸命考えているようで言葉を返す。
「ええと……では王家の試金石というのは魔導師を?」
「そうです」
正解に、青年はホッとした顔をした。
「私たちは見ただけでその者の魔導師としての力を測る事が出来ます」
「それはすごいですね」
「生来のものです。特別すごいというものではありません」
息が出来るからといってあなたは『すごい』とは思わないでしょう? と、青年のよいしょをあっさり切って捨てるクロワッサン。
青年はどう反応していのか分からなかったのだろう。顔を笑顔のまま引き攣らせ、曖昧に頷いた。
がんばれ青年。あとでいくらでも慰める。だから頑張れ青年。俺はデザートが早く食べてと急かしてくるので手が離せないのだ。これさえなければ俺だって青年の援護などいくらでもしたのに、実に残念だ。
「意識する事なく日常的に見ていますが、最近はあまり強い力を持つ者はいませんでした。一昨日までは」
「一昨日ですか……」
「一昨日、学園の結界が揺れていました。そしてその時、火柱があがっているのを見ました」
「火柱……」
「まさか初級詠唱魔術で結界が揺らされるとは思いませんでしたが、それを成した者の力は相当なものでしょう。それだけの力を持つ者が教師をしているだけというのは宝の持ち腐れだと思い聞いて回ったのですが誰一人として当てはまる者が居ませんでした」
「先生方ではないと……?」
「ええ。クレイスター・クライム先生がそうだと言われましたが、彼の力ではそこまでの炎は出せません。良くてたき火程度でしょう。何故隠すのか分かりかねますが、仕方がないので学院にその日居た者全てを対象として調査しました」
クロワッサンはナプキンで汚れてもいない口元を軽く抑えると、こちらにひたりと視線を合わせた。
要りません。その真面目な視線要りません。
「あなたたち以外、どこで何をしていたのか判明しています」
「…………」
青年頑張れ、沈黙しちゃ負けだぞ!
「一昨日、どこで何をしていましたか?」
「……………………」
青年、こっち見んな。クロワッサン、目つきこえーよ。
「…………」
「…………」
……………………………………………あぁもう分かったよ。
「先生に怒られて水ぶっかけられて着替えてた」
「火柱は?」
「先生なんだろ?」
「違います」
「じゃあ宇宙人の仕業だな」
「う、うちゅう?」
「我々は宇宙人だと自己主張も甚だしい体格子供の極細生命体だ」
「ご、せ、せいめいたい?」
「言っておくが探しても無駄だぞ。奴らはシャイで有名だ。会いたいと思っている奴は会えなくて、へっそんな奴いるわけねーよと思っている小心者の前に現れる」
「待ちなさい。何の話をしているのです」
「え? 知らないの? 宇宙人は有名だよ? 奴らの技術はとてもじゃないが真似できないと言われてるんだよ? 火柱ぐらい簡単にやっちゃうでしょ? 空飛ぶ円盤持ってるならそんくらい出来ちゃうでしょ」
「技術? そらとぶ、えん?」
「まぁ空飛ぶ円盤が奴らの持ち物だとは分かってないけどね」
「一体何の事なのですか」
やや苛立ったようにクロワッサンがこめかみを抑えるので、俺は追加説明した。
「空飛ぶ円盤っていうのは、まんま空を飛ぶ円盤状の物体のこと。一般的に未確認飛行物体の一種とされてて、目撃された形態が円盤型とか皿の形をしてる。常識的に考えて人工的な飛行物体と考えにくい異常な形態のものも含める場合があるけど、まぁそれはいいとして、色は銀色。UFOいこーる空飛ぶ円盤って言われる事が多いけど、意味合い的にはUFOの方が科学的で空飛ぶ円盤の方がオカルトちっくな感じかな?
ちなみに空飛ぶ円盤が宇宙人のものだと確認されれば、定義上はUFOじゃなくてIFOとなっちゃう」
「……全く分からないのですが」
「まだまだだね~ 下々の情報は仕入れておいた方がいいよ。そんじゃごちそうさま」
合掌。
カチャカチャと皿をトレーに片付ける。
「………何をしているのです」
「何って片付け?」
「必要ありませんが」
うん。かわいい女の子が片付けてくれるのは知ってるよ。でもね、この量の食器を片づけさせるのはしのびないでしょ。いくらそれが仕事だと言っても目の前でまだ食べてるクロワッサンと青年が居ては近づけないだろうし、それに――
「俺、男だしね」
「は?」
「勝手にやってることだから気にしなくていいよ。じゃあ青年とごゆっくり」
「え!?」
「あと、質問したければいくらでどーぞ。
………いくら青年を問い詰めても仕方ないと解ってるだろ?」
「…………」
「…………」
無言になった二人に肩を竦め、俺はさっさと食器を片づけに席を離れた。
俺はあんまり化かし合いというのは得意ではない。が、黙っていようとしてくれる青年ばかりに押し付けるわけにもいかないだろう。ああいえばクロワッサンは直接俺を相手にするだろうから、これで青年はまだ大丈夫だろう。
問題は俺がどこまでクロワッサンを煙に巻けるかという事だけだ。
………面倒だよなぁ。
なんて憂鬱に呑気に考えていたら、追いかけられるわ追いかけられるわ追いかけられるわ。お前はストーカーか。金魚のフンごとくしつこくしつこくしつっこく。
あれ以来有名人がついてくるものだから俺まで悪目立ちして何やかんやのやっかみを言われる始末。
どうもクロワッサンは天才と言われる類らしく、十二歳にしてこのエントラス学院に入り僅か二年で最終学年に進級している。卒業までは秒読みと言われ、上から男女男女女と男女比率若干女高め兄弟の中でも希代の魔導師になると評判の末っ子。その名も――その名も………その名も…………なんだっけ?
なんかもーその縦ロールが強烈すぎてクロワッサンクロワッサン言ってたらクロワッサンで定着しちゃったよ。
「なぁクロクロ~」
「何ですかそれは。何度言えば分るんですか。クロワッサンでもクロクロでもありません」
「便所ついてくるつもり?」
「…………さっさと行きなさい」
「はいはい」
頼むから出待ちとか止めてね。
客室としか思えないようなトイレに入りほげ~としながら用を足す。
あー……もー………めんど……よし出よう。
手を洗い、そのまま小窓を開けてよいせと身を乗り出しじゃーんぷ! と、大げさに言うまでもなく着地。一階だから当然だ。
などと巫山戯ている場合ではない。クロクロに見つかる前にさっさと部屋に戻ろう。寄宿舎まで戻れば男女で分かれているのでさすがに来ないだろう。授業サボることになるがもういい。もう面倒い。寝る。疲れた。一ヶ月も我慢した俺はえらい。
「キルミヤ!」
泣いていいかな……
数十メートルも歩かないうちに前方から来るのは生真面目似非関西青年。
「どこ行ってたんや、次の授業始まるで!」
駆け寄る青年に俺はため息をついた。
「クロワッサンに例のごとく付け回されてたんだよ。巻こうとしても巻こうとしてもいつの間にか現れるとかこわくね?」
「まさかさっきの授業中ずっと?」
「ずっとだよ。延々延々延々延々延々ずーっと。疲れたよ」
「そ、それは大変やったな」
「ということで俺は帰って寝る」
「なんでやねん」
青年にはたかれ、俺は膝をついた。
「え? お、おい!? 大丈夫か!?」
まさかはたいただけで膝をつくとは思っていなかったらしく、慌てだす青年。慌てるぐらいなら普段から優しくしてほしい。切実に。
「いや……俺ってほら身体弱いでしょ?」
「侵入者を撃退しといてどの口が言う」
「えー……」
そういう問題ではないんだけど……
「もーいいから……寝る………」
「は? ここで?」
ずるずると草むらに倒れこみ、俺は目を閉じる。
どーせここは二棟と一棟の間の裏で誰も来ない。昼食まであと二つ授業あるとなればもはや寝るしかない。
となりでぎゃーぎゃー言っている青年を無視して俺はさっさと夢の国へと旅立っ……
………。
このままだと出席日数が拙いだの点が取れなければ退学になるぞだの、嫌な思い出しか蘇らない単語を並べ立てる青年のおかげで旅立てない。
いやもう、本当、勘弁して。まじ勘弁して。
寝たいのよ。心底、本当に寝たいのよ。
冷たくなっていく手足の感覚に、状況の悪さを自覚させられる。これは学院に着いた時よりも相当やばい。青年を説得する気力も無く、これは意識を手放せという事だなと納得して、俺は思考する事を一切止めた。
「待ってください」
その瞬間、思わぬ声が耳朶を打った。
俺の肩に掛けられていた青年の手が外れ、影を感じる。
「どうしたのです?」
今度はクロクロの声。
ここまで来ちゃったかと残る意識がぼんやり考えていると、聞きなれない低音がすぐ傍で発せられた。
「病弱なものを執拗に追い回すというのは王族に限らず人としてあるまじき行為だと思いますが、何を考えておいでなのでしょう。ベアトリス様?」
………え? あれ?
遠のく細い意識を寸前で掴み、俺は薄ら目を開いた。
そこには間違いなく、同室の少年が居た。物凄い怖い目をして。
無表情というのは見慣れてきたが、それは見たことが無かった。
「……………あなたは?」
「名乗ったところで貴族ではありませんからお分かりにはならないと存じます」
戸惑うようなクロクロに、少年は冷たく返した。
「それは……私を侮辱しているのですか?」
クロクロの声は微かだが震えている。
「侮辱? あなたは己の事しか見えていませんね。まっさきに出てくる言葉がそれですか?」
少年の目がすっと細められ、感情というものが消えていく。
「目の前に倒れている者がいるというのに口に上るのが名乗りだの侮辱だの」
……をいをいをい。ちょっとまてまて。何でいきなり一触即発な状況になりかけてるの。おちおち寝てられないじゃないか。雑魚並みの体力すら無いっていうのに。
「もうすぐ授業が始まります。お戻りください」
少年の慇懃な言い方にクロクロは何も返すことなく、去っていく足音だけが聞こえた。
……まぁ、何事もなければいいですよ。動かないでいいならそれに越した事はないですよ。
起き上がろうとして力を入れた腕を脱力させる。
「あなたも授業に遅れますよ」
「え………や、せやけど……こいつ」
クロクロに対するより幾分柔らかい声。
何が気に障ったのか分からないが、クロクロと少年は相性が悪いらしい。悪いで皇女相手にあの態度は拙いだろうと思ったが、考えてみれば俺も大して変わらない事をしているなと苦笑が漏れた。
「いつまで狸根入りしているんですか?」
………あ。ばれてる。
目を空ければ、先ほどまでの冷たい顔は無く、最初に会話を交わした時のような柔らかな苦笑があった。ついでに青年の姿もなく、いつの間にか俺と少年だけ。
「そこまでなるまで付き合わなくともいいのでは?」
「付き合ってねーよ。どこをどー見たらそうなる」
追いかけまわされた以外のなにものでもないだろう。この少年の目は節穴か?
「寄宿舎までは追って来ないと思いますが?」
「万一来たら鬱陶しいだろ」
「それは………僕がということですか?」
「いや俺が。男子寮に抵抗なく来るようになったら俺の安息地が消える」
本気でそれは困る。絶対安全圏が無くなるなんて考えただけでぞっとする。
「来ないだろうと踏んでいるのに、そんなになるまで付き合うのは馬鹿ですね」
「お前なぁ、人の話聞いてた? 付き合ってないって。追い回されてただけで。
それに少年。馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞ」
「はい。そうですね」
あっさりと頷かれ、俺は用意していたもろもろの言葉を廃棄処分せざる得なくなった。
「…………………………………つまらん」
「すみません」
謝罪の言葉だが、明らかに笑いを堪えている。
俺はごろりと転がり少年に背を向けた。
……やだー! こいつやだー!! なんかやだぁ~!
何でこんな子供にやられてんだよ俺は。頑張れ俺。経験年数は間違いなく上……上だよなぁ? 年齢的にも上だし、精神上も上で間違ってないと思うんだが……なんかなぁ。
何とも言えないものが少年にはある。クロクロに向けたあの目とか。
俺の常識は所詮平和な世界の二十数年と、ここでの十七年だけ。過酷な人生を送ったわけでもないので判断は難しいが、あの目は余程の事があったんじゃないかと思わせる。
それにしても……
「あれは言い過ぎだろ」
「え?」
「クロワッサン泣いてたぞ」
微かに震えていた声は反発だったのかもしれないが、クロクロのこれまでの反応からしてそれだけじゃないだろう。話をしていてかなり単純な性格だというのは分かるし、それに一生懸命になって周りが見えなくなるタイプなのだろう。周りが見えなくなるだけで、見えれば見る事が出来るだろうから、正論を突き付けられれば脆く崩れてしまいそうなところがある。
それに、何故か俺の態度はお咎めなしで通ってきているが、いつ何時それが覆されるかもわからない。少年が貴族でも何でもないというのなら余計に言動には気を付けた方がいいだろう。ここは立法国家ではない。
「くろわっさん? ……あぁ皇女の事ですか。すみません、苦手なので」
「苦手って……大した拒否反応だな」
「……すみません」
「謝る必要はないけど、正論が通る世界はあんまり多くないと思うからなぁ」
「………そう……ですね。自重します」
ほんの少し肩を落とし、沈んだ口調で少年は言った。
おお。すごい素直だ。俺と真逆か。何の嫌がらせだろうか。
「そんな素直な反応されるとわが身が痛いんだが」
「痛い? キルミヤさんは素直だと思いますが?」
ちょっとした嫌味を言えばきょとんとした顔が、真っ直ぐな目が、ぐりぐりと俺のみみちい部分を抉ってきた。
「やめて……精神攻撃やめて……」
あまりの攻撃に俺は溜まらず顔を覆って弱者アピール。
「冗談です」
「まてこらてめぇ」
ガバリと起き上がり少年を睨む。が、笑われた。
……ぅあーー! なにこいつ! なにこの敗北感!
「少しは楽になりましたか?」
はい?
傍らで膝をつき、こちらを覗き込んでくる少年。
俺はハタと目を瞬かせ、手のひらを見た。指先から感覚が消えていくような冷たさが無い。
え? ………なんで?
「お前、何かしたの?」
「少しだけ。その体力の無さ、原因は分かっているようですね」
「成長期だからな」
間髪入れずに俺は返した。
「そうですね」
間髪入れずに返された。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ごめんなさい」
「あの、謝られても困るんですが」
じゃああの沈黙をどうやって崩せと? 圧力釜もびっくりの圧力に他の手段など何一つ思い浮かばなかったわ。
俺は中途半端な態勢を胡坐に移し、膝に肘をついて少年を見上げた。
「で? 少年の見解は?」
「見解……ですか?」
「そう。根拠があって言ってるんだろ? それともカマ?」
「カマかと聞いている時点で肯定しているも同然でしょうに……」
「もうめんどーなの。手短にしたいの」
「はぁ。見たままの適当な反応………」
分かってるよ。分かってるから。そこはそっとしといてください。体力無いとね、いろいろ考える気力もなくなるんだよ。
「いえ、えっと、以前封印の話をしましたよね?」
懇願に気付いたのか、無理矢理な感じに進めてくれた。最近のガン無視っぷりからすれば随分と優しい。
俺は記憶を探り少年の言葉で検索をかけた。
「あー……したね」
そもそも少年と会話したのは出会ったあの日と今日だけだ。そんなに言葉を交わしたわけでもないので該当はすぐに見つかった。
「あの時は気付きませんでしたが最初にかけられたものとその次にかけられたもの、二つの封印がされています。一つめの封印は他者の力を核として成されていますが問題は二つ目、上に重ねがけされている方です」
「ふんふん」
封印だとかふぁんたじーだなーと思いながら、とりあえず頷いておく。
「それはあなた自身の力を核としています。力を封じているのにあなたから力を引き出し、それでさらなる封印を。はっきり言って正気の沙汰ではありません。普通なら死んでいるところです」
「………んー……やっぱ?」
「やっぱり?」
知っていたのか? という顔に、俺は肩を竦めた。
「カロリー不足だとか成長期だとか気分で見て見ぬふりしてたけど、さすがに疲れすぎるもんなー。不健康体の時より劣るってさすがにな。俺でも変だとは思ったけど、不吉な事は全力でスルーが基本だったし?
即死かじわ死か言われたらもう後者しか選べないっしょ。ねえ?」
込みあがる笑いを宥めながら言ったら、鋭い視線に射抜かれた。
「その場で殺されるか、それともその封印を受け入れるか二択を迫られたのですか」
…………え……?