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災種能転  作者: うまうま
第一章 小心者は状況把握に努める
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第一話

 草の上に身体を投げ出した俺の視界を埋めるのは、どこまでも続く蒼。隔たりなどなく流れる雲はさながら自由の使徒のごとく。手をかざせば、青年期に突入した角ばった手が視界に入った。

 よく育つよなぁこの身体。前の身体はザ・モンゴロイドって感じで小さかったのにこうもあっさり追い越してしまうとは……

 高校の時から伸び悩んだ身長をさくっと超えた時は遺伝子の力を強く感じてしまった。もっとも、周りも身長ある者ばかりなので俺だけがのっぽさんというわけでもなく、これみよがしに自慢できる取り柄でも無いのが残念ではある。

 かざした手を頭の後ろに戻したとき、蹄の音が聞こえてきた。

 音からして商隊の荷馬車ではない。商隊はもっと重たい感じだし、空の箱馬車でもない。これは単騎、いや二騎? 三騎? と、推測していたところで思い出した。

「あぁ……そういや言ってたな。どうりで屋敷中が騒がしかったわけだ」

 ……めんど。

 ごろりと寝返りを打って、俺は晴れ渡る空に背を向けた。

 ぽかぽかと日差しが暖かく、湿度のないさらりとした風がうまい具合に吹いてものすごく心地いい。

 あぁー日向さいこー。ぬっく……

 気持ちよく寝入ろうとしていたら、息を弾ませた、どことなく俺に似た男が木々の間から飛び出して来た。

「やっぱりここにいたか!」

 二十代前半の若者で、俺より青味の濃い青褐色の髪。日本人の感性を未だに持っている俺からしてみれば彫の深い顔立ちでその癖あんまりごつくもない、綺麗どころが好きそうなお姉さま方にもてるだろう容姿をしているという、視界に入るだけでむかつく奴。俺の従妹ことおかんの兄貴の息子、グラン・パージェス。御年二十四歳だった。

 グランは寝転がっている俺の隣に腰を降ろした。

 座んなよ。誰が許可した。

「私が来ているのに気づいていたんだろ?」

 俺の無言のアピール、通称『背中語り』をスルーして声かけてくるグラン。

「屋敷を探しても見当たらないから、もしかしてと思ってみたらやっぱりだったな」

 スルーされたのでスルー仕返すものの、意に介さない。

「どうだ? みんな元気にしているか?」

 誰が答えるものか。人の昼寝を邪魔する輩に。

「ああ、そうだ土産があるんだ。都ではやっている粉菓子だぞ」

 俺はむくりと起き上がり、差し出されていた紙包みを受け取りガサガサと包みを開けて出てきた円形の焼き菓子をほお張った。

 そんなの……そんなの出されたら………起きないわけにいかないじゃないか!

「全く。変わってないな」

 『仕方がないなこいつは』と笑うグラン。

 いや仕方がなくないから。と、俺は真面目に思う。

 こいつは糖類がどれほど貴重か分かっていない。ここでは純粋な糖類を手に入れようとすればそれなりの金が必要になる。通常甘味として使用されているのは多くが蜂蜜で、あとは果実と根菜類が少々。砂糖はほとんど手に入らない。

 幼い頃、こりゃかなり物流が限られてるとこに生まれたなぁと勘違いしていた俺は、何とかその手の流れを作れないものかと地方領主をしているらしいおっちゃんの書架を漁って、まずは地理と直近で代わりになる植物が無いか調べた事がある。周りの大人に聞かず自分で調べたのは、何の因果かよくある補正という力の働きなのか、俺に変な力が付加されていて、それを知らずに――皆そうなのかなーって純粋に思って――言ったら怖がられてしまいましたとさ。

 まぁ考えてみれば日本であろうとなかろうと、変な力があったら不気味なのは違いない。そういうわけで一応おかんが現領主の妹かつ現領主がシスコンだったから生活は保障されたが、それ以外はなるべく触らず近づかず。

 俺は祟り神か! と突っ込みそうになったが、ここの言語に『祟り神』なるものはなく、ついでに、言っても意味が通じないしその反応も分からないでもないと好き放題の単独行動権を手中に収める事となった。

 そういう経緯があるので、甘味を求めた俺が書架で調べものをしても誰も気に留めない――というか、留めないようにしていた?――環境の中、ごそごそと目ぼしをつけていたものを探し当て、よしよしと己に満足しながらさっそく調査だと張り切った直後、打ちひしがれた。

 ち……ちっがーう! いやまて、それ以前にこれどこの地図!?

 あまりに衝撃的過ぎて、三歳児が地図広げて真顔でブツブツ言うという姿をさらけ出してしまった。でも俺としてはかなり必死で、上下逆さまにしたり、離して見たり近づけてみたり、他にも地図は無いのかとさらに漁ってみたりして、結論にたどり着いた。

 たぶん、地球じゃない。

 しかしこの時はまだ望みを捨てていなかった。けれどこの後、国土の歴史が載っていそうな本を開いて敢え無く確定に変わった。

 俺が生まれた国はセントバルナ王国。そう、王国。しかも、開国三百年は下らない由緒ある王国。使用される言語は大陸言語の一つと言われ、それを使えればとりあえず大陸内の主要国であれば不便しないと記されていた。

 うちの言葉って、余所でも使えるんですよ~ すごいでしょ~ という国自慢はどうでも良かった。問題は、そんな国際的に認識されていそうな国を俺が知らないという事。だから理解した瞬間、頭を抱えて蹲ってしまった。異世界に転生とは、我ながら意味不明な事をしてしまったと。

 輪廻転生の思想を完全否定するだけの材料を持っていなかったので、転生のそれ自体は胎内に居た頃から受け入れていたのだが、さすがに異世界ともなると受け入れがた――くもなく、俺は五秒程で復活した。

 何しろ悩んでも腹は膨れない。要求しなければ甘味どころか飯も貰えないので、成長途中にある身としてはそこだけは押さえなければならない。うだうだやっている暇があるならいずれ放り出されても生きていけるようにしておくか、それとも何とかして現状の環境を改善しなければならない。たとえそれが異世界だろうと何だろうと変わりはない。

 ま。なんとかなるっしょ――で、現在進行形ニートの俺。

 そんな俺が高級食材兼滋養栄養剤である砂糖を手に入れられるわけもない。しかし糖類が取れないと俺の手は震え脂汗だらだら流し幻覚に襲われる。などという事はないが、血走った目になる。糖類探して。

 それを知ってなのかグランは新たに出来た幼い弟、つまり俺に菓子の類をせっせと運んできた。本来なら俺が菓子を食べられる機会などないのだが、この男が雛に餌を与える親鳥のごとく運んでくるので禁断症状を出す事なく過ごせている。

 有り難いのは間違いないが、礼など言おうものならしてやったりの顔をするに違いない。それは何か癪に障るのでぷいっと背を向ける。が、苦笑混じりにもう一つ差し出された包みを抵抗なく受け取る自分がいた。

 あぁ……俺はなんて意志が弱いんだ……こうやって飼いならされてるって分かってるのに……手が、手がぁ……

「屋敷に戻ればまだまだあるぞ」

 指についた粉砂糖をいじきたなく舐めながら、グランの言う屋敷に視線を向ける。

 小作用の小さく区切られた畑が広がる向こうに、古びた小さな洋館が申し訳程度に俺とグランの視線を受け止めた。

 今頃、屋敷では出来る限りの準備をしてグランを待っている事だろう。

 次期当主と言っても、パージェス家は貴族の末席。出世など相当無理をしなければ出来ない位置にある。それをグランはやってしまった。今は中央で仕事を任され、出世頭の頭目として話題の人となっている。パージェス家にとってみれば、期待の星。神様仏様グラン様。

「せっかくお前が戻ったんだ。無粋な真似はしたくないね」

「何を言うんだ。お前の家なんだから無粋も何もない」

 まぁ住処には間違いないな。と、思いつつ欠片を口にほおりこむ。

「みんな元気にしてるよ。エイナは大きくなった。少しだがしゃべれるようになっているらしい」

 もごもごしながら言えば、二歳になる妹の話題にグランは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「エイナが? それは楽しみだな。父上はどうしている?」

「変わらずだ。お前の出世を自慢してまわっている。下手に敵を作るだけだってのに」

「ははは。まぁあの人はそういう人だからな。で、お前はどうしてた?」

「俺?」

「そう。お前。毎日こんな所にいるわけじゃないんだろ?」

「べつに~」

 二つ目も平らげ、再び寝転がる。

「何にもしてねぇよ。晴れればここで、雨降ってたら地下室で寝てる」

「またお前は……地下室は牢獄なんだからやめろと言っているだろ」

「いいじゃん。誰もこないし静かでいいとこなんだよ」

「…………静か、か」

 意味ありげにグランはつぶやいた。

「お前、屋敷を離れようとは思わないのか」

「なんで?」

「居心地が良いとは言えないだろ」

「そうか? 三食昼寝つきの待遇はかなり居心地がいいと思うぞ」

「そうやって誤魔化すな」

 向けられたのは真面目な声音。

「お前が留まるのは私の為なんだろ? ここなら中央の奴らの目も届きにくい。ここに居る限りお前の存在は隠される。私の弱みにならないように、隠れているんだろ?」

 隠しきれない苦さを隠そうとしながら、グランは口早に言う。その姿に俺は毎度のことながらため息が出た。

 はじまったよ…………これ始まると止めるの大変なんだよなぁ………

「なに自意識過剰な事を言ってるんだか」

 一先ず恒例の切りかえしに心底呆れたという顔に半眼をプラスして向けてみるが、グランの真剣な顔は小揺るぎもしない。仕方がないので、毎度毎度言ってると分かっている繰り返しを実行する。

「俺程度がお前の弱みになるかよ」

「なりうるさ。お前の力はそれだけの意味を成す」

「はっ。地獄耳程度がか? 中央は噂好きのおばちゃん集団かよ」

「……すまない」

 頭を下げるグランに、思わず俺も声を大きくしてしまう。

「だから! お前の為に居るわけじゃないって言ってるだろーが」

「そうだったな……」

 ここまで言って俺が心底面倒そうにしていると、そのうちグランは固い表情ながらも終いにする。

 やれやれと俺は肩の力を抜いてもう一眠りしようとした。

「やっぱりお前はここに留まっていたらいけないな」

「あん?」

 グランは唐突に立ち上がると、寝転がっていた俺を無理やりに立たせた。

「これから私と一緒に屋敷に戻るんだ」

「はぁ? やだよ面倒くさい」

「そうか。――フェイ」

 三十代程の赤茶の髪を短く刈り込んだ男が現れ、面倒くさがる俺の後ろに立った。

「な、何だよ。力ずくか?」

「まぁそうだな。但し、屋敷にではない」

「は?」

「フェイ、例の場所へ。キルミヤ、お前にはしばらく学院へ行ってもらう」

「はあ?」

「すでに学院側には話は通してある。パージェス家の者が世話になる、と」

 ……え? 何言っちゃってんのこいつ? いや、まじで何言ってんの?

「をいをいをい。無理だろそれは」

「慌てる事はない。お前の事を知る者は誰もいない」

 呆れかえる俺に、グランは無駄に自信満々に言い切った。

「じゃねーよ。俺が何も知らないって言ってんだよ」

「なにしろエントラス学院はここから馬を飛ばしても三日は掛かる場所だからな」

「人の話聞けよ」

「ああ、すまない。父上には私から話しておく。キルミヤは早く学院に行きたくて挨拶もそこそこに行ってしまった。とね」

「無視かよ。ってかエントラスって魔導学の最高峰じゃ……」

「なんだ知っているんじゃないか」

「そこだけ聞くなよ!」

「やっぱり縁があるんだな。よし、フェイ」

 グランの指示でがしっと俺の腕を掴む赤茶髪の武闘派っぽい男。

「え……」

 嫌な予感しかしない俺をよそに、赤茶男は生真面目な表情を崩さず主に対して頭を下げると機敏に踵をかえした。むろん、俺の腕は掴んだまま。

「うおっ! ちょ……ちょっと待て! まじか!? まじでか!? 冗談抜きで今からか!? おいおーい。フェイさーん? 俺何にも持ってないんだけどー」

「用意は既にしてある」

 呑気にお見送りの清々しい笑顔を浮かべているグランの言葉通り、少し歩いた先に二頭の馬が木にくくりつけられていた。

「あー……準備のよい事で。さすがグラン」

 それで三騎の音だったのかと、もはや乾いた笑い声しか出なかった。

 さようなら俺の平穏……

 さようなら俺の三食昼寝付き自堕落生活………

 荷物のように馬に固定された俺は、半笑半泣きのまま運ばれていった。


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