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災種能転  作者: うまうま
    孤独な者は孤独を知らない
15/21

第一話

「フェリア様、もう直でございます」

 使用人の声に目を開け、外に目を向けた。

 光りが差し込む小さな窓の向こうには、広大な森の中に建てられた学院の姿。幾つもある棟は全て赤茶色で統一され、それぞれが別の建造物でありながら全体で一つの巨城のようにも見えた。

 セントバルナ王国が興ったその時代に建てられた、エントラス魔導学院。

 セントバルナに留まらず大陸の中においても最高峰と呼ばれる魔導学の名門。ここを卒業すれば誰もが一目置き、こぞってその力を欲すると言われている。

 車窓から覗く力の象徴に、口が笑みを形作った。

「いよいよでございますね」

「ふん……」

 興奮気味な使用人の声が耳に障り、腕を組んで目を閉じた。

 私が一々期待しているとでも思っているのか? エントラス魔導学院に入る事など当たり前だ。魔術の素質があると分かった時からこうなる事は当然だったのだ。父上の思惑があっただけで遅れたのは私の能力不足によるものではない。

 遅らせた父上の思惑とて、サジェスにとって必要だと判断されたがゆえのものだ。サジェスの人間としてそれに反対する事などしない。

「旦那様も奥様もいくらエントラスとはいえお手元から離されるのはご不安だったのでしょう。けれどフェリア様がこちらにご入学される事はご自慢にされていますよ。今日も議会が無ければここに――」

「うるさい」

「………申し訳……ございません」

 貴様などに言われるまでもない。サジェス家の人間は皆何がしかの役割を担う。その責の重さを私が知らないとでも思っているのか。

 使用人ごときが口出しする事自体癇に障る。

「まぶしい」

 すぐに窓にカーテンが掛けられる気配がした。

 瞼の裏も暗くなり、少しは落ち着くかと思ったがあまり変わらなかった。

 ガラガラと車輪の音が耳について煩い。

「フェリア様……」

「なんだ」

 おどおどとした使用人の声で、目を閉じていてもこちらの機嫌を伺っているのが手に取るようにわかる。

「本当に宜しいのでございますか? 慣習があるとは言っても他家の方々は一人は連れておりますよ?」

「ベアトリス様が誰か一人でも連れているのか」

「いえ……しかしエントラスは王家の直轄領でございますから……」

「貴様は私一人では不安だと言いたいのか」

「い、いえ! そういう事ではなく御身が」

「黙れ」

「……」

 荷を運ぶ手が要るからと連れてきたが、それすらも鬱陶しくなってきた。

 今すぐにでも馬車から蹴落としてやろうかと思っていると、喧しい人の声が聞こえ始めた。

 着いたか。

 そう思い、目を開けるとほどなくして馬車の振動が止まり、御者から到着したと声が掛かる。

 そそくさと降りた使用人の男が置いた踏み台を降り、私の視線は並んだ馬車を一瞥した。

 家紋に見覚えがあった。子爵位のギット家と、伯爵位のレシーア家。ギットはサジェスに近いため交流はあるが、レシーアはサーハルト侯爵よりで接触は無い。

 サジェス、サーハルト、サイリスの三候中、このエントラスに居るのは私、サジェスのみ。サジェスはもともと魔導師団との繋がりが薄いため、その補強が出来れば他家よりも、より優位な状況に立てる。

 そうなれば私も……

 一瞬浮かんだ兄達の顔を、私はすぐに振り払った。

「フェリア様、式まで今しばらく時間がございますが如何なされますか」

 学院側の案内だろう男を横に、尋ねてくる使用人。

 私は察しの悪い男に苛立ちながら指示を与えた。

「荷を運べ。終わったら許可はいらん。戻れ」

「で、ですが……」

 ちらっと辺りに視線を向ける使用人。

 その先には親を連れて式場へと入っていく子供の姿があった。

「貴様は何度言えば理解する。それとも、その用無しの耳を切り落とされたいのか」

 使用人は蒼褪め、獲られまいとするように耳を抑えた。私はそれを冷めた目で眺める。

 馬鹿かこいつは。こんな場所でやるわけがないだろう。

「さっさと行け」

「はいっ」

 慌てて離れる使用人から視線を外し、先ほどから沈黙を保っている男に向ける。

 教師が纏うのは濃紺のローブ。教師以外の補佐をしている者は白。それ以外の雑用は緑系統。男が来ているのは白のローブ。ならば、男は教師の補佐をしている教師見習いだ。

「教師見習いか」

「式場へ案内致します」

 二十代後半に見える男は愛想の一つも浮かべず事務的な口調で言った。

 エントラスは、入学した者全てを平等に扱う。生徒は生徒でしかなく、そこに身分は適用されない。実技では怪我をする事もあるため、そこに身分を適用していては教師の数が激減するためだろう。今はまだ式を終えていないため礼を尽くしているのだろうが、侯爵家の人間に対するものとしては最低限にも届いていない。

 だが、ここで学院の心象を悪くするのも後々面倒になろうと黙って男の先導で式場へと入る。

 式場には、まだ生徒は少なかった。

 入学出来る人数は年に三十名。集まっているのは十名に満たない。普通に考えれば侯爵家である自分が先に待っているという状況は有り得ないが、身分を問う事をしない特殊な場所だと理解していればある程度この異常な空間にも平常心で居られる。中には待たされる事に不満を吐き出している者も居るが、こちらから見れば失笑の対象だった。

 くだらない存在から視線を外し、水晶を加工して作られた魔術具が照らし出す式場を見回す。

 式典に使われるようなホールでも、謁見の間のような造りでもない、椅子が並べられたその空間は知識として有していても実際に目にすると奇異に映る。わめいていない者の中には、この造りに興味があるのか、しきりに辺りを見回している者もいた。

「あ……フェリア様!」

 落ち着きなく見回していた一人がこちらに気付き、足早に駆け寄ってきた。

「フベルトか」

 ギット家の次男で十五。来月で十六になる、ぎりぎり先組に部類される相手を見て、笑いそうになる。

 無駄に肉のついたその身体で魔術師を目指す? エントラスを出て魔導師団員に? おめでたい奴だ。

 他国では魔術師と言えば身体を動かさない人種を示す。しかしセントバルナにおいてそれは大きく異なる。並みの軍以上の働きを一人で発揮するのが、セントバルナの魔術師。その巨大な力があるからこそ、他国に比べ領土も資源も少ないセントバルナが対等に渡り合えるのだ。

 それを理解している輩がこの中にどれほどいることか……

「お久しぶりです! お待ちしておりました!」

 耳から頭に響く高い声に眉を顰め、その場の椅子に腰をかける。

 目で座れとやればすぐに隣に座って暑苦しく身を乗り出してきた。

「フェリア様が成績トップだとうかがいました! さすがフェリア様ですね!」

「あんなもの大した事ではない」

 捻りも何もない問題ばかりでは間違える方がおかしい。ただ記憶に留める。たったそれだけの事で何を間違えようというのか。

「ですが全問正解したのはフェリア様だけです! 他にも一問間違えた者が居るとは聞いていますが全問は」

 一問?

「誰だ」

「え? えぇと……たしか最近話題になっている者の縁者だとか……」

 話題……いい意味かそれとも悪い意味か? 悪い意味ならこいつはもっと反応するか……

「三侯(ゆかり)の者か」

「いえ、全く。家柄はあったと思いますが、元老院に所属していない相手だと……あ、そうです、パージェスです」

 パージェス? 話題に上るような……いや、当主の方ではなく次期当主(グラン)という輩か。兄上と父上の話に出て……

「パージェスが次男を送り込んだと言われていました」

「次男だと? パージェスに子どもは一人ではないのか」

 父と兄の間では次期当主の話しか出ていなかった。他に子供が居るという話は聞いていない。

「いえ、私も詳しくは知りませんが領地から全く出ず、ずっと隠されていたとかいないとかで」

「名は」

「名前は……存在を耳にしたのは先日で……他の者もおそらくそこまでは」

 言いよどむ無能(フベルト)

 知らなければ知らないと素直に言えばいいものを、己を誇りたいがための自尊心が高く、そのくせ己よりも強い者には媚を売る卑しい輩だ。

「フェリア様、遅くなりました」

「別に開始までに居ればいつ来ようと各家の勝手だ」

 空いているもう一つの隣に、身を小さくして座ったのはラデク。子爵位を持つバルターク家の三男で十六。昨年どころか一昨年に入学する事も出来たくせに、何を考えているのかよく分からない男だ。

「おいラデク、パージェスの話は聞いているか?」

「パージェス?」

 焦ったような口調のフベルトに、ラデクは眉を潜めて聞き返した。

「パージェスの人間が入ってくる話だ」

「……グラン・パージェスの弟の事か?」

「そう! それだ!」

 煩いと目を細めるラデクに気付かず、フベルトは勢い込む。

「名前は!?」

「少し落ち着け、声が大きい」

 ラデクの制止にハッとしたようにこちらを見て乗り出した身を引っ込め、頭を下げるフベルト。

 そのまま大人しくしていろと手を振り、ラデクに続きを促す。

「で、お前は何か知っているのか」

「申し訳ありません、名前などは……ただ、全く領地から出ず、何の働きもしていないので居ない者として扱われているようです」

「居ない者……」

 そいつが本当に一問だけ間違えたというなら、グラン・パージェスが隠していた可能性がある。

 今までサジェスに近い者がセントバルナに入る事は無かった。サジェス()が入る事を知ったグラン・パージェス――その後ろに居る者が、接触か牽制か何か目的を持って送り込んだかもしれない。

「気にされる程の相手ではありませんよ。フェリア様が一番なのですから」

 ラデクの軽い口調にそれもそうだなと呟き、ぞくぞくと入ってくる生徒の顔を見る。

 半数強は先組。半数弱は後組か。常より後組が多い。

 見知らぬ顔のどれかがパージェスだろう。自信に満ちた目をしているが、それもすぐ現実を知って曇るだろう。あんな試験ごときで苦戦するようでは私には到底追いつけまい。

 時間となり、集まった学生の人数を数えている男が焦ったような顔をして複数の教師に報告している姿があったが、少しして何事もなく式は始まった。

 式ではこちらから何かをする事は無く、ただ無駄な話を延々と聞かされるだけだった。事前にエントラスの教育内容は調べていれば、具体性に欠ける表面上の説明など時間の浪費以外でしかなかった。あまりにも無駄な時間に、教師の顔を順に眺めていてある事に気付いた。

 学院長が、居ない?

 最初に気付くべきだったが、中央でも高く評価され魔導師団長と同等の力を持つと言われる女魔導師の姿が無い。普通に考えれば居て当たり前の人物が居ない事に戸惑うが、理由など分かるはずも無かった。

 父上に報告するか? いや、父上ならば既にご存知の事か……

 式が終わると同時に式場を出て、紙束を手にした白のローブを見つけ寄宿舎の場所と部屋を聞く。

 親との挨拶をする者が多い中、寄宿舎に向かう者は少ない。これから半年は会えなくなる為、それを補うように別れを惜しみ、またはより良い成績を修めるように言い含められ、言い含められている方は自信満々に笑顔で胸を張っていた。

 私はそれらを横目に何の感慨も浮かばず寄宿舎へと足を向けた。

 ふと私以外にも寄宿舎へと向かう者がいる事に気づき前を見れば、群青色の髪をした後組らしき男が一瞬、馬鹿騒ぎをしている親子たちに冷めた目を向けていた。

 その冷たい眼に、私は口元が緩むのを感じた。

 そう。あんな庇護されるだけの脆弱な人間など相手にならない。真に強き者は誰の手も必要としない。ここに父上、母上、兄上達が居ないのは、私にそれだけの力があると認めてくださっているからだ。

 首飾りを服の下から取り出し日にかざす。

 銀で造られれた(ノスリ)が翡翠を守るように両翼で抱き、鈍い輝きを放っていた。

 ノスリはサジェス家の家紋。そしてこれはサジェス家の者であるという証であり、サジェスの力を使う事を許された者であるという証。

 父上、兄上達が持つ中で私だけが持つ事を許されなかったそれを、今手にしている。

 高揚する気持ちを表に出さないよう服の下に仕舞い、私は寄宿舎へ向かった。

 二階の部屋へと入り、下人のそれと思われるような質の悪いベッドに腰掛ける。そして向かい側にはもう一つのベッド。

 何故、これだけの敷地を有しておきながら個室ではないのか。

 理解不能な決まり事だが、相手が分かっているので今はどうでもよい。少々煩いと思う程度だろう。もし邪魔になれば外に出るよう命じればそれで事足りる。

 クローゼットを開けると、屋敷から持ってきていた荷が収納されていた。

 机にも屋敷で使っていたように魔術書が並べられている。その一つ手に取ってベッドに戻り、革張りの表紙を撫でた。

「これは私だけの力……兄上達にはない、私だけの力……」

 だから、私はここで私だけの力を得て、私だけにしか出来ない事をする。そうすれば……

 無意識に言葉が口から出てきたとき、ドアが勢いよく開かれ騒々しい足音ともにまるまると太った塊(フベルト)が入ってきた。

「早くしろ! 先に片付けておく事も出来ないのか!」

 後ろについてきている使用人に怒鳴り、低い鼻をピクリと震わせて腕を組み睨みつける。使用人は恭しい態度を保っているが、慣れた様子でフベルトを視界から外して手を動かしていた。

「っ! フェリア様!?」

 私の事が見えていなかったのか、初めて気付いたという顔をしてこちらを見るフベルト。

「もしや同室……で?」

「そのようだな」

「っ失礼しました!」

「何をだ。別にお前は何もしていないだろう」

 使用人を使っていただけで、動いてはない。まぁ煩いが。

コンコン

 開け放たれたドアをわざわざ叩く音がした。

 目を向けるとラデクが呆れた目をフベルトに送ってからこちらに姿勢を正した。

「フェリア様、食堂で上級生に話を聞けるそうですよ? 如何でしょう」

「ほお」

 それは面白い。

 私は本をベッドに置き、ラデクの横を抜けた。

「あ、お待ちください! 私も行きます!」

 後ろで喚いているフベルトに、ラデクは辟易した顔で溜息を付いた。




「こちらです」

 ラデクの先導で進んだ先には、大きな扉が開け放たれ、中で談笑している生徒の姿が見えた。

 長椅子も用意されておらず、あるのは夥しいテーブルと座り心地の悪そうな椅子。とても寛ぐ空間には見えなかったが、生徒はそこで自由に座り話している様子だった。

「お待ちしておりました、フェリア様」

 馴れ馴れしく名前を呼んで来たのは、王家(至高)の金を幾重にも薄めたような髪の男だった。

「私は五年のクレール・ベルクと申します。以後お見知りおきを」

 腰を深く折って正式な礼をしてみせる男に頷けば、三人の男が待つテーブルに招かれた。

 男達は私が近づくと立ち上がって名と家の爵位を並べていく。私はそれを聞き流しながら座り、右にラデク、左にフベルトが座った。

「フェリア様が入られると聞き、今か今かと待ちわびておりました」

「我々はこう見えて二年飛ばしで五年になっております」

「フェリア様のお力になれる事も多いかと」

 椅子の背から身体は離していないが、互いを牽制しつつも一歩前に出ようとしている。大方、私に取り入りたいのだろう。私を招いた見え透いたその動悸に、小物だなと口元が歪む。

「という事は、先輩方は三年と四年を駆け足で上られたという事でしょうか?」

「まぁ」

 ラデクの問いに、ここまで招いてきた薄い金髪の男が手にもった茶器をテーブルに置きながら答えた。

 置かれた茶器には赤い液体。香りから薔薇紅茶か。

「少しばかり早いという気もしましたが……」

「何を言うクレール。我々は魔術を操る力が抜きんでていたのだ」

「姫様とまではいかないが、姫様を除けば我々以上の使い手は居ない」

「教師のうち実技担当以外は実際負ける気がしないしな」

 最後に自分の前へと茶器を置いた男は視線を同期の男たちへと向ける。

「……そこが問題だと思いますが。失礼、話が逸れました」

「クレールはつまらない事を気にするからな」

「フェリア様この男の話は聞き流していただけますか。実になるものなどありませんから」

 嘲笑う男たちに、クレールと呼ばれた男は曖昧に笑うだけだった。

 なるほど。この男はこの中で一番身分が低いのだろう。だから給仕の真似事もさせられているというわけだ。

「それよりも、エントラスに入学されたというのはやはり魔導師団へと?」

「フェリア様は魔術師としての力を高く認められています。そうなれば当然……」

 それ以上は必要ないと言うようにラデクが笑いかけると、横から口を挟まれた事に不快を表す男達。だが答えを得られた事を理解すると、一転、満足そうな顔をした。

「そうでしたか、そうですよね、サジェス家の方ともなればそれも当然です」

「我々も翌年にはその予定でいますから、そういう意味でも親睦を深めておけば何かと良い事もあるでしょう」

「それに既に中級魔術については完全に制覇しておりますから、実技が始まったらいろいろとお教えできる事もあるかと思います」

 中級……ならば意味はない。

「ベアトリス様は今年卒業なのか?」

 私の問いに、曖昧な顔になる男達。

「姫様はもうすぐにでも卒業出来ると言われているのですが」

「卒業される気配は全くないのですよ」

「もしかすると、王宮に連れていきたい相手でも居るのかもしれないと、これは噂ですけれどね」

「……何かお考えがあっての事とは思いますが」

 最後に控え目にそっと呟いた男は茶器を口に近づけた。

「では学院の講義には出席されていないのですか?」

 口々に自分達がその相手かもしれないと馬鹿な考えを繰り広げる男達にラデクが問うが、己の考えに夢中で聴こえていない。

 一人沈黙していた男は茶器を口から外し、ラデクに小さく頭を下げて口を開いた。

「講義は全て終えられておられます。今は個人術の開発中だと言われておりますが……」

「個人術?」

 初対面の――というより、相手の身分が分からない状況では大人しくなるフベルトが、自分よりも下だと見たのか身を乗り出した。

「ええ。卒業の条件は上級魔術を三属性以上扱えるか、個人術を開発するかのどちらかです。個人術は魔術書に記載されていない全く新しい術の開発です。これで卒業された方はここ数十年では先代の魔導師団長と魔導師団員二名だけです」

 それに私も加わる予定だ。ベアトリス様は既に三属性を扱えるのだろうが、向上心の強い方だから個人術開発に拘っているのだろう。

 フベルトは子供のように目を輝かせているが、それがどれだけ難しい事かは解っていない。ラデクはフベルトに半眼を向けて薄く笑っている。

「あぁ噂をすれば」

 男の視線が私の後ろへと伸びる。顔を向けると、数名の女性に傅かれるように守られた至高の金が在った。

「姫様!」

 椅子を蹴立てる勢いで駆け寄っていく上級生(男達)。食堂に居た他の者の視線を途端に集めるが構いもせず突き進んでいく姿に、私は思わず笑った。

「フ、フェリア様……」

 私の笑みに震えるフベルトと、呆れた溜息を吐くラデク。

「申し訳ありません。彼らは少し……周りが見えなくなるところがありまして……」

 言葉を濁しながら薄い金の頭を深く下げる男。

「ラデク」

「はい」

 男を無視して席を立ち、着いて来ようとするフベルトを視線で止め、声を大にしてベアトリス様に取り入ろうとする馬鹿どもの所へと足を進めた。

「本日もご機嫌麗しく」

「よくよくお会い致しますが、これも何かの運命でしょうか」

「僅か二年で最終学年へとなられた姫様に追いつけるのはもはや我々ぐらいでしょうから、そのような者達では会話も低能でつまらないでしょう」

 男達の言葉に対して女性たちは眼を吊り上げて前へと出ていた。

「失礼にも程がありますわね。いくら学院が表の爵位に影響されない空間と言っても、それが品格ある貴族の言いようですか」

「本当に品性がありませんわ。貴方方のような者が姫様に近づく方がどれほどつまらない事か」

「所詮魔術だけのお方は違いますわね。迷惑しているのがお分かりにならないなんてご実家で再度教育を受けられたら如何ですか?」

 夜会では男に守られながらその目を光らせているだけの存在が、ここではどうやら本性を表すようだ。それでも男達は諦める気など微塵もなく、邪魔そうに女達を追い払おうとしている。

 私は口論を続ける者達を避け、ベアトリス様に近づき腰を折った。

「お久しぶりです。ベアトリス様」

 陛下と同じ、くるりと巻く金の髪を背に垂らしたベアトリス様は二年前に見かけたときよりも随分と背が伸びていた。

「貴方は……」

「フェリア・サジェスです。二年前の御生誕会ぶりです」

「サジェス……」

 顔を上げると、ベアトリス様は翡翠のような碧玉を私に合わせていた。

「そう……では一つ、良い事を教えましょう。

 ここはエントラス魔導学院。外の常識は通用しない所と思いなさい。私も貴方も、ここではただの学生です。そこに例外などありはしません」

 意味ありげな視線を、口論を続けている男に向け、そしてこちらにさらに鋭い眼を向けてきた。

「どのような思惑あってか知りたくもありませんが、無益な争いを起こすような真似は慎むことです」

 冷徹そのものの声音だった。敵意と言っても過言ではない。

 少なくとも、二年前に会った時は普通に会話をする程度だった記憶がある。ここまで拒絶される理由が分からず、私は束の間硬直していた。

「イーリス様、ヘルタ様、テレージア様。

 せっかくお誘いいただいたのですけれど、あまり騒がせて新入生を驚かせるのも申し訳ありませんし、ここで失礼させていただきます」

「まあ! 姫様が気を使われる事などないのですよ?」

「そうですわ、礼儀もなっていない頭の中だけ子供の愚図が悪いのです」

「こんな機会でもなければ姫様にお声を掛けて頂く機会など無い者も少なくはないのです」

「ええ。もちろん承知しております。けれど今しかないというわけではありませんから。せっかくお話しするのでしたら落ち着いての方が皆さまとも仲良くなれると思いますの」

 王妃譲りの整った顔立ちで微笑むベアトリス様に、女達は残念そうな顔をしたがそれ以上は強く言わず、守る様に寄り添い食堂を後にした。

「フェリア様?」

 ラデクの声に、私は停止したままの自分にようやく気付いた。

「……何でも無い」

「誰でもあのような者を近くにしていれば苛立ちもします。まだまだお会いする機会もありますよ」

「…………」

 ちらちらと寄せられる視線に気づき、私はベアトリス様を追うように食堂を出た。

 ラデクはこちらに近づいた馬鹿な男どもの前に立ちふさがるように動いていたので、こちらに来る気配は無かった。

 一人になったところで思い返される碧眼に、まだ頭が混乱している。

 サジェスは王家とも繋がりが深い。過去、王妃を出したこともあれば、皇女を下賜された事もある。財力も武力も三候の中で最もあり、王家が最も頼りとするのがサジェス。

 何より、ベアトリス様の母君はサジェス家に連なる者。他家の妃を母とする殿下達などより頼りにされて然るべき間柄だ。二年前は、緊張した顔で儀礼的な会話を交わしただけだが、あのような敵意を向けられてはいなかった。

「……何故?」

 答える者など居ないと分かっていても、呟かずにはおれなかった。

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