半分の未来
世の中は、YESかNOで決まっている。
その夜は給料日だったということもあって、おれはアルバイト仲間の数人とずいぶん遅くまで飲み屋をまわっていた。
だから気付けば夜の新宿の街を歩いていたというのも不思議ではなかった。
ぼんやりとしか働かない頭に、居酒屋やどこかの金融会社の名前がでかでかと描かれた看板のイルミネーションが飛び込んでくる。流星群が目の前に落ちてきたみたいな、光の渦。それらをどこか遠くの景色のように感じながら、雑然とした街中をふらつく足で進んでいた。
どこに向かっているのかよくわからない。
夜はとっくに更けているのに道のあちこちに人がいる。それはネクタイをゆるめたサラリーマンだったり、どこかのクラブに雇われた茶髪の呼び子の青年だったり、化粧の厚い女の人だったりする。
見慣れた夜の東京。
どこから湧いてくるのか、絶えることのない人ごみにぶつかりそうになりながら、車道のわきを歩く。
耳が痛くなるほどの雑踏。身体のすぐ横を緑のタクシーが走りぬけていく。人の声と、いろんな騒音とがミキサーで混ぜたみたいに乱暴にほうり込まれていた。頭痛がする。それから吐き気も。
どこか人目のない場所で――せめて、路地裏かどこかで体を休めたほうがいいかもしれない。
真っ赤なシャンデリアのように派手に光るビルのあいだを縫い歩く。
おぼつかない足取りでビルの隙間をのぞきこむと、路地におかれた室外機がうなり声をあげていた。その横で青いテントが窮屈そうに張られている。使い古した絨毯を裏返してつかっているような布地の、怪しげなテント。
それがひっそりとたたずんでいる。
テントの入口らしい場所には「ろてん」と下手くそな平仮名で書かれた木製の看板がぶらさがっている。どうやらなにかを売っている店らしいが、いったいなにを売っているのか、肝心なところはわからない。
新宿の通りはなんども歩いたことがあった。こんな店は見たこともない。怪しいとは思いつつおれは引き寄せられるように足を向けていた。
古びたカビのような色をしたテントが、おいでおいでと手招きしているように見えたから。
毒々しいライトの雨から遮断されたテントの内側は簡素なランタンがぶら下がっているだけで、ほの暗い。間違って廃墟に迷い込んでしまった子供みたいな気持ちになった。ランタンの下では、テントと同じように小汚いフードをかぶった小柄な老人があぐらをかいて座っていた。
そのひとが老人だとわかったのは「いらっしゃい」というしゃがれた声がしたからだ。
老人の周りにはガラクタのような正体不明の品物が円を描いて並べられている。どれもこれも幼稚園児の落書きを引っ張り出してきたみたいに奇妙な形だ。
不思議と酔いがさめたような気がして、おれは品物のひとつを手に取った。
「それがお望みかね」
老人の枯れた声がする。
おれが手にしているのはコンビニで売っているクッキーの箱くらいの大きさをした機械で、中央におおきな液晶画面が設置されている。そのまわりにはおそらくマイクで音声を吹きこむらしい場所と、ろてん、と白い文字で書かれたサインが見える。
どうやら機械のなかには精密機械が詰まっているらしく、耳を近づけてみると時計のようなカチ、カチという音が聞こえてきた。
「これ、なんですか?」
おれは老人に尋ねた。
「それはたしか――なんだったかな」
老人は首をひねる。
「思い出した。そいつはな、世の中の真理を教えてくれるもんだ」
「真理?」
思わず聞きかえす。
「そのとおり、真理。こいつに質問をすると半分の確率でかならず正解がかえってくる」
「どういうことですか?」
「たとえば右の道へ行くべきか、左の道へ行くべきかというような質問をする。すると50%は正解の道を、残りの50%ははずれの道を指し示す」
「それじゃあ役に立たないじゃですか」
「そう焦るな。今のたとえは確率がちょうど半分半分のときのことだったが、もし宝くじの券が当たるかどうかを質問したとしよう。当たる確率はほんのわずかだが、この機械を使えば半分にまで確率を高めることができる。当たる、当たらないの2択だからな。そうすれば大儲けというもんだ」
「ふーん」
おれはその手のひらに収まりきらないくらいの箱をしげしげとながめた。
黒いプラスチックにおおわれた外装にはところどころ小さな傷が刻まれている。だがそれが年季物なのか、まったくの新品なのか見分けがつかない。
なんだか面白そうな気がする。おれは黒い箱の裏側を確認したが、値札らしいものは付いていなかった。
「値段はいくらなんですか」
「そいつに『値下げをしてもらえるか』という質問をしてから、考えよう」
老人はフードの下からおれをあごでしゃくった。
「ほれ。やってみい」
「はあ」
半信半疑で黒い箱に「値下げをしてもらえるか」と質問する。すると画面にいくつかの光の筋が走り、YESという文字を描きだした。おれは老人のほうを見る。
「どうだった?」
「YESでした」
「そうかい。それなら――」
酒代ですこしは減ったとはいえ、給料日の直後でおれの財布はうるおっていた。だから、老人の言い値のままその怪しげな機械を買ってしまっていたのだ。
翌朝、頭のなかで鉛玉を転がしているような鈍痛で目をさました。どうやら無事に帰って来られたようだ。一人暮らしのアパート部屋は万年床のベッドと、ノートパソコン、それからゲームセンターで取ったぬいぐるみで彩られている。
床には脱ぎ散らかした衣服のあと。
酔っ払っていても、服を脱いでから寝る習慣は忘れなかったらしい。痛む頭でそれを洗濯機まで運んでいくと、なかにほうり込んだ。
「んあ?」
脱水槽にいれた洋服から、なにか固いものがぶつかったような音がする。調べてみると見覚えのある黒い箱が姿をあらわした。途端に記憶がフラッシュバックする。
怪しげな露天商から買ったよくわからない機械。いま思えば酔っぱらいにまがい物をつかませる商売だったのだろう。泥酔して判断力の鈍った客にインチキな商品を売り付けるのは簡単だ。
変なものを買ってしまったな、と後悔する。
おれは得体のしれないそれを見やった。
取扱説明書なんてシャレたものはどこにもついていない。クーリングオフなんて気の利いたサービスが通じる相手でもないだろう。
「これ――燃えるごみになるのかな」
とくに意識しないで口をついた言葉にも、機械は律儀に反応した。
YESという文字が液晶に表示される。
「……壊れちゃいないみたいだが、あてになるのか?」
今度はNO。
ぼんやりした記憶を探ってみると、たしか半分の確率で必ずあたる機械だと説明された覚えがある。つまり、本当の答えがYESなのかNOなのか判別がつかないということだ。
これはやっぱりとんでもない代物をつかまされたのかもしれない。早速ゴミ袋に入れようとしたのだが、ふと老人の言葉を思い出して手をとめる。
宝くじが当たる確率も、半分にまで引き上げることができる。そうすれば大儲けだ。
――それってどういうことだ? よく考えてみる必要がありそうな気がする。
だが、二日酔いで鈍った頭を働かそうとすると、すぐに鈍痛が思考を妨害した。そのせいで、なかなか考えがまとまらない。
「おれは人間である。マルかバツか?」
とりあえず手当たりしだい質問をしてみることにする。
ひょっとしたらそのなかにヒントが隠されているかもしれない。老人はこの機械が真理を教えてくれるといっていた。もし、万が一、上手い活用法を見つけられたら億万長者になれる可能性がある。
液晶に表示された答えはYES。正解だ。もういちど同じ質問をする。今度はNO。
どうやら答えがあっている確率はほんとうに半分らしい。せっかくならすべての質問に正しい答えをくれればいいのに。
そのとき、携帯電話のアラームがうるさく鳴りひびいた。あわてて時計を見ると大学に行かなければならない時刻になっていた。
例の箱をベッドに放り投げ、急いで髪のセットに取りかかる。鏡に映った自分は二日酔いのひどい顔つきだ。
「これじゃ合コンにも誘われないよな」
ひとり鏡に向かってつぶやく。
乱れた毛布の上で、YESという文字が光った。
「なあ、もし半分の確率で絶対に答えがわかる機械があったらどうする?」
大学の食堂で、数学を専攻する友人に尋ねる。
大盛りのラーメンをすすっているその友人は、眼鏡をくもらせながら答える。
「そういうものがあったらの話か?」
「そうだ」
「ふむ……実に面白い」
どこかで聞いたようなセリフをつぶやいて、友人はラーメンをよそに考えはじめた。
「たとえば、明日人類は滅びるか、という質問をしたとしよう。答えはふたつ、滅びるか、滅びないかだ。これが半分の確率で当たるというのなら、そのふたつの選択肢は同じ確率で現れる。だけど当たっているか当っていないのかはわからないから、結局明日にも人類が滅びる可能性は半分になる」
「小難しくてよくわからないんだが、要はどういうことだ」
「そいつは未来を変えられる可能性がある」
おれはテーブルの下の見えないところでガッツポーズをした。
理屈はよくわからないが、とにかくおれはすごい機械を手に入れたらしい。
「ただ、あくまで確率を引き上げるだけのことだ。けっして自分の思い通りに操れるわけじゃない」
「ありがとう、すごく助かった」
「まったくどうしたんだ急に。SFものの小説でも読んで混乱したか?」
「そんなところだ」
「小説といえばぼくも最近面白い小説を読んだんだが――」
伸びきったラーメンを食べながら話す理系の友人の言葉は耳に届かない。これからの明るい未来をどうやって過ごそうかと悩んでいたところだったから。
未来はYESとNOのフィフティフィフティ。
正しい答えを選ぶのはおれ自身だ。外れる可能性も半分、当たる確率も半分。はっきりいって運の境地だろう。いままでさしたる不幸も、大きな幸福もありはしなかったから、おれの運がどのくらい残っているのかはわからない。
第一、運が有限なのかさえはっきりしないのだ。
どちらかわからないなら、右を選べと誰かがいっていた。迷ったら、右だ。
だが、右とはどちらだ? YESとNOに左右はない。
「ま、どっちでもいいか」
そうつぶやいて、おれは黒い箱を愛でる。とんだまがい物かと思っていたが、どうやら世紀の大発明らしいそれは相変わらず時計のような音を立てている。
「さて――」
とおれは自宅のベッドの上で腕を組んだ。
二日酔いのぬけた頭はすっきりと稼働する。これなら大丈夫そうだ。
「どうやったら効率的に稼げるかな」
それが大きな問題だった。
あたる確率が50%ということは、外れる確率も50%になる。どれだけリスクを抑えながら金儲けができるかというのが今後の課題だ。
株の売買、FX、宝くじ、競馬……いろいろアイデアが浮かんでくる。
このなかで一番手っ取り早いのは宝くじなのだろうが、もうすこし結果がはやく表れるもののほうがいい。友人のお墨付きがあるとはいえ、おれはまだ疑心を捨てきれないのだ。
となると、選択肢はひとつだった。
バーチャル株取引というものがある。適当な銘柄を入力すると、まるで本当に株式を購入したかのようなシュミレーションができるのだ。株価が高くなったら売ればいいし、低くなったら損をする。そのときにはしっかり手数料もかかるというのだから、テストをするにはもってこいだろう。
テレビのコマーシャルで流れている社名を手当たり次第に買いあさっていく。もちろん、機械に質問するのは忘れない。
株価が上がる確率と、さがる確率が同じなら、致命的な損失はないだろう。
むしろ利益が上げやすいかもしれない。株で得をする人よりも損をする人のほうが圧倒的に多いのだから、五分の確率であるとはいえないだろう。
それを、おれが捻じ曲げるのだ。
ぞくぞくと快感が背中を伝い上ってくる。力を得るとはこういうことなのか。
結果はすぐに表れた。
百万円の元手ではじめたのだが、自分でも驚いたことに百五十万になっていた。株価を調べてみるとどれも軒並み上昇している。どうやら市場が反発したらしい。
「あぁ……」
感嘆のため息が漏れた。
これが本物だったらおれはあっという間にお金持ちになっていた。バイトの給料半年分だ。
いける、という確信を得て、こぶしを握る。楽しくなってきた。
おれは銀行からありったけの預金を引き出してくると、その足で競馬場に向かった。馬場の入口で売っている予想屋の新聞を一部買うと、なるべく人気の低い馬をしらべる。
狙うのは大穴のみだ。
1000円が何百倍にもなってかえってくる。かけ金が1万円なら、あっという間に億万長者だ。
おれはリュックサックに入れた黒い箱をていねいに取りだした。
こいつを使えば有り得ない未来を手繰り寄せることができる。どんなに確率の低い出来事だって、フィフティ・フィフティにできるのだ。
自然と浮かんでくる微笑を必死でこらえる。
アルバイトでちまちま稼ぐような小金ではない。サラリーマンが一生をかけて稼ぎだすような大金が、労せずして手にはいるのだ。そう考えただけで、うすら笑いが止まらなくなる。
「この馬券は当たるか?」
という質問を機械に吹きこむだけでいい。それだけで夢の未来が半分だけ手にはいる。
答えはYESでもNOでも構わないのだが、縁起を担いでYESと答えの出たものだけを選んで馬券を買っていく。
いくら50%といえど、しょせんは確率。未来を完ぺきに操れるわけではない。人事を尽くしたあとは、天命を待つのみだ。
レース場は野性的な熱気に包まれていた。
競馬はたまにあそぶ程度で、あまり真剣にレースを見たことはない。
けれども今日ばかりは狙いをつけた馬に視線がくぎ付けになる。よく見ると、意外と凛々しい顔立ちをしている。
これならやってくれそうだ。
スタートの合図が鳴る。一斉に走り出す競走馬。荒々しい筋肉が躍動する。序盤は出遅れた。だが、レースが進んでいくにつれて徐々にその差は詰まっていく。
土煙がまきあげられる。
最後の直線に入った。その差は二馬身。ラストスパートをかけるが、相手の馬も黙ってはいない。残る気力を振りしぼって逃げきろうとする。
あとすこし。
スローモーションのようにゆっくりと馬同士が近付いて行き、並び――そして、抜き去った。
直後にゴール。
会場に馬券を破り捨てる軽快な音と、いくつものため息がこだまする。
おれは、数百万円を手にしていた。
大金をふところにおさめた帰り、宝くじ売り場を見かけておれは足をとめた。何億円、という文字が広告に踊っている。
いままでは遠い存在だった金が、すぐそばに感じられる。
おれはさらなる快感を覚えていた。
競馬で儲けた大金をすべて宝くじにつぎこんだらどうなるのだろう。いったいどのくらい稼げるのだろう。
そう思った瞬間には、足が動いていた。
帰り道は万札でなく、リュックサックいっぱいに詰めこまれた宝くじの券の重みを感じながら歩いた。
次の日も、おれは黒い箱を膝に乗せていた。
目の前にあるテレビには、有名なクイズ番組が流れている。4択形式の問題を、解答者がどんどん答えていくというものだ。10問連続して正解すると夢のような金額の賞金がわたされるわけだが、そこまでたどり着くひとはほとんどいない。
こういった問題数のおおいクイズは不向きだということがわかった。
あたる確率が半分ということは、はずれる確率も半分ということだ。つまり問題が続けば続くほど、連続して正解する確率は低くなる。
「YES」「NO」
のふたつの文字が浮かんでは消えていく。
そして、ふと思った。
二択以外の質問をしたらどうなるのだろうか。たとえば、アメリカの大統領の名前はなにか、というふうに。そうすると、どんな答えが返ってくるのだろう。
「おれは何月何日生まれでしょうか?」
わくわくしながら画面をのぞきこんでみるが、応答はない。しばらく間をおいてからこんどは違う質問を投げかけてみたが、まるで壊れてしまったみたいに動かない。
黒い画面に映った自分の顔が、不思議そうに自分を見つめかえしている。
どうやら二択以外には答えを示せないらしい。YESとNO。それが世界の真理なのかもしれない。
ところが、しばらく時間が経ってから宝くじの結果を確認すると、おれは我が目を疑わざるを得なかった。
あざ笑うかのようにハズレばかりだ。
何千枚と山のように積まれている券を片っ端から調べても、十枚買えばかならず一枚当たる程度の成果しかあげられない。そんなのは必然であって、運がいいわけでもなんでもない。
「なんだ……どうしてだ?」
おれの見落としがあるのかもしれない。
そう思って引換所に持っていくと、痛々しいほどの現実が目の前に突き付けられた。
返ってきたのはわずかに三万円。それだけだった。
失意と絶望にまみれながら家へ帰ると、おれは黒い箱を思い切り床にたたきつけた。
なにが真理だ。
とんだ出まかせじゃないか。考えてみればなにか音声を吹きこむたびにYESかNOを表示させるプログラムくらい、簡単につくれるはずだ。
それこそあの怪しげな店で商売をしている老人にだって。
おれは無性に腹が立って、騙された自分にも怒りをぶつけたくなった。とんだ大損をしたものだ。
「くそったれ!」
未来への片道切符だったはずの黒い箱は、いまやただのガラクタ以下のゴミ同然の品物だ。しばらく期待の反動からくる失望と、頭のなかを煮えたぎるような憤怒とが渦を巻くように交錯していたが、冷蔵庫からビールをとりだして一気飲みすると、すべてがどうでもよくなってきた。
そういやあのときもこんなふうに酔っ払ってたんだっけ、というようなことをおぼろげに思いながら、おれはベッドの横で寝入ってしまっていた。
目をさますと、おれは足元に黒い箱が転がっているのに気づいた。
そいつをかかとで蹴飛ばして、ベッドの下の狭いスペースに封印する。真っ黒な外装は、暗闇によく溶け込んだ。
「ばかだよな、おれも」
そう呟いて、日常の生活にもどる。
ちょっと高い人生の授業料を払ったと思うことにした。もう忘れよう。そして、よく勉強をしておこう。いくつかの決意を抱きながら大学の講義の準備をする。
ベッドの下ではNOという文字が光を放っていた。
「まったくの嘘っぱちじゃねえか。すっかりだまされたぜ」
愚痴る相手は数日前に太鼓判を押した理系の友人だ。
たまたま校内で見かけたので食事に誘ったのだが、やはり文句のひとつでもいわないと気が済まない。
「なにがだ?」
「半分の確率で答えがわかる機械のことだよ。あんなもの使ったって未来が変わるはずないじゃねえか」
「いや、そんなことはない」
「そんなことある」
「モンティ・ホール問題というものを知っているか? 現状や未来に関する情報をもっているかいないかで、未来に対する確率はうんと跳ね上がるんだ。だから半分とはいえ問題の答えを知ることができるのなら、未来は手元に引き寄せられる」
「そんなわけねえだろ」
このあいだはすっかり信じ込んでしまった友人の言葉だが、いまはまったく信用できない。どうしてあの怪しげな老人がハイテクな機械をもっているものか。そんなはずない。
「どうしようと僕はかまわないが、君は間違っていると思う」
「ああそうかい」
頑固者め。
おおかた間違っていた責任をとらされるのがいやで、否定しているんだろう。べつにラーメンをおごってもらおうなんて考えちゃいない。
未来を変えられるなんて、そんなドラえもんのように便利な機械があるわけないのだ。
おれはいつまでたってもラーメンを食べる前に眼鏡をはずさない友人をながめながら、くもったレンズがまるで、もやのようだと思った。
あくる日の夜、おれはまた新宿の繁華街を歩いていた。
こんどは酔っ払っていない。あらゆるものがはっきりと形をもって頭のなかへ流れ込んでくる。だが、油の焦げたような匂いのするビルとビルのあいだ、薄暗い路地裏にはビール瓶やエアコンの室外機が散らかっているばかりで、テントのようなものは見当たらない。
暗闇に溶け込んでいるのではないかと勘ぐって路地をのぞきこむ。スーツ姿の中年サラリーマンが泥酔して眠りこんでいた。
おれは起きる気配のない人影をいちべつしてから、その路地裏をあとにした。
どうしてこんなところを訪れる気になったのだろう。まだどこかに期待が残っているからかもしれない。ちょうど砕け散ったダイヤモンドのかけらが、キラキラと光を反射するみたいに。
翌日、大学に行く途中、また宝くじ売り場が目にとまった。
おれはすこしの逡巡のはてに、わずかな望みをかけることにした。
1枚だけ買った宝くじは、見事に外れていた。答えはNOだ。
確率は難しいです。
でも、こういう考え方もアリだと思います。