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【第四章:白紙の指揮官】

バイ指揮官は、くしゃくしゃになったオールドマンの資料を握りしめ、自室のデスクへと戻った。


新式武器デバイスの配備と訓練通知、各部隊の駐屯地変更の通達――。山積みの書類が彼を待ち受けていた。 彼はオールドマンの資料を無造作に放り投げ、書類の山から一枚を抜き取った。


『臨時統合議会の決議により、統合開発部(R&D)から新型の通信端末コミュニケーターが配備されるまでの間、各部隊の指揮官はハイ議会の領域内へ集結すること――』


バイ指揮官は手元の通達に目を落とす。


(――各部隊のトップを集めるだと? 上層部の連中、一体何を企んでやがる……)


『前線での戦略的要請、並びに戦術パラダイムの移行に伴い、統合開発部が設計した新式武装アサルトウェポンを前線へ一斉配備する――』


二枚目の通達。そこに印刷された見慣れぬ設計図に視線を移す。 剣の柄、いしゆみの引き金、そして長く伸びた金属の筒――。 バイ指揮官の眉間が険しく歪んだ。


(――新型兵器? なんだこの奇妙なガラクタは……)


バサッ。 書類を机に投げ捨て、背もたれに深く体重を預ける。指先で眉間を強く揉みほぐした。


(――得体の知れない新兵器に、明日には見知らぬ土地への異動。おお、我が聖光ホーリーライトよ……。どこからともなく湧いて出た敵のせいで、世界はめちゃくちゃだ……)


再び目を開く。 視界の端に真っ先に飛び込んできたのは、あのオールドマンの顔写真。 ギリッ、と唇を噛み締める。書類の山に埋もれた絶望的な戦報を睨みつけた後――彼は弾かれたように立ち上がった。


オールドマンの資料を鷲掴みにし、猛然と荷造りを始める。 最低限の私物を纏め終えると、逃げるように執務室を後にした――。


翌朝。 荷物を抱えて執務室を出ようとしたバイ指揮官は、扉の前で部下のバイ斥候スカウトと鉢合わせた。 不機嫌そうに目を細めた彼の視線が、斥候の腰で揺れる見慣れぬ物体に止まる。


「お前の腰にあるそれ……何だ?」


「ハッ、指揮官殿! これが配備されたばかりの新型兵器であります! とんでもない代物ですよ!」 斥候は興奮気味に、腰の奇妙な筒を抜き放つ。 「あの統合開発部の連中、煙草の火種に使ってた燃焼水晶ファイア・クリスタルを兵器に組み込みやがったんです! 弓や弩なんか目じゃない威力でして!」


軍刀サーベルにも満たない短い筒。バイ指揮官は不信感を露わにする。 「こんなオモチャが……軍刀より頼りになるとは思えんがな」


「いやいや指揮官殿、見かけによらずコイツは軍刀よりも――」 新しい玩具を与えられた子供のように、斥候は筒をいじくり回す。


「わかった、もういい」 頭痛を堪えるように手を振り、部下の言葉を遮った。 「纏めた荷物を外の台車へ運んでくれ。急いで新しい任地へ向かわなきゃならん」


「ハッ、直ちに!」 敬礼を手短に済ませ、斥候はそそくさと荷物を運び出した。


二人が外へ出たその時――。 ガガガガガガッ! 遠くから、鼓膜をつんざくようなけたたましい駆動音が鳴り響いた。


鉄の塊を繋ぎ合わせた無限軌道キャタピラが、巨大な金属の箱を支えている。騎鳥の牽引もないまま、その異形の車両ビークルはゆっくりと司令部の門前へ滑り込んできた。 荷物を抱えたまま、バイ指揮官は呆然と立ち尽くす。


(――今度はなんだ?)


プシューッ、と金属の扉が開く。 中から顔を出したトーテム・ゴブリンが、外へ向かって大声を張り上げた。 「ヨォ、人間ども! 統合議会の迎えだ。バイ方面の指揮官たちだな? さっさと乗り込みな!」


(我が聖光よ……。議会のインテリどもは、一体どんなバケモノを創り出しやがったんだ……)


乗り込んだ車内では、同乗した他部隊の指揮官たちがざわめいている。 バイ指揮官は席を立ち、激しい横揺れに足元をふらつかせながら、運転席のゴブリンへ歩み寄った。 「……騎鳥より少しばかり鈍重だな」


「ヨォ――心配すんな。速度は落ちるが、こいつは疲労知らずだ。ハイ議会の領地までノンストップでぶっ飛ばせるぜ」 ゴブリンは突き出たペダルを荒々しく踏み込む。 座席の跳ねる振動に顔をしかめ、ゴブリンが悪態をつき始めた。


「クソッ、洞窟に引きこもってやがるドワーフの呑んだくれどもめ! 燃料の混合比がおかしいって言ったのに聞きやしねぇ! おかげでケツが割れそうに痛ぇじゃねぇか!」


やがて車両はハイ議会の領域――エルフの絶対的聖域へと足を踏み入れた。 しかし、そこに広がっていたのは見慣れた森ではない。無骨な金属パネルで覆われた巨大な建造物群が、空を遮るように林立している。


バイ指揮官は絶句した。 かつての神秘的な面影は微塵もない。圧倒的な視覚の暴力が、彼の常識を根底から粉砕する。


(――聖光よ……。これが本当に、あの誇り高きエルフの国だというのか!?)


華美な装飾が施された議事堂の前に、続々と車両が到着する。 尻をさすりながら青ざめた顔で降りてくる指揮官たち。彼らを待ち受けていたのは、一人の女性エルフだった。 手を重ね合わせる優雅なエルフ・スタンダードの姿勢で、彼女は静かに口を開く。


「ごきげんよう。遠路はるばるご苦労様でした、各方面の指揮官の方々。私がハイエルフ陣営の最高代表、エルフ議会議長スピーカーです」 振り返り、議事堂の奥へと視線を送る。 「どうぞ、議場へ」


白を基調とした洗練された回廊を歩きながら、彼女は淡々と説明を続ける。 「ご覧の通り、未曾有の脅威に対抗すべく、我々エルフも故郷の美しい景観を犠牲にする決断を下しました。……無論、一時的な措置ですが」


議場を隔てる重厚な扉が開かれた瞬間――。 怒号と罵声が、爆発するように鼓膜を叩き打った。


状況が呑み込めないバイ指揮官の目に飛び込んできたのは、種族の垣根を越えて醜く罵り合う権力者たちの姿。 真っ先に視界に入ったのは、見慣れた母国の貴族。彼はトーテム・ゴブリンの鼻先へ指を突きつけ、唾を飛ばしている。


「ふざけるな! 奴らが南側から突破してどれだけ経つと思っている! 上下から挟み撃ちにして殲滅しろと言っているんだ!」


豪華なローブを纏ったトーテム・ゴブリンも負けじと吠え返す。 「言うのは簡単だな! だったらてめぇが最前線に立ってドンパチやってみろ!」


その傍らで、鋭い牙に金属のリングを光らせたハイランド・オークの貴族が、口角を歪めて鼻で笑った。 「新型武装の量産体制に入ったんじゃなかったのか? で、その立派なオモチャの戦果はどこにある?」


激昂したハイエルフの貴族がバンッと机を叩く。 「黙れ! 一番の被害者は我々エルフだぞ! ハイランドの緑皮の蛮族オークどもは後方でふんぞり返っているだけではないか! それに人間! 腐っても王朝の端くれだろうが! いとも容易く防衛線を突破され、我々の神聖な領土まで敵を引き入れおって! 恥を知れ!」


バイ貴族が即座に噛み付く。 「このナルシストどもが! そんなに自信があるなら、最初の侵攻の時に自分たちで防いでみせればよかっただろうが!」


「いい加減にしろ、政治家ども! 解決策を捻り出すための場だ! 貴様らの下劣な口喧嘩を披露する場ではない!」 オーク議長が豪快に机を叩き割らんばかりの勢いで一喝する。


「オーク議長の言う通りだ。我々がここに集ったのは、共通の脅威を排除するため。道化の三文芝居を見に来たわけではない」獰笑どうしょうゴブリン族の酋長は 、コツコツと木杖で床を鳴らした。


議長席に腰を下ろしたエルフ議長は、数日続くこの不毛な泥仕合を冷ややかな目で見つめていた。 打開策を提示しても、無限に湧き出る罵倒の波に呑まれて消えるだけ。 指輪を撫でながら、机の端に置かれた家族の肖像画へ視線を落とす。


その時――。 ふさふさとした毛に覆われた手が、彼女の白い手の甲にそっと添えられた。


「やれやれ。若い娘さんが、随分と悲しい匂いをさせておるな」 しわがれた声。隣席の斑紋ハイエナスポッテッド・ハイエナの長だった。


エルフ議長は無理に口角を引き上げ、繕った笑みを見せる。 「……何でもありませんわ」


「ふん。族母として長く生きてきたからな。ワシの鼻は誤魔化せんよ」 ハイエナ議長は手を引っ込め、牙を覗かせて慈愛に満ちた笑みを浮かべる。 「世界には、どうにもならんことが多すぎる。ワシにも孫娘がおってな、小娘よ」 「お前の傍にいる者は、お前が悲しみに暮れる姿など見たくはなかろう。……強くおなり」


「……ありがとうございます」


微かに微笑み返し、エルフ議長は視線を前方の指揮官席へと移した。 戦局の概況を把握し、新型武装を最前線へ優先配備する算段を立てようとしていた。


だが、指揮官席を一瞥した彼女の視線が、一人の男で止まる。 ホーリー・グロリア・キュリアの席を執拗に窺い、周囲をキョロキョロと見渡し、髪を掻き毟り、血が滲むほど唇を噛み締めている男――。


(――バイ王朝の指揮官。私の記憶が正しければ……圧倒的な戦功を誇る常勝の将。彼がここまで取り乱すなんて……) (――バイ南部の防衛線が突破された影響が、そこまで深刻だというの? やはり、彼らの戦線へ優先的に兵器を回すべきか……)


思考を巡らせていたエルフ議長だったが――。


「申し訳ないが! 議長並びに各代表の方々、発言の許可を頂きたい!」


怒声にも似た叫びが、議場を支配していた喧騒を切り裂いた。 発信源は、バイ指揮官。 全会一致で、数百の視線が彼一人に突き刺さる。


彼は覚悟を決めたように、大きく胸を波打たせていた。 「ある男がいる……! 元・ホンヴァーシャの指揮官だ! なぜ彼がこの場にいないのか私には理解できんが、彼なら……彼ならこの絶望的な戦局を覆せるかもしれない……!」


くしゃくしゃになった紙の束を高く掲げ、声を張り上げる。 「この男だ……! すぐに部下へ指示し、彼の経歴データを――」


予想外の提案に興味を惹かれたエルフ議長が、彼の言葉を遮る。 「指揮官。その資料を中央の投影水晶ホロ・クリスタルへ。情報が空間に共有されます」


突然の指示に、バイ指揮官は呆けたように議長を見つめ、そして中央に鎮座する菱形の水晶を一瞥した。


処刑台へ向かう罪人のような足取り。 掌に冷汗が滲む。資料を握りしめ、低い卓の前に立つと、震える手でその紙片を押し広げた。


手を離すと、水晶が紙面の情報を読み取り、淡い光と共に巨大なホログラムを空間へ投射した。


『糸目の初老の男。口にはパイプ。所属:ホンヴァーシャ指揮官。戦功:皆無。受勲歴:なし。備考:ホンヴァーシャ本国から追放され、現在ホーリー・グロリア・キュリアの難民キャンプに滞在――』


「ハッ! 数百年前にバイから独立しておいて正解だったぜ。こんなのが身内なら赤っ恥もいいところだ」 「ふざけているのか! 貴様らの軍は、こんなイカレた狂人を指揮官に据えているのか!?」 「前線の指揮官が発狂したなどという報告は聞いておらんぞ!」


エルフ議長は、ホログラムに映し出されたふざけた経歴を前に、完全に固まっていた。


(――は? 何これ……)


議場を渦巻く嘲笑と罵倒の嵐。 不審に思ったエルフ議長が彼を観察すると、その唇が微かに動いていることに気づいた。 声は聞こえない。だが、口の動きが明確に物語っていた。


『――違う……。俺は徹底的に調べ上げたんだ……。違う……。あんたたちも、俺と同じように奴に騙されてるんだ……!』


他種族からの侮蔑の視線と非難の声が、容赦なく彼へ突き刺さる。 その時――。


バンッッ!!


「我が全生涯の誉れを懸けて、ここに誓う!!」


バイ指揮官が卓を力任せに叩き、腹の底から咆哮した。 空間が震え、全能者の沈黙が議場を支配する。再び発言権をもぎ取ったのだ。


彼の視線は、自国の王であるバイ議長へ向けられていた。 その瞳には狂気じみた決意と、ほんの僅かな恐怖が入り混じっている。


カチッ。 踵を鳴らし、完璧な軍礼の姿勢をとる。そして、血を吐くような叫びを轟かせた。


「この男は……! 決して、この紙切れに書かれているような無能などではない……! 絶・対・に・だ!!」

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