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【第三章:裏側】

 乱雑にテントが立ち並ぶ区画へ足を踏み入れる。 言葉で言い表せない異臭が鼻をつき、見渡す限り、老人や女子供の姿しかなかった……。


「おい、そこの二人! ここで何をしている!?」 「前線が逼迫しているというのに、出撃の命令が届いていないのか!」


 突如、長槍を手にしたホーリー・グロリア・キュリアの兵士が遠くから駆け寄ってきた。


「全大陸が私怨を捨てて手を結んだのだ。バイの指揮官である私が、ここの現状を把握しておいても問題はないだろう?」 バイ指揮官は懐から真新しい身分証を取り出し、目の前の兵士へと提示した。


 兵士は身分証を受け取って確認すると、複雑な表情を浮かべてそれを持ち主へ返した。 「申し訳ありません、長官。しかしここは現在、ホンヴァーシャの難民キャンプとなっておりまして。貴方様がここへ来られましても……」


 バイ指揮官は身分証を懐へしまい、胸を張って言い返す。 「実地調査だ。今後の戦線調整に役立てるためだが、何か問題でも?」


 もっともらしい理由を並べられ、兵士は少し口ごもった後、引き下がった。 「い、いえ。問題ありません、長官」


 鼻先を掻きながら立ち去る兵士の後ろ姿を見送り、バイ指揮官はいぶかしげに傍らの斥候スカウトへ尋ねた。 「お前、最初は一体どうやってここに潜り込んで情報を集めたんだ?」


「ボロボロの服に着替え、両腕を服の中に隠して、ゴミ袋で誤魔化したんです。そうしたら、あっさりと廃人扱いされまして」 斥候が平然と答える。


 バイ指揮官は呆れたように無言で頷いた。 そして、似顔絵が描かれた紙を握りしめ、通りすがりの婦人へ『交易語(共通語)』で話しかけた。 「ごきげんよう、御婦人。この紙の男に見覚えはありませんかな?」


 婦人はきょとんとした顔でバイ指揮官を見上げ、紙に描かれた『パイプを咥えた糸目の男』に視線を移し、困惑したまま立ち尽くした。 一向に返事をしない婦人を前に、紙を突き出したままの指揮官の顔に気まずさが漂う……。


 斥候が指揮官の耳元へ顔を寄せ、小声で囁いた。 「あの……指揮官殿。ここの婦人たちは、ほとんど交易語が理解できません……」


「馬鹿野郎、なぜそれを早く言わん!」 バイ指揮官は紙を丸め、斥候の後頭部をスパーンと容赦なく引っ叩いた。


「若いの。交易語ってのは本来、異種族間の商売を円滑にするためのもんだ。ここへ来る前に下調べもしてこなかったのかい?」 「ホンヴァーシャで交易語が話せるのは、お偉方か、さもなくば我々漁師くらいなもんさ」


 唐突に響いたしわがれ声が、二人のよそ者のやり取りを遮った。 二人は同時に声の主へ顔を向ける。 そこには、木椅子に腰掛けてパイプを吹かす老人の姿があった。


 バイ指揮官は有無を言わさず似顔絵を広げ、老人へ突きつけた。 「ご老人、この絵の男を知っているか?」


 老人は顔を近づけて似顔絵をまじまじと見つめた後。 椅子の背もたれに深く体重を預け、芝居がかった調子で嘆き始めた。


「ああ……煌めく星が導き手となり、漁師たちを海郷へと連れ行く。されど星は堕ち、舵は波間に消えゆく。漂泊の民は、未だ安住の地を求めて彷徨う。哀れなことよ……」


 老人のポエムじみた長台詞のうち、二人が理解できたのは最後の「哀れなことよ」という一言だけだった。 ぽかんと顔を見合わせる二人。 一人はへの字口を作り、もう一人は肩をすくめて老人を振り返る。


 老人はパイプの煙を燻らせ、淡い紫煙を吐き出しながら、ある一つのテントを指差した。 「そこに一人の若造がいてな。そいつなら、この絵の男と関わりがあったはずだ。一度話を訊いてみるといい……」


 老人の指し示した方向へ歩き出す二人。 周囲からの奇異の目を浴びながら、目的地へと辿り着く。


 老人や女子供ばかりの難民キャンプの中にあって、一際目立つ屈強な体格の男。 彼は松葉杖をつき、荷物を抱えながら、足を引きずってテントの中へ入っていくところだった。


 バイ指揮官はその男のテントに狙いを定め、早足で近づく。 入り口の幕をめくり、交易語で声をかけた。 「こんにちは。今、少し時間はよろしいかな?」


 声をかけた途端、テントの中からひどく苛立った声が返ってくる。 「またかよ!? 今朝も訊きに来ただろ! 足の骨が折れてるっつーのに、どうやって前線に行けってんだ!」


 松葉杖をついて入り口までやって来た男は、見知らぬ二人の顔を見て一瞬きょとんとし、眉をひそめて問い返した。 「……なんだ、アンタら誰だ?」


 バイ指揮官は作り笑いを浮かべ、慇懃いんぎんに名乗る。 「私は、バイから派遣された指揮官だ」


 男は松葉杖を脇に挟み、斜に構えた姿勢で鼻で笑った。 「へえ。俺も随分と出世したものだな。まさか他国の指揮官様から直々に呼び出しを食らうとはね」


 バイ指揮官は笑みを崩さず、手にした似顔絵を男の目の前に差し出した。 「ただの人探しだ。君がこの男と接触があったと聞いてね」


「あぁ……親玉ボスか」 絵の中の男を一目見て、男はスッと表情を険しくし、警戒心を露わにして凄んだ。 「何の用だ?」


 バイ指揮官は両手を振って敵意がないことをアピールし、絵の下にある完全に白紙の戦功欄を指差した。 「敵意はない。ただ……少し腑に落ちなくてね。この指揮官の経歴が、見事に真っブランクなのが信じられないのだ」


 指差された箇所をチラリと見て、男はつまらなそうに鼻を鳴らした。 「当たり前だろ。ボスは元々、手柄なんか気にするタチじゃねぇんだよ。それがどうした?」


 バイ指揮官は引きつりそうになる笑みを必死に保ち、探りを入れる。 「君はずいぶんと彼に詳しいようだな。君は彼の……?」


「ただの騎兵隊の一員さ」と男は素っ気なく答える。


 その時、バイ指揮官の脳裏に悪知恵が閃いた。 彼は大げさに友好的な態度を作って提案する。 「なら、こういうのはどうだろう? どこか座って一杯やらないか。もちろん、私のおごりだ」


 男は片眉を吊り上げ、松葉杖をつきながら後ずさりした。 「おいおい、世の中そんな美味い話があるわけねぇだろ」


 バイ指揮官はすかさず男の横に並び、馴れ馴れしく背中を叩いた。 「いやいや! 同じ軍人同士、戦場(死線)を潜り抜けてきた仲じゃないか。俺たちはもう兄弟みたいなもんさ、兄弟!」


 男は訝しげに目を細め、少し悩んだ末に渋々口を開いた。 「……まぁ、いいだろう。だが先に言っておくが、ボスの不利益になるような真似は絶対にしないからな」


 男が心を動かしたのを見て取り、指揮官はここぞとばかりに畳み掛ける。 「もちろんさ、兄弟! 軍人たるもの、信義と操守が第一だ。二言はない! さぁ、行こう!」


「……あぁ」 男は疑念を捨てきれない様子で、最後に一つ頷いた。


 バイ指揮官に肩を貸してもらいながら男の案内で進み、三人は酒場へとやって来た。 アルコールが入り、当たり障りのない世間話を一通りこなした後。


 最初から酒量をコントロールしていたバイ指揮官は、すっかり出来上がった男の様子を見計らい、探るように切り出した。 「さて。そろそろ君のボスの話を聞かせてもらえないか?」


 完全に酩酊状態の男は、新しくできた『友人』からボスの話題を振られると、堰を切ったように語り始めた。


「ヒック……ボスって人はなぁ……他のヘタレ指揮官どもとはワケが違うんだよ。あいつら、安全な後方に引きこもって……現場の状況なんて微塵も気にしちゃいねぇ……ヒック」


「いつだったか、ウチの第二王子様が誘拐されたことがあってな……ヒック。ボスは第三王子の依頼を受けて、まずはバイの斥候をブチ殺し、その服を剥ぎ取って誘拐犯と交渉のテーブルについたんだ。んで、どうなったと思う? ヒック……取引当日に、ボスはまんまとマフィア顔負けの『横取り(タダ取り)』をカマしやがったんだよ!」 「で、俺たちはどうしたかって? ゴブリンの集落をけしかけて、ハイエルフの馬鹿どもを襲わせたのさ……ヒック」


「両陣営が殺し合ってる隙に、俺たちは悠々と第二王子様を救出だ。結果として、ハイエルフの『ハイ議会』とバイ王朝の関係は一触即発の泥沼さ……。なぁ……あいつら、全員揃いも揃って大馬鹿野郎だと思わねぇか?」


 目の前で上機嫌に語り続ける男。 最初はただ呆気にとられていたバイ指揮官だったが、話が進むにつれて、無意識のうちに彼の目尻がピクピクと痙攣し始めた……。


(――だからか……ッ! だからある日突然、ハイエルフどもから身に覚えのない言いがかりをつけられたのか! そのせいで、我々はハイエルフの国境付近へ無駄に兵力を割く羽目になった……!) (――奴らが開戦の口実を探していたわけじゃない! 全て……全ては、あのパイプを咥えたクソ野郎の仕業だったんだ!!)


 男はさらにジョッキを掴み、喉の奥へ酒を流し込んでから、上機嫌で続ける。


「まだあるぜぇ、ヒック……。バイ王朝とホーリー・グロリア・キュリアが開戦した時だ。俺たちホンヴァーシャも援軍を出したんだが、その時ボスが俺たちを呼んでな……ヒック」 「ボロボロの麻袋を被って、バイの沿岸へ密航したのさ。俺たちは……ボスの指示で山賊に成りすまして、バイ王朝の補給線で大々的な略奪ヒャッハーをカマしてやったんだよ……」


「ヒック。ボスは奪った軍糧を俺たちに振る舞ってくれてな。不味い飯はその場で燃やして、美味い飯だけ故郷へ送り返した。んで、残った最新装備や武器は……現地の本物の野盗どもに全部タダで配り歩いたのさ……! なぁ、天下広しと言えど、ウチのボスみたいなイカれた指揮官が他にいるか……? ヒック」


 ここまで聞いたバイ指揮官の双眸には、すでにブチブチと血走った血管が浮き出ていた。 口角をピクピクと引きつらせながら無理やり笑い声を漏らし、目の前にあったジョッキを引っ掴むと、ヤケクソのように喉へ酒を流し込む……。


(――あのクソ外道が……ッ! だから当時、前線の補給が謎の枯渇を起こしたのか! しかも農村地帯に重武装の凶悪な野盗団が出現し、我が軍は進軍を停止して全軍回す羽目になった……!) (――全部……全部、全部、全部!! あのド三流のクソ野郎が裏で糸を引いてやがったのかァァッ!!)


 指揮官の常軌を逸した様子に気づいた斥候が、慌てて彼の背中を叩く。 「し、指揮官殿……! 落ち着いて……どうかご自制を……!」


 バイ指揮官はジョッキの酒を一息で飲み干すと、喉の奥から込み上げる殺意と怨嗟を必死に押し殺した。 狂気じみた歪な笑顔を顔面に張り付け、震える声で称賛の言葉を口にする。


「あ……ハハハッ。ほ、本当に、素晴らしく『英明』な指揮官殿だなぁ……! な、なら当然……公式の記録にも、その輝かしい戦功がたっぷりと記されて然るべきじゃないか……アハハハ……」


 それを聞いた男は、ろれつの回らない舌でへらへらと答えた。


「そこが……ヒック、面白いところなんだよ。ボスって人は、手柄なんざ一ミリも興味ねぇのさ。よく言ってたぜ……『匕首あいくち』がどうとか、ヒック……なんだっけな? きっさきが……そう、ただ『鋒芒ほうぼうを隠せ』だっけか? それとも『鋭く研ぎ澄ませ』だったか……?」


 完全に潰れた男の左右に立ち、二人で肩を貸してテントまで送り届けた後。 ほろ酔い状態のバイ指揮官は、地面を激しく踏み鳴らしてブチ切れた。


「だから奴の姿を戦場で見かけなかったわけだ! ずっと暗がりからコソコソとちょっかいを出し続けていた、陰湿極まりないクソ野郎だったんだ!!」


 慌てふためく斥候は、半ば呆れながら指揮官をなだめるように、口元に人差し指を当てた。 「しーっ! こ、声が大きいです指揮官殿! 落ち着いて……深呼吸を……!」

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