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殺伐としたダンジョンを「極上のスパ」に改造したら、勇者一行が「実家」だと言って住み着きました

作者: 七紫

明けましておめでとうございます。

「…よし、完成!」


 私は額の汗をぬぐい、満足げにその『罠』を見下ろした。

 薄暗いダンジョンの通路に設置された、巨大な落とし穴。それは一見すると、落ちれば即死の凶悪なトラップだ。


 だけど、中身は違う。私は穴の底に満たされた液体に、そっと手を入れて温度を確かめた。


「湯加減よし。硫黄の香りよし。…完璧な『源泉かけ流し・ヒノキ風呂』だわ!」


 私は、魔王軍の罠設置担当。

 本来なら、侵入者を串刺しにしたり、黒焦げにしたりするのが仕事なのだけど…。今代の魔王様はとんでもない「平和主義者」だった。


『侵入者を殺すな。怪我もさせるな。だが、満足させて帰らせろ』


 そんな無茶な業務命令(オーダー)が下ってから一週間。

 私は不眠不休でダンジョン中の罠を改造し、ここを「地獄の迷宮」から「極上のスパリゾート」へと作り変えた。

 お湯は、魔界の奥地にある秘湯を転移魔法で直引きし、疲労回復効果をさらに高めるため、貴重なイエロードラゴンの卵の殻を粉末にして溶かし込んである。

 この職人としてのこだわりに、だれか気づいてくれるだろうか。


「おっ、来たわね。」


 通路の奥から、足音が聞こえてくる。

 モニター代わりの水晶玉を覗き込むと、現れたのは思った通り、人間界で話題の勇者一行だった。


 …だけどなんだか、様子がおかしい。

 勇者、戦士、僧侶、魔法使い。全員がゾンビのように顔色が青白く、足取りが異様に重いのだ。


「はぁ…はぁ…。もう三日も寝てないぞ…。」

「勇者様、弱音を吐かないでください。王都からの支援物資なんて最初からあてにならないのですから。」

「王族たちは今頃パーティーか…俺たちは泥水をすすってここまで来たのにな…。」


 …重い。空気が重すぎる。

 彼らは人間界の「ブラック企業(王国)」で、理不尽な搾取を受けているようだった。


「この前なんて、夜中の二時に王様から『二日酔いになりそうだから回復魔法かけに来い』って呼び出されたんですよ…。」

「俺だって、この鎧のローンがあと三十年も残ってるんだ…。経費で落ちないなんて詐欺だろ…。」


 僧侶と戦士が、血を吐くような愚痴をこぼしている。なにそれ人間界こわい…。


 そんな人間界の実情に恐れ戦いている間にも、目の下に濃いクマを作った勇者が、ふらふらと私の作った落とし穴に近づいてくる。


「くそっ、魔王め…!こんなところに落とし穴を…!」


 勇者は直前で気づいたようだが、避ける気力も残っていなかったらしい。そのまま吸い込まれるように、穴へと足を踏み外した。


「うわあああぁぁぁ…!?」


 ドボンッ!  盛大な水音が響く。


「勇者様ーッ!?」


 仲間たちが悲鳴を上げて駆け寄る。

 だが、穴の底から聞こえてきたのは、断末魔の叫びではなかった。


「…あぁ~~~~~~…」


 それは、魂が抜けるような、情けない吐息。


「ゆ、勇者様?」

「やばい…これ、やばいぞお前ら…。肩の重みが、溶けていく…。」

「え?」


 穴の底では、装備を脱ぎ捨てた勇者が、とろけきった顔で温泉に浸かっている。


「ここ、ジャグジー付きだぞ…。天国かよ…。」

「なっ、なんですって!?私にも代わってください!」

「ずるいぞ勇者!俺だって腰痛持ちなんだ!」


 ドボン、ドボン!

 

 戦士と魔法使いも続いて飛び込む。

 僧侶に至っては、一角に設置された打たせ湯にちゃっかりと打たれながら「ああ、神よ…これが天界ですか…」と恍惚の表情で祈りを捧げていた。


 …勝ったわね。


 私はガッツポーズをした。計画通りだ。この調子でなら、彼らを骨抜きにできること間違いない。


 温泉から上がった勇者一行は、青白い顔に赤みが差し、ツヤツヤと輝いていた。

 だけど、彼らの進撃は止まらない。

 次なるエリアは「宝物庫」。ここには私の自信作、凶暴な「ミミック(人食い箱)」を配置している。


「あ、宝箱だ!」


 戦士が駆け寄る。そして蓋を開けた瞬間、ミミックが大きな口を開けて戦士の上半身をガブリと丸呑みにした。


「うわああああ!食われるぅぅぅ!」

「戦士殿!!」


 仲間が杖を構える…が、箱の中から続いて聞こえてきたのは、痛みの絶叫ではなく、奇妙な駆動音だった。


 ガガガガッ、ウィーン。


「あ…あぅ…鎧の上からでもツボが分かるのか…そこ、そこだ…。」


 ミミックの口内には、私特製の「魔力浸透・揉み玉ローラー」が仕込まれていたのだ。

 分厚いプレートアーマー越しでも深層筋肉に届く超振動が、凝り固まった戦士の体をほぐしていく。あのアームの強さを調整するために、スケルトンの模型を三体ほど粉砕した苦労が報われた瞬間だった。


「くぅぅ…重装備で肩が死んでいたんだ…効くぅ…。」


 完全にふにゃふにゃになった戦士を引きずり、一行はさらに奥へと進む。


 次に待ち受けるのは、天井からボタボタと落ちてくる粘液――「スライムの群生地」。本来なら、装備を腐食させ、皮膚をただれさせる凶悪な酸の雨だけど、もちろんここにも手を加えている。


「ひぃっ!スライムだわ!溶かされちゃう!」


 魔法使いの女性が悲鳴を上げた。

 頭上から、緑色のドロリとした液体が大量に降り注ぐ。


「きゃああああ…ん?」


 べちゃり、と全身にスライムを浴びた彼女は、恐る恐る目を開けた。

 痛みはない。それどころか、スライムが付着した肌が、ほんのりと温かく、潤っていくのを感じたようだ。


「これ…『高保湿ヒアルロン酸スライム』…!?」


 そう。私は酸性のスライムを品種改良し、美容成分たっぷりの「超高級美容液スライム」へと生まれ変わらせていた。

 古い角質だけを優しく溶かし、モチモチの肌へと導く極上のエステコースである。


「うそ…徹夜続きでガサガサだったお肌が、ゆで卵みたいに…!」

「俺の剣ダコもツルツルになったぞ!」


 魔法使いはスライムを顔に塗りたくり、勇者たちはうっとりと自分の肌を撫で回している。

 よしよし。女性客への配慮も忘れない、それが一流のダンジョン運営というものだよね。


 私の予想通り、その後も続く様々なトラップを前に、彼らは「癒やし」の虜になった。

 …はずなんだけど…。

     ◇


 そうして数時間後。ダンジョンの最深部、「魔王の間」。


 私はモニター越しに頭を抱えていた。

 誤算だった。私の計画では、途中で満足して「もう帰ろう」となるはずだったのに…!

 だけど皮肉なことに、スパ設備で体力が全快した彼らは、「この先にはもっと良い設備があるに違いない!」と期待に目を輝かせ、ついにボスの部屋までたどり着いてしまったのである。


 バンッ!  重厚な扉が勢いよく開かれた。


「ま、魔王…!覚悟…!」


 勇者が声を上げる。

 けど、その声には覇気がない。湯冷めしないように着込んだ「ドロップアイテムのどてら」のせいで、見た目も田舎の受験生みたいになっている。


 対する魔王様は、どう迎えるのか。私は緊張した。


「…遅かったではないか。」


 部屋の奥から聞こえたのは、威圧的な怒鳴り声ではなかった。

 眼鏡をかけ、文庫本を片手に持った魔王様が、こたつから顔を上げた。


「茶が渋くなってしまったぞ。…まあよい、そこへ座れ。」


 魔王様は手慣れた手付きで急須を傾け、湯呑みに茶を注ぐ。

 テーブルの上には、茶菓子が入った籠が置かれていて、まさに戦闘態勢ゼロ。

 完全に「孫の帰省を待っていたおじいちゃん」の構えだった。


「え…あの、戦いは…?」

「戦い?何を言っている。お前たち、そのナリで戦う気か?風邪をひくぞ」


 魔王様は呆れたように勇者の格好(どてら姿)を指差した。


「ほら、羊羹があるぞ。糖分を摂らんと頭が回らんだろう。」

「あ、すいません…いただきます…。」


 勇者は条件反射で礼を言い、ふらふらとこたつに吸い寄せられた。戦士と僧侶、そして魔法使いも、抗えない重力に引かれるように、空いている座布団へと沈んでいく。


「はぁぁ…あったけぇ…。」

「極楽…。」


 全員がこたつに入った瞬間、勝負はついた。

 勇者は気だるげに部屋の隅の柱時計を確認すると、魔王様に真顔で向き合う。


「あの、魔王さん。今日はもう18時回ってるんですよ。」

「ん?ああ、そうだな」


 勇者はそう言うと、こたつに下半身を入れたまま、だらりと上半身を横に倒した。


「もう俺たちは、戦う…いえ、働く気はこれっぽっちもありません。だから、今日はここに泊まらせてもらいますね。」


 その言葉にはさすがに魔王様は慌てた様子で勇者に声をかけるが、かけた内容は私にとって予想外のものだった。


「おい、布団を敷かんか。そのまま寝ると風邪をひくぞ。」

「でも、布団なんて持ってないですし…。」

「押し入れに入っておる。持ってきてやるから、いったんこたつからは出てこい。晩飯もまだだろう?」

「…ありがとうございます。」


 もはや泊っていくことが確定している。

 私はモニターの前で頭を抱えた。平和的解決とは言われたが、まさか初対面で「実家の帰省」みたいになるとは予想していなかった。

 魔王様の懐の深さ…?平和主義には感服するしかない…のかなぁ?


     ◇


 翌朝。私は魔王様の様子を見るために、最深部へ向かう。

 さすがに一晩寝たら、気まずくなって帰った…よね?


 だけど、扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「う~ん…体が重い…。」

「勇者よ、起きろ。だらしないぞ。」

「むり…朝ごはんが美味すぎて動けない…。」


 勇者が、じゅうたんの上で芋虫のように転がっていた。

 彼の横には、空になったお茶碗とお味噌汁のお椀とお皿。


 魔王城のシェフが作ったのは、焼き魚に卵焼きに味噌汁、そして炊きたてのご飯という「完璧な和定食」だったらしい。私も大好きなセットだ。


「二度寝したい…実家のご飯より優しい味がする…。」

「こら、食ってすぐ寝ると牛になるぞ。ほら、こっちへ来い。」


 魔王様が呆れながらも、だらける勇者をこたつの方へ誘導してやっている。

 その姿は、完全に「盆正月に帰省しただらしない息子」と「世話を焼く実家のオカン」だった。


 部屋の隅を見れば、戦士はすでにこたつに入りながら漫画を読みふけり、僧侶は日当たりのよいテラスでお茶をすすり、魔法使いに至ってはヨガを始めている。

 誰も帰る気がない。


「魔王様…これはいったい?」

「おお、来てくれたか。…なんとなく、追い出すのも忍びなくてな…。」


 魔王様は困ったように笑い、こたつに入り直した。


「ほら、みかんだぞ。今年のは特に甘いから食べなさい。」

「あ、いただきます。」


 こたつに潜り込んだ勇者が、手だけ伸ばしてくる。

 そんな横着する勇者を特に気にした様子もなく、魔王様は白いスジを丁寧に取ったみかんを渡しながら、ポツリと言った。


「勇者よ、仕事は辛くないか?だれか良い人はおらんのか?」

「やめてくださいよ魔王さん…そういうの、正月に親戚のおじさんに言われるやつじゃないですか…。」


 勇者がうっすらと涙目になっている。

 この空間だけ、本格的に故郷での親戚の集まりみたいな郷愁がただよっていた。


 私が言うのもなんだけど、勇者たちはいったい何をしに来たんだろう?


     ◇


 それから数日後。


 人間界では、こんな噂がまことしやかに囁かれていた。

 『勇者一行は、魔王城に突入したきり戻らない。きっと、昼夜を問わぬ激戦を繰り広げているに違いない!』と。


 だが、現実は違う。


「よっしゃ!人生ゲーム、俺の勝ち!魔王さん、借金10億ゴールドですね!」

「くっ…なぜだ!なぜ我ばかり『開拓に失敗』するのだ!」

「魔王様、次はツイスターゲームやりましょうよ!」


 彼らはただ、ボードゲームで盛り上がっているだけだった。


 さらにしばらくすると王国から「勇者の援護だ!」と騎士団が攻めてくることもあった。

 だけど、すっかり鋭気を養った勇者たちが「俺たちの実家(楽園)を荒らすなーっ!」と全力で追い返してしまうため、ダンジョンの平和は鉄壁だ。


 私は今日も、こたつでぬくぬくする彼らのために、温泉の温度調節へ向かう。


  『侵入者を満足させて返せ』という命令だったはずが、満足させすぎて「定住」されてしまった。

 まあ、魔王様も楽しそうだし、これはこれでハッピーエンドなのかもしれない。


 …あ、勇者様。お風呂上がりのコーヒー牛乳、冷えてますよ。

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