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私の星

作者: ちひまる
掲載日:2025/11/20

 



 借金まみれの貧乏男爵家の我が家は、いつ没落してもおかしくない状況下であった。


 私は、その男爵家唯一の子供。

 両親はどうにか金を工面し、私は貴族なら誰でも入れる貴族学校へ行くことになる。


 そこに、多少の下心を持って。


 大勢の貴族達が通う学校に、貧乏男爵家の私がそこに入ればそれはもう火に油。

 教養もなく、礼儀作法もぎこちなく、勉強だってそれなりの成績。


 私は完全に、孤立していた。


 表立った虐めはなかったが、他の生徒に蔑まされ揶揄われるには確実に理由がある。

 こんな没落寸前、最底辺の男爵令嬢と積極的に仲良くしたい者はいない。


 私に残された道は、媚びを売ることだけ。


 誰でもいいから、お金持ちの婿でも我が男爵家へ来てくれたらいいのにって思ってはいたんだけど──


「可愛いステラ。今日も君に会えて嬉しいよ」

「まあ、バルランド公爵子息様。ごきげんよう」

「ベイルって名前で呼んでって言ってるのに、ステラはつれないなあ」


 まさか、公爵子息なんて王族の血を引く家系の男が釣れてしまうなんて思わないじゃないの。


「次の授業が終わったらランチを一緒に食べよう?」

「ええ、時間が合いましたらぜひ」


 私はにっこり微笑む。


(あー本当に無理だから、はやくどっかに行ってくれないかな)


 なにが一緒にランチだ。

 絶対にごめんだ。意地でも逃げ切ってやる!




 授業が終わり、昼休みになると私は教室から一目散に飛び出し、全く人気がない裏庭の日が当たらないじめじめとした場所で持参したお弁当を広げ、ひとり、ランチを食べはじめる。


 残り物のパンに肉、チーズ、トマト、レタスを挟んだ簡単なサンドイッチが私のお昼ごはん。


(トマトの水分を含んで、くたくたなサンドイッチになってしまったけど……うん、美味しい)


「はあ……」


 いつまでこの生活が続くのか。


 両親には悪いが、諦めてさっさと没落して平民として働いた方がいいのではないだろうか?


 これ以上、借金が膨れ上がる前に。

 少しでもはやく、頑張っている優しい家族の力になりたい。


 働くのは、苦ではないし。

 むしろ働いた分だけ給金は出るのだしそれに──


「没落貴族って肩書き……ちょっとかっこいいかもしれない……」

「え?なに?ステラは没落しちゃうの?駄目だよ」

「!?」


 なんで、ここにいるんだろう……。

 手には大きめのランチボックスを持っていて、当然のように私の隣に座る。


「人は──誰もいないね……?静かでいい場所だね」

「…………はい」

「すっごい嫌そうな顔」

「まあ、顔に出ていましたか?」

「ステラの嫌がる顔って、可愛いね」

「────疲れる……この不毛な会話がっ」

「あ、やっと素直になってくれた」

「見つかったらお互い面倒なのに、なんでいつも私に構うのかが理解できないんですよ……」

「楽しいから?」

「もっといいおもちゃは他にもあると思いますよ」

「俺はステラがいいな」

「まあ最底辺貴族ですからね。イジるには最適でしょう」

「ちゃんと好きなんだけど?」

「身分的に結ばれません」

「そんなの──」


 些細なことでしょ?と言いながら、私が食べていたサンドイッチをがぶりと横から齧られた。


「ん、ハニーマスタードがいい味。ステラは本当に料理上手だね。いい奥さんになるよ」

「行儀が悪いですよ。公爵子息様」

「ステラ以外誰も見てないよ。俺のも食べていいから。はい、あーん」

「いらないです」

「あーん」

「圧をかけないでもらいたいです!」


 サーモンとクリームチーズにアボカドが入ったサンドイッチを頂き咀嚼する。

 さすが、お金持ちの食べる物は違う。


「ステラが作ったサンドイッチ、もっと食べたい」


 私の作った萎びたサンドイッチが美味しいだなんて、本当に変わった人だ。



「実際に没落はするとして……その後、働こうとは思うんですが、借金を返そうにも学がないので、たくさんお金が貰える娼館に行ったら私でも売れますかね?」

「そしたら、俺がすぐ身請けしてあげるよ」

「真面目に相談した私が馬鹿でした。お金持ちって本当に腹立ちますね」

「ステラはもっと頑張ろうって思わないの?」

「……頑張りますよ?平民になったらどこへ行こうが、馬車馬のように死ぬまで働きたいです」

「違うよ。俺を落とした方が、はやいってことを言ってるんだけどな?」


 ──まだ言うか。


 私は好きな相手に、迷惑をかけたくないのだが。

 相手だって、越えたらいけない関係だということくらいはわかっているはずだ。


「バルランド公爵子息様と私がどうこうなる──ということはないです」

「そうなんだ?俺はステラといると楽しいのに……」


 ぐいっと体ごと引き寄せられ、驚いて顔を上げれば慈しむような眼差しを向けられ、すり……と優しく頬を指で撫でられた。


「未婚の男女の適正な距離では──」

「目、閉じて……ステラ」


 真顔で言うから、ドキッとしてしまう。

 キレイな顔が近付き、そのまま互いの唇が重なった。


「これで俺と……どうこうなっちゃったね?」

「こんなキスくらいで、いちいち驚いたり泣く女ではないですが?」

「じゃあ──もっと……しよ?」



 ──これも青春だと思えば、悪くはない。


 私がいつかおばあちゃんになった時、孫にこんなに素敵な人に迫られたのよって自慢できるから。


 ・・・


「──この頃が懐かしい?」

「まあ!?ベイル、あなたいつからそこにいたの?」

「何度か呼んだけどね、君が夢中になっていたから──ずっとそれを見てた」

「もう……なら一緒に見ればいいじゃない」


 アルバムをめくりながら私達は思い出に浸る。


 なんだかんだあって、この人は私の旦那様になった。孫もたくさんいて、人生もそろそろ終盤になる。


 あの頃の私はずっと必死だったのに、この人は最初から余裕で、最初から迷いがなかった。


「あなたは私がどこにいても見つけるわね」

「君を見つけるのは昔から得意でね」

「ええ、逃げても無駄だったわ」

「今でも逃す気はないよ?」


 老いてもなお、昔と変わらない口説き方をするのだから本当にこの人は変わっている。


「あなたは、本当に変わってるわね……」

「君は俺の星だよ。ステラ」


 そう言って、あなたはいつも優しいキスをくれる。



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