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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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紅い花

 はらり、はらりと万札が部屋中に舞う。この瞬間が堪らなく幸せだ。今日も稼いだなぁ。お疲れ様、私。ご褒美は、やっぱり推し活だよね!今日も彼に会いに行かなきゃ……。

 行く先は、CLUB Stardust。私の推しであり、王子様が待っている場所。今日は同伴出来なかったけど、明日こそは同伴出勤の約束を取り付けよう。

 「いらっしゃいませ!」

 と、黒服や下っ端の新人が出迎える。違う。私のお目当てはこの子たちじゃない。

 「あっ!由美ちゃん!あれ?メイク変えた?リップかな?似合ってるね。今日も逢えて嬉しいよ」

 「ルカくん!ゆみも逢えて嬉しい!リップ変えたの気付いてくれたのルカくんだけだよ……。めっちゃ嬉しい……。今日もボトルたくさん入れるね♪」

 「ありがとう、でも毎日来てくれて、毎日たくさんボトル入れてくれるの、すごく嬉しいんだけど……お金大丈夫?無理してない?由美ちゃん、借金してまで俺に貢ぐことないからね?」

 「大丈夫!ゆみ、借金してないよ!ちゃんと自分で稼いだお金でルカくんに逢いに来てボトル入れてるもん!」

 なんで?なんで?今日のルカくん、ちょっと様子がおかしい。いつもはお金の心配なんてしないのに。いつもアフターに誘ってくれるのに、今日は誘ってくれない。なんで?どうして?

 キョロキョロと辺りを見回すと、すぐに理由が分かった。

 担当被りがいる――。

 しかも、見たことない女だった。地味だけど、メイクも下手で私より可愛くないのに、男ウケはいい顔だと思った。いるよね、ああいう女……。こっちは死ぬほど努力して、美容にも金かけて、お前よりも何倍も自分磨きしてるのに、何の努力もしないで横から全て搔っ攫っていく女――……。目障りだわ。

 「ねぇ……ルカくん……。今日のアフターって……」

 「ごめん、由美ちゃん!俺、違う卓に行くね、またね」

 ひらひらと手を背中越しに手を振りながら、薔薇≪ワタシ≫から紅い桜の娘≪アノコ≫へと雄蜂が向かう。

 ――嫌だ、やめて、お願い、行かないで!!

 そうなると、もう金に物を言わせるしかない。

 「黒服さん、ルカくんに、ブラックパールを入れるから、このテーブルに戻ってくるように言ってくれないかしら?」

 「ブ、ブラックパールですか?!由美さんいいですか?!お会計大丈夫ですか?!」

 「いいから早くして」

 「か、かしこまりました……」

 場内に、大きな歓声が湧き上がる。

 「当店ナンバーワンの、ルカに!由美さんからブラックパール頂きましたー!!!!」

 「ありがとうございまーす!!!!!」

 「いただきまーす!!!!!」

 すると堂々とした佇まいでルカがブラックパールのボトルを掲げ、横に控えていた黒服に栓を抜かせた。そして、ボトルを徐に掴み、ぐびぐびと飲み込んでいく。ごきゅっと彼の喉仏が上下に揺れる度にボトルの中身が物凄い勢いで減っていく。そうして、ものの数分で彼は数百万もする超高級ブランデーを飲み干してしまった。そして、ルカは私のテーブルに空のボトルを置いて、「ありがとね」と一言告げて、あの雑草花の所へ行ってしまった。

 私って、その程度の価値しかない女なの?だって、何百万もするボトル入れたんだよ?もっと私の所にいてくれても良くない?今日一日どころか、アフターだって、私に決まりでしょ?違うの?

 「ごめんね、待たせたね。夏帆。もう店、出ようか」

 夏帆、と呼ばれたその女はただ静かに頷くと、上着を持って、ルカの後に続いてテーブルを後にする。テーブルには、なんの酒の瓶もなく、ただ缶チューハイの空き缶が二つ寄り添うように並べられていた。

 私は、都合が良くて、頭の悪いただの助演女優ってところかしら?ルカ、私はあなたが好きなのよ。その雑草女より遥かにあなたに貢いでいるし、あなたにも逢いにきているし、何年の付き合いだと思っているの?私はあなたがこのホストクラブでデビューした頃から、あなたを一途に指名し続けてきたのよ。私があなたのことでわからないことなんてあるとでも思ってるのかしら?

 「ルカ、私を選ばなかったこと、絶対後悔させてあげる」

 私はルカのことなら何でもわかる。何でも知ってる。アフターで使ってるアフターバーの行き先も知ってる。きっとそこにいるに違いない。慌てて会計を雑に済ませようとすると、店長に止められた。

 「由美さん。今日はもうルカのことは放っておいてやってくれませんか。明日同伴出勤で、アフターもさせますんで、それでチャラにしてもらえませんかね?」

 「店長、それはできません。ルカが私以外の女を優先するなんてありえないんです。私が一番じゃなきゃいけないんです。ルカの一番じゃなきゃいけないのに、あの雑草女がルカを独り占めしてるのが許せない。私があの女より優先されるなんて、あってはならないんです」

 「ゆ、由美さん……。それは、もう……行き過ぎですよ……。ちょっと冷静になりましょう?またルカは戻ってきますから。明日になったら、またここに来てください。そうしたら、いつものルカになってますから。でも、今日だけはあの子と一緒に居させてやってください」

 「なんで?!どうして?!おかしいでしょ?!ルカは私のものなの!私だけのルカなの!他の女の所に行くなんておかしいの!」

 店長の胸倉を掴もうとした私を黒服たちが必死に押さえつけるけれど、火事場の馬鹿力ってやつって本当にあるのね。店長に殴りかかろうとしたその右手が、強い力で空中で止まった。

 「由美ちゃん、俺のお店の人、傷つけるのは良くないと思うな」

 ルカが私の手首をギリギリとかなり強い力で締め上げている。その痛みさえ、私には嬉しかった。ルカが私の元に戻ってきてくれたことが、何より嬉しかったからだ。

 「ルカ!やっぱり戻ってきてくれたのね!あんな雑草女よりゆみを選んでくれたのね!ああ、ルカ……愛してるわ……」

 「……あんな雑草女?ああ、夏帆のこと?あの子は俺の大事な妹だよ。ていうかさ、俺の妹をあんな雑草女呼ばわりするって、俺推しとしてどういう神経してんの?由美ちゃんって、雑草以下の最低なゴミ女だね。もう俺、由美ちゃんの顔、見たくなくなったから、店に来ないでね」

 その言葉を聞いて、唖然としてしまった。

 ルカから、拒絶された?あの雑草女は、ルカの被りじゃなくて、ただの妹だった?じゃあ、私がただ勘違いして、先走って、暴走しただけ?気付いた時には、もう何もかも全てが遅すぎた。

 「ごめんなさい!ルカ!妹さんだなんてわからなかったの!ゆみ、妹さんにもごめんなさいするから、そんなに怒らないで!」

 「由美ちゃん、言ったよね、もう顔見たくないって。三度目は言わないよ?俺。どんな卑怯な手段を使ってでも、由美ちゃんを俺の目の前から消すから」

 氷のような冷ややかな眼差しと共に贈られた最上級の最後の笑みは、由美を絶望のどん底に突き落とすには充分すぎるものだった。

 ルカが掴んでいた由美の手首を離すと、へなへなと由美はその場にへたり込んでしまった。

 「ほんとに……ルカに……嫌われちゃった……。わたし……取り返しのつかないことしちゃった……。ごめんなさい……ごめんなさい、ルカ……」

 ぽろぽろと由美の瞳から大粒の涙が零れる。しかしルカは、全く気にする様子もなく、黒服に由美を店の外に連れ出すように指示した。

 もう抵抗する気力もない由美は、されるがままに、店の外に出される。荷物やコートは地面に投げ出され、それを拾う気も起きず、ただ項垂れながら、由美は焦点の合わない瞳で店の入口を眺めていた。

 そうして何時間経っただろうか、もう月も水平線の彼方に居なくなってしまった頃に、誰かに声をかけられた。

 「由美さん、でしたよね。風邪ひいちゃいますよ」

 振り向くと、あの雑草女が傘を持って立っていた。どうやら雨が降っていたらしいが、由美は気付かずにずっと立ち尽くしていたらしい。

 「お兄ちゃんにフラれたんですか?」

 「……そう、そうね……私、もうこのお店には入れなくなっちゃたの。ルカにフラれたわ」

 「かわいそうな由美さん……。私が、楽にしてあげますね」

 「え?」

 そう言うと夏帆は持っていた傘を捨て、由美を抱きしめた。

 「人の体温って、温かいでしょう?安心するでしょう?」

 「そうね……。何年ぶりかしら……人の温もりに触れたの……」

 「こうすると、もっと温かいですよ」

 一瞬何が起きたのか分からなかった。ただ、背中越しに、強烈な痛みと熱さが襲ってきた。

 「あ……が……」

 何かが抜かれ、また突き刺される。真っ赤な水溜りが由美の足元に、あっという間に出来上がる。

 「これは、私よりもお兄ちゃんを独り占めした罰です」

 立っていられなくなった由美が、ずるりと前のめりに倒れる。

 その背中に馬乗りになって、夏帆は執拗に全身にナイフを突き刺し、引き抜き、由美の血を浴びる。

 「由美さん、お兄ちゃんは、ずっとずっと、私のものです。小さな頃からずっと。ああ、もう聞こえてないですね―—」

 ピンクのワンピースは鮮血に染まり、由美は頭からつま先まで真紅のドレスを身に纏っていた。

 夏帆はナイフを引き抜くと、物言わなくなった由美だったものを蹴り飛ばし、ちらりと物陰に視線を送る。

 「ばれてるよ、お兄ちゃん」

 「夏帆、いくらなんだって、殺しちゃだめだろう。お兄ちゃんの金蔓だったんだぞ」

 「ごめんなさい、お兄ちゃん。だけどこの人、お兄ちゃんの一番だって言い張って聞かないから……」

 「まぁ、俺の大事な夏帆に雑草女とか言ったからな、こいつ。夏帆に殺されてもおかしくはないよ。ごめんな、夏帆、嫌な思いしたよな……。俺がもっと早くこいつを処分しておけば良かったんだけど、良いカモだったからさ……」

 「しょうがないよ、お兄ちゃん。お兄ちゃん、世界一カッコイイし、変な女が寄ってくるのはいつものことでしょ。その度に私がいつも始末してるじゃない」

 「うん、夏帆にはいつも感謝してる。夏帆は殺しのプロだもんな」

 「うん、伊達にプロの殺し屋、何年もやってないよ!腕には自信あるもん」

 「さぁ、雨が止む前に、こいつ処理しちゃおう」

 「うん、手伝って、お兄ちゃん」

 「うん、夏帆のお願いごとなら、なんだって聞くよ」

 「さすが私のお兄ちゃん。ありがと、大好きだよ」

 「俺も、世界で一番愛してるよ、夏帆」

 雨の中口づけを交わした兄妹は、歪みきった愛と自己都合の雨の中で、紅い雑草花を引き摺りながら夜の闇へと消えていった——。




                              完


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