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そちらの有効期限は一週間です

作者: 霞乃
掲載日:2025/09/02

「こちらのデバイスを使って頂ければ、理想の自分になる事ができるんです!」

「これを着けてから、自分が自分じゃなくなったみたいで!」

「上手くいかなかった仕事も、円滑に進められるようになりました」

 新興企業の怪しい広告動画が流れてくる。

「こんなの怪しすぎるだろ……」


 広告を消そうと、「閉じる」ボタンをタップした。

 しかし、判定が小さ過ぎてリンクへ飛ばされてしまったようだ。

 こんな得体の知れないものに興味なんてなかったが、表示されたページに書いてある文言に目が奪われる。


「あなたも、今すぐお好きな人格に」


 人格? 見るつもりはなかったのに、強烈なワードに関心を持ってしまっていた。

「ヘッドギア型デバイスで、理想の自分に生まれ変わりましょう。ご購入頂いた人格の有効期限は、一週間となります。再度購入するも良し、違う人格に切り替えるも良し。全てあなたの自由にお使い頂けます」

 基本的な説明の下へスクロールすると、実際に販売されている商品が並んでいる。

 全て実際のデータから作られているとは書かれているが、どうにも怪しい……。

 有名アスリートの人格、あらゆる事業を成功させてきたカリスマ経営者の人格、人気アイドル、ストリーマーのものなんてのもある。


 何だこれは……。

 そんなデバイスを着けるだけで、簡単に人が変わるものなのか……?

 だったら、みんなこれを着ければ人生変えられるだろう。

 かく言う俺も、仕事でメンタルを壊して、その日暮らしで何とか生きている状況なのだが……。

「こんなので変わるなら、安いもんだな」

 もう一杯飲んで寝よう。あとさっき新しい動画も上がってたな。

 すぐに俺の関心は薄れていった。


 それから二週間程。

 単発のバイトで知り合った友人と遊びに行った。

「なぁ、お前これ知ってるか?」

 昼食を取るのに入った店で、友人は唐突に訊いてきた。

 差し出してきたスマホに映されていたのは、例のデバイスのページだ。

「あぁ……この前広告が流れてきた。間違えてタップしちゃってページに飛んじまったよ」

「じゃあ、基本的な事は知ってるって事か?」

 俺が頷くと、「それなら話が早い」と友人は鞄をガサゴソと探り出した。

「これよ」

 机の上に彼が置いたのは、例のヘッドギア型デバイスだ。

「おま……買ったのか!?」

 俺が訊くと、友人はニヤニヤと笑う。

「最初は半信半疑だったけどな。マジで変わるぞ、これ。頭がスーッと切り替わってくんだよ」

 怪しさ満点の話だが、こいつは根は真面目だし、何より嘘はつかない奴だ。

「ほんとかよ……? で何がどう変わるんだよ」

「いや、簡単な話だけどよ。仕事の面接とか受ける時にこれを着けていったら、スラスラ受け答えできたんだわ」

 そう言って友人は、デバイスにインストールした人格を見せてくる。表示されたのは、「カリスマ経営者の人格」だ。

「いや、こんなの着けてたら怪しすぎるだろ……その時点でお祈りじゃねぇの?」

「それは大丈夫だ」

 そう言って友人はデバイスを装着し、何やら操作を始めた。

 すると、あっという間にデバイスは透明になり、視認めきなくなってしまった。

「マジか……」

「な? これなら問題ないって訳よ」

「確かにこれなら不審がられないな……」

 友人は得意げに頷く。

 だが俺には、もう一つ気になる事があった。

「でもよ……そんな人格を変えるなんて、デメリットとかないのか?」

「それも大丈夫だ、もう五回くらいは使ってるけど、何にも起きてないぞ」

「マジかよ……いい事尽くしじゃねぇか」

 こいつの話を聞くに、俺は大きなメリットを感じてしまっていた。

「な? お前も使って周りの同じような奴から一歩リードしようぜ。まだ口コミも広がってないし、さっき見せた通り街で使ってる奴見つけるのは不可能だぞ」

 確かに……。

 あの透明化を見てしまったら、装着している人を見つけるのは不可能だと分かる。

 それにこんなメリット尽くしなら、周りの人間に教えたくない気持ちも分かる。その分自分が優位に立てるもんな。

「お前、俺に教えてよかったのか?」

「お前にならいいよ。てかこういう広がり方しかしてないんじゃねえかな、信用できる奴じゃないと怪しいだけだからな」

「確かにな……マジでありがとう、俺も早めに買うわ」

 良いものを教えてもらった。友人に感謝だ。

 解散した後、俺は早速デバイスを注文した。


 注文してすぐ、デバイスが自宅へ届いた。

 箱を開封すると、友人が持っていたものと同じデバイスが入っていた。

 説明書を読むと、デバイスを使用するにはスマホと接続する必要があるらしい。

 俺は手順通りに設定を終え、デバイスにインストールする人格の販売ページを眺める。

 最初は、友人も使ったと言っていた「カリスマ経営者の人格」にしてみよう。

 普通に購入してインストールするだけでいいらしい。

 なるほど、スマホからデバイスへとダウンロードしたデータを送るのか。

 デバイスへのインストールを済ませて、いよいよデバイスを装着してみた。

「うーん、分からんな……」

 瞬時に何か変化が起こるのかと思っていたが、そんな事はなかった。

 少し疑念を抱きつつも、俺はデバイスを透明化させ、外へ出た。今日は仕事の面接なのだ。


「これ……やばいな」

 面接を終えビルから出ると、思わず呟いた。

 今日の面接は完璧だった。

 今までの俺ならば、緊張してしまい言葉に詰まってしまっていただろう。それが今日は無かった。

 面接官のプレッシャーも感じず、すらすらと答えが浮かんできた。

 頭がスーッと切り替わるような感覚だ。

 今までされた事のないような、想定外の質問もあったが冷静に対処する事ができた。

「これがたったの千円かよ……」

 デバイス代に一万はかかっているが、全部合わせても今日の成果ならば安い買い物だ。

 これは素晴らしいものを手に入れてしまった……。

 他の人格も色々試してみたい。

 そうして、自然と人格の販売ページを開いていた。


「こんなに……? 結構再生数まわってるな」

 俺は趣味で動画投稿サイトに、自分で作曲した音楽をあげている。

 先日投稿した新曲は、今までで一番の再生数だ。

 もちろん例のデバイスを装着して、作曲した。

 今回の人格は確か、「ヒット作多数の売れっ子ミュージシャンの人格」だったはずだ。

 作曲時は、今まで一度も味わったことのない感覚だった。すぐにメロディが浮かんできて、それに合う歌詞のアイデアが自然と出てきたのだ。

 いつもは一曲作るのにも、かなりの時間がかかってしまう。こんなにスムーズに進んで、多くの人にも聴いてもらえるなんて……。

 俺はすっかりこのデバイスの虜になっていた。


「お先に失礼します」

 今日は一日、接客のバイトだった。

 このバイトはまだ始めたばかりで、覚える事が多くて大変だ。

 この前は客に怒鳴られたりして、かなりメンタルにきた。俺が遅かったり、細かい所に気付けなかったのが悪いんだけどさ……。

 でも今日は完璧だった。

「一流販売員の人格」をインストールしてきたからだ。

 店長にも「今日は助かったよ、ありがとう。この調子で頼むね」と言われたし、客もみんな、どこか笑顔だったような気がする。

 いつもは手間取る作業も、問題なくこなせたし、細かな気遣いができて感謝もされた。

 周りの期待に応えられる自分になれて、デバイス様様だ。


 今日はアプリでマッチングした女性と食事だ。

 前の彼女に振られてから、一度も交際までいけていないが、俺には秘密兵器がある。

 今日は「誰もが知る人気アイドル」の人格をインストールしてきた。

 同年代の女性から圧倒的な人気を誇る彼の人格ならば、まず間違いないだろう。

 

 結果、上手くいかなかった。

 なぜだ、食事中の会話も上手くできたのに。

 相手の女性も嫌な感じではなく、終始楽しそうにしていたはずだ。

 なのに、次の予定については断られてしまった。

 自分の感覚としては、話題が尽きて沈黙してしまう事もなく、今までは言えなかったようなセリフも言えて好感触だった。

「まぁ、たまたまあの人には刺さらなかっただけだよな」

 そう思って、再度マッチングアプリを開いた。


 その後も俺は、デバイスを着けて生活を送った。

 人格の有効期限がくれば、その都度購入し直す。

 日中、そして夜も、その時々の予定に合わせてデバイスを使った。

 そんなほぼデバイスをつけっぱなしの生活を始めて、一カ月程経過しただろうか。

 仕事の面接は順調に二次三次と進み、自作の曲も投稿すれば今までの比にならないくらい再生される。

 バイトもすっかり慣れて、店長にも毎回のように褒められる。

 マッチングアプリの方も、一人の女性と三回目の会う約束まで漕ぎ着けた。

「マジで、このデバイスのおかげで人生変わったな」

 力を借りているとしても、俺にも色んな事ができるんだなと思える。

 元の何でもない自分とはおさらばだ。

 最近は、そんな自分の事も思い出せないくらい充実した日々を送っている。

 バイトを終え、俺は幸福感に包まれながら帰路についた。


 帰る途中、コンビニで夜飯を買って帰宅した。

 そういえば、今日は姉が来るとか言ってたな。

 何やら旅行に行ったとかで、お土産を持ってきてくれるらしい。

 まだ約束の時間までは少しある。鍵はあけておいて、姉には風呂に入るから勝手に入っていいと連絡しておこう。

「よし、じゃあ入るか」

 姉にメッセージを送り、風呂へ入る為デバイスを外した。

 そのまま視界が真っ暗になり、俺は倒れた。

 

「弟の意識は戻らないんでしょうか……?」

 あの日から一週間。

 救急車で搬送され、入院する事になった弟の意識は戻らない。

「我々も手を尽くしてはいるんですが……今のところ回復の兆しは見られず……」

「そうですか……」

 弟の主治医の言葉に、私と弟の現状について説明を聞いた両親が肩を落とす。

 弟は生命維持に問題はないものの、意識が戻らない状態だという。

 いわば入れ物があるのに、中身が消えてなくなってしまったような状態だと。


 あの日、弟の部屋に置いてあったヘッドギア型のデバイスを思い出す。

 病院を後にし、実家に戻る。

 こんな状況になってしまっても、お腹は減るので食事をする。

 テレビの電源を入れると、ニュース速報が流れてきた。

 家族の注目がテレビに集まる。

「若者を中心に流行していたと見られる「ヘッドギア型デバイス」による事故が多発しています」

 弟の部屋にあったデバイスが、画面に映し出されている。

「警察は政府とも連携して、該当デバイスを販売していた企業改め、研究施設の捜査を進めているとの事です」

「施設は警察の取り調べに対し、『一時的な人格の上書きによる元の人格への影響、および人格の完全な書き換えに関するデータを収集していた』としており、被害者が使用していたデバイスと接続していたスマートフォンからデータを収集していたと見られています」

 画面にはデバイスの販売ページが映され、「人格の長時間に渡る使用、複数人格の頻繁な書き換えは精神に影響を与える場合がございます」と限界までズームしても読めるか読めないかくらいの大きさで、ページの隅に小さく記載されていた事が紹介されており、この事件は起こるべくして起こったという悪質さが分かる。

「このデバイスによる被害報告は、日に日に増加しているものの、治療の目処についてはたっていません。一刻も早い被害者の治療が望まれています」

「それでは次のニュースです……」

 事件についてのニュースが終わり、家族の間に沈黙が流れた。

「こんな事しなくても、そのままでよかったのに……」

 母が涙を流しながら言葉を漏らす。

 そうだ。弟は何かにならなくても、そのままの弟でよかったのに。

 人にはそれぞれ良さがあって、欠点もあって。

 でも、それが合わさってその人の魅力を形成しているのだから。

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