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不思議な世界の終わらせ屋さん  作者: 七星
終わらせ屋さんとの出逢い
4/5

終わらせ屋さんとの出逢い(4)

カカッと光りに包まれ、麻生は思わず目を瞑った。


「もう大丈夫ですよ」


桃里の声で麻生は恐る恐る目を開ける。自身の全身をチェックしてみたが、特段身体的な変化はないように思えた。続いて状況把握をしようと顔を上げる。すると桃里の肩口に美しく輝きを放つ虹が見え、麻生の思考はそちらへ全て奪われてしまった。


「すごい……この世の綺麗の結晶みたい」

「まあ所詮は虚構の世界ですけどね。お褒めに与り光栄です」

「もう登っても?」

「勿論です。こちらへどうぞ」


手を引かれて入口らしき場所に案内される。雲のアーチと階段に迎え入れられ、いよいよ胸の高鳴りを隠しきれなくなってきてしまった。表情筋が緩んでいるのが鏡を見なくても分かる。


「……可愛いですね、メルヘンだ」

「綺麗と言ったり可愛いと言ったり。忙しい人ですね、君は」


そう言う貴方は減らず口の割にロマンチストですね、と言いそうになったが、駄々を捏ねて虹を強請ってしまった手前麻生は口を噤んだ。目の前の幸せを優先する方が賢い。


「あれ、手離しちゃうんですか?」

「そんなに繋いでいたかったのですか?これは失礼」

「な、違います!断じて!」

「はは、冗談ですよ。君にしか魔法をかけていないので、私はこちらで待たせてもらいます。どうぞごゆっくり」


てっきり桃里も一緒に行くものかと思っていたが違ったらしい。ただ純粋に、ずっと手を繋いだままだったから聞いただけだったのに。明らかに揶揄うのが楽しいといった表情の桃里だが、今はそんなことに脳のリソースを割くにはいかない。目の前の幸せを存分に楽しむことが賢いことだと二度目の確固たる決意を抱え、麻生は雲の階段に一歩踏み出した。

見た目はふわふわとした綿菓子のようだが、しっかりと足を踏みしめることができる。一番近しい例えを脳内で検索してみるが、適当な解は見当たらない。硬度でいうと羊毛フェルトに近いような気もする。

そんなことをぐるぐる考えながら雲の階段を上がっていると、待ち望んだ虹が目の前に現れ麻生は巡らせていた思考を全て放棄した。


「……眩しい」


七色に輝く虹は、光を反射して何かがパチパチ弾けているように見える。高さは建物3階分といったところで、そのまま緩やかなカーブを描いて端まで繋がっていており、幅は思ったよりも広く麻生が手を伸ばしても届きそうにない。麻生が四人と少しくらいといった所だろうか。もし将来結婚式を挙げるなら、バージンロードではなくこの虹を渡りたいな、と麻生は思った。特段相手がいるわけでも結婚願望があるわけでもないのだが。


「わ、なんか音がするんですけど」

「そちらの様子はどうですか?」

「すみません今から虹を渡るので後にさせてください!」

「はいはい」


下の方から聞こえた声もほどほどに意を決して虹を進んでいくと、踏みしめる度にシャララン、シャラランと音が鳴り、その音に合わせて先程の光がパチパチと弾けた。堪らなくなって、麻生はその場で足踏みをしてみる。これはやばい、楽しい。楽しすぎる。暫くあちこちを散策していたが、この想いを新鮮なうちに桃里に伝えておかなければと、虹から身を乗り出して麻生は叫んだ。


「ああもう、そんなことしたら危ないですよ」

「桃里さん!とっても楽しいです最高の気分ですありがとうございます!」

「そうですか。それはなによりです」


桃里さんも来ればいいのに、と声を掛けようとしたが、当の本人は手首の腕時計を確認し時間を気にしているようである。


「あ、私としたことが言うのを忘れていました」

「え?なんですか怖い」

「この魔法には時間制限があるんです。ちなみに残り3分」

「え、もう後3分ですか?さすがに早すぎでは……ていうかそういう大事なことはもっと前に伝えておいてくださいよ」

「忘れていたことについては謝罪します。ですが無駄話をしていたら3分なんてあっという間ですよ。ほら、残り2分34秒です。時間が来る前にこちらに戻ってきてくださいね」

「……はい」


まあ時間ギリギリまで堪能して、最後に本気ダッシュすれば間に合うだろう。今はこの景色を忘れないよう、しっかりと目に焼き付けて文字に起こすことに注力すべきだ。麻生は昔から、自分にとって大事な出来事は日記のように自身の記憶のノートに書き足すようなイメージを持つことが癖になっている。

でもきっとこのキラキラと輝く虹の姿と、今日の素晴らしい体験は、桃里の絵を見れば何時だって思い出せるだろう。


「麻生さん、残り1分です。そのくらいにして早くこちらへ」

「今行きます」


麻生は、50m走8.2秒の平均よりやや速めの足で虹を駆ける。走っている分だけシャラランと耳を鳴らす音も、視界を満たすパチパチと弾ける光も沢山になっている。それがまた気持ちを高ぶらせて、少しスキップをしてしまったのがいけなかった。あ、と思った瞬間、麻生は顔面を虹にぶつけていた。まあつまり、転けたのだ。


「……痛い」

「今転んだように見えましたが大丈夫ですか?」

「なんとか。虹とキスした程度です」

「冗談を言えるようでしたら平気そうですね。まあ時間は平気そうではなさそうですが」

「え?」

「どうやらタイムオーバーのようです」


ガシャンガシャンと大きな音が麻生の鼓膜を打ち鳴らす。麻生はその場にへたりこんだまま両手で耳を塞ぐが、あまり意味を成さないくらいだ。


「え、待って崩れてる……?」


端にあった雲の階段は跡形もなく消えていた。それどころか、音と共に崩壊の余波がこちらに迫ってくるではないか。


「麻生さん、落ち着いてください」

「終わった来ないで絶対落ちる嫌だー!」

「そこからなら骨折くらいで済みますよ」

「そんな訳あるか!」


こんな騒音の中でも何故か通る桃里の声にツッコミを入れていたら、もうすぐそこまで崩壊が近づいていた。

ふわっと内蔵が浮く感覚と共に、支えを失った全身に重力がのしかかる。絵の中で死ぬとか有り得ることなのだろうか、とりあえず落ちていることだけは分かるのだけども。


「仕方ありませんね」


桃里がそう呟いた気がした。

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