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不思議な世界の終わらせ屋さん  作者: 七星
終わらせ屋さんとの出逢い
3/4

終わらせ屋さんとの出逢い(3)

硬い地面の感触と瞼に裏側に差し込む眩しさに麻生はゆっくりと目を開ける。


「気がつきましたか?」


どうやら横たわっているらしい。青空をバックにこちらを覗き込む桃里が視界に映る。起き上がろうとすると繋がれていた左手が引っ張られた。


「うわ、っと」

「ここは不安定なので、足元に注意してくださいね」


勢い余って桃里の胸に飛び込みそうになるのをつま先に力を入れて必死で耐える。そう何度もペースを乱されてはたまったものではない。というか何事も無かったかのように桃里は話しかけてくるが、どこに連れて来られたのだろうか。いきなり厄介事に巻き込まれた経緯を思い返して段々とイライラしてきた麻生は、少し勢いをつけて手を振りほどいた。


「あの、すみません。ここは一体何処なのでしょうか」

「先程の絵の中です。ほら、あそこに私のサインが描いてあるでしょう」


振りほどかれた手をさほど気にする素振りもなく桃里が指を差した先を辿ると、確かに「Wataru.Tori」の文字が建物の壁に描かれているのが見てとれた。


「はあ、それは分かったのですが。絵の中とはどういう意味で?」

「絵の中、という意味です」


淡々と説明する桃里は、"何回も説明させるな面倒くさい"というセリフが顔に浮き出て見える。その顔をしたいのはこっちの方なのだけども。先程の建物を背に辺りを見回すと、さっきまで居た公園の風景とは全く違い、地平線の先まで草原が続いているようだった。太陽の反射で芝生に残っていた朝露がキラキラ反射して、確かにここで感じる高揚感は、麻生が心奪われたあの絵そのもののように感じる。


「……魔法」

「やっと分かってくれましたか」

「……いやでも信じられないと言いますか。本当にあの絵の中に入ってしまったんですか?私たち」

「はい。おっしゃる通りここは僕が描いた絵の中の世界で、魔法で貴方をこちら側にお連れした次第です。すべて作り物ですので、生き物も草木も、形を変えることなくいつまでもそのままの姿で残り続けることが出来ますよ」


これが全部絵だなんて……こんなにも本物そっくりなのに。試しに芝生についた朝露を手に乗せてみようとすると、丸い雫のまま掴めてしまった。太陽の光にかざすと乱反射して、まるでビー玉ようだ。でも感触は柔らかくてなんだか不思議な気分である。他に存在しているものはどんな風になるのだろうか。気になって空を見上げると、遠くに虹が掛かっているのが見えた。


「桃里さん、あそこに見える虹の方に行くことはできますか?」

「行くというより、掴めはすると思いますが。何故です?」

「だって魔法の虹ですよ?虹の橋に登りたいと思うのは人類誰しも願う夢だと私は思いますよ、少なくとも私はですけど」


返事がないなと思ったら、桃里は可笑しそうにクククと口元を押えて笑いをこらえていた。子供っぽいと思われただろうか。思ったことをそのまま言っただけなのだが、そんな風に笑われるとこちらがいたたまれなくなるのを分かっててやっているのかこの人は。麻生がギロリと睨むとその様子がさらにツボに入ったのか、こちらに背を向けて肩を震わせている。さっきから思ってはいたが、人の顔を見て笑うなんて桃里は大分失礼な人間な気がする。


「ふぅ……すみません、君があまりに必死だったので。虹に登ることはできないのですが、手を伸ばせば掴めると思いますよ」


やっとツボから抜け出した桃里が虹に手を伸ばす。やはりずっと小馬鹿にされているような気がして釈然としないが、虹の行方は気になるので桃里の手を視線で追う。遠くにあると思っていたが、本当に手の届くところに虹はあったらしい。パキッと音がして桃里が何かを掴むと、その手をこちらに差し出す。


「ほら、このように」

「わあ、すごい……綺麗……」


桃里の手のひらには5センチくらいの虹の欠片が輝いていた。ステンドグラスのようで、それでいて違うような、7色のグラデーションが美しい欠片だ。


「先程形を変えないとおっしゃってましたが、割ることは出来るんですね」

「一応は。魔法が必要になりますので、誰でもという訳にはいきませんが」


この人、本当に魔法が使えるんだなあと麻生はしみじみ思った。魔法使いと言えば、大正時代前後に絶滅したと歴史の教科書で習った気がする。他にはどんな魔法が使えるのだろうか。


「……あの、やっぱり虹に登ることって出来ませんか?」

「……麻生さんってよく面倒くさいって言われませんか?」

「たった今初めて言われました。……それとも魔法とはその程度のものなのでしょうか」


麻生はわざと桃里を煽ってみる。この手のタイプは、引き際を間違えなければなんだかんだ頼まれてくれるだろうというここ数十分での麻生の見立てだ。はあ、と桃里がため息をつくと、どこからか絵筆とパレットを取り出した。麻生の読み通りである。


「あの虹に登れないのは、所詮は僕がイメージして描いた絵なので、人間の体重に耐えられるよう作られていないからです」

「なるほど」

「なので、新しく描き足します」


スラスラと描かれるそれは、空に浮かんでいる虹よりずっと大きく、始まりと終わりの部分には雲が飾られている。


「これです私が求めていた虹の橋は!」

「分かりましたから、危ないので一旦離れていてください」


興奮する私をシッシと手であしらい、なにやら細かい作業をしているようだ。気になって覗き見ようとするが、桃里が邪魔で遮られてしまう。まあでも大人しくしてないとまた小言を言われそうなので、完成まで待つことにする。


「麻生さん、こちらに」

「はい」


桃里は麻生の手を取ると瞼を閉じ、詠唱を始めた。手を繋ぐのは呪文を唱える時に必要な手順だったのか、と今更ながらに思う。


「我が描きし虹の橋よ、彼の者に渡る術を授けよ_____」


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