終わらせ屋さんとの出逢い(2)
お気に入りの公園のベンチで、街並みを眺めるのが好きだった。
特にやりたいことも決めずに勢いで引っ越してきたばかりの麻生は、日が傾き始めた頃にお気に入りの公園のベンチでぼうっとするのが好きだった。
内見時に近くを散策した際見つけたこの公園は、小高い丘に位置していて港町を一望できた。遠くから聞こえる船の汽笛や、誰かが手入れしているのか、季節の花々がこじんまり植えられているところも素敵ポイントである。ちょうど今の時期は薔薇が満開で、甘い香りが微かに鼻腔をかすめるのが心地いい。
いつものように左側のベンチに座ろうとすると、珍しく今日は先客がいた。仕方が無いので隣のベンチに腰をかける。横目で様子を伺うと、どうやら絵を描いているようだった。麻生に絵の知識は全くないのだが、キャンバスに描かれているのが眼下に広がるこの街の景色でないことは明らかだった。わざわざ異国の風景画を描くなんて不思議だ。でもその絵は麻生の心を掴んで離さない。線や色のひとつひとつがとても綺麗で、どこか懐かしくて、なんだか粒立ってキラキラ輝いて見えた。
「……魔法みたい」
横目で盗み見ていたはずだったのに、いつの間にか直視どころか近づきすぎてしまっていた。
顔を上げた先客と視線が交わる。麻生より少し年上だろうか、眼鏡と黒髪が良く似合う整った顔立ちの青年だった。
「魔法」
「あ、いえ。邪魔をしてしまいすみません。とても素敵な絵だったので、つい。ええと、」
「桃里です」
「トウリさん。私は麻生です」
何故か自己紹介をする流れになってしまった。いや初対面だから当然ではあるのだが。展開が急に思えて身構えてしまう。その思いと比例するかのように今度はしばらく無言が続いた。気まずくなって自分の爪先を意味もなく見つめていたが、時間が経つにつれ横からの視線が刺さって痛い。仕方が無いのでゆっくりと桃里の方に向き直る。
眼鏡の奥の黒曜石のように澄んだ瞳が、じっとこちらを見つめていた。やっぱりいたたまれなくなって、今度は自分の膝辺りでぎゅっと握りしめていた拳に視線を移してみる。
「もし本当に魔法だと言ったら、どうしますか?」
「え?」
「手を、こちらに」
なんだかよく分からないまま差し出された桃里の右手に、麻生は左手を重ねた。なんだっけ、本当に魔法?あるわけないでしょう、こんな現代に。でもこの絵を魔法みたいだと思った自分を肯定された気がして、つい浮かれてしまったのかもしれない。今思えば、このとき怪しいなと踏みとどまっておけばよかったのだ。まあ過ぎてしまったことはどうしようもない。他人の手のひらは思ったより冷たいなと思った瞬間、ぐいっと身体を引っ張られ、桃里は怪しげに微笑みながら立ち上がった。
「え、ちょっとなに!?」
「描かれし夢の世界よ、我らを招き入れたまえ____」
桃里の声と共に視界はぐにゃりと回り、「いきなりどういうことなの説明して!」という麻生の抗議は、声に出されることなく意識の方が先に手放された。