終わらせ屋さんとの出逢い(1)
もはや残暑とは呼べないレベルの刺すような日差しを避けるように、気持ち的には瞬間移動をしている体で、僅かな木の影を踏みながら鬱陶しい坂を登る。そんなことをしているから体力を消耗するんですよ、とジト目で眼鏡で愛想のない男の幻聴が聞こえるような声がして、より一層身体が重くなる。
大通りから逸れた脇道を進むと、名前の分からないツタが幾重にも絡まり、くすんだクリーム色の外観にインディゴブルーの瓦屋根を携えた、いかにもな雰囲気の洋館が現れる。錆びれて半分は形を失くしてもはや意味を成していない鉄の門をくぐりぬけ、人が雑草を踏みつけることで出来たアプローチを通り、インターホンを2回押す。
ここだけ随分近代的で、ドアノッカーじゃないんだなと思ったことはあるけれど、それを言うとまた面倒な小言が数十分続くことになるので心に留めるだけにしている。
9時58分。あと2分過ぎると遅刻の時間ではあるが、無言はお咎めなしの意味と捉えて、麻生キノは洋館のドアノブを押した。
「おはようございます」
「おはようございます。麻生さん」
応接間へ向かうと声の主は高そうなティーカップを片手に眼鏡を曇らせていた。中身は玄米茶だ。朝にコーヒーを飲まず、京都から取り寄せたノンカフェインの茶葉で眠気を覚ます、桃里亘はそういう男である。
麻生が桃里と出逢ったのは、まだ薔薇の咲く朗らかなある日の事だった。