第四章:黄昏の街オルダ 前編
森での一件の後、ジュリとカイルは街を目指して旅を続けた。
幾日かの野営と、小さな村での補給を経てついに、彼女たちは“黄昏の都市”オルダへと辿り着いた。
オルダの街は、太陽が傾きかける頃にその全貌を現した。
「すごい、これがこの世界の“都市”?」
ジュリの目の前に広がる景色は、現実離れしていた。
石造りの高層建築と、宙を飛ぶ小型の魔導艇。
路地裏には蒸気を吐く機械仕掛けの屋台が並び、人間だけでなく耳の長いエルフや、猫のような顔立ちをした獣人たちが行き交う。
「混沌としてるが、悪くないだろう」
カイルの言葉に、ジュリはこくりとうなずく。
「うん、なんだか生きてるって感じがする」
城塞都市オルダ。この世界でも屈指の交易都市であり、旅人、商人、そして冒険者たちの交差点。
街の入り口では、重装の門番が訪問者の確認をしていたが、カイルが古びた証書を見せると、あっさりと通してくれた。
「旧ギルドの証かあんた、なかなかの男だな」
「昔取った杵柄さ」
街の中に入ると、ジュリの目はあらゆるものに釘付けだった。
魔導仕掛けの看板、空を照らす光球、そして、見たこともない服をまとった人々。
しばらく歩いたあと、カイルは一軒の酒場に立ち寄った。
「赤狐亭」と呼ばれるその店は、冒険者たちの情報交換の場でもある。
「ここなら、有力な情報も手に入る」
店内は賑やかで、剣を背負った男女や、重装備の戦士が笑い合っていた。
カウンターの隅に座ると、カイルはジュリに小声で言った。
「情報を集めるコツは、“酒場の壁の張り紙”と“酒場の年寄り”だ。後者は特にな」
案の定、片目に眼帯をつけた初老の男が、興味深そうにこちらを見ていた。
「異国のお嬢ちゃんか珍しいな。なにか探し物でも?」
ジュリは迷った末に、素直に兄のことを話した。
「似た顔立ちの男か。そういえば西の外れにある《ルザリアの遺跡》で、見かけたって話があったな」
「ほんとうですか!?」
「ああ。ただし、今はあそこ、瘴気ってのが充満してて、近づくのも一苦労だ。王都から封鎖命令も出てるらしい」
情報は確かだった。けれど、同時に大きな壁でもあった。
「行くなら準備が要るな」
カイルは静かに言った。「それに、あんたの兄ちょっとした存在じゃなさそうだ」
酒場を出たあと、ジュリとカイルは裏通りを歩いていた。
日が暮れ、街灯が灯りはじめると、不意に不思議な笛の音が風に乗って聞こえてきた。
「あの音なんだろう」
音のする方へ進むと、噴水広場に一人の男が立っていた。
奇妙な白と黒の仮面をつけ、長い外套をまとったその人物は、静かにこちらを見つめていた。
「君のような者が、また現れるとはな」
カイルが警戒して前に出る。「こいつ只者じゃねぇぞ」
「あなた、誰?」ジュリが問う。
仮面の男は答えず、ただ言葉を投げた。
「“探している者”は、まだ遠くにはいない。だが、その存在を追うことが、君自身を試すことになる」
「兄のことを知ってるの?」
男は少しだけ顔を傾けた。仮面の奥の表情は見えない。
「選ばれし者には、必ず“交差点”が訪れる。そこで道が分かれ、未来が変わる」
「なにそれ……どういう意味?」
返事はなかった。男の身体が淡い光に包まれ、次の瞬間には消えていた。
「転移か」カイルが剣をしまう。「まるで謎かけみたいなやつだったな」
ジュリは、胸に残った言葉を反芻する。
『探している者は、遠くにはいない』あれは本当なの?
本当に、お兄ちゃんのことを知っていたのだろうか?