第二章:旅立ちの風
リィンに案内されて、ジュリは近くの村にやってきた。
「ライセルの村」と呼ばれるその場所は、小さな谷間に作られた静かな集落だった。
木造の家々が並び、家畜の鳴き声がどこかのんびりと響く。村人たちはジュリに好奇の視線を向けながらも、敵意は感じられなかった。
「……なんだか、絵本の中に迷い込んだみたい」
「よく言われるよ、迷い人には。けど、ここも現実さ。ちゃんと悩みもあれば、問題もある」
村の集会所のような建物に通され、リィンはジュリに温かいスープを差し出した。 「しばらく、ここにいてもいいよ。体も疲れてるだろうし」
「ありがとう、リィン」
スプーンを握る手がわずかに震えていた。
緊張なのか、恐怖なのか、あるいは現実を受け入れ始めている兆しかもしれない。
「ねえ、この世界って、魔法とかあるの?」
「あるよ。全部の人が使えるわけじゃないけどね。君も、もしかしたら何か素質があるかもしれないよ」
「魔法……ほんとに、ファンタジーの世界みたい」
リィンは少し笑った。
「でも、そういう世界だからこそ危険もある。モンスターもいるし、盗賊もいる。だから、旅をするなら気をつけて」
「旅するって思ってるの、なんでわかったの?」
「うん。兄さんを探すって、君の目が言ってる。止めても無駄だろうなって」
ジュリは視線を落とし、少しだけ笑った。
「そうだね……ここにいたら、安心できる。でも、安心だけじゃ、お兄ちゃんには会えない」
スープの湯気が、ゆっくりと立ち上る。
その向こうに、まだ見ぬ世界がぼんやりと浮かび上がる気がした。
数日後、ジュリは旅の準備を終えた。
村人から譲ってもらった簡素な旅装と、小さな袋に詰められた保存食。そしてリィンが用意してくれた、地図のようなもの。
「ひとまず、南の街“オルダ”を目指すといい。情報も人も多いから、手がかりが見つかるかもしれない」
「リィンは一緒に来てくれるの?」
リィンはほんの少しだけ、視線をそらした。 「……ごめん。僕にもやらなきゃいけないことがあるんだ。でも、また会えると思う。世界は広いようで、意外と狭いから」
そう言って、リィンは小さなペンダントを差し出した。透明な石が嵌め込まれた、不思議な形のもの。
「これ、昔もらったものなんだ。きっと、君を守ってくれる。信じてるよ、ジュリ」
ジュリはそれを両手で受け取り、しっかりと頷いた。
「ありがとう。絶対、また会おうね」
風が草を揺らし、彼女の髪をなびかせる。
ジュリはひとり、歩き出した。