9:怒涛の準備期間
「うん、そうだね。リリアーナのワガママにはしっかりと応えなきゃね」
うんうんと頷いてエルネスト様が了承してくれた。
やった! ご褒美ゲットだぞぉ! そう喜んだ次の瞬間、エルネスト様から飛び出てきた提案に白目になった。
「そうだね、式は八月半ばにしようか」
「え…………? いまろく……が、つ……」
流石に二ヵ月ちょっとというのは早すぎやしないだろうか。
そういえばさっき諸々の下準備は既に進めていたとか言ってたっけ?
もしかして、ドレスさえも二ヵ月以内に出来てしまうのかな? いろんな業者さんの予定を揃えられるの? 花屋さんとかパーティー専門のケータリング業者とかも?
「全部、手配していると言ったろう?」
「ぜんぶ」
「あぁ。全部だよ。全部、最短で動けるように手配している。大丈夫だよ、出来る」
エルネスト様が出来ると言うと、なんだか本当に出来そうな事のように聞こえる。出来るというか『させてみせる』感があるけど、そこは突っ込んだらいけない気がする。
「それに、冷静になる時間はあまりない方がいいだろう?」
――――冷静?
なんの話かと思ったら、人は時間を掛ければ掛けるほど、あれもしたいコレもしたい、あれをするためには……なんて色々と考えてしまって、動き出すのがどんどんと遅くなるのだとか。
そう言われると、確かにそうなのかもしれない。
迷って色々出来なかった事を思い出す。
エルネスト様にもっと甘えたいと思っても、嫌われたら、迷惑だと思われたら、気疲れされてしまったら、なんて考えて動けなかったことがいっぱいあった。
「例えば?」
「えっと――――」
例えば指を絡めた恋人繋ぎ。エルネスト様にソッとエスコートスタイルに戻されたとしても、こうしたいの! とお願いしたらやってくれていたかもしれない。
馬車でも、向かい合わせで座るんじゃなくて、隣り合って座りたいと言えば、座ってくれていたかもしれない。
カフェでだって、隣り合って座りたいって言えばよかった。
もっと長い時間おしゃべりしたかったし、一緒に遠出なんてものもしたかった。
「うん。リリアーナはいつも私のことを一番に考えてくれていたね。仕事に影響しないようにって。ありがとう」
「違うんです……」
「ん?」
ずっとエルネスト様の立場を利用していた。自分が踏み出さない言い訳にするために。本当はぐるぐると考えすぎていただけだった。断られるのが怖くて、踏み出せなかっただけ。
そう伝えると、それでもありがとうと言われた。
「私はね、リリアーナが思うほど、心の強い人間じゃないんだよ」
「……嘘」
「嘘じゃないよ。いまも、君を襲わないように気を引き締めるのが精一杯なんだよ?」
――――ひょえっ!?
「でも、もう我慢しなくていいんだよね?」
「……え」
「リリアーナ、逃さないよ?」
エルネスト様がにこりと笑ってそう言った。なんという追い詰め宣言だろうか。
笑顔は素敵なのに、言っていることは結構に恐ろしい。
「ご……ご遠慮しま……」
丁重にお断りしようとしたのに、またもやにっこりと微笑まれた。ちょっと目が笑っていない気もする。
「リリが追い詰めたんだよ? 私を」
「不可抗力でして」
「ん?」
有無を言わせないエルネスト様の笑顔。
これは流石に敗北を認めるしかないのかもしれない。
それからの日々は、あまりも目まぐるしく過ぎていった。
まず、エルネスト様が宣言していたとおりに、翌日には結婚に必要な書類は全て揃っていた。
両家の挨拶は三日後には終えて、義両親からはすぐにでも侯爵家に引っ越してきていい、部屋は何年も前から用意されていると言われた。しかも、言葉の端々に『何年も前から』を挟み込む勢いで。
それが何年前からなのかは、怖くて聞けないでいる。
業者や臨時の使用人たちの手配も、一週間と掛からずに終わらせていた。ドレスは一ヵ月後には出来上がった。しかも、私が気に入ること間違いなしのデザインで。
なぜこのデザインにしたのかとドレスを試着しながら聞くと、ドヤ顔で私の好みが分からないわけがない、婚約者なんだから、と言われて、針子さんたちがかなり引いていた。
私は顔が真っ赤になるほど照れていたので、エルネスト様のドヤ顔に対して何かを言える立場にはないなと思い、グッと堪えた。
エルネスト様は相変わらず騎士様のお仕事に邁進されていて、一緒に過ごせる時間はそう多く取れないけれど、以前より近くで寄り添えるようになった。
必ず恋人繋ぎをしてくれるし、頬にキスを何度もくれる。
二人でちゃんと話し合って、幼いころの約束を大切にすることに決めたので、唇へのキスは結婚式まで我慢。
そうして、恐ろしく短い二ヵ月半という期間で結婚式の準備を整えてしまった。
エルネスト様の行動力も凄いのだが、それを良しとしてさまざまな手配の手伝いをしてくださったお義母様とお義父様のフットワークの軽さにも驚かされた。
エルネスト様は、お仕事が忙しすぎて家に一人きりにすると心配してくれていたけど、あんな素敵な義両親がいるのなら、安心出来そうだなんて結婚後の生活を想像したりもした。
明日はとうとう結婚式、実家で過ごす最後の夜だけど、明日は早朝から準備をしなきゃなので、いつもより早めにサクッと寝ることにした。