8:えっと、えーっと。
すぐに結婚式してくれるんだぁ、半年くらいあとかなぁ、ドレスの準備とか間に合うかなぁ? なんて考えていた。
普通、貴族の結婚式は準備に一年から二年くらいかけるのだ。半年後なんてのは本当に大急ぎでやってギリギリ行えるかどうかの期間なのだから。
「リリアーナ、話はまだ終わってないよ?」
「ほへっ?」
エルネスト様に話は終わってないと言われたが、他に何かあるだろうか? 結婚話を進めるにも、両親たちとの話し合いや書類の準備もあるし、貴族院からの承認も必要だ。
いまここで進められることはほとんどないはずだけど。
「リリアーナ、あのときの言葉は覚えているかい?」
「あのとき?」
「私を押し倒して、泣きながら言った言葉――――」
「あー! わぁぁぁ! ふおぉぉぉうゲホゲホ、ちょっと風邪具合が……」
ニンマリと笑みを深めたエルネスト様から一切の言い訳を許さない空気が漏れ出ていた。
「健康優良児だろう?」
「グハッ」
「確か、言われたのは――――」
唇へのキス。
それを深くした大人のキス。
指を絡めた恋人繋ぎ。
勇気を出してやったのに、スルーされたこと。
子ども扱いして、女性として見てくれていないこと。
私の友人たちに奥手すぎると言われていること。
実は男性の機能が……とかまで疑われていること。
「――――だったかな? 早急に挽回しないとだろう?」
「へっ? 挽、回?」
エルネスト様が真剣な顔で頷いた。疑われたままでは非常に不服だと。
あれは言葉のあやというか、勢いに任せて言ってしまった言葉であって……と言い訳しようとしたが「本心だろう? 少なくとも、私にはそう感じられた」と真剣な表情で言われた。
「ごめっ」
「リリアーナに謝らせたいんじゃないんだ。ただ、男の沽券というかね……。まぁ、我慢しなくていいのなら、したくないし?」
「あうっ、はい」
エルネスト様は、思っていた一〇〇倍くらい私のことを考えてくれていた。
騎士団の仕事が忙しく、家に一人きりにしてしまう時間がほとんどになることが一番の懸念だったそう。
そして、侯爵家であるエルネスト様の家に入るのであれば、家のことをちゃんとしないとと気負うはず。そうなると友人たちとのお茶会や食事の誘いを私は断りがちになってしまうかもしれない。
「リリアーナは私に遠慮するきらいがあるからね。でも……今回、爆発してくれてよかった」
「へ?」
「リリアーナの本音を知ることが出来たのは、本当に大きかった。とりあえず、ベッドから出てきて?」
「ふぁい」
ずっとベッドに籠城していたかったけど、流石に駄目だった。のそのそと這い出て、ベッドに腰掛けてエルネスト様と向かい合った。
「結婚式は出来うる限り、早急に準備する」
このとき、早急と言っても半年は間違いなく掛かると思っていた。
「書類は準備済みだ。日付を書き込むのみでいいように手配も済んでいる」
――――ん?
書類全部揃ってるの? え? 貴族院の許可さえも? それでいて、保留という形で置いていた? え? なぜに準備済みで?
「ドレスの下準備は済んでいて保管してもらっているから、サイズの確認を終わらせて早急に着手させよう」
――――んん?
下準備が済んでいるってどゆこと? 布地もデザインもある程度決まっていて、私のサイズが変わったときのために、本縫いはしていない? あ、すみません、お菓子食べ過ぎって注意されましたもんね。いえ、一応体型には気をつけてますよ、はい。
「式に伴う業者も選別済みで、いつでも動いてもらえるよう話はつけている」
えっと、エルネスト様、何のためにそんなにも下準備万端なのですかね。そして、何年前からそんなことやっていたんですかね?
「ん? リリアーナが一六歳になった瞬間に」
「えっと、えーっと?」
「なぜ? って顔だね?」
エルネスト様が楽しそうな表情でエメラルドグリーンの瞳を細め、首をゆっくりと傾げた。
くっ……カッコイイ。言っていることは不穏極まりないけど、仕草が格好良すぎて危うく流されてしまいそうだった。
「自分の我慢強さは自負しているが、リリアーナは予測不能だからね。いつ決壊してしまうか分からなかった」
エルネスト様がドヤァッとなってるけど、意味がわからない。私のどこが予測不能なんだ。こんなに分かりやすいのに。
「…………今日の自分の行動を覚えてないのかい?」
エルネスト様に少し呆れ返った顔で見られてしまった。
あれはノーカウントでよくないかな? だって、本当に半年後には死ぬんだと思っちゃうでしょ!?
両親があんなふうに悲痛な声で話してて、泣いているのよ? 信じるなって方が無理でしょ!?
むーっと頬を膨らませていたら、エルネスト様が苦笑いしながらごめんごめんと軽ーく謝ってきた。
そんなんじゃ許さないぞ!
オトメゴコロが傷ついた!
なんかご褒美くれないと許さないぞーっとワガママを言ってみた。だって、エルネスト様が可愛いワガママならたくさん言っていいって言ってくれたから。
目の前の餌につられて、さっきから垣間見えていたエルネスト様の半端ない行動力を失念していた。




