4:エルネストの想い
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私の下腹部に跨り、顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうなリリアーナを見上げて、なぜかふと昔のことがフラッシュバックした。
六歳下のリリアーナ。
幼いころから知っていて、ずっと大切にしてきた婚約者。
出逢ったのは王城庭園でのお茶会で。庭園の奥で迷子になっていたオレンジ色の綿毛のような子を見つけて、声を掛けた。道案内しようと思って。
半泣きになり、鼻水を垂らしていたのに、なぜか可愛いと思ってしまった。
「ぅう……たすけてくれるの?」
「うん。ついておいで」
「あなた、きしさま? おかあさまがね、こまったら、きしさまをさがしなさいって……」
どうやらなにか困りごとがあって騎士を探していたが迷子になったらしい。少女は騎士が見つからなかったのだと言い、本格的に泣き出してしまった。
こういうときはどうしたらいいのかと記憶を探る。幼いころ、淋しかったり怖かったりすると母が抱きしめてくれていた。だから、きっとそうしたら良いのだろう。だが見た感じ四歳くらいの少女を一二歳の私が抱きしめたら、ほぼ犯罪ではないのか? そう自問自答していたら、少女が地面に座り込んでしまった。
「せっかくのドレスが汚れるよ」
ほらと手を差し伸べて立ち上がらせようとしたら、ドンと勢いよく抱きついてきた。おかげで尻もちをついてしまった。
「あいたたた」
「うぅぅっ……」
腹部に顔を埋めてエグエグと泣き続けている少女を見ると、どうにもこうにも心臓がギュッと締め付けられてしまう。
「きしさま……どこぉ……」
正直なところ、騎士はわりと直ぐ側にいたのだが、あまり職務に真面目ではないらしく、サボって壁に寄りかかって眠っていた。だから、この子がここまで入ってこれたのだろう。
「なにか困っていたの?」
「きしさまじゃないと、いったらダメなのっ」
なぜそこは頑ななんだ。すこし面倒になって嘘でごまかすことにした。
「私は騎士見習いになるつもりだ、私には相談出来ない?」
「きしみにゃにゃい?」
「将来の騎士様だよ」
そう言うと、少女は鼻水を垂らしたままでパァァァッと満面の笑みをこちらに向けてきた。
恥ずかしい話だが、私はこのときに恋に落ちた。
この子の未来を私が守り通さねばと、本気で騎士になろうと心に決めるほどに。
その後、少女はリリアーナと名乗り、騎士を探していたのは、母親に着けてもらった髪飾りがなくなったからなのだと言った。そして、手を繋ぎ一緒に髪飾りを探して、お茶会の会場へと戻った。
そこで、王太子殿下に頼まれごとをして庭園の奥に行ったことを思い出して、ずいぶんと揶揄われたものだ。
まさか、幼女に恋をして将来まで決めて戻るとは、と。
両親からは早く結婚しろと言われているが、もう少しと先伸ばしにしていた。
騎士になり、役職も与えられ、拘束時間がどんどんと延びている。家には寝るためだけに帰っているようなものだし、演習や任務などで家を空けることも多い。
任務中、時々城下町で友人たちと楽しそうに過ごしているリリアーナを見ることがあった。
まだ若く、毎日楽しく過ごしているリリアーナから自由を奪いたくなかった。結婚してしまえば、家に縛り付けることになるから。
両親は気にしないだろうが、リリアーナの性格上、頻繁に出かけたりするのを遠慮してしまうだろうから。
今日も、いつも通りのデートのはずだった。白いハイドランジアの花束を嬉しそうに受け取ってくれたし、予定していた植物園にも行った。
ただ、珍しく落ち込んだような表情が続いていた。何かをいいたそうに私の顔を見るが、キュッと唇を噛み締めて俯く。
そうすると、首筋が酷く艶めかしく見えて、視線が吸い寄せられてしまう。邪な気持ちを抱いていると知られたら、嫌われてしまうかもしれないと、慌てて前を向いて、リリアーナが落ち込んでいることさえも、気付かない振りをしてしまっていた。
いつもは四つ五つとスイーツをぺろりと食べてしまうリリアーナが、レモンパイを一切れのみ食べて、もういらないと言った。流石に可怪しすぎる。
先月からの風邪がまだ残っているのかと心配したが、そうではなさそうだった。
庭園内を歩いていたときと同じように、何かを言い出そうとしては、また唇を噛んでいた。
無理に聞き出すことはしたくないし、もしかしたら話したくないのかもしれない。
いつも解散する時間にもなっていたので、デートの終わりを告げると、慌てたように前のめりになって「まだ一緒にいたいです」と言ってくれた。
そのときに妙に押し上げられた胸が見えしまい、天を仰いで深呼吸した。少し本能がダダ漏れてボソリと呟いてしまったが、リリアーナには聞き取れていないと願いたい。
リリアーナは、自分のこういった無自覚な行動がどれだけ私の理性を崩しにかかっているのか気付いていないのだろう。
胸を押し上げたままで、人がほぼいないであろう湖に行きたいというわがまま。だから、なぜそうも私の理性を崩壊させに来るのか。無自覚とは本当に恐ろしいものだ。
自分から押し倒して来たくせに、真っ赤な表情で慌てふためいているリリアーナ。本当に可愛い。
襲いたい衝動をグッと堪え、自分に言い聞かせるためという気持ちもあり、つい説教するように話してしまった。