19:そりゃそうなるわけで
結婚して四ヵ月目が経った。
早かったような遅かったような。たった四ヵ月の間に色々と起きすぎじゃない? と友人に言われたのには私も同意せざるを得ないけれど。
何よりも大きな出来事は、誰もが納得のご懐妊だろうか。
「こうなることは分かっていたけどね」
この数日、あまりにもな体調不良に悩まされていた。
ベッドから起き上がれない日が何日も続いたり、いつまで寝ても脳が働いていない感じだったり、急に吐き気をもよおす日が続いていたり。
初めは食べ過ぎかなにかなんだろうと思っていたものの、エルネスト様がどうしてもというから、細密検査を受けることにしたのだった。
医師に診てもらったら、妊娠していることが分かった。医師から言うか自分で言うかの確認をされ、自分で伝えることにした。
医師に室外で待っているエルネスト様を呼んでもらい、主寝室に来てもらう。
エルネスト様はどんな反応をしてくれるかな? なんて考えると、口の端がちょっと上に動いて変なニヤケ顔になりそうだった。
「リリアーナ、大丈夫かい?」
「はい」
少し不安そうな顔で、主寝室の入り口から顔を覗かせたエルネスト様。
寝込んでいたベッドから起き上がり、エルネスト様に手まねきをして近付いてと合図すると、少しホッとしたような表情で室内に足を踏み入れてくれた。
「医師が君から話すと言っていたが……まさか、余命……」
「あはははは! 違いますっ!」
懐かしのネタと言っても半年ほど前のことなんだけど、ちょっと古いネタを出されて笑ってしまった。
ただ、エルネスト様は明らかにホッとしていたので、本気で笑ってしまって、ちょっと申し訳なかった。
ベッドの側まで来てと手招きすると、おずおずと近づいて来て、ベッドにそっと腰かけてくれた。
「良かった……それで、結果は?」
「妊娠だそうです!」
「っ………………そう、か」
大喜びしてくれるものだとばかり思って、ドヤァッと報告したのに、エルネスト様はなんとなく残念そうな表情と声。
あれ、え、もしかしてエルネスト様――――。
「――――嬉しくない?」
「っ、凄く嬉しいよ。ただ、この子にリリを取られるんだなって。心の狭い男だと嫌わないでくれるかい?」
まだ膨らんでもいないお腹をそっと撫でながらそう言ったエルネスト様。まさか赤ちゃんにまでやきもちを妬いてくれるとは予想外すぎた。嫌うわけがない。むしろちょっと嬉しいし、また惚れ直したくらいだ。
嫌われていなさそうだと、ホッと微笑むエルネストをぎゅっと抱きしめると、エルネスト様も同じように抱きしめてくれた。そして、優しい声で「ありがとう」の言葉とともに柔らかなキス。
あぁ、これが幸せなのだなと実感した。
風の噂は何となしに聞いていたものの、夜の食事の席でエルネスト様から報告を受けた。
例の女性が国外追放になったらしい。
まさか本当に国外追放を言い渡されるとは思っていなくて驚いていると、国からの刑罰としての国外追放ではなく、家同士の取り決めとしての国外追放なのだそう。
「余罪を調べれば調べるほど出てきて、無駄に時間が掛かってしまった」
エルネスト様はなんだか悔やんでいるけれど、充分に早い展開だと思う。
どうやら、その余罪が何とも言えないほどにしょうもなかったものの、被害者からすると本気で迷惑なことばかりで、本当に『何とも言えない』と言ってしまうほどに、何とも言えなかったらしい。
そんなふわふわなことってある!? 驚いていたものの、聞いてみると本当に『何とも言えない』事件だった。
「なるほど。何となく理解しました」
「ん?」
エルネスト様が小首を傾げて続きを促した。
あの女の人は、他人が聞くと『それくらいで怒る?』とか『意地悪な人だな』とかいった印象を持たれそうだけど、当事者からすると被害が甚大に思えることをしてくるといった内容だった。
今回の浮気相手偽装は、彼女の行ったものの中では一番酷いものだったおかげで、こういう結果に出来たけれど、たぶん他のものでは家同士や本人同士で話し合うようにと言われるだけだろう。
彼女はそういうギリギリのラインを攻める能力に長けていたんだと思う。
今回、国からの刑罰としては相手の家に迷惑料を支払うことと、騎士資格の永久剥奪だった。
だからエルネスト様は相手の家との協議をしたのだろう。迷惑料を値下げする代わりに、彼女を差し出せと。
そうして、彼女を国外追放にしたのだろう。
「引いた?」
エルネスト様がちょっと不安なお顔をしていた。騎士様でいつもキリリとした顔で出仕しているけれど、二人きりのときは結構甘えてきたり、今みたいに少し気弱な面も見せてくれるのが嬉しい。
「そりゃそうなるよね、というか……なるべくしてなった結果という印象ですので、腑に落ちたという感じです」
それに、私も腸煮えくり返るくらいには酷い被害を受けている。正直なところ、ざまぁ!と思っている。
「二度と会うことはなさそうですし、ホッとしています」
彼女がこれからどんな人生を歩むかなんて知りもしないし、知りたくもない。
私たちは私たちで新たな命を迎える準備で忙しいのだ。