18:夜通しのあれ、あれです、あれ。
◇◇◇◇◇
いやぁ、なんというか、大人の階段を五段飛ばしくらいで駆け上がりまくりました。はい。
誰に向かって報告しているのか分からないけど、たぶん天高く昇っている太陽に。
「満足した?」
「っ、ひえっ……はい、あの……はい」
お昼過ぎにどうにか目が覚めて、窓の外をぼーっと眺めて現実逃避していたら、既に起きていたらしいエルネスト様が私の顔を覗き込んできた。
私のしどろもどろの返事を聞き、エルネスト様がくすりと笑ったが、目だけは笑っていなかった。
まるで、手ごろな獲物を見つけた野生動物かのような鋭い目だった。
「じゃぁ、毎晩頑張るよ」
「え……その、毎晩はちょっと……」
「ん?」
なんの話だとカマトトぶりたかったものの、有無を言わせない笑顔に色々と諦めた。
毎晩とかいう鬼畜仕様問題は、断固拒否である。体がいくつあっても足りない。
しばらくベッドの中でまどろんでいたものの、お腹が盛大に鳴ってしまったため、遅めの昼食に向かうことになった。
ダイニングに向かうと、義両親が待ち構えていた。
随分と遅めの昼食ということもあって、義両親は先に食べ終えているかと思っていたら、一緒に食べるために待っていたと生温かい笑顔で言われた。
「ところで、犯人に対する処罰なんだけど――――」
お母様の言葉で、にこやかな空間は一変し、例の女性の処分話になった。いや、表情自体はにこやかなのだ、お義母様もお父様も。だけど滲み出る怒りは尋常ならざるものだった。
きっと息子であるエルネスト様やラフォレーゼ侯爵家の名に傷を負わせようとしたからだろう。
エルネスト様は食事の後、早急に騎士団に連絡し、調査依頼を出すことにしているらしい。
聞くところによると、エルネスト様のストーカーと言うべきか、少ししつこい方らしいので、今回のことと踏まえて国外追放が妥当だろうと言っていたけれど、ちょっと待ってほしい。
国外追放というのは、もうちょっと国に対する不敬罪的なものが対象だったはずだ。痴情のもつれ的なトラブルに適応できる気がしない。
「痴情はもつれさせてない!」
そこにツッコミ入れるの!? という気分だけど、エルネスト様はそういう方向で疑われているのが心底不服なのだそう。
そういえばそれについては謝っていなかったなと思い謝罪すると、エルネスト様がまた天を仰いでいた。どうやら感動しているらしいのだけれど、そこで感動している意味がよく分からない。
それから一週間後、例の女性が捕縛されたと教えてもらった。
エルネスト様が落ち込んでいるという噂を流させ、食堂でお昼を食べている時に、例の女性が近付いて来るように仕向けたのだとか。
案の定、すぐに女性は近付いてきたらしい。
そして演技でしょんぼりするエルネスト様に擦り寄り、何があったのかと聞いてきたそう。
その様子をこっそり忍び込ませていた執事と従僕に確認させたらしい。あの日来た女性と同じ人物かどうか。
「でも髪も目も違うのでしょう?」
「顔や体型はそうそう変えられないからな」
エルネスト様たちは他にも、髪を染めていたことや、外国で発明された目の色を変えるレンズなどをその女性が手に入れていたことを、一週間で突き止め終えていたようだった。
騎士団の情報網とは、恐ろしや。そんなことまでわかるんだ?
それから、妊娠していないことも確定したそう。たぶん服の中に布を詰め込んでいたんではと考えられているらしい。
エルネスト様がもどられてから、働き方を変えることにしたそう。
勤務時間をシフト制にし長時間勤務をなくした。そして残業はほぼなし。警護上どうしても長時間になる場合は追加料金を出すこととしたそう。
「もっと早くからこうすればよかった」
平日は夜の帳が下りる少し前に帰ってこられるようになった。ソファに座ったエルネスト様の膝の上に座らせられている。
エルネスト様は、毎日顔を合わせておはようと言ったり、おやすみと言える日常に飢えていたのだという。
「ずっと働き詰めだったからね」
「でも……いいのですか?」
私のせいで、夢だった騎士様のお仕事の幅を狭めているような気がしている。
「っ……尊い…………騎士は夢だったが、そこには君が必ずいるんだよ」
エルネスト様が少し照れくさそうに話してくれたのは、幼いころに王城で出逢ったときのこと。
エルネスト様と出逢ったのは覚えていたけれど、どうやって出逢ったかとか、何を話したのかまでは覚えていない。
「君に愛されたくて、キラキラとした目で見て欲しくて、騎士になったんだ。恐ろしく利己的な理由でね」
エルネスト様はそう言うけど、今まで見てきた騎士という仕事への向き合い方や、今任されている役職の高さから考えて、騎士様のお仕事をおろそかにはしていなかった気がする。
だから、本心から思ったことを伝えた。
「エルネスト様は、騎士様ですよ。誰よりも真面目で、誠実で、強くて、格好良くて、優し――――んぐっ」
「ストップ!」
エルネスト様の右手が口を塞いできた。
何をするんですかという気持ちを込めてジトッと睨むと、頬を染めて「そういう褒めは慣れてないから」と、なんとも可愛らしい理由を述べられた。
「エルネスト様」
「ん?」
「愛してます」
「っ、私もだ」