17:かわいい妻の攻撃がエグい。
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余命を勘違いしたあの時といい、浮気を疑っている今といい、なんでこんなにも短絡的に押し倒してくるんだ。
可愛いが過ぎて、こっちの心臓がもたないっ!
帰りを待ちわびて――――で、計画的に押し倒してくれたのかと思えば、理由は身に覚えのなさすぎる『浮気』で、しかも対抗して妊娠するために? 据え膳のこの状態だが、ベッドでしっぽりは諦めた。
流石に放置していい問題ではなさすぎる。
そもそも、誰だ浮気相手って。一秒たりともリリアーナ以外の女など見たことはないんだが?
「同僚と名乗る、金髪ゆるふわウェーブ、赤っぽい瞳で流し目がち。妖艶系の顔立ちで、唇はぽってりとしていた。身長は一七〇センチよりは少し低いくらい。細身だけど、お胸はたわわ。爪の先までしっかりと手入れしていて、平民とは思えない、妊娠六ヵ月くらいの女性が別れてくれと言いに屋敷に来ました」
息継ぎなしで言われた。しかも真顔で。
身長、体型、顔の質でふと脳に浮かんだのは、面倒な女騎士だったが、髪色も髪型も違うから、たぶん潜在的にあの女を面倒だと思っているせいだろう。
そんなことを考えていたら、無反応になってしまっていたらしく、ハッと気付いたときにはリリアーナが涙目になっていた。
涙目で訴えてくるリリアーナを押し倒し――――我慢だな。今は。
「な…………名前は分かるのかい?」
どうにかそう聞くと、名前はわからないとのことだった。先ほど考えていた女騎士のことを話していると、涙目で唇をとがらせて「なるほど」とか言いながらシャツのボタンを外してくる。
慌てて止めるが物凄く不服そうな顔をされてしまった。
「なにをなさるんですか」
「こっちのセリフだが!?」
「え? とりあえず、押し倒そうかと思いまして?」
人の下腹部に跨り、コテンと首を傾げて、そんなことをのたまうリリアーナ。
もうっ! なんでリリアーナはこうも猪突猛進というか……くっそかわいいんだ! 私がどれだけ我慢しているのか知らないのか? 知らないんだな? そうだよな、知るはずないものな。
あぁ、もう、可愛すぎて辛い。ここで襲ったら有耶無耶にしたと思われる。それだけは嫌だ。
「とりあえず、その女のことで他に分かることはないかい?」
「えっと……右目に泣きぼくろがあって、口元の左側にもほくろがありました。それから、胸が大きかったです」
二回目だな、胸の話は。気にしてるのか? リリアーナの慎ましい胸の方がかわいいが? って今はそういう話じゃないな。
「あ、あと! 左足だったと思うんですが、少し引きずっていたような気がします」
――――左足、だと?
犯人は分かった。
昔の部下だった女騎士だろう。
髪は染めればいいし、瞳は何かの薬か道具を使えば色を変えられる。だが何のために?
リリアーナいわく、妙に演技臭かったとのことだった。使用人たちにまで私が浮気していることをアピールしていたし、リリアーナには離婚を迫り続けていたと。
変装してまで、なぜそんなことを? と考えていたら、リリアーナがきょとんとしていた。
「浮気はしていないとエルネスト様が言っても、私が信じずに離縁したら、エルネスト様は信じてもらえなかったことで落ち込みますよね?」
「死ぬ」
言葉通り、死ねる。
「え……あ、はい。死なないでくださいね?」
ちょっと困り顔になるリリアーナが、恐ろしくかわいい。
「それで、エルネスト様がしょんぼりしてるところに慰めに行ったら、コロッと転がってくれるって考えたんじゃないですか? あの噂、私は信じてません! 貴方のことは絶対に疑いません! とか言えば、って」
それを言われて嬉しく思うのは、好きな相手のみなんだが? あと、リリアーナにそう言ってほしいんだが? そう言うと、リリアーナがプイッと顔を背けて頬を膨らませた。
「…………だから、押し倒したんですけど?」
「っ! すまない、もう無理だ!」
これは仕方のないことだった。
恥ずかしがるリリアーナは端的に言って最高だった。
疲れ果てて眠るリリアーナの頬を撫でながら考える。
犯人は間違いなくあの女だろう。
リリアーナより自分の方が私に見合っていると影で言っていたのを何度も聞いた。訓練や任務では、胸を押し当てて来たり、妙にボディタッチが多かった。再三注意はしてきた。だが、あの女は自分の地位の高さは私に必要だとかのたまっていたっけ。
何年か前に長期の任務に出たとき、騎士団で借りていた宿の部屋に侵入してきた。それがあの女を隊から追い出す決め手にはなった。
別の隊に引き取ってもらってからは随分と大人しくなっていたのだが…………。
どうやら、あの女は人生を終わらせたいらしい。
リリアーナがすやすやと眠るベッドを抜け出し、両親の下へと向かった。どこかに出かけていたらしいが、流石に帰ってきているだろう。リリアーナを愛でることに一所懸命すぎて把握できてはいないが。
両親を叩き起こし、ことのあらましを説明した。
リリアーナを悲しませたこと、全力で後悔させると宣言すると、母が全力なんて生温いといい出した。
そうだった。母はリリアーナが昔からお気に入りだったのだ。息子よりも、リリアーナみたいに可愛い娘が欲しかったと。
父も同じようなことを言っていた。
つまり、我が家全員の総意で、あの女には地獄に落ちてもらうとしよう。