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15/20

15:疑い




 部屋に戻り、ソファに身を投げ出す。ふかふかの座面と背もたれが体を受け止めてくれると同時に、ふわりとエルネスト様の残り香を届けてきた。

 いつだって柔らかな微笑みをこぼしながら目を見て話してくれる。

 疑いようがないほどに、エルネスト様から愛されているのは分かっているのよね。

 

 お休みの日のエルネスト様は、疲れ果ててお昼すぎまでベッドで寝てしまっている。そんなときはちょっと淋しく感じるけれど、エルネスト様の寝顔を見ると、一瞬でどうでもよくなる。少年のような表情で穏やかに眠る姿は、私に心を許してくれている証拠なのだから。


 他愛もない日常なのに、休みのたびに昨日は何をしたのか、今週あったことを教えてと、ワクワクとした顔で聞いてくれるエルネスト様。

 本を読んだと言えば、何の本なのか、どんな内容なのか、面白かったのならよかった、また別の作品を買っておこうと言い。

 お義母様と買いものに出かけたと話せば、何を買ったのか、似合う、可愛い、他に欲しかったものはないのかなど楽しそうに聞いてくれる。

 

 普段のことなど聞いても、そんなに面白くないでしょうと言うと、私が話しているのを聞くのが好きなのだ、声を聞かせてと甘く微笑んで顔を覗き込んでくる。

 エルネスト様は、そう言うと私が顔を赤くするのが分かっているのだ。顔が熱いなと思うと、必ずクスリと笑うから。そして、柔らかな口づけも。

 婚約者時代は、どこの貞淑なご令嬢か!とツッコミを入れそうなほどに清いお付き合いを望むエルネスト様だったが、今ではあの頃が嘘かのように、隙あらばキスしてくる。

 最近は、エルネスト様はキス魔じゃないかと疑っているくらいだ。

 

 いつだったかは、ソファでエルネスト様と寛いでいたときに、うつらうつらと船を漕ぎだされて、肩にポスリと倒れ込んできたことがあった。

 途中で慌てて覚醒されていたけれど、まだまだ眠そうにしていたので、エルネスト様の頭をそっと膝に誘ってみた。

 今考えると、恐ろしく大胆なことをやらかしたものだと思うけど、あのときのおかげで休みになるとエルネスト様が妙に甘えてくれるようにはなった。


 それからは、何かの箍が外れたかのように、隙あらばベッドの中でイチャイチャしようとエルネスト様が頑張っていたっけ。

 昼間からは恥ずかしいと言うと「うぐぅ……」と変な唸り声を出して、私を抱きしめて午睡するだけだったけど。


 あと、白い結婚ではない。断じて違う、と声を大にして……は、流石に言わなくてもいいけど。

 これだけはハッキリと言える。エルネスト様はちゃんと求めてくれている。私のキャパシティがちょっとまだぽんこつなだけで。

 エルネスト様はずっとずっと我慢してくれていて、結婚出来る日を楽しみに待っていてくれたのだから。


 それなのに、浮気なんて正直ありえないと思う。


 それなのに、どうしてこうも気持ちが落ち着かないのだろうか。

 今は深く考えたくなくて、手早く湯を浴びてベッドに潜り込んだ。

 そこでまたエルネスト様の残り香に全身を包まれてしまって、ポロリと涙が落ちる。


「早く、帰ってきて……」


 眠る直前に漏れ出たその言葉が、きっといま一番の大きな思い。

 



 あの女性が突撃してきて数日経った。

 何度か義両親と話し合いはしたものの、あの女性は何を言っても自分の都合のいいように取りそうなので、いまは放置するのがいいという結論に至っている。


 そもそも、身元がいまいち分からない。だからといって、エルネスト様が戻られる前に騎士団に確認はしたくない。だって、そうしたことによって変な噂が立ってしまったら? エルネスト様の評判を落としてしまったら? エルネスト様の将来を潰してしまったら? そんなの、絶対に嫌だ。

 エルネスト様がどれだけの努力をして、騎士様になったのか、知らないわけがないのだから。

 あの女の人は、エルネスト様のそういった努力とか姿を見ていないのかな?


 妊娠したのは確かにめでたいことだし、認知してもらわないと、どうにかしないと、と思うのも仕方がないのかもしれないけれど。そもそも、エルネスト様の子どもかどうかも怪しい。

 そう。とてつもなく怪しいのだけど、ああいった風に突撃されてしまうと、信じたいという真っ白な気持ちの中に、黒い絵の具でぽつりぽつりと染みを付けられたような気持ちになる。

 そして、そんな気持ちになってしまっているということは、エルネスト様を一〇〇パーセント信じられていないということで。


「っ…………ハァァァ」


 一人でソファに座り、ぐるぐると考えてはため息を吐き出す。ここ最近、ずっとこんな感じで自然と重苦しい雰囲気になってしまう。本を読んでも楽しくないし、食事もあんまり進まない。そして、時間が経つのが遅い。

 何よりも苦痛なのは、あの日からあの女の人の顔が脳内から消えないこと。

 顔の特徴はもちろん、髪色や瞳の色、ほくろの位置もしっかりと覚えてしまっている。


 エルネスト様が戻られたら、ガン詰めしたい。

 そして、エルネスト様を愛しているし、愛されているのだと確認するための計画も実行しようと思う。


 お義父様いわく、連絡がないのであれば、日程に変更はないはずとのこと。

 エルネスト様が戻られるまで、あと三日。しっかりと牙を研いでおかねば――――。 




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